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インカーネーション  作者: 時雨
第一章

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10/28

1.英雄殺し

 

 1

 

 俺は出来の悪い人間だった。


 発達障害とか、知恵遅れとか、そういう問題とは無縁だが、勉強も運動もそこそこの奴。


 しかしだ。人間として致命的な事に、俺は人間関係ってやつが壊滅的に下手くそだった。具体的に言うと、他の人が言うと評価が上がるような言葉でも、俺が言うと空気を冷やすような、そんな人間だった。


 理由はいくつもあると思うが、今になって大きな原因だと思うのは人類皆平等などと勘違いしてしまった事にあると思う。結果を出す前に出しゃばるとか生意気だ、っていうアレだ。それよりもやばい理由は、今以てそれを反省していないところにあるが。


 とにかく、俺は生きるのが下手くそだったわけで、アレとかコレとか、給料泥棒とか言われて生きてきた。そして死んだ。


 自分で言うのもなんだけど、よくもまああんな地獄みたいな人生を過ごせたと思う。楽しい事と言えば基本ソロプレイのゲームや読書と筋トレで、みんなでワイワイ笑い合っている記憶なんてありもしない。


 でだ、俺は人生ってのは地獄であると結論づけた。前世かなんかで悪い事をして、社会の頂点にいる連中が楽しくやっていく生贄として、俺はどこかの神様に贖罪をさせられているんだ。そう思い込んでも何の救いにもならなかったが、俺はそう思った。


 という、ゴミのような人生観が小さな体にじわじわ馴染んできたのが、今生で物心ついた頃である。


 そこは死臭と腐臭に満ちたスラム街だった。風呂やトイレなんてとんでもない、治世や法律はなく、あるのは弱肉強食がルールの世界。


 殺人強姦強盗をやっていない奴の方が珍しく、亜人の逃亡奴隷や人間の街ででかい顔をする魔族に至るまで、掃き溜めよろしく多種多様なゴミが集まる街だった。当然、街中に死体が転がっているのは珍しくもなく、昨日取引したあいつが死体になって雪の下にいたなんて事もよくあった。


 親に捨てられたのか死んだのか、実の親の顔は見た事がない。あのアバズレのガキと言われた事はあるので、前世と同じく人間の子どもではあったらしい。


 そうやって出来上がったのが探偵マンガの主人公のようなものかというと、そうでもない。


 まず、幼い体で生きるには食べなければならなかった。それも大人だった時よりも強い食欲を感じていたので、生きるためにはなんでもやった。文字通りなんでもだ。といっても、非力な子どもの体でできた事はたかが知れていて、せいぜい食料を盗んだ奴が翌朝死んでいたくらいのものだが。


 次に厄介だったのは、精神的な問題だ。精神というか思考というか、そういったものは体に引っ張られるらしく、何かがうまくいかなかった時は感情が制御できなくなる事があった。体感年齢は中年のくせに、前世で出来ていた感情コントロールができないのはかなりのストレスだった。


 そして何よりも、生きるための環境が悪質過ぎた。倫理を侵していない人間が少ない閉鎖空間は、誰もが自分に正直だった。強い者には媚びへつらい、弱い者には強く当たる。犯されても盗まれても殺されても、弱いから悪いが法律。強くなければ何もできない。


 そんな環境で非力な俺が生き残れたのは、まさに前世の知識のおかげと言っても過言ではない。ネズミやスズメを捕まえるための技術、動物の有毒部位を避ける知識、小さな子どもを狙う大人から逃げる知恵。そういったものが、どれほどその日食いつなぐ糧になったかわからない。


 まあ、そんな前世の経験もその程度のものでしかない。異世界転生俺ツエーの夢は、才能とコミュニケーション能力、それから圧倒的な運に裏打ちされた幻だ。わかりきっていた事だが、世知辛い。


 そんでもって、そんな生き残れるだけの微かなアドバンテージも、強者の前では意味のないものだったが。


 ある日、スラムに男が現れた。暗くどんよりとした空気を放つ男で、見るからに絶望に満ちた様子の男。しかも身につけている物はスラムでは手に入らないような上等な物ばかりだった。鍛え上げられた恵体だろうと、そんな風に諦観を漂わせる人間はスラムでは一瞬で食われる。


