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TS転生幼女のサバイバル配信生活  作者: 瀬戸こうへい
第三章 南雲アリサの居場所

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第48話 ガラス越しの再会

 オーディション当日。


 私は咲夜に連れられて、都内の録音スタジオに来ていた。


 駅から少し歩いた先にある、地味なビルの三階。

 外から見ると普通の雑居ビルにしか見えないが、中に入ると空気が少し変わる。


 受付。防音扉。廊下の奥に並ぶスタジオ名のプレート。

 壁に貼られた、妙に真面目な注意書き。


 大声禁止。

 飲食物持ち込み注意。

 スマートフォンの音は必ず切ること。


 人よりは現場慣れしているつもりだけど、配信や収録の空気とは少し違う。

 面接会場にも似た緊張感に、自然と背筋が伸びた。


「大丈夫?」


 隣を歩く咲夜が、小さな声で聞いてきた。


「……たぶん」


「無理そうなら、途中で出てもいいからね」


「うん」


 頷いたものの、足は少し重かった。


 先日、資料を見ただけであれだったのだ。

 実物を見たらどうなるのか、自分でも分からない。


 けれど、逃げるわけにもいかなかった。


 ずっと目を逸らし続けてきた。

 前世の家族は、もう自分とは関係のない場所で生きているのだと、そう思うことにしてきた。

 でも、一度視界に入ってしまったものを、もう見なかったことにはできない。


 いや、それだけじゃない。

 私は見たいと思ってしまったのだ。


 柚希が、今どんな顔で笑うのか。

 麻友が、どんな声で話すのか。

 あの日助けた少女が、どう生きているのか。


 一度そう思ってしまったら、もう止められなかった。


「今日の私は、どういう立場なんだっけ?」


「私の関係者。昔から作品作りを手伝ってくれてる子」


「そういう体でついてきた、ミーハーな子供だと思われてるんだろうなぁ……」


「いいじゃない、その方が気楽で。原作者として見られてるこっちの方が、よっぽど胃が痛いよ」


「まあ、それはそうか」


「師匠は基本、喋らなくていいから。見て、聞いて、あとで私に感想をくれれば」


「……分かった」


 案内されたのは、録音ブースに隣接したコントロールルームだった。


 原作者である咲夜には、スタッフたちが丁寧に頭を下げる。

 その隣にいる私にも、ついでのように会釈が飛んできた。


 厚い防音ガラスの向こう側に、マイクが三本立っている。

 こちら側にはミキサー卓があり、音響監督らしき男性と、制作会社のスタッフ、キャスティング担当、そして咲夜が座る。


 私は咲夜の少し後ろ、壁際の椅子に腰を下ろした。

 正面のガラスの向こうには、まだ誰もいない。

 けれど、もうすぐそこに三人が立つ。

 そう思っただけで、胸が苦しくなった。


 ◇


 オーディションが始まった。


 最初に入ってきたのは、落ち着いた雰囲気の若い声優だった。

 自己紹介も、台詞の読みも安定している。

 音響監督からの指示にもすぐ対応していて、普通にうまいと思った。


 次に入ってきた子は、声に華があった。

 マイク前に立った瞬間、空気を少し明るくするようなタイプだ。

 ただ、掛け合いになると少し自分の声が前に出すぎる。


 その次の子は、逆に芝居が繊細だった。

 けれど、声量が足りない。

 感情は分かるのに、マイクに乗った時の輪郭が少しぼやける。


 私は声優ではない。

 芝居について偉そうに語れる立場でもない。


 それでも、十年近くマイクの前で喋り続けてきたし、あかりに付き合わされてボイトレも受けている。

 声がどう届くか、マイクを通すと芝居の印象がどう変わるかくらいは、素人なりに分かるようになっていた。


 何人か続けて見るうちに、少しだけ意識が仕事の方へ戻っていった。


 声がいいだけでは足りない。

 芝居がうまいだけでも足りない。

 作品に合うかどうかは、また別の話になる。


 そう考えられるくらいには、私は少し落ち着いていた。


 ――そのときが来るまでは。


 スタッフの一人が資料をめくりながら言った。


「次は、Liminal Notesさんですね」


 心臓が跳ねた。


 指先が冷たくなる。

 膝の上に置いた手は、知らないうちにスカートの布を掴んでいた。


 咲夜が、そっとこちらを見る。


 大丈夫、と言いたかった。

 けれど、喉の奥が固まって、声にならなかった。


 私はかろうじて小さく頷いた。


 ブース側の扉が開く。


 その瞬間、周りの気配が遠のいた。

 ガラスの向こうだけが、やけにはっきり見えた。


『失礼します』


 最初に入ってきたのは、柚月ユキだった。


 写真で見た時より、少しだけ緊張しているように見える。

 それでも挨拶を終えると、すぐに後ろを振り返った。


 続いて入ってくる二人の立ち位置を確かめるように、ほんの少しだけ視線を動かす。


 その仕草を見た瞬間、胸の奥で何かが噛み合った。


「……柚希」


 声にならないくらい小さく、名前が漏れた。


 間違いない。

 この子は、柚希だ。


 勝ち気そうな目。

 怖くないふりをして、前に立とうとするところ。

 緊張しているくせに、妹の前ではそれを隠そうとするところ。


 顔立ちは大人になっている。

 背も伸びているし、記憶の中の小さな娘とは何もかも違う。


 それでも、分かった。

 理屈ではなく、そう分かってしまった。


