第3章「ドワール王国へようこそー魔法の力、目覚める!―」
光の中に入ると体が吸い込まれた。見える世界が渦を巻いてから消え、今度は逆向きの渦を巻いて元の部屋に戻った。
「ゆうすけ?」
「お兄ちゃん。」
ゆっくり注意深く周囲を見渡した。けれども、さっきいたジェムおじさんの家と特に変わらないように見えた。同じくらいの広さで、同じ模様の家具。
「おまえさんたち、無事にこちらへ着いたね。」
ジェムおじさんがこちらを向くと、こうすけとゆうすけはまた驚いた。大きくまん丸でぎょろぎょろとした目。くちばしのようにとがった口元。頭は丸くて、茶色と白が混ざった羽に包まれていてまるでフクロウの頭のようだ。
「さっき見たフクロウおじさんだよ。」
こうすけは小さな声でゆうすけに言った。
「お兄ちゃん、本当だったんだね。」
ゆうすけも驚いていた。
ジェムおじさんは飾り棚に並んだ動物の置物を急いで並べなおしている。
「着いたって、さっきと同じ部屋じゃない?」
ゆうすけがフクロウの姿をしたジェムおじさんに向かって言った。しかし、ジェムおじさんは作業に夢中でゆうすけの問いかけが聞こえていないみたいだった。
「グリトス。」
ジェムおじさんがまたグリトスを呼んだ。グリトスが飾り棚の前に立つと、先ほどのようにまた動物の置物が移動し、目が光った。さっきと置物の配置が違っていて、光の混ざり方も違っている。そして、また光の中心に向こう側へつながるトンネルができた。
「さぁ、こちらへ。さぁ!」
ジェムおじさんが手招きをした。いや、手招きと言っても、実際は手ではなく翼だ。ジェムおじさんは翼を広げ、羽ばたくように動かし、今にも飛び立ちそうなほど軽やかな小走りで光のトンネルを進んでいく。こうすけとゆうすけは目を見合わせた。行くしかないというお互いの決意が、言葉にしなくてもわかる。2人は光の中へ進んだ。
光のトンネルをくぐると、そこはさっきとは全く違った空間だった。
壁にはたくさんの本が並び、机の上には様々な色の薬液が入ったビーカーやフラスコがならんでいて、ガチャガチャと何かを混ぜる音が響いている。それから、咳止めの不味い飴みたいな薬草の匂いがする。
白衣を着て、ガチャガチャと実験をしているのは、一瞬人のように見えたが、二足歩行をしているアライグマだった。5匹ほどいる中の1匹が流し台を泡まみれにして洗っていた。そのアライグマの姿を見ながら、「あらいぐまだ。」とゆうすけがつぶやいた。作業中だった別のアライグマがジェムおじさんに気が付き、手を止めて頭を下げている。どうやらジェムおじさんは、ここの偉い人のようだ。
ジェムおじさんが机と机の間を進みながら、「さあ、こっちへ」とその手のような翼で手招きをする。こうすけとゆうすけはきょろきょろと部屋を見ながらついていった。
こうすけとゆうすけは奥の応接間のような部屋へ案内された。2人はジェムおじさんに勧められてソファに座った。部屋の壁は全て本棚になっていた。奥には1人用の事務机がこちら向きに置いてある。ジェムおじさんがその机の引き出しを上から順に開けては閉め、がさがさと探し物をしている。上から3段目で、目的のものを見つけたらしく。あったあった、といいながらこうすけとゆうすけの前のソファにふわりと座った。
「おまえさんたち、これを見てくれ。どんなふうに見える?」
翼の形をした手で器用に持っているものは、木で縁どりをしてあるガラスの筒だった。その筒の中で、雲のようなものが形を変えながらフワフワと浮かんでいる。
「雲?」
「わたあめ?」
こうすけとゆうすけがそれぞれに見た感想を答えた。
「こうすけくん、持ってみてくれ。」
差し出された筒をこうすけが受け取った。すると、中心の雲がモコモコとおおきくなって水になり、中が水でいっぱいになった。
「すごい!なんでだろう?」
こうすけはガラスの中の不思議な変化に見入っていた。
「ほぉー。次は、ゆうすけ君が試してくれ。」
こうすけがジェムおじさんに円柱体を返した。それはそのままゆうすけに渡された。ゆうすけが持つとガラスの筒にあった水がすっと消えた。かわりに、筒の中心に赤い小さな点が現れた。よく見るとそれはゆらゆらと動いていて、少しずつ大きくなった。
「火だ!火が出てきた!」
ゆうすけが興奮気味に言った。
「これはこれは。水の力と火の力か。なんとも。これまでにお前さんらのまわりで不思議なことが起こったことはないかな?」
こうすけは自分が透明に見えたことを思い出して言った。
「さっき、おじさんの家に行く前、僕の体が透明になったんだ。おじさんの庭にそっと行ったとき。」
「うん、お兄ちゃん、声だけになってた。そのあと、急に姿が現れたんだ。」
ゆうすけも言った。
「もしかして、あの時か。庭に魔法の痕跡を感じて外に出たが、なにもなかったんじゃ。そうか。あれはこうすけ君か。」
ジェムおじさんが翼を顎に当てて言った。
