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TS転生幼女のサバイバル配信生活  作者: 瀬戸こうへい
第三章 南雲アリサの居場所

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第51話 届いた声

 『ふたりのまんなか』の仮歌を録ってから、数日が経ったある日の放課後。

 私の部屋にはウタがいた。


 ノートパソコンを開き、片耳だけヘッドホンを外して、画面を睨みつけるようにしている。

 この前、曲を納品したばかりのはずなのに、もう次の何かを作っているらしい。


 ウタがうちに来るのは珍しくない。

 というより、ここ数年はかなり日常になっている。


 ただ、こうして当たり前みたいに私の部屋で作業している姿を見ると、たまに思う。

 女子中学生なのだから、もっとこう、放課後に友達と寄り道をするとか、どこか買い物に行くとか、そういった青春を謳歌していてもいい筈だ。


 友達の家でダラダラするのも青春ではあるのだろう。

 けど、ウタの場合はなんか違う。


 私の部屋にいるのに、くつろいでいる感じがまるでない。

 鞄から出したノートパソコンとヘッドホンに向かって、当然のように作業を始める。

 だらだらするなんて無駄だとでも言いたげな、見事なワーカホリックぶりだった。


 女子中学生の放課後として、かなり枯れている。


「……何よ」


 視線に気づいたのか、ウタが顔を上げた。


「いや」


「いや、じゃないでしょ。何か失礼なこと考えてた顔」


「もっと青春を謳歌すればいいのに、と思って」


「余計なお世話」


「もったいない。学生って、無責任でいられて楽しい時期なのに」


「そういうとこ、親父臭い」


「ぐっ」


 否定しきれないところを刺してくる。


 私は咳払いをして、スマホの画面をウタに向けた。


「ほら、見てよリミノ。こういうのが青春だよ」


「またリミノ?」


「またとは何さ」


「ここ数日、そればっかりじゃない」


「いいから見て」


 画面には、リミノの三人のやり取りが並んでいた。


 ユキが、マユと一緒に食べたらしいクレープの写真を上げている。

 そこにマユが、「美味しかったね。また行こう」と返す。

 リンは、「私も今度行ってみます」と控えめにコメントしていた。


 別の日には、マユがリンとカラオケに行った写真を上げていた。

 リンが「楽しかったです」と返して、ユキは少し遅れて「二人とも楽しそうだね」と反応している。


 さらに別の日には、リンがユキとマユの写真を上げていた。

 たぶん、現場の休憩中に撮ったものだろう。

 並んで台本を覗き込んでいる二人の横顔に、「二人とも素敵です」と短い文章が添えられている。


 その投稿に、ユキが「こんな写真いつ撮ったの?」と驚いて、マユが「リン、この写真を待ち受けにしてるんだよ。私もびっくりした」と返していた。

 リンは、照れたような顔文字だけを返している。


「ね。青春してるでしょ」


「……これ、三人の距離感、微妙じゃない?」


「そんなことないと思うけど」


 私は画面を見直した。


 マユはユキともリンとも仲が良さそうだし、ユキはリーダーらしく二人を見ている。

 リンは控えめだけれど、ちゃんと二人のことを見ていて、三人の空気を大事にしている。


 それぞれの性格が出ていて、私は普通にいいと思う。


「ウタも友達とこんな風に青春すればいいのに」


「……そういうあんたはどうなのよ」


「私?」


 言われて、少し考える。


 学校に行く。

 帰って仕事の連絡を確認する。

 家事をしながら資料動画を流す。

 企画を考える。

 動画を撮る。

 夜に配信する。

 たまにウタの仮歌を録音する。


「人のこと言えないでしょ」


「……返す言葉もございません」


 ウタは小さく鼻を鳴らして、またノートパソコンに視線を戻した。


 しばらく、キーボードを叩く音だけが続く。


「……そんなに青春したいなら」


 ぽつりと、ウタが言った。


「え?」


「あんたが連れていってよ」


 ウタは画面を見たまま、こちらを見なかった。


「どこに?」


「知らない。寄り道でも、買い食いでも、何でも」


「わかった。じゃあ今度行こう。ヒナも誘って」


「軽いわね」


「若気の至りを楽しむものだからね、青春ってのは」


「そういうところが親父臭いのよ」


「ぐっ」


 鋭い突っ込みが刺さる。

 けれど、ウタは拒否しなかった。


「……まあ、父さんも、人生経験がないと音楽は響かないって言ってたし」


 ウタは小さく呟いた。


「そういう経験をしてみるのも、悪くはないのかもね」


「でしょ」


「調子に乗らない」


「はい」


 どこに連れて行こうか。


 ゲーセンか。ボウリングか。

 買い食いしながら商店街を歩くのもいい。

 カラオケでウタの歌声を聞いてみるのもいいかもしれない。


 そんなことを考えながら、私はもう一度スマホの画面に目を落とした。


 青春の参考資料。

 そう心の中で言い訳しつつ、開いていたリミノのアカウントを眺める。


 マユとリンのカラオケ。

 ユキとマユのクレープ。

 リンが撮った、ユキとマユの写真。


