第11章 七獣魔導士シェミー
部屋の中はどこまでも広い空間に見えた。そしてとても古い本、置き物や飾り、さまざまな物が古い棚に収納されていた。驚いたのはその量だ。この広い部屋いっぱいに物が溢れている。
「ここはこの国で使われてきた古い魔法道具や魔導書の保管庫だ。こんなところにあったのか。今はもうこの場所を知る者は、城におらんじゃろう。」
ジェムおじさんが目を丸くし、嬉々としながらそこら中を調べてまわっている。もともとは研究所で働いている博士だから、彼にとってはこの部屋にあるものすべてが宝の山なのだろう。こうすけとゆうすけもキョロキョロしながら部屋の中を見て回った。
「なんか古い物ばっかりだな。こっとーひんっていうの?こういうのって。」
こうすけはそう言いながら、近くにあった猫の置物を持ち上げた。
「離しなさい!無礼者!!」
硬かった猫の置物はこうすけが持ち上げた瞬間、ぐにゃりとした感覚にかわった。
「げっ!」
こうすけはビックリして猫の置物を放り投げた。置物はまるで本物の猫のように空中で体をくねらせ、音もなく優雅に着地をした。
「これだからヒュゴルの子どもは嫌なのよ。」
前足をペロペロと舐め毛繕いをしている。
「あんたは水の力ね。水は嫌いなのよ。」
固まっているこうすけに向かって猫が言う。しぐさがとても優雅で、猫なのにドキっとするほど妖艶だった。近くでその光景を見ていたゆうすけは、しゃべる猫とパッと目が合った。動物が喋ることに慣れてきたけど、置物が変身したことには驚いた。
「キミはいつからここにいるの?」
「水の力はキライって言ったでしょ。」
猫に向かってこうすけが聞いたが、猫はプイッと横を向いてから、ゆうすけの方を見つめた。
「でも、火の力は好きよ。」
猫は尻尾をピンと立てて、ゆっくりとゆうすけに近づいてきた。よく見ると、真っ白な体に、ビー玉のように透き通った水色の目をしたキレイな猫だ。
ゆうすけはしゃがんで猫の顎の方へそっと手を伸ばした。
「キミ、名前は何ていうの?」
「あら、名前を聞くなら先に自分から名乗るが礼儀よ。」
猫のきれいな瞳から向けられた鋭い視線にゆうすけはドキッとした。
「ぼくはゆうすけ。」
「私はシェミーよ。火の戦士。」
そう言って、シェミーはゆうすけの手に顔を乗せた。ゆうすけがそっと撫でるとうっとりとした顔で目をつむった。
「ゆうすけは動物にもモテるんだ。」
こうすけは自分が相手にされなかったことがなんとなく悔しくて、少し嫌みっぽく言った。
「ねえ、シェミーはいつからここにいるの?ここで何してたの?」
ゆうすけは、撫でながらシェミーに聞いた。
「ずーっとここにいるわ。」
シェミーはいたずらっぽくそういうと、ピョンっとゆうすけの膝の上に乗り、丸くなって甘え始めた。本当にゆうすけに懐いてしまったらしい。
「あら、グリトスじゃないの?そんな犬みたいな恰好をして、どうしたの?」
シェミーがゆうすけの膝の上からグリトスの姿を発見して言った。ジェムおじさんとグリトスはこうすけたちの話し声が聞こえたのでこちらにやってきていたのだ。
「グリトスのことを知っているの?」
ゆうすけがシェミーに聞いた。
「ふふふ。ずぅーと昔から知ってるわ。ねぇ?。」
シェミーはグリトスに問いかけたが、グリトスは無反応だった。
「グリトスは話すことができるの?」
ゆうすけがシェミーの顔を覗き込んで聞いた。
「まぁ、なんてかわいい瞳なの。顔も好きよ。うふふ。そうよ。グリトスは私たちと同じ七獣魔導士の一匹だもの。本来の魔力はもっとすさまじいものよ。」
シェミーはゆうすけの顔に頬ずりをした。シェミーから出されている妖艶なオーラに、見ているだけのこうすけの方がドキッとした。ゆうすけの方は何とも思ってない内容で、ニコニコと頬ずりを受けている。
「ねぇシェミー、七獣魔導士ってなんなの?」
くすぐったそうにしながらゆうすけがシェミーに聞いた。
「魔法大国ドワール王国が建国された時、国を守るために造られた7匹の護衛隊のことよ。私たちはドワール王国を包む結界をはって、守護の役目を終えたわ。私たち七獣魔導士はそれぞれ自由になったのよ。遊びすぎちゃって魔力不足になっちゃって、置物になったままこの部屋に忘れ去られてたのよ。ひどい話よ。あなたが私に魔力をくれたからまた自由になれたのよ。」
シェミーはこうすけの方を向いた。
「僕は魔力をあげたつもりはないんだけど。」
こうすけはシェミーに聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で言った。
