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EP002:

「スウ―――――ッゲホゲホ……ハァ。し、死ぬかと思った……」

 新鮮な空気を力いっぱいに吸い込もうとしたが、激痛を感じて失敗した。

 ひと息つく暇もなく、うさ耳少女、もといポコラの叫び声が荒地に響いた。


「イリ!!!!」

 その声の先では、蛇と四足獣のキメラが、イリと呼ばれた麗人の左腕に食らいついていた。

 腕に牙が深く食い込んで、地面には大量の血が滴り落ちている。

 その横には、真っ二つに折れたレイピアと、何か機械の破片のようなものが散らばっていた。

 ふらつきながらも今にもキメラに向かって飛び出しそうなポコラに気づき、慌てて制した。

「私に任せて」


 すう、と体の力を抜いて集中し、大気の魔力の流れを読む。

 そして両の手を広げキメラに向けて掲げた。

 すると魔力の混ざった無数の水滴がキメラの身体の上と足元に落ちた。

 ピチョン、ピチョンと目に見えない水面があるかのように水滴が跳ねた。

 そうして広がった水の波紋が、イリに食らいついているキメラの頭の上と足元を十メートルほどの余裕を持たせて覆った。


「――『天縫』」


 広げていた掌を握ると同時に、キメラの上下を繋ぐように、すべての波紋から音もなく水の針が現れて不規則に敵を突き刺した。

 水面に跳ねた水滴どうしを魔力で糸を縫うように細く上下に繋ぎ、そこに圧縮して強度を上げた水魔法を通したのだ。

 数え切れないほどの水滴どうしがどこで繋がるかはランダムなのだが、敵が水面上を動くとそこに水滴と波紋を生じさせ、より多い水滴と波紋がある場所には自然とより多くの水の針ができるようになっていた。

 しかし水の針は綺麗にイリを避け、荒れ狂うキメラのみを蜂の巣にした。

 やがて息絶えたそれは、竜もどきの時と同じく黒い霧となってさあっと散った。


 次いで周囲を見渡し、”主人公”が竜もどき数体を抑え込んでいるのを見つけた。

 私は手にイリの持っていたレイピアと全く同じものを出現させ、竜もどきに素早く近づいて、甲羅が薄くなっている下あごから脳天を貫いた。

 人は殺せないが、前世ではゲームで嬉々としてモンスターを倒してきたので、ここら辺の躊躇はない。

 ーーグロいものはグロいけど。

 主人公と対峙していたそれらを全て倒した後、やはり骸は黒い霧となって消えていった。


 『ガチャ』で手に入れたキャラクターの『残滓』を通して使えるようになったのは、三つ。

 一つめは武器を出現させて行う、通常攻撃。

 二つめは自然魔法を行使する、スキル。

 そして最後に、ある程度の魔力を貯めて煉ることでより強い自然魔法が放てるようになる、ウルトラスキルだ。

 ウルトラスキルは、キメラを倒すときに使ったものだ。

 また、今は関係ないが、キャラクターの技にはそれぞれ特攻が乗っており、例えばイリの場合は人型特攻で、単純に特定の種類の敵には技の威力が上昇する。


 敵を一掃した後、駆けつけたポコラに包帯を巻かれつつ、イリが私に向けて言った。

「助けてくれてありがとう。だけどまず君に聞きたいことがある。……どうやってその魔法を習得した?それにその武器と、体術も。君は、一体何者なんだ?」

――推しの力が使えるよう願ったらガチャで手に入るようになりました、なーんて言えるわけがないっ!!