 いいなあ、と思う。

 そして、その画面の上に表示されている文字を見て、また頬が緩んだ。


『AL1-SAをフォローしています』


「ねーねー、見て」


「リミノにフォローされてる話なら、昨日も一昨日も聞いたわよ」


「まだ何も言ってないのに」


「顔に書いてある」


「だって、今日もフォローされてるんだよ」


「解除されてる方が変でしょ」


 ウタは面倒くさそうにため息をついた。


 けれど、これは何度見ても良いものなのだ。

 AL1-SAとしてリミノ公式と三人をフォローしたら、しばらくして全員からフォローバックが来た。


 事件である。


「リミノに認識された」


「あんた、そこそこ有名な自覚を持ちなさいよ。あんたの方がフォロワー多いでしょうに」


「そういう問題じゃないんだよ」


「そういう問題よ」


「推しに認識されたという事実が大事なんだよ」


「はいはい」


「しかも、ユキちゃんからメッセージも来た」


「それも聞いた」


「もう一回聞いて」


「……うざっ」


 私は該当のメッセージを開いた。


『AL1-SAさん、フォローありがとうございます。実は昔から配信を拝見していました。以前、ましまろで進路の相談を送ったこともあります』


「昔から。配信を。見ていた。しかも、ましまろで相談したことがあるって」


 私はその文面を見た時、しばらく固まった。


「すごくない?」


「はいはい、すごいすごい」


「私の配信が、ユキちゃんの人生の中に存在してたんだよ!」


「重い」


 ましまろには、いろいろな相談が来る。

 進路のこと。学校のこと。家族のこと。配信のこと。

 十年もやっていれば、その数は膨大だ。


 だから、その相談がどれだったのか、私には分からない。


 それでも、昔のどこかで、私の言葉がユキに届いていたのかもしれない。

 そう思うだけで、胸の奥がむずむずした。


「それに、マユちゃんとリンちゃんからも挨拶が来たんだよ!」


「まあ、有名Vにフォローされたら返すでしょ」


「打算みたいに言わないで」


「打算でしょ。活動していくなら、そういうのは大事よ」


「うぐっ」


 正論だった。


 ユキのメッセージには、確かに個人的な熱があった。

 けれど、マユとリンの挨拶は、礼儀正しい仕事相手への返事に近い。


 それは別に悪いことではない。

 新人声優アイドルユニットとして活動するなら、むしろちゃんとしている。

 ちゃんとしているのだけれど。


「でも、フォロバはフォロバだから」


「まだ言う」


「三人全員からだから」


「はいはい」


 ウタは雑に流した。


 リミノに認識された。

 それだけで、しばらくは浮かれていられる気がした。


 ファンでいるのは、楽しい。


 柚月ユキ。真白マユ。水瀬リン。

 新人声優アイドルユニット、Liminal Notesの三人。

 彼女たちを、陰ながらずっと応援していたいと思った。


「そういえば」


 ウタが、ふと思い出したように言った。


「咲夜さん経由で、リミノからビデオレター来てた」


「リミノのビデオレター!?」


「うるさい」


「なんで今まで黙ってたの!?」


「私宛てだし。でも、仮歌のことにも触れてたから、アリサも見るかなって」


「見る見る! 見るに決まってるじゃん!」


「……こんな風になるだろうから、言いたくなかったのだけれど」


「そんなこと言わずに。ぽえ様ウタ様お願いします!」


「……はぁ」


 ウタは面倒くさそうにノートパソコンを少しこちらへ向ける。

 そして、小さくため息をついてから、再生ボタンを押した。


 画面に映ったのは、リミノの三人だった。


 たぶん、レッスンスタジオか、事務所の一室だろう。

 白っぽい壁を背にして、三人が並んでいる。


 中央にユキ。

 向かって右にマユ。

 左にリン。


 少しだけ緊張しているように見えた。

 けれど、三人とも、しっかりとカメラを見ていた。


『ぽえさん、このたびは素敵な曲をありがとうございます』


 最初に話したのは、ユキだった。


『最初にデモを聞いた時、すごく明るい曲だと思いました。でも、ただ明るいだけじゃなくて、バラバラな三人がひとつになる……私たちの曲なんだ、と思えました』


 ユキの声は、はっきりしていた。

 緊張は見えるけど、言葉に芯がある。


『仮歌も、すごく参考になりました。一人で歌っているのに、強く出るところと、少し引いて受けるところが分かりやすくて、曲の表情を掴みやすかったです』


 私は思わず、息を止めた。


 画面の中のユキは、仮歌を歌ったのが私だとは知らない。

 知らないまま、私の声について話している。


『仮歌をなぞるだけじゃなくて、自分たちの声で、この曲をちゃんと届けないといけないんだなって思いました』


 ユキがそう言って、少しだけ頭を下げた。


 次に、マユが口を開いた。


『曲を聞いた時、最初は、綺麗だなと思いました』


 マユの声は柔らかい。

 けれど、ただ柔らかいだけではない。


『でも、何度も聞いているうちに、少し怖いなとも思いました。明るいのに、簡単に歌えない感じがして。仮歌の方の声も、すごく綺麗で、でも、ただ上手いだけじゃなくて……芯が強いっていうか』