 ……はずだったが、男は桁外れに強かった。スラムの魔族が男の身につける物を狙って襲ったが、数で押せども時間で押せども返り討ち。しかし徒党を組む様子はなく、たまにスラムのどこかから食料を奪うだけだったので、いつしか男とはスラムの誰も関わろうとしなくなった。


 ある時、俺は食料に困ってそいつの寝床へ盗みに入った。気配を殺す事に自信があったし、バレても逃げる自信があった。


 舐めていた。過信していた。捕まった俺はタコ殴りにされた。殺されると思った。


 ――が、そうはならなかった。代わりに、その日から毎日俺が気絶するまでボコボコにされた。俺がどこへ行っても追いかけてきて、気絶するまで殴っていく。逃げようとしても、隠れても、何をしても半殺しにされた。


 このままでは死ぬと思った俺は、抵抗を始めた。手始めに噛みつきからひっかき、物を使っての殴打。そのどれもが一切通用しなかったので、俺は男がどういう理屈で強く巧いのか観察し、盗む事にした。


 そうやって、この世界で生きる術を手に入れていった。


 男に感謝しているか? もちろんしていない。じゃあ憎んでいるのかと聞かれると、それも少し違う。俺が今生きていられるのは間違いなくその男のおかげだし、俺が弱かったから悪かったわけだ。


 が、いつか殺すと決めている。


 マジでいつか殺す。

 



 

 

 で、その男はたった今しがた眼の前の女を殺した。殺気も気配も感じさせずに俺たちの背後をとり、いつも通り無駄も過分もなく、いっそ綺麗なほどに。


 コレットだかサラだかに短剣を突き刺すとすぐさま距離を取るのは、さきほど見たこの女の魔法の警戒しての事だろう。


 コレットの血をたっぷりと浴びたアテナが悲鳴を上げ、女の胸部に手を当てて魔法を使い始める。さっきまでウルターが浴びていた黄金色の光が漂い始めたが、即死だろうな。


 周囲の状況は把握しているが、周りに使えそうな物は何もない。となると俺の腕力だけが頼りだが、こいつに支配される生活から逃げ出した俺がどこまでやれるんだか。


「どうやって見つけたんだよ」


 とりあえず時間稼ぎに話しかけてみたが、アーサーと呼ばれたクソヤロウは何も答えない。


「ここまで追ってくるなんてしつこすぎだろ? つーかたった今てめえの名前知ったわ」


 俺が続けると、俺のトラウマの原因は鼻で笑い、


「お前の事など、どうでもいい。目的は果たした」


 とそんな事をぬかした。


「はあ?」


「弱者は言葉に縋る。いつも言っていただろう、俺を殺すと。やってみろ」


「上等だこのクソ……」


 俺が言いかけたところで、コレットの取り巻きがアーサーの背後から走ってくるのが目に入った。コレットの偽名呼んでこちらへ近づいている。


 この男がそれに気づかないはずがなく、つまらなさそうに鼻を鳴らすと俺から顔を逸らした。そのままコレットの取り巻きと反対方向へ堂々と歩いていき、姿を消した。


 どうやって俺の居場所を……いや、俺を無視していったって事は、本当に俺が目的じゃなかった? 目的って、コレットを殺す事か? 意味がわからん……


 あのまま殺し合っていたら、俺は生きていられたんだろうか。乾いた唾を飲み込むと、じっとりとした脂汗が喉を伝っていった。


 アテナの叫び声、アテナの父親に抱きしめられている子どもの嗚咽、コレットの取り巻きの怒号、街のうめき声。緊張が解けたからか、それらがラジオの周波数を合わすようにクリアになっていった。


 降り出した雪と朝日が、遠くの火事で赤く染まっている。


 この街へ逃げてきて、そのうち他の国にでも移り住もうと資金を貯めて半年が経った。半年の間、屋根と飯を恵んでもらっていたわけだが、世話になった二人には雪が積もっている。今はまだ余熱で溶けている雪も、次第に凍っていくはずだ。


