3.傍観
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ウルターと二人きりの店内で黙々と掃除する。
あの後、付き人のアリスが場所を変える事を提案して、騎士団の面々は帰っていった。グラウコーピス一家も、それに続くように店を出ていった。
その後ずっと店の掃除をしているが、これが中々面倒だった。椅子やテーブルは壊されているし、他所の家のゴミだか家具だかわからないような物が散乱していたからだ。血や小便は今日中に洗い流しておきたいが、今朝汲んできた水ももちろんぶちまけられている。
仕方がないので一度水を汲みに行ったが、井戸は人でごった返していてとても汲めそうになかった。川まで行くと完全に日没してしまう時間だし、汚れを洗い流すのを諦めてゴミを店外に運んだり、生きている家具を隅に寄せるだけしかできなかった。
そのため、日が落ちかけて一息ついた頃には、微かにスラムを思い出させる悪臭が漂っていた。あそこよりは遥かにマシだが。
俺が掃除している間、ウルターは生きていた椅子に座って何をするでもなく呆けていた。声をかけるにしても何と言っていいのかわからず、それを誤魔化すための掃除でもあった。
ウルターの近くに腰掛けても、相変わらず何を言えばいいのかわからない。残念だったな、なんて当たり前の事を言っても返事に困るだろう。これからどうするも、元気出せよも、何を言っても返答の想像が難しい。
考えてみれば、前世からそうだった。親戚の葬式に参列した時に、思い出話の流れに乗ろうと俺も目の前で屁を放かれてうざかったなんて言ってみると、亡くなった人に対してなんて事を言うんだと説教された事もある。俺からしてみれば生きている人間が笑えたらと、良かれと思って言った冗談だった。が、どうやら死者を愚弄するのは人として最低な事らしい。親戚は俺の神経を疑い、実の親ですら病院に行かせるかどうかと本気で悩んでいた。
それが小学生の頃だっただろうか。それ以来、俺は相手が返答しやすいような言葉を考えて、答えやすい言葉ばかりを口にするようになった。それはつまり、当たり障りがなく面白みのない話題を提供するしかできなくなった、と言い換えてもいい。
この世界に生まれ変わってからも、それはあまり変わらなかった。それどころか、スラムでの生活を経て無駄を淘汰してきた結果、無口で最低限の事しか話さない、つまらない男の典型例が出来上がってしまった。
そんな男にも、この家族は優しかった。無口な俺に積極的に話しかけてくるわ、飯をたらふく食わせてくるわ、わざわざ裁縫の得意な近所のババアに俺の服を繕わせるわ、店の手伝いをしていただけでとんでもないお節介を焼いてくれた。
救われたとか人間味を思い出させてくれたとか、そういったものを感じる事はなかったが、感謝はしている。なんせ職なし宿なしの不審者を拾ってくれたのだから。
夕飯の後、オディオ一家が談笑する時間が好きだった。主にピーターとウルターがべらべらと喋り、ウェンディがおっとりと笑うだけの時間だったが、どうしてかいつまでもぼけっと眺めていられたからだ。
あの時間がもうないのは、もったいないな。ウルターはそれ以上に苦しんでいるだろう。いや、俺が想像もできないような喪失感や悲壮感を持っているだろう。死生観のバグった俺とは違うんだから。
そんな事をつらつら考えていると、ウルターが嗚咽し始めた。
「なあ、父さんと母さん、この後どうなるんだ」
言われて、客室に寝かせている二人の姿を思い浮かべる。死体を修復する技術も防腐処理の技術もないこの時代だと、当然腐ってぐずぐずの物体へと変貌していくだろう。そんな事を聞いているんじゃないのはわかっているんだが。
「埋めるか、焼いてやるしかないだろうな」
「焼くって、そんなひどいことできないよ」
「このままだと疫病が発生する。それを防ぐためにそうするしかない」
「だからって、焼くなんて、むりだよ」