 マユは少し考えるように視線を落とした。


『だから、綺麗に歌えばいい曲じゃないんだと思いました。自分の中にあるものを、しっかり声にして歌いたいです』


 マユも、この仮歌が私の声だとは知らない。

 それでも、届いている。

 胸の奥が、じんわりと熱くなった。


『私は』


 最後に、リンが話し始めた。


 少し控えめな声だった。

 けれど、耳に残る。


『最初、どう歌えばいいのか分かりませんでした。三人の曲なのに、自分の立ち位置がわからなくて』


 リンは、指先をぎゅっと握っていた。


『でも、仮歌を聞いているうちにわかったんです。この曲は、同じ場所を見ていれば、三人が別々の場所に立っていてもいいんだって』


 別々の場所に立っていてもいい。


 その言葉が、妙に耳に残った。


『だから、私もちゃんと歌いたいです。ユキちゃんとマユちゃんと一緒に、この曲を私たちの歌にできるように頑張ります』


 リンがそう言うと、ユキとマユが小さく頷いた。


『ぽえさん、本当にありがとうございます』


 三人が揃って頭を下げる。

 そこで動画は終わった。

 部屋が静かになった。


 私はしばらく、何も言えなかった。

 ウタも急かさない。


 ノートパソコンの画面には、再生が終わった動画の最後のフレームが残っている。


「……届いてる」


 ようやく、私はそう言った。


「そりゃ届くでしょ。あんたが歌ったんだから」


 ウタはあっさり言う。


「でも、あの子たちは知らないんだよね」


「何を」


「この仮歌が、私の声だってこと」


「仮歌だからね」


「うん」


 AL1-SAの名前は知っている。

 ユキは、昔から配信を見ていたとも言ってくれた。


 けれど、今届いたのはその名前ではなく、ただの仮歌だ。

 知っている名前と、聞いている声が、まだ繋がっていない。


「変な感じ」


「嫌?」


「嫌じゃない」


 私は首を振った。


「嫌じゃないけど、不思議」


「なら、いいんじゃない」


 ウタはそう言って、ノートパソコンを少し横にずらした。


「そういえば」


 私はふと思い出して、スマホを操作した。


「私の方にも、あかりから仮歌の感想来てたんだった」


「あかりは、何て?」


「えっとね」


 私はメッセージを開いた。

 そこには、あかりからの短い文面が並んでいた。


『ウタ、相変わらず嫌な女ね』


 最初の一文で、ウタが小さく笑った。


『仮歌の圧が強すぎるのよ。あんたなんかより、うちのアリサの方がよっぽど上手く歌えるんだって全力で主張してる』


「……そう思ってるの?」


「思ってるわよ?」


 ウタは、あまりにも当然のように言った。

 私はメッセージ画面を少し下へ送る。


『中途半端な歌で曲を台無しにしたら許さない、くらいの圧があった』


「そりゃそうよ。中途半端な歌い方をするくらいなら、アリサに歌わせるわよ」


「いや、そんなことできないと思うよ……?」


「できるできないの話じゃないの。気持ちの話」


「気持ちが強い」


「当たり前でしょ」


 ウタは少しも悪びれなかった。

 さらに続きがある。


『まあ、でも、私も負けるつもりはないけど。歌姫って呼ばれてるくらいだからね。仕上がりを楽しみにしてなさい』


 ウタの口元が、少しだけ上がった。


「ふんっ、相変わらず生意気なやつ」


