EP001 : 死地にて、始動
初投稿です。よろしくお願いします。
「なに、ここ……」
巨大な何かに抉られたようにぽっかりと窪んだ地表の上に、何故だか自分は横たわっていた。
——昨日の夜は、疲れて自分の部屋で寝た……んだったよね?
自分の置かれている状況を理解しようにも、思い出せる記憶は曖昧だった。
頭の中にあった、自分の出身らしき日本という国の平々凡々な景色と、目の前の景色との間には、どう考えても結びつきは感じられない。
見渡す限り、生物どころか草一つない岩肌に覆われた地。天上はというと、どんよりとした雲に覆われていて、今が夜ではないということ以外、時間の推測もできない。
まるで、世界の終わりに一人取り残されたような、そんな異様な景色に、ぽつりと呟いた。
「なんだろ。なんっっか、既視感があるような——」
そんな妙な感覚を覚えたおかげで、目覚めてから唐突に混沌とした世界に放り出されていた意識が、徐々に落ち着きを取り戻し始めた。
頭が冷えると、次は何故か背中から冷たさを感じたので驚いて振り返り、そしてまた驚いた。
ほんの数歩先の距離に、自分の身長の五倍は優にあろうかという程の、巨大な氷の岩がそびえ立っていた。
まるで氷山から削り取ってきたかのように荒々しい見た目のそれであったが、表面をよく見れば、太陽の光が遮られたこの地でなお光を強く反射し、時にはオーロラの如く眩い虹色を、そして時には重苦しい鉛のような色を妖しく映し出していた。
その美しさに惹き込まれるように氷の中を覗くと、なんと少年が冷凍保存されているではないか。
フード付きの黒いケープを羽織っており、年は十五、六ほどだろうか。
その瞳は閉ざされ、物理的に動きの封じられた顔にも身体にも、表情は感じ取れなかった。
「この男の子……まさか、あのソシャゲの男主人公? そういえば、この光景も、あのゲームの冒頭にそっくりかも!?」
今度ははっきりと思い出した、とあるゲームの記憶と目の前の景色の絶妙な一致に興奮し、勢いのまま両手で氷に触れた。
すると触れられた部分を起点として、パキリとわざとらしく音を立てて巨氷の表面に亀裂が一つ入った。——それはまるで、この機会を待っていたとばかりに、世界の時間が動き出したかのように。
「え゛っ。そ、そんなつもりじゃ」
慌てて手を離すも、時既に遅く。
亀裂は益々広がり少年を覆っていた氷全体に行き渡ったと思うと、硝子の割れるような衝撃音と共に、全体が一気に砕け散った。
どのような原理か細かな粒子となった破片は雪のようにふわふわと舞い、輝きを乗せて地表に降り注いだ。
それと同時に束縛から解放された少年が、重力に従ってこちらに落ちてくる。
「ぐえっ」
見る限り特に運動をした形跡のない腕では人ひとりを支えきれず、変な声を上げて地面に挨拶をすることになった。
少女を下敷きにしてその場に雪崩込んだ少年の長い睫毛が、そこで揺れた。
「……ここは、どこだ?」
「わ、私の身体の上、かな……」
「は?……!? っ悪い!」
腹から重みが消えたので、一呼吸して少年を見ると、戸惑いつつのこちらの様子を伺っていた。
そこで私は、気まずさを誤魔化すためにも、思い浮かんだ疑問をぶつけてみることにした。
「あの、見たところ大変お若いようですけど、コスプレイヤーさんですよね?グリム、すっっっごい再現度ですね!!SNSではなんていう名前で活動されてるんですか!?それにここって、舞台セットの中か何かですか?私はどうやってここに迷い込んでしまったんですかね!?」
「……は?」
少年から二度目も、侮蔑が多少込められた疑問の一文字を向けられ、あれ?なんかまずった?それとも一気に喋りすぎた?と焦って話を逸らそうとするも、そうすぐには話題が思い浮かばない。
少年の視線が、相手を観察するものから怪しむようなものへ変わったのを感じて更に焦りが増した時、足音が近づいてくるのが聞こえた。
「あれ、知り合いじゃないのー?お揃いのアッシュグリーンの髪と暗紅色の瞳なんて、絶対に兄妹だと思ったのだけれど。ね、イリ」
「そうだね。それによく見ると服装も近いようだ。そのいかにも互いに初対面という態度だけでは、君らが無関係と証明できないほどに、ね」
声の先にいたのは、兎のような長い桃色のケモミミを左右に垂らした愛らしい少女と、スラリとした身体に腰まである水浅葱の髪を靡かせた、少年とも少女とも取れる貌の麗人。
ゲームに登場するキャラクター達と全く同じ姿の彼女らを見て更に強まる既視感と、ここにいる全員が特に芝居をしている様子のなさが合わさって、愚かだと一度は投げ捨てた仮説が現実味を帯びてくる。
そう——ゲームの世界に転生してしまったのでは!?と。
前世ではトラックに轢かれて死んだのかな、と記憶を辿ろうとしたがやはり思い出せなかった。
ただ、なぜだかこの世界とよく似たゲームのことならはっきりと思い出せる。
だから、目の前の現状がゲームと全く同じように進んではいないことも分かっていた。
彼女らの台詞は、ゲームのそれとは全く違う。
ああ、それもそのはずだ、と思った。
ゲームの中で登場する"主人公"は、——氷に閉じ込められていたのは、——たった一人だけなのだから。
ーー彼がこの世界の主人公なら、私の存在は、何?