「なら埋めるしかないな。穴は掘ってやるから、場所選べよ」
「なんで……そんなに冷たいことが言えるんだよ、ケイ。できるわけないだろ、そんなこと」
なら腐るがままにしておくか、とは言わなかった。そんな事はウルターも当然わかっているだろう。こういう時、自然に気持ちを葬送へ持っていってやれないのが、逆に申し訳ないね。
口が上手ければ出来るんだろうか。それとも何かしらの行動も見せてやらないとだめだろうか。
とにかく、墓のための穴を掘っておいてやるべきか。確かこの町の外れにも、共同墓地のような場所があるという話を聞いた事がある。とはいえどこかはわからないし、町がこの状況じゃどいつもこいつも自分で手一杯だ。
「……子どもの頃さ、父さんがハンターの仕事を教えてくれようとしたんだ」
不意に、思い出したように、ウルターはそう始めた。
「不自由な足だったから山の入口しか行かなかったけど、それでもたくさん教えてもらったよ。弓の使い方とかナイフの使い方とか罠の仕掛け方とか。父さんよく言ってたよ。これは危険な仕事だ。自分の命を賭けて他の動物の命を狩る仕事だって。だから、ハンターの仕事を身に着けておけば、食いっぱぐれることがない。だけど、熊とかイノシシとか、危ない動物からみんなを守れる立派な仕事だ、ってことも言ってた。お前はそうやって誰かを守りながら、その人たちの食い扶持も稼げるような男になれってさ。その頃の父さんの口癖は強い男になれ、だったよ」
いつもの喋り口調に比べて静かに、楽しげに懐かしむように語るウルター。顔と口調を一致させずに、さらに続ける。
「母さんは、父さんのそんなところを仕方がないなあって思いながら見守ってたんだってさ。昔、父さんが熊に襲われてる母さんを助けたことがあるんだ。父さんはそれで母さんが惚れてくれたって思ってるみたいだけど、違うんだ。母さんは、それは出会いに過ぎなかったって。父さんが強くても弱くても、父さんのことを好きになってたって言ってた。母さんはさ、父さんのこと大好きだったんだ。ケイも知ってるだろ、普段のアレをさ。だからたまにハンターの仕事を手伝いに行く父さんのこと、心配してた。危ないことしないで、もっと別のところで守ってもらってるのにって」
そこで、ウルターは顔をくしゃくしゃにして蹲った。
「俺は、父さんも母さんも好きだったから、二人が楽しそうに仕事してる店を守ろうって思ったんだ。それがいけなかったんだ。父さんの言う通り、もっと強くなっておかなきゃいけなかったんだ。だって、そうだろ。俺が強かったら、ケイが来る前に魔族なんかに負けたりしなかった。俺のせいだ。俺が間違ってた」
人間がちょっとやそっと強くなったって、魔族には勝てない。という言葉は、口にしなかった。
ウルターは背中を揺らして嗚咽する。
「俺が強くなくちゃいけなかった。俺が弱いから、二人が死んだ。魔族なんかに、くそったれ。くそったれの魔族なんかに、全部奪われた」
俺はウルターの肩を強めに抱き寄せた。
「運が悪かった。それだけだろ。お前のせいじゃねえよ」
「運が悪かっただけで、母さんはあんな目に合って死んでたまるか」
ウルターは涙まみれの目だけをこちらへ向けて、憎々しげに吐き捨てた。
「お前、生きてるじゃねえか。本当なら死んでた。それはお前の運がよかったからだろ、ウルター」
ウルターは、肩を抱いている俺の腕を乱暴に振り払って立ち上がった。
「ふざけるな! お前、なんでそんなこと言えるんだよ。運の良い悪いで、そんなことが決まってたまるか。ケイ、俺は真面目なケイのことが好きだったよ。無口で無愛想だけど優しいところが好きだったよ。だけどさ、ケイ、なんなんだよ」
どうやら俺は間違ったらしい。まだ力の入り切らないウルターが怒鳴り散らかすほどの失敗を、俺はしたらしい。
すまん、どこを間違ったのかがわからん。俺が沈黙で返すと、ウルターはさらに言い募る。
