4.不本意な他人のふんどし
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殺人についてどう思うか。
持論だが、俺はそこらの虫も人も、命としては大して変わらないと考えている。
人も虫も、最大の目的は種の存続だ。どちらもその目的に沿って行動し、その種を繁栄させていく。人殺しも虫を殺すのも、重罪にしたければ重罪だし、無罪にしたければ無罪になるのだから。
だから人と虫で違うのは、価値を付加するかどうかに依る。人は人という存在の価値を高いところに置き、対して虫の価値を低いところに置いている。だから人を殺せば重罪で、虫を殺しても無罪になる。人はなにかに価値を付加する能力が高いわけだ。
価値に依って人か否かが変わるのであれば、つまり人を殺すというのは人としての価値が下がる、という事になる。なぜなら人は人であるためのルールを、法律として世に定めているからだ。
この世界でも、殺人はもちろん罪になる。宗教の影響か国の影響かはわからないが、とにかく法律を破れば人としての価値が低くなるという大前提は変わらない。
『じゃあさ、魔族を皆殺しにしてくれないか?』
店の掃除を進めながら、俺の頭の中にその言葉が何度も響いている。その言葉がリフレインして、殺しについて考え、一段落するとまた声が響く。そんな繰り返しだ。
もう生きていたくないと願うなら、せめて俺の手で殺してやりたいとは思う。
しかし、ウルターは生きている。ウルターを代え難い友人だと思っているから、俺はウルターに生きていて欲しい。これはワガママになるんだろうか。
ああ、でもそうか。人としての価値が底を叩いている俺なんかの言葉が、誰かに影響を与えられるはずもないのか。
そもそも、犯罪行為をしていなくとも価値が低いケースがまさに俺だったし。
そんな事を考えているうちに、床の水拭きが終わった。木の棒に布を貼り付けたモップモドキを抱えながら、次に食器を洗わなくてはいけないと思うと憂鬱だった。陶器なんて上等な物じゃなくて、木を削って作った食器のため、汚れを落とすのが結構な重労働になったりする。
外を見ると、地面に落ちる影の面積が少なくなっている。つまり、昼時になるわけだが、昼食なんてない。食材のほとんどは食べれなくなってしまったし、残っている干し肉もこの後すぐに来る冬に向けて備蓄しておかなければならない。
ウルターは、朝の時点では寝ているようだった。起こしに行くのか、起きてくるのを待つのか、コミュ力が高い奴ならどうするんだろう。
なんて事を考えていると、まさにコミュ力が高そうな連中がやってきた。
「ごめんください」
と、入口で声を上げたのは、まだ幼さが残る少女だった。確かアテナだったか。その後ろに他の三人もいた。
面倒だなと思った。自分の気持ちの整理はついているから、今はウルターの事に専念しておきたかった。
「……はい、なんでしょう」
雑なモップを片手に入口まで出迎える。
「あ、あの、こんにちは」
とアテナ。自信なさげな様子でおどおどと視線を泳がせている様子だ。
俺は挨拶は返さず、後ろのジャックに視線を向けた。
「何か用ですか」
「……挨拶には挨拶を返しなさい」
「え?」
ジャックから思いも寄らない言葉が出てきたので、俺は思わず聞き返した。
「挨拶をされたなら、挨拶を返すべきだ。それが礼儀だ」
なんだこいつ。
いや、当たり前の事を言われただけではあるんだが、なんで昨日今日顔を見知っただけの奴にそんな事を言われにゃならんのか。
「……こんにちは?」
俺がアテナに向かってそう言うと、後ろのジャックはよくやったとばかり小さく頷いた。
まあ、いいや。とっとと帰ってもらおう。
「今日は店も宿もやれませんよ」
俺の答えに、アテナは不思議そうな顔をした。
「どうしてそんな喋り方なんですか? 昨日はもっと、乱暴な喋り方だったのに」
「え?」
なんだこいつ。
「……お客さんには失礼のないようにしているので」
「うーん……? なんか、変な感じですね」
「え?」
なんだこいつマジで。男女平等パンチ食らわせちゃうぞ。
「あの、ウルターさんは大丈夫なんでしょうか?」
「えーと、今は休んでいます。ところで、今日食堂は休みなんですが」
と、俺の返しに、アテナの母親が豪快に笑った。確かイザベルと言っていたか。
「あっはっは、ごめんね急にお邪魔しちゃって。ケイだったかい? 実はね、娘がウルターのことが心配だってうるさくってね。悪いんだけど、中に入れてもらえないかい?」
はきはきと喋るイザベルの押しは強い。体はそれほど大きいわけじゃないのに、宮崎作品の母ちゃんを連想させる。すげえでかいおにぎり作りそう。
「いやだから、今は休業中なので……てめえ勝手に入ってんじゃねえよ」
俺が丹念にモップ掛けした店内に、バスケット片手にずかずかと入っていくイザベル。あ、さっそく足跡が……蝋塗りまだやってないのに。