「あら、あなた魔力をコントロールできないのかしら?まぁヒュゴルだもの、仕方ないわね。」
しっかりと聞こえていたらしい。シェミーは呆れたように言った。
「ねぇシェミー、七獣魔導士ってことは、あと5人の魔導士がいるの?」
ゆうすけがシェミーに聞いた。
「ええ、そうよ。みんなどうしているのかしら。グリトスも何も知らないみたいだけど。」
シェミーは、何か探りを入れるような視線をグリトスに向けた。
「なんということじゃ。グリトスがあの七獣魔導士のグリトス様じゃったとは。そして、シェミー様がこんなところにいらっしゃったとは。あぁなんという無礼をしてしまったのじゃ。申し訳ありません、シェミー様、グリトス様!!」
ジェムおじさんが急にシェミーとグリトスの前でひざまづき、頭を下げた。
「ジェムおじさんは七獣魔導士を知っているの??」
こうすけが聞いた。
「ドワール王国の国民ならだれでも知っておる。伝説の物語として受け継がれておるからの。ドワール王国が建国された今から約2000年前、国を守る結界を創造された方々じゃ。」
「あの結界を作ったってことは、シェミーは2000年も置物になっていたってこと??」
こうすけが聞いた。
「そうみたいね。うふふふ。」
シェミーにとって2000年も時が経ったなんてどうでもいいことのようだった。
「その頃は魔法の力が満ち溢れ、手を振るだけで魔法が使えていたそうじゃ。しかし、まだ森との結界がなく、その豊富な魔法の力ゆえ魔物の動きも激しくてな。国民が魔物に襲われることも多かったそうじゃ。そこで、その魔物を討伐なさったのが七獣魔導士たちなのじゃ。2000年近く昔のことじゃがその強さは伝説となり、今でも語り継がれておる。まさかこんな近くで現存されていたとは・・・。」
「2000年前って、ジェムおじさんはいつからグリトスと一緒にいるの?」
こうすけは疑問に思ってジェムおじさんに尋ねた。
「10年ほど前に森の調査中に、けがをしたグリトスを助けたんじゃ。それ以来、わしの家が気に入ったのか一緒に住むようになった。」
「あら、あなた森で迷子になっていたの?」
シェミーは顔を上げて、見下げるような視線をグリトスに向けた。
「いつまでただの犬のふりをしているのよ?ねぇ、そこのこうすけとやら。グリトスにも魔力を送ってやりなさいよ。私は勝手にあなたから吸い取ったけど、そこの犬はそういうことはしないみたいだから。」
こうすけは、さっきは無意識の中の出来事だったので。魔力を送るということがわからなかった。
「魔力を送るって?」
シェミーに聞いたところで、馬鹿にされて気分が悪くなるだけだと思ったので、こうすけはジェムおじさんの方を見て聞いた。
「願うのじゃ。」
ジェムおじさんはこうすけを見て、小さな声で言った。初めての戦闘の時と同じ答えだった。
こうすけはそっとグリトスの背中に手を置いて力を込めた。すると、手のひらがぼわんと熱くなった。
四つ脚で立っていたグリトスは、こうすけが置いた手を中心にまぶしい光で包まれた。光とともに暖かい空気が広がり、こうすけの髪がふわっとなびいた。
光の中でグリトスはゆっくりと変化をした。顔周りの毛が伸び、目は黄色く光り、口が大きく開いて大きな牙が生えてきた。そして、ゆっくりと後ろ足で立ち上がったのだ。
「けっ、別に俺は犬の姿の方が気楽でよかったのによ。でも、魔力を分けてくれてありがとよ!こうすけ!」
グリトスは陽気に言った。
「魔犬のグリトスだ。」
「こっちが本来の姿だったんだ。」
そこにいたのは、に両足で立ってはいるが、まさしく森で戦った時のグリトスだった。
「これが本来のグリトス様・・・。」
変身したグリトスの体はひとまわり大きく、さらに立ち上がっているので、小さなジェムおじさんは後ろに倒れそうな程に首を上に向けて見上げている。
「おいおい、様とかやめてくれよな、ジェム爺さんよ。ま、俺の方が長生きしているんだけどよ!ハハハ!こうすけもゆうすけも今まで通りグリトスって呼んでくれよな。それにしてもシェミーは相変わらずだな!今度はゆうすけか?お前こそ、その姿で良いのかよ?」
「うふふ。私はこの方が都合がいいのよ。こうしてゆうすけの膝の上に座れるでしょ。」
シェミーは変わらずゆうすけの膝の上でくつろいでいる。
「グリトスってやっぱり陽キャだったんだね。」
こうすけは獣人に変化したグリトスも、グリトスらしくて好きだった。
「オレはシェミー好きだよ。かわいいもん。もちろんかっこよくなったグリトスも好きだな!」