 ここで変人認定されるくらいなら、とだんまりを決め込んだ。

 あと咄嗟に嘘が出てこなかった。


 見かねた”主人公”が何か言おうとした時、それを遮るように遠くから声が聞こえた。

「イリ!ポコラ!!このアンナ、応援要請に応じて馳せ参じたわよ!魔物は全部、アタシにまっかせなさい!!」

 どーんと、登場に際して爆発が背後に響きそうなポーズをしながら、赤髪の凛々しい女性が登場した。

 両手には、拳から肘近くまでを覆う深紅のナックルを携えている。

「……アンナ、来てくれたんだね。悪いけどもう魔物は全て、そこにいる少女と少年が片付けてくれたよ」

 イリが私と主人公を指して言った。

 アンナはポカンとした表情を浮かべ、一拍置いて、ええーっと驚きと残念そうな表情を器用に一度に表しつつこちらを見た。

「アンタ達……」

 彼女はスタスタとこちらに近づき、勢いよく私と主人公の手を取った。

「アタシの仲間を助けてくれてありがとう!!特にイリもポコラも新人のくせに無茶するから、ここに来るまで内心ヒヤヒヤしてたのよ」

 私が戦闘で使った魔法について何も知らないアンナは、イリのように怪しむことなく純粋に感謝の気持ちを伝えてくれた。

 そして彼女は喋る途中、二人の方を見てほっとしたように柔らかな笑みを浮かべ、すぐにこちらに向き直った。

 仲間に向けるものとはまた違う、精悍な眼差しがこちらを見ている。


 ーーああ、良い……!!アンナはゲームの中では序盤で仲間になったキャラだから、他人同士の時の会話って貴重なんだよね。

 それだけじゃない。

 最初に手に入れた最高レアとして、戦闘面でもそれはそれはお世話になった、思い出深いキャラクター。

 そんな彼女が目の前にいることに、胸が打ち震える感じがした。

 

 彼女も推しの一人だーーというか、私はゲームを構成する世界観とそこでひたむきに生きるキャラ全てが好きな、箱推しタイプだ。

 この世界に転生したからには、全ての推しとの出会いを堪能しなければ。

「お礼をしたいから、アタシ達の駐屯地に来ない?今朝狩ったばかりの新鮮なサラマンダーと、秘蔵のベェヴルムの素揚げもあるわよ!!」

「げっ」

「いや俺は何も……『げっ』て何だ?」

 前言撤回、堪能しなくてもよい出会いもある。

 主人公くんはまだ知らないだろうが、サラマンダーはちょっとでかいトカゲだし、ベェヴルムに至ってはマジのイモムシなのだ。

 この世界は滅びかかっていて食料調達も困難なため、ゲテモノも食えるものは食うのが正義だ。


「アンナ、悪いのだけど、この二人を連れて行きたいのは駐屯地じゃなくて……きゃっ」

 ポコラが何か言いかけたのだが、突如響き渡った振動と轟音に遮られた。

ーー地震!?それとも雷?

 ふと見上げると、空を覆う厚い雲を切り裂いて流星、いや細石器の如く鋭いものが光に反射して輝きながら大量に急降下してくるのが見えた。

 遠目にも視認できたそれらは、よく見ると人間サイズであろう氷塊の群だった。

「上!避けて!!」

 咄嗟に危機を察知して叫び、主人公を氷塊の射程範囲外に思いっきり突き飛ばした。

 その勢いで、自分もその場に転んでしまった。

 ――あ、死んだな、私。

 恐らく私が使えるイリのスキルでは、あの重そうな氷塊を一つ二つ貫けても、襲い来るそれらを砕いて躱せるほどの隙間を作ることができない。


「『一騎当千』!」

 隣にいたアンナの全身が一瞬、炎に包まれたかと思うと、両手に装着されているナックルが紅く輝いた。

 そして迫りくる氷塊を目にも留まらぬ速さで砕ききった。

 こんな状況だが、私を背に庇い拳を熱く振るう姿に、推しがかっこいいと惚れ直してしまった。

 氷は密度が高いのかそれなりの強度で、アンナに砕かれずに地面に届いたものも割れることはなく、逆に突き刺さった。

 程なくして氷塊の雨は止んだが、周囲は地面に刺さった氷塊に阻まれ、アンナ以外に人が確認できない。

「みんな無事!?」

「無事だ。あんたのおかげで、氷の外に逃げられたよ」

「こっちも無事だよ。ポコラも氷の外だ」

 私の声に主人公とイリが反応を返し、私とアンナが安堵する。

 さあっと冷たい風が肌を撫でたかと思うと、突如激しい吹雪が吹き荒れ、周囲の景色が暗く、そして白く霞んだ。

 凍てつくような風が舞う上空から、巨大な何かが近づいてくる。


 それは、ーー人間の身長の十何倍の大きさはあろうかという、巨大な竜だった。

「……成体の竜? あれほど成長するには、三百年はかかるはずだ。なのにどうして、今の時代に?」

 イリの困惑の混じった声が、氷塊の向こうから聞こえた。

 同時に、私も戸惑っていた。

――あれ、ゲームでも見たことない敵なんですけど!?