図らずして哲学的となった疑問を浮かべ悶々としている間にも、この世界の物語は進んでいく。
「対象と接触したよ。詳細は後で。——さて、君達には詳しく話を聞きたいところだけど……先ずは落ち着いてからだよね。君達も武器を持っていたら協力して。」
イリと呼ばれた麗人が、腕に着けているスマートウォッチらしきものに向けて二言喋った後、こちらにも話しかけてきた。
そして同時に、どこからか現れたレイピアを構え辺りを見回していた。
それに倣って周囲を見ると、いつの間にか私達四人は、十数匹の凶悪そうな外見の怪物、もとい魔物に囲まれていた。
武器!魔物!と、非日常な単語に心を躍らせかけたのだが、それはすぐに焦りに変わった。
——明らかにゲームのチュートリアルで出てきて良い強さの敵じゃないんだけど?
スライムやコウモリ亜種のような小さな敵を想定していたのだが、目の前にいるのは、蛇と四足獣のキメラや二足歩行の小型竜のようなものが数種。
それらは、ゲームでは物語の中盤あたりで登場する、多少硬めの魔物達だった。
しかしするべきことは変わらないと、自分に武器があるかを確認する。
何も持っていなかった。
そういえば、とゲーム内では皆、戦闘時に光の粒が集まって魔法のように武器を出現させていたのを思い出した。
剣よ来い!と心の中で唱えてみる。
やはり何も起きなかった。
「んおおおい!何もできないじゃん!!」
武器を手にできない焦りから頭を抱えそうになった時、青い竜のような小さな個体がギィギィと鳴きながら、氷から出たばかりの”主人公”に向け、鋭い牙を剥き出しにして襲いかかってきた。
”主人公”はいつ出したのか、自前の剣の腹でその牙を受け止めた。
だが、彼の腰ほどの背丈しかないその魔物に力量の差で敵わず、今にも押し負けそうになっている。
彼の剣を咥えている竜もどきの口の奥が、白く光った。
そこに高密度かつ高温度のエネルギーが濃縮し始めており、何らかの攻撃準備であることは明らかだった。
「悪いけど、させないよ」
突然、それの右頬近くに、どこからともなく水の波紋が現れた。
波紋が数度広がって凪いだ後、手のひら程の直径はある水の柱が勢いよく噴出し、不意打ちを食らった竜もどきは抵抗すらできずに十数メートルほど吹き飛んだ。
その波紋が生み出された方角には、レイピアを持っていない左手を前にかざしたイリが、なぜか申し訳なさそうに佇んでいた。
一方、いつの間にか私の近くにやって来ていた兎耳の少女が、優雅な微笑みをこちらに向けて話しかけてきていた。
「初めまして、ごきげんよう!ポコラよ。貴女は武器を持っていないのかしら?なら、わたしの側から離れないのよー?」
丸腰のまま突っ立っていただけの私を見て、彼女は慈愛と決心の籠もった表情を浮かべた。
そしてその小さな背で私を庇うようにして立ち、木製のステッキを取り出して、すうっと三度振るった。
すると、地面を抉り取るようにして土の人形が三体現れ、私達を庇うように覆った。
直後、竜もどき数体によって四方八方から発せられた業火が土人形達を襲った。
土人形は敵の攻撃にびくともせず、私達を守ってくれている。
だがそれらの遮断しきれなかった熱が内側に入り込んできて徐々に中を蒸し始め、一分も経たぬ間にそこは灼熱の地獄と化した。
「あっつ…」
「…あらら?ごめんなさい。これはちょっと、きついかも——」
脚と頭がふらついてその場にへたれこんだ。
ポコラの方は何とか踏ん張っているものの、やはり身体が悲鳴を上げているのか脚は震えている。
サウナの比ではない高温の外気が、身体機能を確実に蝕んでいる。
心臓は身体の内側からバクバクと激しい音を立て、血液を必死に循環させて体温を下げようともがいている。
しかし体感としては既にその血液が沸騰しそうな熱さに達しており、心臓の足掻きはただただ体力を無駄に消費するだけだった。
——まさか私、ここで死ぬの?