ゆうすけはのんきに笑っている。ジェムおじさんだけが歴史上の伝説の魔導士との対面に首を傾げたりウロウロしたり羽ばたいてみたり落ち着きがなかった。
「で、ではグリトス。」
ジェムおじさんは、気持ちを落ち着かせるためにコホンと咳ばらいをした。
「おうよ!ジェム爺さん。」
「おぬしがずっと犬の姿でいたのは魔力が弱まっておったということなのか?」
「そうだな。2000年前に結界を張った時にほとんどの魔力がうばわれちまったからな。俺ら七獣魔導士は理性まで失ったりしねーけどな。その前に自分で魔力を制御すっからな。シェミーはバカだからぎりぎりまで使っちまって置物になってなってたみてぇだけどな。はっはっはっ!」
グリトスは豪快に笑った。
「バカとは何よ!失礼しちゃうわ。」
シェミーはプイっと顔を背けた。そのしぐさはとてもかわいくて、グリトス以外の3人は見惚れてしまった。
「魔力切れで野生化しちゃうってことは、さっきみたいに僕が魔力を送れば、野生化した国民たちを元に戻せるってこと?」
気を取り直したこうすけがグリトスに向かって尋ねた。ここにいる中で、こうすけだけが本来の目的を忘れていなかった。
「おうよ!魔力切れなんだから、魔力を送ったら元に戻るぜ。こうすけはオレら七獣魔導士に送った後だから、ゆうすけの魔力を送ればいい。」
「そうか!じゃあ早速みんなを助けに行こうよ!」
ゆうすけがシェミーを抱いたまま立ち上がった。
「ゆうすけの魔力は私が欲しいのに。」
シェミーは拗ねたような小さな声で言い、ゆうすけを見つめた。その仕草がまたとても可愛かった。
こうすけとゆうすけ、ジェムおじさん、グリトスとシェミーは隠し部屋を出て、先代国王の部屋に戻ってきた。
「それにしてもこうすけの魔力は底なしだな!全盛期の俺でも、七獣魔導士を助けた後は動けなくなるぜ?やっぱりヒュゴルの潜在能力は計り知れねぇな!!」
グリトスはこうすけの背中をポンと叩いた。
「ヒュゴルの潜在能力ってそんなに高いの?」
こうすけは驚いた。
「ヒュゴルに魔法の力は使えないはずじゃ?」
ジェムおじさんも目を丸くしている。
「何言ってんだ。ヒュゴルの方が魔力が強いに決まってんじゃねぇか。だからどんどん増えていって、地球はヒュゴルだらけだろ。それに比べて、ドワール王国の国民はこの2000年で減る一方じゃねぇか。」
確かに、地球の人口は右肩上がりだ。つまり、魔法の力である生命力が強いということだ。
「ドワール王国の国民って減っているの?」
こうすけはジェムおじさんに聞いた。
「うむ。2000年前に建国されて以来、減少し続けておる。今では数百匹しかおらぬ。そもそも、生命力が弱く、繁殖力も弱い種族なのじゃ。ヒュゴルに比べて寿命が長いものも多いがな。」
「寿命が長いって、じゃあジェムおじさんは何歳なの?」
こうすけはジェムおじさんに聞いてみた。
「532歳じゃ。」
予想を遥かに上回る答えにこうすけは驚いた。
「そうなの?!ってことはシェミーはもっと年上?!」
ゆうすけは驚いてシェミーを見た。シェミーは器用に尻尾でゆうすけの頬をぺしっと叩いた。
「いてっ。」
ゆうすけはなんで?という顔をして叩かれた頬を手で押さえた。無邪気なところはゆうすけのいいところなのだけれど、口は災いの元、ということがなかなか学習できない。
「へぇー、見た目じゃわかんないものだね。みんな長生きなの?」
こうすけは感心して言った。
「種族や魔力の強さにもよるが、他の国民はヒュゴルとさほど変わらん。わしらフクロウ族は特別に長寿で知識が豊富だから研究室を任されておるがな。」
「そうなんだ。それでも普通の動物よりは獣人の方が長生きするね。魔法の力のおかげかぁ。じゃあ2000年近く生きてるグリトスは本当にすごい魔法使いなんだね。」
こうすけは感心しながら言った。
「だから言ってんだろ。七獣魔導士はすげーやつの集まりなんだって!」
グリトスがドヤ顔で言う。
「グリトスはドワール王国の魔法の封印について何か知らないの?」
こうすけはグリトスに聞いた。
「あぁ、それなら本人に直接聞けばいいんじゃねぇの?いるんだろ?野生化した先代国王さま。」
グリトスはジェムおじさんに向かって聞いた。
「それが、先代国王は野生化されてすぐに亡くなられておるんじゃ。」
ジェムおじさんは悲しそうだった。
「野生化は魔力の消耗、すなわち、生命力の消耗を意味するのじゃ。生存しているのは今の国王を含めても数名じゃろう。急がねばならん。」
ジェムおじさんは深刻な顔をした。