――なんか、嫌な予感がするかも。


 その巨竜の全身は、鎧のように硬そうな白銀の鱗に覆われ、見下ろしてくる眼光は、吹雪で霞む視界の中であっても鋭い。

 ギョロギョロとこちらを舐めるような視線のそれと一瞬目が合い、恐怖で背筋が凍った。


 それの注意を引こうとするかのように、アンナが口を開いた。

「三人とも、動けそうならここから逃げて!」

「いやよ。アンナ、貴女を置いて……」

「これは上司としての命令よ、ポコラ。逃げなさい」

 先程までのアンナとは違う、優しさをそぎ落とした声が、ポコラの声を遮った。

 逡巡したような間の後、二人分の足音が遠ざかっていった。

「俺はあんた達と戦うよ」

「だめ!!!」

 大声に驚いて、隣にいたアンナがこちらを見た。

 自分でも驚いたのだが、私が出した声らしい。

「そ、その、とにかくあなたに死なれたら困るんだ。だから、二人を追って逃げてほしい!」

 ”主人公”が死んだら、物語はそこで終わり、だと思ったのだ。

 この世界はもう結構ゲームの物語とは違う道を進んでいる。

 それでも、ここで”主人公”が死んでしまったら、彼の英雄譚が始まらなかったら、彼に沢山救われるはずの多くの命が、物語が、そして推しとの出会いが失われてしまうかもしれない。

 勿論アンナにも死んでほしくはないけど、流石に自分ひとりの力では今すぐ彼女を逃がすことだって厳しい。

 ならばと、少しでも敵の気を引いて、彼女を逃がす隙を作ることを考えていた。


 イリとポコラが荒野を離れようとしてるのを見つけた巨竜が咆哮を上げ、氷塊を生成して発射した。

 アンナが周辺に刺さっていた氷塊を殴り割って道を作り、二人に向けられた氷塊を全て叩き落とした。

 私はその道を走って、未だその場に留まっている”主人公”に迫った。

「今・すぐ・逃げて!!」

 両肩を引っ掴まれて間近に迫った私の必死の形相に負けたのか、”主人公”は若干引き気味になりつつ走り去っていった。


 アンナが巨竜に対する警戒を怠らないまま、こちらに話しかけてきた。

「アンタ、可愛らしい顔して度胸あるわね」

「いつどんな時でもブレない信念と仲間を思う心が美しいあなたにそう褒めてもらえるなんて、生きてて良かったよ。骨は拾ってね!」

「……初対面よね?」

 獲物を逃した巨竜が、怒りの咆哮を荒野に轟かせた。



―――



 どれほど走っただろうか。

 俺がイリというらしい青緑の髪の、男?女?と、ポコラというらしい、獣の耳が生えた少女に追いついてから、足の感覚がなくなってからも減速することはなかった。

 ポコラは敵の攻撃を受けて弱っていたからか、道中でいきなり倒れた。

 そしてイリが彼女を左肩に担いだ。

 右腕を怪我して力が入らないのは分かるが、女の子の運び方はそれでいいのだろうか、とかそんなことを頭の隅で考えながら、さらに加速したイリに軽い畏怖を覚えた。


 日が暮れるころ、彼女らのアジトにたどり着いた。

 アンナともう一人の少女のいる場所に応援を呼んでもらい、ひたすらに待って、待って、待った。

 

 やはり荒野に戻って彼女たちを助けに向かうべきかと、何度目かの逡巡を繰り返した頃。

 その夜更け過ぎに、彼女は姿を現した。

「ただいまアタシ、アンナが帰還したわ!アンタ達もちゃんと逃げられたみたいね。本当に良かったわ」

 姿を現したのは、たったの一人。

「もう一人はどうした?俺と似た格好をしているという、少女は」

 俺の言葉に、アンナの表情が一瞬固まった。

 嫌な冷汗が背中を伝う。

 


「彼女は、死んだわ」

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