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EP003 :教会にて、協議

 半壊した家々から程近い場所にある森に入っていく。入り組んだ道を過ぎると、そこには古びた教会と墓地がひっそりと佇んでいた。時刻は夕方を過ぎて薄暗い。そのためか辺りはかなり不気味な雰囲気だ。

 経年劣化で重くなった扉をイリが開け、中に入るよう私達に促した。

 教会は中も相当古びて埃臭い。一部の柱が崩れて瓦礫の山を作り、かろうじて無事な壁も、黒ずんで大きなシミを浮かべていた。

「代表者を呼んでくるわねー」

 どこからか教会内に電気をつけたポコラが、そう言って礼拝堂を出ていった。残された私、グリム、イリの三人は特に会話することもなく、それぞれ適当な椅子に腰掛けた。



 そこから十分もかからずに、ポコラは戻ってきた。連れてきたのは三人で、知的そうな青年、成人したてくらいだが落ち着いた雰囲気の女性、そしてラフな格好をした十歳くらいの少年だ。

 私とグリムは席を立って彼女らの前に行き、彼らと握手しながら挨拶を交わす。

「やあ、ボクはレン。リーダの右腕だ」

「あたしはアンナ。常務担当だよ」

「私がリーダーのウィンストンだ」

 全員ゲームに登場するしガチャでも出るキャラ達なのだが、ウィンストンだけは、姿を見ただけでは彼と認識できなかった。こんな小っちゃいのがウィンストン!?口調もなんか違うような?…はっ、もしかして、見た目は子ども、頭脳はふんふんとかいうアレな状態だったり?


「話はポコラから聞いている。…なんだベアトとやら、こんなガキがリーダーで不満か?」

 悠然とした態度を崩してはいないものの、その視線には僅かな棘が混じっている気がする。これはいけない。

「いやいや!!そんなこと微塵も思ってません!!」

 素早く両手を顔の前で大きく振り、否定の意思を表す。思わず彼を凝視してしまって、いらぬ誤解を生んでしまったようだ。今は少しでも印象を良くしたいところなのに。

「あはは。ウィン会長はこう見えて聡明で、組織での人気は高いんだよ?あたし達の自慢のリーダーなのさ!この前の忘年会のスピーチでも――」

 コホン、とウィンストンが咳払いをして、この場の空気も読まずにアンナが突然始めかけた彼の暴露話を阻止した。

「そこまでにしてくれ…。すまない、話が逸れた。まずは、我々について説明しよう」


 ウィンストンは取り直して続けた。

「我々は、国家ヒルシュニア直属の第十五地区魔物討伐隊だ。加えて、私はこの地区の管理も任されている。聞いた話だと、君達は記憶がなく行く当てもない。だから、国家の庇護を求めてここへ来た。そうだろう?」

 ふーん。国家の兵隊様が、こんな密やかな場所で身元不明の私達と話し合い、ねえ。

「違うが」

 グリムが即答した。こいつは何を言っているんだというような顔をしてしまっている。出会ってからずっと目の当たりにしてきたが、彼の何に対しても動じなそうなその態度には、本当に恐れ入る。

「ほう。では何を求めてここに?」

 周囲の空気が僅かに張り詰める。一方で普段通りといった様子のグリムは質問に答えず、ぽつりと言った。

「…"国家直属の部隊"にしては、随分と隠れるのが好きみたいだな」

 その言葉に、レンはすっと笑みを消し、アンナもこちらを観察するように目を細めた。その彼らの後ろで、イリとポコラも静かに私達の様子を見ていた。

 そんな一触即発な雰囲気に肝が冷えるばかりだが、この話の流れをゲームで知っている以上、口出しはしたくない。というか、できない。嘘が下手なので、迂闊に喋るとボロが出てしまうのだ。

 …私、主人公じゃなくて良かったー!!