転生してから目まぐるしく転換する状況に翻弄され、あれよあれよと流されるうちにいつの間にか、絶体絶命の危機に瀕している。
わけのわからないまま唐突に死を突きつけられ、文字通り茹だった頭を染めたのは恐怖ではなく、怒りだった。
——折角ゲームの世界に転生したのに、チュートリアルで退場?
——冗談じゃない!前世では途中で死んで見られなかった、このゲームの結末を知りたいし、何よりガチャで手に入れた推し達をこの目で堪能するまでは、絶対に死にたくない!!
ぐらぐらと歪む視界の中で何とか立ち上がり、怒りのままに叫び声をあげた。
「ここがゲームの世界だっていうなら、私にも力を分けてよ!例えば推しの力とかさ…」
意識が途切れかけ、再び地面に膝をついた、その時。
世界は、その我欲満載な少女の願いに、面白可笑しく応えた。
〚『流星の祈りガチャ』が解放されました〛
〚ギフトが届きました。内容は、存昌石が▓▓▓▓▓▓個です。これは前世で使用した存昌石の総量にあたります〛
タイミングよく脳内に響いた謎の声に驚いたが、聞きとれた単語には覚えがある。
この世界によく似たゲームに夢中だった頃、ガチャ石、もとい存昌石をコツコツと集めたり、時には運営へのお布施と称して大量に課金して手に入れたそれをチケットに交換し、毎度我欲に満ちた祈りを捧げてガチャを引いていた。
そして今。
数え切れない回数の辛酸を舐めさせられたそのガチャの画面が、目の前にホログラムとなって現れている。
しかし、暑さにやられて半分虚ろになった少女の意識は、その異常な光景を現実のものとして捉えられていない。
少女は、前世で幾度となく繰り返した作業を無意識に反芻する。
石をチケットに交換して、ガチャを10連。
それを受けたホログラムが、少女の意思に従って正しく機能した。
少女の目の前が眩い光に包まれる。
そしてホログラムに映し出された召喚エフェクトは現実と繋がり、複数の光の奔流が画面を飛び越えて少女の胸に流れ込んでいった。
〚以下を獲得しました。
•星4 『イリの結晶』 ×1
•星4 武器核『セレーネの加護 炎』×1
•星3 武器核『砂糖飴』×1
•鉄屑 ×7 〛
ガチャ結果が脳内に音声として響くとともに、知識の濁流が少女を襲った。
それもまた、ゲームの中で幾度となく使用したものであり、少女にとっては、それが現実で使用できるようになっただけのことであった。
「最高レア、なし、か……。でも、十分!」
新たな知識によって正気を取り戻したのか、それとも失ったのか。
少女は再びユラユラと立ち上がって無理矢理笑みを作った。
そして左手を前にかざして、この世界に来てから初めて『それ』を放った。
即座に少女とポコラの周りに水の波紋が八つ出現し、それぞれから高密度に圧縮された水の柱が飛び出し、ポコラの土人形を貫通して業火を作り上げていた竜もどき達の脳天を貫いた。
魔法自体はイリのそれと全く同じだが、その威力は比べるまでもなかった。
そう、——つい先程まで丸腰だった少女は、無意識で回したガチャによって、キャラクターの魔法スキルを獲得していた。
それも、そのキャラクターの技量を最大限(レベルMAX)にした状態で。
少女達を守っていた土人形は、少女の強力な魔法によって開けられた穴からヒビが入り、形を保てずに崩れて地面に還っていった。
その先にいた竜もどき達は倒れるのとほぼ同時に、全て謎の”黒い霧”となって消えてしまった。
少女の意思は、新鮮な空気を久しぶりに取り込んだことで、再び動き始める。