「なんとか言えよ、ケイ。なんか理由があってそんなこと言ったんだよな。俺を励ますために言ってくれたんだよな。だけどさ、その前にさ、もっと悲しめよ。父さんと母さんに世話になった分くらい、泣いてくれよ。もっとさ、なんでケイは……」
ウルターの言葉が尻すぼみに消えていく。
そうか、ウルターは俺に悲しみを分かち合って欲しかったのか。というか、他の連中もそうなのか。
とはいえ、申し訳ないが俺にそんな共感能力はない。死んじゃったか、まあなっちゃったもんはしょうがない。で、次どうする。てなもんである。前世で実の肉親が死んでもそんなもんだった。
感情がないわけじゃない。二人が死んだ事は悲しいし残念だ。だけど、それをどうこうすることはできないし、してやれる事と言えば今は葬式くらいのものだ。
だけど、泣いていても現実がやってくるだけだ。仕事の前にシャワーを浴びなくちゃいけないとか、昨日入れ忘れたガソリンを入れなくちゃいけないとか。
だから、俺は明日からお前はどうするんだと言いたい。店はぐちゃぐちゃで町もぐちゃぐちゃ。だけど掃除をして、飯も用意して、宿としての体制も復帰させて、店を再開させなくてはいけない。この先の食い扶持を稼ぐために、やらなくちゃいけない事が山積みだ。。ウルターが生きていくためには、そういった現実が待っている。それは昨日までと何も変わらない日常を、明日も送るためのものだ。仕事がなくても生活保護があり、死に直結しなかった前世とは違うのだから。
困るね、落ち込んでいたいと思う人間に対して、何の引き出しもないというのは。相変わらずのコミュニケーション能力に、ともすれば絶望しそうだ。
「……明日も、掃除は俺がやっておくよ。しばらくゆっくり休め」
俺の言葉は、ウルターは面白くなさそうに笑った。
「やっと喋ったと思ったら、掃除? なんで?」
「そりゃお前、また店を再開させなきゃいけないだろ」
「終わりだって。この店は、もう終わりなんだよ」
「……いいから、寝ろよ」
「寝れないよ。疲れてるし、具合も悪いけど、眠気なんかちっともないよ。なあケイ、この半年間楽しかったかい?」
「楽しかった」
俺は即答した。
「父さんと母さんのことは好きかい?」
「ああ、好きだし感謝してる」
これにも即答した。
「それは……よかったよ。そうじゃなかったら、どうしようかと思った」
と言って、ウルターはうっすらと笑った。
「当たり前だろ、嫌ならとっくにどっか行ってる」
「そうか。そうか……」
ウルターは笑みを崩さなかったが、驚くほど暗い声で次に続けた。
「じゃあさ、魔族を皆殺しにしてくれないか?」
これに即答できずにいると、ウルターは良い案だとばかりに頷いた。
「あんなことする奴らさ、いない方がいいよね? だって、俺の父さんや母さん以外にもあんなことをしてるんだよね。殺した方がいい。一人残らず。だって、ケイは強いだろ。そうだよ、そうすれば母さんも救われる」
ウルターはケタケタと笑う。
「……ウルター」
「なあケイ、頼むよ。ケイは強いだろ、魔族なんかよりもずっと強いだろ。なら、やらなきゃ」
俺はウルターを抱きかかえた。とっととベッドに寝かせて夢を見てもらおう。誰の目から見ても危険な感じがする。
ウルターはそれに抵抗せず、ケタケタと笑った。
「ほら、俺のこともなんでもないみたいに持ち上げられるしさ、ケイって強いんだよ。魔族は生きてちゃいけないだろ? だから殺すんだ」
ぶつぶつと吐き出すウルターを無視して、寝室に転がした。涙と鼻水で粗雑なシーツを汚しながら、天井に向かって呟き続けている。
俺は黙って寝室から出て、そのうち寝るのを期待することにした。
明日からは水を汲んでから店内を水拭きして、椅子やテーブルを整理して、軒下も掃除して、墓の場所を聴き込んできて、店の再開準備をしよう。ウルターもそのうち立ち直ってくれるだろうし、そうなれば俺はウルターの店を手伝いながら自分の食い扶持も稼がせてもらおう。
ウルターが立ち直ってくれなかったら、どうするかな。