 そんな無責任なことを考えている間にも、ウィンストン達とグリムの探り合いは続いていた。


「何が言いたい?」

「別に。ただ、表で堂々と活動できない理由でもあるのかと思っただけだ。隠れるといえば、教会に入る前に見かけた墓地だが、戸口が修理されていて周囲よりも新しい。その奥に土の被っていない鉄製の蓋がある。こんな人々に忘れ去られたような場所で、使用の痕跡があるのはそこだけだ」

「フン、よく見ているな」

 レンの言葉に、見てほしかったんだろ?とグリムが何気ないように返した。

「こんな風に分かりやすく裏の顔を覗かせるのは、俺達を国で保護する気がないと言ってるようなものだ。つまり、あんた達は、俺達を何かに巻き込もうとしている」


 少しの沈黙の後、ウィンストンが唇の端でにやりと微笑む。

「その通りだ。…レンの言った通り、試験をやっておいて正解だったな」

 それまで変化に乏しかった彼の表情が、ふっと明るいものに変わる。それは、ゲームの中で見た、いつだって仲間の筋道を太陽のように照らしていた、大人の彼によく似ている。


「改めて。我々は、表向は魔物討伐隊。そして裏では、"世界崩壊以前"の調査を行っている。そして君が見たハッチの先にあるのが、調査団のアジトだ」

 グリムはウィンストンの言葉を信用しきっていないのか、見極めるように目つきを崩さない。

 対してアンナは、私達を見て感嘆した風にため息をついている。

「…全く驚かないところを見るに、そこのベアトとやらも全てお見通しってわけかい」

 彼女の言葉に、私は静かに頷いた。本当は前世の記憶として全て知っているだけなのだが、黙っておいた方がかっこよく見えるからね。


 いきなり、ウィンストンが天井に向けて大きく伸びをした。その姿はまるで、自分にかけられていた錘を取っ払ったかのようにも見える。

「はあー、緊張した!君達をこんな埃臭い場所に呼んでしまってごめん。だけど、政府の目を避けられる場所は限られているんだ。…改めて、ぼくはウィンストン・ツー・ヴァイスヴァルトという。多少みんなより若いかもしれないけど、第十五地区魔物討伐隊、そして世界崩壊調査団の両方のリーダーをやっている」

 彼は年相応の明るい笑顔を浮かべている。その口から述べられる彼の肩書は、相変わらず大きくて重かったけれど。

「そしてここからは、ぼく達が君達に信頼してもらう番だ!」

 それを聞いたアンナとレンからも敵意は抜けており、こちらに純粋な興味の視線のみを送っている。


 ウィンストンの口調が変わったような?と思って聞けば、普段は大人に舐めらぬよう、魔物討伐隊の隊員の前では威厳ある話し方をしているのだそうだ。私達が望めば本当に国に引き渡すつもりだったので、それまで違和感のないように話し方を変えていたとのことだった。

 これで謎が一つ解けた。今のフランクな物言いの方が、私にとってはゲーム内でも馴染みのあるものなのだ。ただ、最も気になっていた、ゲーム内よりも幼い容姿については、彼が言及することはなかった。


 ここからは長くなるよ、とウィンストンが近くの椅子に腰掛けて、ここにいる全員に着席を促した。

「白と黒の脅威を知っているかな?」

 私達が首を振ったのを確認した彼から語られたのは、この世界の歴史だった。



 曰く。この世界は、終末と再生の狭間にある。

 「百五十年ほど前、突如空から光が降ったという。――」

 それは後に『白の意志』と呼ばれるもので、無機物有機物に関わらず世界の全てのものを徐々に朽ちさせていった。

 だがある時、黒い影のようなものが救世主の如く現れ、『白の意志』を喰らい始めた。後の『虚無の黒』と呼ばれるものだが、それの軌跡から発生する黒い霧によって大気は汚染され、そこから魔物が誕生してしまう。

 それから百年後の魔法が誕生する時まで、人々は荒れ狂う魔物に対抗する術を持たず、多くが無惨に殺されていった。


 これにより、百五十年ほど前と比較して、現在この世界で人が住める場所は、約三割にまで減少していた。

 そしてここ、ヒルシュニア共和国は他国同様、防壁に囲まれた都市国家となった。巨大な防壁で世界と隔離することで、黒と白の脅威に抗いながら人間が生き残る地を作り上げたのである。


「――ぼく達は最近、この災厄の始まりである『白の意思』と『虚無の黒』は自我を持ち、何らかの目的のもと協力して活動している、という仮説を立てた」

 これまで、その二つは天災であり、無作為に世界を荒らしていると考えられていた。しかし数か月前、この第十五地区のある場所で、『白の意思』が何の前触れもなく一地点を重点的に喰い荒らして半径四十メートルほどの荒野を作った。その後、『虚無の黒』がその中心に降り立ったと思ったら、まるでナトリウムが結晶化を起こすように、そこに数メートルほどの高さの異質な氷が形成されたのだという。

