第2章「フクロウおじさんのひみつ」
門は、さっきこうすけが出てきた時のまま開いていた。ゆっくり静かに庭に侵入し、2人は窓の方を見た。
確かに人影が見える。上半身を隠すほど大きい本を読んでいる。いや、本が大きいのではない。体が異常に小さいのだ。本の上から頭が見えた。まるでフクロウの頭のように茶色と白色の羽が入り混じっていた。さらに、本を持つ手は人間の手ではない。まさしく羽だった。
「羽?」
ゆうすけがつぶやいた。
その時、その人影がぱっとこちらを向いた。
「誰かいるのか。」
「ヤバい、ばれた。」
おじさんが窓を開け、こっちを見た。今度は完全にこうすけと目が合った。怒られる!と思ったが、おじさんはにこやかに話しかけてきた。
「あぁ、君たちはお隣の子かな。大きくなったね。でも、勝手に入ってきたら駄目じゃないか。」
話しかけてきたおじさんは、目はぎょろぎょろとしてまん丸だけど、こうすけが見た時と違って人間だった。羽のような色味をしているが、頭は髪の毛でおおわれていた。服はワイシャツにワイン色のベスト。眼鏡もかけていた。ただ、近くで見ても大きさだけは極端に小さかった。テレビ番組で見たことのある小人症の人みたいだった。
「フクロウに似て・・・いるかなぁ。」
ゆうすけがつぶやいた。こうすけが見た時とは全然姿が違っていた。
「おじさん、ここに住んでる人?」
ゆうすけが、友達に話しかけるように聞いた。
「先週、この家に戻ってきたんだ。ジェムおじさんだよ。覚えていないかい?」
こんなに小さくて特徴的なおじさんを忘れるはずがない。このおじさんはあやしい、とこうすけは直感的に思った。
「いやぁ、懐かしいね。しばらく仕事で家を空けていたんだ。こうすけくんとゆうすけくんだったね。こんなに大きくなって。よかったら久しぶりに上がっていかんかね。お土産のお菓子がたくさんあるんだよ。」
こうすけは断ろうとした。が、ゆうすけの食い意地の方が一瞬速かった。
「いいの?やった!ありがとうございまーす。」
ゆうすけがお菓子につられて入っていった。こうすけは断るタイミングを逃してしまった。こんな怪しい家にゆうすけを1人で行かせるわけにはいかないし、仕方なくこうすけもジェムおじさんと名乗るおじさんの家に入ることにした。
玄関からリビングに案内されると、そこはとても不思議な空間だった。体に感じる空気も、聞こえてくる音も、匂いも、今まで自分がいた世界とは違う、別の世界にきたように感じた。
置いてある家具も見たことのないデザインだった。古いけどふかふかそうな椅子が6つもある大きなテーブル。その脚の全部に細かく動物の絵が彫られていて、目にはキラキラした宝石が埋め込まれていた。壁や柱、天井にまで、ライオンやキリン、象や鳥など動物をモチーフにした模様が描かれていた。こうすけは違う国に来たみたいだと思った。
キッチンの方からジェムおじさんが大きなお皿にたくさんのお菓子を乗せて持ってきた。
「さあ、食べてくれ。年寄りの一人暮らしだとお菓子も余ってしまうからね。お茶も入れよう。ミルクとお砂糖もいるね。」
ジェムおじさんは、ニコニコしてお菓子とお茶をふるまってくれた。こうすけもはじめは疑っていたけど、ゆうすけがおいしそうにパクパクとお菓子を食べているのを見て、自分もクッキーを1枚食べた。初めて食べる味だったけど、とてもおいしかった。甘い香りと味がして、警戒していた気持ちが緩んだ。
こうすけが、もう一つ食べようとお菓子のお皿に手を伸ばすと、猫の形をしたクッキーの目がキョロっと動いてこうすけを睨んだ。
「えっ?」
こうすけは驚いて、クッキーをじっと見つめたが、ただのお菓子だった。
「気のせいか。」
なんとなく疑問が残ったが、どう見てもただのクッキーに間違いなかった。
こうすけは、部屋の中をあらためて見回した。さっきは気が付かなかったけど、窓のそばに黒くて大きな犬が寝そべっていた。
犬は顔をあげてこちらをちらっと見たが、また元のように寝そべった姿勢に戻った。
「大きな犬だね。」
ゆうすけがこうすけに向って言った。ゆうすけはお菓子を片手に持ったままゆっくりと犬に近づいた。犬はまた顔をあげてちらっとゆうすけの方を見て、また元のように伏せて目をつむった。
「なーんだ、また寝るのか。」
塩対応な犬にゆうすけは少しがっかりしたが、すぐに気を取り直してクッキーのお皿に手を伸ばした。
「いてっ。」
ゆうすけはクッキーをつかもうとした手に噛まれたような感触を感じて思わず手をひっこめた。痛かったところを見ると、くっきりと小さな歯型が付いていた。びっくりしてお皿を見ると、猫の形をしたクッキーがニシシと歯を見せて笑っている。
「ひぇっ。」
ゆうすけは驚いて、椅子に座ったまま後ろ向きに倒れた。
「お兄ちゃん!!!クッキーに噛まれたぁぁぁあああああ!!!!!」