「でも、なんだかんだでウタはあかりのこと認めてるよね」


「まあ、歌を歌う才能だけはね。人としては迷惑なやつって思ってるわ」


「辛辣」


「事実よ」


 ウタはそう言ったけれど、その声に本気の嫌悪はなかった。

 ウタも、あかりに人生を変えられた一人だ。


 作曲を、感情のはけ口にしていた女の子。

 誰に聞かせるためでもなく、胸の奥に溜まったものを音にして吐き出していた子。


 あかりは、その吐き出されたものに価値を見つけた。

 そして、勝手に名前をつけて、勝手に人前へ持ち出して、勝手に日の当たる場所へ引きずり出した。


 その結果、ウタは多くの人に名前を知られる作曲家になった。

 それは、世間的にはたぶんいいことなのだと思う。


 けれど、ウタにとってそれが幸せだったのかまでは、私には分からない。

 勝手に見つけられて、勝手に引っ張り出されて、勝手に期待される側へ置かれる。


 それを幸運と呼ぶには、少し乱暴な気もする。


 もっとも、それは他人事ではない。


 私も、あかりに人生を変えられた一人だ。

 あかりがいなければ、今の私はたぶんここにいない。


 感謝はしている。しているのだけれど。

 憎めないのが、憎らしい。


「……何よ」


 視線に気づいたのか、ウタがこちらを見る。


「いや」


「また失礼なこと考えてた顔」


「ウタも大変だなって」


「今さら?」


「今さら」


 ウタは少しだけ眉を寄せて、それから小さく息を吐いた。


「大変じゃない仕事なんてないでしょ」


「中学生の台詞じゃない」


「お互い様よ」


 何も言い返せなかった。


 確かに、お互い様だ。


 リミノの三人は、ぽえの曲を受け取った。

 その中にあった私の仮歌を、道しるべみたいに受け取った。


 あかりは、同じ仮歌を挑発として受け取った。

 ルナの歌にする、と返してきた。


 同じ声なのに、届き方が違う。

 受け取った人によって、意味が変わる。


 それは配信でも、歌でも、たぶん同じなのだろう。


 私はただ、仮歌を録っただけだ。

 名前も出していない。


 それでも、声は届いた。


「変な感じだね」


「何が」


「声って。自分のものなのに、届いた先ではもう自分だけのものじゃなくなる」


 ウタは少しだけ黙った。


「今さらね」


「今さらだね」


 十年も配信をしてきた。

 何度も歌ってきた。

 何度も話してきた。


 それでも、改めて思う。


 声は、私の知らないところまで届いていく。

 そして、そこで勝手に意味を持つ。


「ねえ、ウタ」


「何」


「リミノのビデオレター、もう一回見てもいい?」


「フォロバの次はそれ?」


「だって、非公開の超レアものだよ!? 後で私にも送っといて!」


「……はいはい」


 ウタは呆れたように言って、ノートパソコンをこちらへ向けた。


 私は、再生ボタンに手を伸ばす。


 画面の中で、三人が少し緊張した顔で並んでいる。


 柚月ユキ。真白マユ。水瀬リン。

 新人声優アイドルユニット、Liminal Notes。


 ファンとして見ているだけなら、楽しい。

 遠くから応援しているだけなら、きっと安全だ。


 そう思っていた。

 この時の私は、まだ本気でそう思っていた。


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