「なんだい、手伝ってやろうと思ったのに、ずいぶんと片付いてるじゃないか。一人でやったのかい? ご苦労さんだねえ」
店内を見回すイザベルに圧倒されて黙っていると、ジャックが申し訳無さそうに小声で言った。
「すまない、うちのやつは少し強引なんだ」
「少し? あれが少し?」
「すみません、すみません」
アテナの兄――ジャンがぺこぺこと頭を下げてくる。
俺――の体――と同じくらいの歳だろうか、そんな少年が本当に申し訳無さそうな顔で頭を何度も下げる姿を見て、俺はなんとも言えない気持ちにさせられてしまった。このご時世に珍しくかかあ天下な家系か……苦労してそうだな。
俺は少し悩んだが、テーブルと椅子を適当に並べた。
「言っとくけど、客として扱わねえぞ。休業中だし」
「気を利かすのが遅いねえ、アンタは。そんなんじゃいい嫁もらえないよ」
イザベルは遠慮する素振りすら見せず、俺の用意した椅子に座ってニカッと笑った。嫌味な事言ってるくせに、こうも満面の笑みを向けられると反応に困る。
「アンタたちも座んなよ。ひとまず腰を落ち着けて話を聞いてみようじゃないか」
と、イザベルが促すと三人が三人とも俺に対して申し訳無さそうに席についた。そこまで畏まられるとこっちもきまずい。
「それで? ウルターははどうなんだい。アテナの魔法があったって、あそこまでやられてたからねえ。あたしも心配はしてたんだ」
俺はテーブルから少し孤立した場所に腰掛けながらそれに答えた。
「昨日の今日じゃ、体力は戻らねえよ。まともな飯もほとんどやられてるしな」
「ま、そうだろうねえ。そうだろうと思ったから、あたしらのご飯を持ってきたよ。ウルターも呼んできな、ご飯にしよう」
イザベルは持っていたバスケットをテーブル広げ、サンドイッチや干し肉、フルーツなんかを取り出した。まあ、前世の日本を経験している俺からすると、見た目からしてお世辞にも美味そうとは言えない物だったが。
「……気遣ってもらってるところ悪いけど、今あいつの事は放っておいてくれよ」
普段明るくて常に何か喋っているようなウルターでも、誰とも喋りたくない気分ってのがあるからな。俺は普段から極力喋りたくない派だから知らんけど。
「あー……やっぱりまだ落ち込んでるんだね。まあ、しょうがないねえ。あんなことがあったんだから」
イザベルが明るい表情に影を落とすと、それに倣うように他の三人も暗い顔をした。
「でもねケイ、人間塞ぎ込んでると良くないもんさ。辛い時や悲しい時でもね、ご飯を食べて、人と話してりゃ、いつか前を向けるってもんさ」
「そうなのか」
辛い気持ちや悲しい気持ちってのは、表に出さずに抱え込んで一人で気持ちに折り合いをつけて解決するものじゃなかったのか……まあ、相談する人がいなくてそれしかなかったと言い換える事もできなくはない。
「だからほら、連れてきてくれよ」
「いやでも、なあ?」
「魔族相手にあれだけ強かったのに、尻込みしてるのかい? ヘタレだねえ。あたしが行ってきてあげるから、アンタもこっち来てテーブルについてな」
そう言って立ち上がるイザベルを、俺はなんとか止めようと言葉を絞り出した。
「待て待て、あんたらよりも付き合いの長い俺が結構な拒絶されてんだ。昨日も喧嘩みたいな言い争いしたばっかだし、今はマジでやめといた方がいいんだって」
「そんなこと言ったって、ご飯を食べないでどうするつもりだい。アテナの魔法はなんでも治しちゃうけど、ご飯を食べなきゃ回復は遅いのさ。いいから心配しないで任せておきな」
と、言うなり食堂の後ろにある宿スペースにどこどこ進んでいく。どこの部屋かもわかってないくせに……なんなんだホントに。
「すみません、ああいう人なんです……悪い人じゃないので」
ジャンは綺麗な顔立ちに苦笑を浮かべながら、またしても頭を下げた。角度によっては女に見えるのは、イザベルに似ているからだろうか。
「……嫌われても俺は知らん」
俺の呟きに、ジャンはなんとも言えない笑い声をあげた。
魔族は死んだ方がいいだの皆殺しにするだの、物騒な事を言って精神病患者も引くほどの様子だったウルター。あれをどうにかできるとは思えないし、なんならイザベルも面を食らうんじゃなかろうか。
ともすれば前世の俺はああいう感じになってもおかしくないほどの環境にいた。そうなった時に、他人に接触されてもどうにもならないだろうと思う。鈍いのか我慢強いのかそうはならなかったが、そうなっていれば少しずつ腐っていったんだろうな。
そう思っていたんだが、ウルターはあっさりとイザベルに連れられてきた。十分も経っていないんじゃないか。
驚愕している俺と目が合うと、ウルターは暗い顔で俺に手を上げた。
「さあ、ご飯を食べよう」
イザベルは明るい声で快活に笑った。




