第8章 ふたつの世界の真実
光のトンネルを抜けると、そこはなんとなく見覚えのある部屋だった。来客用の黒い革張りのソファがり、窓際には、大きな1人用のデスクがある。壁側にはたくさんのファイルが並んだ本棚がある。その隣に、転送魔法の飾り棚が置いてあった。窓の外からは、子たちが遊ぶ声が聞こえる。外はグラウンドになっていて、いくつかの遊具があった。その遊具をこうすけとゆうすけは見たことがあった。
「ここって。」
こうすけがつぶやくように言った。
「おれらの小学校じゃんか。」
転送された先で危険なことがあっても大丈夫なように戦闘態勢をとっていたゆうすけは、目の前に広がった馴染みのある平和な光景に、拍子抜けした。外のグラウンドは、こうすけとゆうすけが通うさくら小学校に間違いなかった。もう5年も通っているのだから間違いようがない。
「おまえさんたちが通っておる学校なのか?つまり、ここはさくら小学校なのか?」
ジェムおじさんが聞いた。
「うん。間違いない。さくら小学校だよ。あ!!ところで今何時?!」
こうすけは慌てた。あれだけ魔物と闘ったのだから、実は何日も経過していて、お父さんが心配して捜索願いを出しているのではないかと心配になった。校長先生の机の上の日めくりカレンダーの日付を確認すると、4月22日、日曜日だ。
「よかった。あの日の日付のままだ。」
こうすけはほっとした。そして改めて校長室の中を見回した。壁の上の方に歴代の校長先生の顔写真が並んでいる。一番右の写真は、こうすけとゆうすけもよく知っている今の校長先生の写真だ。全部で八枚の写真が横に並んでいる。こうすけはさくら小学校が始まってから8番目の校長先生なのだろう。8人の写真を順番に観察し、一番左の写真を見てこうすけは驚いた。まるでライオンだったのだ。いや、間違いなく人の顔だし、スーツも着ている。でも、ライオンにそっくりだった。初めて、ジェムおじさんを見た時と同じだと思った。
「ゆうすけ、見てみろよ。あの写真。」
写真を指差して、こうすけがゆうすけに言った。
「え?ライオン??」
たてがみのようなオレンジがかったボサボサの髪の毛。鋭い目。少し前に出た鼻元の下には大きな口。どの特徴の全てがまるでライオンだ。ゆうすけもジェムおじさんの時と同じだと思った。動物に酷似している人間、ということは、初代校長もドワール王国からやってきていたのではないだろうか。
ふと横を見ると、ジェムおじさんが初代校長の写真を見ながら、目を見開き、口をパクパクさせている。
「こ、こ、これは。なんということじゃ。なぜあの方の写真がここに?」
「あの方って?」
驚いてうろたえているジェムおじさんにこうすけが聞いた。
「あの写真のお方は、先代国王じゃ!」
「せんだいこくおう?」
ゆうすけが聞き返す。
「前に話しただろう。約40年前、魔法が封印された時に野生化の犠牲者となってしまった方が1人だけいたと。それが、この先代国王なのじゃ。なぜ、先代国王がヒュゴルの世界の写真に写っておるのだ。」
ジェムおじさんが初代校長の写真を見ながら言った。
「この人は、このさくら小学校が創立した時の校長先生だよ。」
こうすけはジェムおじさんに並んで立ち、初代校長の写真を指差した。
「なんじゃと?それはいったいどういうことじゃ?」
「この人がドワール王国の前の国王だということは、さくら小学校の校長先生とドワール国王が同一人物だったってことだよ。」
こうすけは冷静だった。
「なんと。先代国王はことらの世界でヒュゴルとして生活していたということなのか。」
ジェムおじさんは驚きのあまり、腰を抜かしそうになっている。
「ねぇ、ジェムおじさん。こっちの世界とドワール王国って繋がっているって言ってたよね。ってことは、ドワール王国の魔法の力は、僕達の世界に封印することもできるの?」
こうすけは何かを考えている。
「理論的には可能なのじゃが、手段がないのじゃ。転送魔法は物体の移動しかできん。魔法の力のように、形のないものを移動させることはできんのじゃ。」
「そうなんだ。」
その時、廊下から話声と足音が聞こえてきた。
「ジェムおじさん!グリトスと隠れて!!」
ジェムおじさんは慌てて透明化の魔法を使った。一瞬にしてジェムおじさんとグリトスの姿が消えた。
ガラガラッと校長室のドアが開くと、校長先生と教頭先生が入ってきた。教頭先生がこうすけとゆうすけの姿を見て驚きながら怒った。
「なんだ君たちは!5年と4年のさかもと兄弟じゃないか。日曜日なのにどうしてこんなところにいるんだ?!」
「すみません。」
こうすけはとっさに謝った。
「いやぁ~、暇だったからお兄ちゃんとキャッチボールしに来たんですけど、入口が開いてたからつい入っちゃって。へへへ。誰もいない学校ってなんかドキドキしてつい探検しちゃったんだよね、お兄ちゃん。」
ゆうすけがテヘへと笑いながら言って、こうすけにウインクをした。
ゆうすけナイス!!こうすけは心の中で思った。こういうピンチの時、ゆうすけは天才的に機転が利くのだ。2人でいたずらをしてお母さんに怒られそうな時に何度も助けられてきた。
「まぁ、誰もいない学校が特別に感じる気持ちはわかるけどなぁ。だけど、校長室には大事なものがたくさんあるんだから勝手に入ったらだめだろう。ゆうすけ君はともかく、こうすけ君まで。」
「オレはともかくって。」
教頭の言葉に、思わずゆうすけがつぶやいた。こうすけはゲームオタクではあるが学校では優等生として有名なのだ。一方のゆうすけは、やんちゃ者として知られている。