 しかしそれは、太陽の熱に溶けることはおろか、白にも黒にも浸食されなかった。


「そしてその氷から出てきたのが、君というわけだ」

 イリがグリムを指さしながら言った。ウィンストンの指示で、これまでイリとポコラはその氷のある地へ定期的に調査に向かっていたらしい。…その存在は国には秘匿しながら。そして今日、なぜか氷が解かれたのだ。

「そう。だから君には、国家の魔物討伐隊で預からせてもらうのではなく、ぼく達調査団の調査対象になってもらいたいんだ」

 『調査対象』という言葉に、グリムの肩が僅かに反応したように見えた。

「それに同意してくれるなら、国なんかよりも身の安全が保証できると思うよ。特に特殊魔法が使えるらしいベアトのね。国に任せるのなら、身元の保証できない難民である彼女は、きっと特殊魔法統括局の研究者達に喜ばれるだろうからね。…君の魔法はそれほどに興味深いものだよ」

 ウィンストンは笑顔のまま、私の方を指す。

 突如、ここに来て何度目かの緊張感に襲われ、私はごくりと唾を飲み込んだ。


 あれ。これはもしかして、――脅されている?

 でもこれまで一度だって、彼は脅しの言葉を発していない。ただ事実を並べただけ。

 でも、だからこそ恐ろしいのだ。

 彼が提示した選択肢。国家の庇護下に入るか、それとも調査団の調査対象になるか。そうか、そんなものは、身元のない私には最初から存在しなかったんだ。

 そして彼の無垢そうな笑顔に気を緩めて聞いてしまったのは、国家の知らない独自調査団とその内容。こんな内情を聞いてしまった以上、今更「帰ります」で解放なんてしてくれる筈がない。そもそも帰る場所なんてないのだけど。


 視線を上げる。目に映るのは、変わらず柔らかい笑顔を携えたウィンストン。

 でもその笑顔の裏は、底が見えない。国と繋がっており、組織を率いて多くの人間を動かす指導者に私は、逃げ道を絶たれている。

 ――ここにいるのが、怖い。

 

 これは夢じゃない。分かっていたはずだけど、自覚していなかった。

 そしてただ画面越しに安全な場所からスリルを楽しむことのできた、ゲームの中でもない。これは現実なんだ。

 どうやら私は、とんでもない世界に転生してしまったらしい。


「話は分かった。だが、生憎あんた達にも、この国にも、大人しく捕まる気はない」

 グリムの言葉に、ウィンストンの笑顔が僅かに薄れる。アンナとレンは軽く武器に手をかけている。

「グリム…」

 思わず声を発した私を手で制しながらも、グリムはあくまでも堂々としている。

「だが、調査団には興味がある。だからあんた達の調査対象になることは受け入れる。その代わり、俺達を仲間に加えてくれ。黒と白というやつに関わりのある俺達が調査に直接協力すれば、より多くの手がかりが得られるかもしれないだろ?」

 勝手に私のことも含めて交渉を進めている。そもそも脅しの材料として使われた所謂”特殊魔法”だが、これは私の問題であって、本来グリムには関係ない。ウィンストン達が調査対象として必要としているのはグリムであって、私はおまけ程度の存在なのだから。だが彼はそれを分かっているからこそ、私を助けようとしてくれているのだと思う。

 命の恩人はどっちなんだか。これで彼に大きな借りができてしまったな。

 

「ぼく達の下で働きたいってことだね。いいだろう。」

 私はほっと胸をなでおろす。結局ほぼ黙っているだけで、グリムが私の心配事を全て解決してしまった。流石は主人公である。

 この調子で今後も面倒ごとは彼に任せよう。これは適材適所というやつだ、そうなのだ。

 私達の反応を見てウィンストンは、ふっと小さく笑った。それでやっと、今の彼の本来の笑みが見られた気がした。

「ただし――」

 ウィンストンがレンとアンナに目配せする。それを受けて二人が、私とグリムの前に立ちはだかるように歩み寄って来た。


「この二人に勝てたらね!」

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