こうすけは去年の夏のことを思い出していた。飼っていたカブトムシが死んだので、家の裏の南天の木の根元に2人で埋めた時のことだ。こうすけの家の南天の木は特別で、はじめは1本の木だったようだけど、根元から脇芽が何本も重なるように生えていて、いちばん高いところは3メートルにもなり、まるで南天の森のように繁っている。その根元に穴を掘っていると、一瞬とっても大きな光に包まれた。まぶしさで目をつむり、目を開けた時にはもう何もなくて、思わずゆうすけと目を見合わせた。2人とも気のせいかと思ってそのまま何もなかったように、カブトムシを埋めた。
「透明化か―。しかし、どうしてヒュゴルに魔法の力が使えたのだ?天性のものか?いや、ありえない。」
ジェムおじさんがぶつぶつ独り言をつぶやきながら考え込んでいる。
「こうすけ君、ゆうすけ君、今度は、両手を前に出して手のひらを上に向けて、”スターティア”と唱えてみてくれんかな。」
こうすけとゆうすけはおじさんの言う通りに手を前に出し、同時に唱えた。
「スターティア!」
すると、首元から胸、手にかけてじんわりと熱く感じ、その直後に、こうすけの手のひらから天井に届くほどの大きな水柱が立ち上り、ゆうすけの手のひらからは水柱と同じくらいの大きさの火柱が出現した。
「わっ。」
2人は小さな声を出して驚いた。だけど、水は冷たくないし、炎も熱くない。不思議だけど、これは自分の力なんだと、2人は自然と理解した。頭脳明晰で責任感の強い兄のこうすけの水の力、天真爛漫で活発な弟のゆうすけの炎の力。それぞれ2人らしい力だった。
「これは。ここまでの力だったとは・・・。なこうすけくん、ゆうすけくん、2人に聞いてほしいことがある。」
ジェムおじさんが、大きなフクロウの目をさらにまん丸にして2人をじっと見つめながら話始めた。その時には水柱も火柱も消えていた。水浸しになったり天井が焦げたりすることもなく、何事もなかったように消えていた。
「ここはドワール王国という王国じゃ。ドワール王国は、おまえさんらの世界でいう動物が進化し、獣人となり繁栄してきた王国じゃ。そして、そちらで言う人間のことを”ヒュゴル”と呼んでおる。」
「お兄ちゃん、繁栄ってなに?」
小声でゆうすけが聞いてきた。
「うーん、この国では、人間じゃなくて動物が進化して力が広がってきた、ってこと。」
ふーん、とゆうすけはそっけなく相槌をうったが、心の中ではこうすけの知識に感心していた。
「そっか。だから、おじさんがフクロウだったり、アライグマが人間みたいに働いていたりするんだ。」
ゆうすけが言ったことにうなずいてから、ジェムおじさんが話を続けた。
「ドワール王国とヒュゴルの世界は互いに影響しあい、干渉しあい、つながっているが、同じ場所にあるわけではない。もともとドワール王国は、魔法の力でとても豊かな国だった。今のおまえさんらが持っている力だ。この国は2000年前から魔法の力で作られた大きな結界で囲まれておる。結界のおかげでこの国は平和であり、秩序が守られておった。10年前、大量の魔法の力が突如封印されたのじゃ。誰が、なぜ、どうやって封印したのか、この研究所で調べておるが、まだ解明できておらん。ただ、ヒュゴルの世界に手がかりがあるということがわかった。わしはあの家に行き、残された魔法の力を使ってあの家の住民として探っていたというわけだ。あの辺りの住民には、わしがもともとの住民であるように魔法をかけていたのだが、おまえさんらには効かなかったようだな。それもおまえさんらの魔法の力によるものなのじゃろう。」
ジェムおじさんは腕を組み、羽のような右手を顎にあてながら話した。
「でも、魔法の力は封印されたのに、なんで僕たちに魔法の力があるの?」
こうすけが聞いた。
「それはわからん。そもそも、魔法の力は生命力そのもの。ヒュゴルの世界でも、花が咲き、木々が生い茂り、数多の命が生きておるじゃろ。魔法の力はどこにでも生まれるのじゃ。ただ、ヒュゴルが自由に魔法を使えることはない。だからなぜ、おまえさんらにこれほど強い魔法の力が宿り、魔法を使うことができるのかが謎なのじゃ。」
その時、「ガオー!!」と大きな動物が叫ぶような声が響いた。
白衣を着たアライグマが勢いよくドアを開け、入ってくると同時に大きな声で叫んだ。
「所長!!トラ族の野生化です!!え、ヒュゴル?!?!?!?!」
こうすけたちを見たアライグマが驚いた勢いで後ろに倒れしりもちをついた。今までこうすけとゆうすけの存在に気が付かなかったみたいだ。この世界では、人間はとても珍しいらしい。
「また犠牲者か。」
ジェムおじさんが立ち上がった。
「おまえさんらもついてきてくれ!」
倒れて、目をパチパチしながらこちらを見ているアライグマを横目に見ながら、こうすけとゆうすけはジェムおじさんのあとについて外に出た。