「ははは。確かにね。でも、勝手に校長室に入ることは良くない。ドアを開けていた先生も悪いけど、今後は勝手に入っちゃだめだよ。」
不満そうな顔をしたゆうすけに向かって校長先生が穏やかに注意した。
「校長先生って8人目の校長先生なんですね。この、一番最初の校長先生ってどんな人だったんですか?」
こうすけが校長先生に尋ねた。自分だけが注意されたことにゆうすけは納得がいかなかったが、それよりも、初代の校長のことが気になった。
「はははっ。まるでライオンにそっくりだろう。この辺りでは有名な先生だったよ。堂和先生という名前だった。私が新人教師のころに少しだけ一緒に働いたことがあったんだ。不思議な先生でね、いろんな伝説があって、さくら小学校の七不思議だなんていわれていたよ。」
校長先生がにこやかに答えた。
「へぇー、七不思議って何ですか?」
学年トップの優等生からの質問には校長先生も答えるしかない、という感じだ。
「もう40年も前のことだからね。堂和先生は、もう亡くなっているんじゃないかな。噂というかね、堂和先生がさくら小学校の校長に着任されるまでの経歴を知っている人が誰もいなかったんだ。長年教師をしていると知り合いがどんどん増えていくものなんだけど、不思議と誰も堂和先生の過去を知らなくてね。それにあの見た目だから、どこか動物の国からやってきたんじゃないか、なんてね。ははは。」
校長先生は冗談のつもりで言っているが、2人はそれが事実だと知っているので、顔がひきつった自然な笑い方をしてしまった。
「当時は、景気が良くて日本中の至る所で新興住宅地が開発されていてね。そのために小学校もたくさん設立されたんだよ。新しい小学校が増えた分、学校の先生もどんどん増えていったんだよ。さくら小学校もその頃に創立して、最初の校長として着任されたのが堂和先生だったんだ。写真のとおり、見た目にすごくインパクトがあるだろう。ほとんどしゃべらなくていつもだまっているんだけど、本当に子ども想いで優しい先生だったんだよ。威厳と品格がある人で、まるでどこかの国の王様のようだったよ。」
こうすけとゆうすけは目を見合わせた。
「堂和先生は誰よりも先に学校に来て、誰よりも遅くまで残っていたから、学校に住んでいるんじゃないか、なんてうわさもあったよ。でも実際には、このさくら団地にご自宅があって、ご家族はいたのかな?一人暮らしだったような・・・。思い出せないな。」。
校長先生は、眉間にしわを寄せて考え込んでしまった。
「そうなんですね。優しい先生だったんですね。経歴がわからなくても履歴書や何か書類はなかったんですか?」
じれったくなってこうすけは尋ねた。
「昔のことだからね。それに、私も今は校長だけど、当時は新人だったからね。履歴書を見る権限なんてなかったよ。仮に履歴書があったとしても、もう処分されているだろうね。」
「そうですか・・・。ありがとうございます。」
残念そうにこうすけが頭を下げた。
「さすが校長先生はなんでも知っているね。」
にっこりしてゆうすけが言った。
「ははは、ありがとう。」
校長先生がにっこりして言った。こうすけはゆうすけの一言に感心した。あざとい、とはこういうやつのことをいうのだと思う。普段はあんなにやんちゃに振る舞っておきながら、こういう時には立場や年齢関係なく相手のことをさりげなく褒める。そのギャップで大人の心をギュッと掴むのだ。しかも、本人は何の計算もなく自然にしているからすごいのだ。それに、超がつく優等生のこうすけの陰に隠れてしまいがちだが、実はゆうすけも成績は優等生クラスなのだ。
「では、僕たちもう帰ります。校長先生、教頭先生、さようならー!」
「まっすぐ帰るんだぞ!」
すかさず教頭先生が注意した。教頭先生はいつも校長先生の斜め後ろを歩いていて、小柄な体格とは反対に態度がやたらと大きい。動きが小さく機敏でなんとなくコミカルなコミカルだった。まるで何かの小動物のようだなぁとこうすけは教頭先生を見るたびに思っていた。
はーい、と元気よく挨拶をしてゆうすけは廊下に出た。こうすけもお辞儀をして、ゆっくりとゆうすけに続いて校長室を後にした。動作をゆっくりにしたのは、魔法で透明化しているジェムおじさんとグリトスを逃がすためだった。姿は見えないけど、ちゃんと出られただろうか。
ゆっくりと校長室のドアを閉め、2人は近くの1年生の教室へ逃げ込んだ。
「ジェムおじさん、グリトス、無事?」
こうすけは教室の中を探しながら声をかけた。
「こうすけ君ゆうすけ君!おかげで大事な情報が手に入ったよ!」
ジェムおじさんの声が聞こえたが姿は見えないままだ。無事にここまでこれたらしい。こうすけはほっとした。
「きっと魔力の封印の秘密はこのさくら団地にあるに違いないよ。あとは、なぜ先代の国王がさくら団地に来て、野生化してしまったのか、その謎を解く必要があるね。」
こうすけが言う。
「うむ。もう一度ドワール王国へ行く必要がありそうじゃな。誰かに見られないよう、ここからは二手に別れて、わしの家で落ち合おう。」
こうすけとゆうすけは、わかったと返事をして、家に向かった。
ジェムおじさんの家に行く前に、こうすけとゆうすけは自分の家に寄った。
隣の家からくしゃみが聞こえてきた時から長い時間が経って、その間に信じられないような不思議なことがたくさん起こった。魔法が存在することが夢じゃないなら、お母さんの入院の方が夢だったんじゃないだろうか。いつものようにお母さんが元気よくおかえりって出迎えてくれる、2人はそんな期待が胸にあふれて玄関のドアを開けた。