こうすけは口を開けて固まっていた。その光景の一部始終を見ていたからだ。
猫の形をしたクッキーの目がギョロッと動いたと思ったら、ゆうすけの手を思いきり噛んで、ニッと笑ったのだ。その後は何事もなかったようにすぐもとのクッキーに戻った。
ゆうすけの声を叫び声を聞いて、ジェムおじさんが奥からスリッパをパタパタと鳴らしながら駆け寄ってきてきた。
「いったいどうしたんだね⁈」
「クッキーがゆうすけの手を噛んで・・・」
こうすけの説明を最後まで聞かずに、ジェムおじさんはゆうすけの手を見た。
「これは!いたずらクッキーに噛まれておるな。いたずらクッキーはヒュゴルには反応せんはずなんだが・・・。いったいどうしたことだ。」
ジェムおじさんは、ゆうすけをじろじろと見た。ジェムおじさんはクッキーが噛んだことよりも、クッキーに噛まれたゆうすけに驚いている様子だった。
「ま、まさか、ヒュゴルに魔法の力が芽生えたのか?」
ジェムおじさんが、ぎょろぎょろした目をさらに大きく見開いてゆうすけを見た。
こうすけは、さっき透明になっていたことを思い出した。魔法か。ゲームでもTVアニメでも、だいたいの主人公は魔法が使える。魔法が使えなくても異次元に強いパワーを持っていたりする。ゲームマニアのこうすけは、ありえない、冷静になれと自分に言い聞かせながらも、魔法の力という言葉に目を輝かせた。興奮する気持ちを抑えて、ジェムおじさんに聞いた。
「魔法の力ってどういうこと?」
「そうだな。本来ヒュゴルにはないものだ。魔法の力を使えば、瞬間的に場所を移動したり、能力を強化したり、体の機能を回復させることができるじゃ。」
「回復って、病気を治したりすることもできるの?」
ゆうすけがとっさに尋ねた。
「寿命を延ばすことはできんが、強く特別な魔法の力があれば病気を治したり、消耗した体力を回復させたりすることができる。魔法の力とは、生命力そのものなのだ。ところで、おまえさんたちに見てもらいたいものがある。よかったら、わしの研究所へきてくれんか。」
こうすけと同様に、驚きながらも魔法という言葉に好奇心を輝かせているゆうすけは、手の痛みもとっくの昔に忘れて、もちろん行くよねという顔でこうすけを見ている。
長男という責任感が、行ったら駄目だとこうすけを引き止めている。しかし、こうすけは魔法の力の秘密が知りたかった。魔法の力があれば、お母さんの病気を治せるかもしれないと思った。
こうすけはいつも自分の不安な気持ちを顔に出すことは絶対にしなかった。お兄ちゃんが不安そうな顔をすれば、ゆうすけとあすかも不安になるから。お母さんが入院して不安で押しつぶされそうな時も、兄としての責任感で心を奮い立たせていた。
ゆうすけはゆうすけで、そんなこうすけの心情に気付いていた。これ以上こうすけに負担をかけないようにわざと陽気にふるまっていた。こうすけのことはゆうすけが一番よくわかっている。こうすけは、成績優秀で、いつも冷静で正しくていつも的を射た発言をする。共働きで忙しい両親の代わりに、宿題をみてくれるのも、夜のトイレについてきてくれるのもこうすけだった。こうすけがいるから、ゆうすけとあすかはのびのびとしていられるのだ。
お母さんが入院して2週間、こうすけが一度も弱音を言ったり泣いたりしていないことに、ゆうすけは気付いていた。仕事が終わってお父さんが帰ってきても、すぐまた病院に行ってしまう。その間、子どもだけで、ご飯を食べてお風呂に入って寝ているのだ。きっとまた、1人で全部を背負い込んでいるんだ。これ以上、こうすけの負担にならないように、ゆうすけは不安な顔や言葉は絶対しないと決めていた。
「力について知りたい。行こう、お兄ちゃん。」
「うん。」
こうすけとゆうすけは、好奇心の裏にそれぞれの願いと希望を持っていた。
「グリトス、頼む。皆を連れて研究所へ行ってくれんか。少し大変じゃと思うが。」
ジェムおじさんが、黒い犬に向かって言った。あの犬はグリトスという名前らしい。
グリトスが部屋の東側にある大きな飾り棚の方へ向いた。飾られた動物たちの置物が、一斉にグリトスの方を向いた。動物の置物は左右に移動し、全員の目がまぶしく光った。それぞれに赤やピンク、黄色、緑、青、紫と違った色で、グリトスの方を照らした。その強く明るい光は、動物の置物が移動してできた飾り棚の中央の空間に集まった。あまりのまぶしさでこうすけとゆうすけは目を背けた。ゆっくり視線を戻すと、光の中心がトンネルとなって向こう側がぼんやり見えた。
「さぁ、おまえさんたち、ついてきてくれ。」
すでに光の中心にいるグリトスとジェムおじさんがこちらを振り返って手招きをしている。
「お兄ちゃん、行こう!」
ゆうすけがすでに進み始めていた。こうすけは、あわててゆうすけを追い越す。自分より先に弟に行かせるわけにはいかない。危険な場所かもしれないのだから。