 これからどうしようかとぼんやり考えながら、俺はオディオ夫妻の死体を荒らされた店の前に並べた。結構好きだったんだけどな。


 珍しく感傷に浸りたくなったが、コレットの周りでビービーギャーギャー騒ぐ声でうまくいかない。


「お願いコレット様、起きて……起きて!」


 とアテナ。


「そんな……コレット様……」


 とは、さっき俺に突っかかってきたアリウムと呼ばれていた男。


「誰だ! 誰がやった!」


「嘘だろ……これからどうすれば」


 取り巻き連中は怒ったり呆然としたり泣いたりと、感情カラフルだ。


 アテナの両親は疲れ切った顔をしていて、アテナの兄弟らしき男がアテナの魔法を止めようと肩を抱いていた。


 そいつらに隠れたウルターの様子が見えないので、俺はそっちに歩いてもう一度ウルターの傍らにあぐらをかいた。ウルターはまだ体を起こす体力すら戻っていないようで、仰向けのままコレットの血を浴びてガタガタと震えている。


「よう、ついてなかったな」


「……ケイ、どうしてそんなに冷静なんだ」


「いや? あの男が現れた時は死ぬかと思って心臓バクバクだったぞ」


「そうじゃないよ。みんな……父さんも母さんも、死んだんだよ。統一大陸最強の騎士って言われてる人ですら、死んだんだよ」


「そう言われてもな」


 ウルターよりも先に怒鳴り声を上げたのは、アリウムと呼ばれた男だった。


「お前、ふざけるな! 何をそんなに軽々しい事を!」


 アリウムが俺の胸ぐらをつかみ上げて持ち上げてくるが、力が入り切っていないし情けなく顔中汁だらけにしているし、何の脅威も感じない。まあさっきまで前世を含めても最大の恐怖と対面していたというのもあるが。


 それに、なんか知らんけどこいつも隊長みたいな奴が死んで動転しているだろうし。


「この方は、我々の希望だぞ! 誰のおかげで今平穏に暮らせていると思っているんだ」


「平穏? どこが?」


 アリウムが殴ろうとするのを察したので、俺は飛んできた拳を防いだ。ついでに、襟を摘んでいる腕も掴み上げて拘束を外した。


 が、その周りの取り巻きたちに剣を抜いて取り囲まれた。どいつもこいつも俺に怒りを向けてくる。


「魔族からの侵攻を防げているのが、誰のおかげだと思っている」


「この大陸の侵略を食い止めていたのは、あの方が死力を尽くしていたからだ」


「どこの誰とも知れないお前ごときがコレット様の功績を侮辱するなど……」


 取り巻きは口々に俺を責め立て、今にも殺そうとじりじりと距離を詰めてくる。


 というか、アリウムとかいうのは堪えきれなかったらしい、俺の拘束から逃れて剣を抜いて斬りかかってきた。


 俺はそれを避けて背後をとると、腕を捻り上げて首元に腕を入れた。腕と首を抑えられても抵抗しようともがくアリウムだが、さらに力を強めて黙らせた。


 治安悪いな。ムカついたら殺すって戦国時代かよ。いや、今まさに戦国時代くらいなのか? 俺もスラムだと平気で人を殺していたし、前世が平和すぎただけでこれが普通か。そう思うとそんなような気がしてきた。


「異世界ですねえ」


 俺の呟きと同時に、取り巻き連中が再び口々に騒ぎ出した。卑怯とか卑劣とか下民とか、コンプライアンスをがっつり煽っている。


 汚い罵倒を聞きながら、さてどうしようかと逡巡を始めたところで、女の二人組が近づいてくるのが見えた。ピーター食堂でコレットたちと一緒にいた、やたらと俺にうざ絡みしてくるやたらと美人なあの女とその付き人らしき女。


 また面倒くさそうなのが来たなと思っていたが、意外にも美形の女が放ったのは鶴の一声だった。


「そこまでにしておけ」


 相変わらず妙に通る声だ。


「その女騎士を殺したのはさきほど立ち去っていったあの男だ。こんなところでモタモタしている暇はあるのか?」


 美形の女と取り巻きがごちゃごちゃとやり始めた。何人かが俺のトラウマと追い、残りは残る。そんなやり取りをしていたが、俺が取り押さえている男からすすり泣きが聞こえてきた。


「おしまいだ……僕の英雄だったはずなのに。どうして……」


 いい年した大人がボロボロと涙を流し、子どものように顔をぐちゃぐちゃに歪めている。このアリウムって奴、しゃっくりまでオマケにつけ始めた。


 気まずさを紛らわせようと首を回すと、付き人の女と目が合った。俺に気づくと、付き人の女が薄く笑ってきたので、我ながらぎこちない会釈を返した。


 どうすんだこれ。

続きが気になるという方は、感想や評価待ってます(* ᴗ ᴗ)⁾⁾

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