 昔の柚希は、何でも一番にやりたがる子だった。

 階段を降りる時も、自分で靴を履く時も、妹より先にできると胸を張っていた。

 そのくせ、怖い時は私の服の裾を掴んで離さなかった。


 今、ガラスの向こうにいる彼女は、もう小さな子供ではない。

 それでも、強がって前に立とうとする横顔だけは、あの頃と少しも変わっていない気がした。


『失礼します』


『失礼します』


 二人目に入ってきたのは、真白マユだった。


 ユキより少し後ろ。

 ブースの中を見回して、少しだけ目を伏せる。

 手元の台本を胸の前で抱えるように持っていて、緊張しているのが分かった。


 けれど、ユキが振り返ると、小さく笑って頷いた。

 その笑い方を見た瞬間、胸が痛くなった。


 麻友。


 昔の麻友は、よく柚希の後ろに隠れていた。

 人見知りで、知らない人が来ると私の足にくっついて離れなかった。

 けれど、本当に嫌なことがあると、誰よりも頑固に動かなかった。


 泣きそうな顔をしながら、それでも首を横に振る。

 小さな手で服の裾を掴んだまま、絶対に譲らない。


 そういう子だった。


 今、ガラスの向こうにいる真白マユは、もう私の知っている小さな麻友ではない。

 髪型も違う。声も違う。

 私の知らない時間の中で、大きくなった女の子だった。


 それでも、ユキに向けた小さな笑顔だけは、記憶の中の麻友と重なった。


 大丈夫だよ、と言うみたいに。

 けれど本当は、自分の方がずっと不安そうにも見える。


 その面影が、今の真白マユの中にもあった。


『……失礼します』


 そして、三人目。

 入ってきたのは、水瀬リンという少女だった。


 落ち着いた足取り。

 けれど、視線だけが少しだけ不安そうに揺れている。


 リンはマイクの前に立つ時、自分から前へ出ようとはしなかった。


 ユキとマユの位置を確かめてから、二人よりほんの少しだけ後ろに立つ。

 離れすぎないように。

 でも、邪魔にならないように。


 そんな立ち方だった。


 その顔には見覚えがあった。


 前世で最後に見た光景が、脳裏をよぎる。


 道路に飛び出した小さな背中。

 迫るトラック。

 伸ばした手。

 最後に見た、泣きそうな顔。


 あの日、私が身を挺して助けた少女が、生きていた。

 そして今、私の娘たちの隣に立っている。


 三人がそれぞれの位置につくと、こちら側に向かって揃って頭を下げた。


『よろしくお願いします』


 ヘッドホン越しに、三人の声が届く。


 視界が、じわりと滲んだ。

 私は慌てて瞬きをして、膝の上で握った手に力を込める。


「……大丈夫?」


 咲夜が、ほとんど息だけの声で聞いてきた。


「……大丈夫」


 喉の奥が詰まって、声が少しだけ掠れた。


 嘘だった。

 でも、ここで崩れるわけにはいかない。


 オーディションが始まった。


 まずは自己紹介。

 次に、事前に渡されていた課題台詞。

 そのあと、三人での掛け合い。


 音響監督がマイク越しに指示を出す。


『では、最初はユキさんから。双子の姉、朝比奈ユイネの台詞をお願いします』


『はい』


 柚希が、一歩前に出た。

 手元の台本に視線を落とし、少し息を吸う。


『……私が大丈夫って言ったら、大丈夫なの』


 声が変わった。


 さっきまでの緊張した新人の声ではない。

 明るく振る舞おうとしている少女の声。


『泣いてない。怒ってもない。だから、そんな顔しないで』


 私は思わず息を呑んだ。


 上手い。


 いや、粗はある。

 発声も、間の取り方も、ベテランの声優と比べれば甘いところはある。

 感情が乗りすぎて、言葉の頭が少し潰れるところもある。


 それでも、声に嘘がなかった。


 明るい姉を演じているというより、明るい姉でいようとしている子の声だった。

 たぶん、柚希自身がそうなのだ。


 前に出る。

 平気な顔をする。

 妹に弱いところを見せないように、少しだけ声を張る。


 その癖が、そのままユイネという役に噛み合っていた。


 コントロールルーム側の空気が、少しだけ変わった。


『次、マユさん。双子の妹、朝比奈エリカの台詞を』


『はい』


 麻友が、小さく頷いた。


 台本を持つ指先が、少し震えている。

 けれど、声は意外なほど澄んでいた。


『お姉ちゃんは、ずるいよ』


 柔らかい声だった。

 でも、その奥にははっきりと棘があった。


『先に笑って、先に怒って、先に平気な顔をして。いつもお姉ちゃんが、一人で先に終わらせちゃう』


 ――正直、ぞっとした。


 近すぎるからこそ、互いの痛みを奪い合ってすれ違ってしまう。

 そういう場面だった。


 この台詞をどう言わせるか、咲夜はずっと悩んでいた。

 私も夜中まで付き合って、何度も台詞の候補を書き出した。


 だから、この台詞はよく知っているつもりだった。


 何度も読んだ。

 何度も直した。


 それなのに、麻友の声で聞いた途端、知らない台詞みたいに聞こえた。


 こんなに冷たい言葉だったのかと、今さら思った。


 私は唇を噛んだ。


 私情を入れるな。

 何度も自分に言い聞かせた。


 咲夜の作品に合うかどうか、ちゃんと見極めなければならない。


『では、水瀬さん。幼なじみの遠野ナギサをお願いします』


『はい』


 水瀬リンが、ゆっくり頷いた。

 彼女は台本を持ち直し、少しだけ目を閉じた。


 そして、声を出す。


『私は、二人に幸せになってほしい』


 静かな声だった。


『だから、二人のそばにいたい。二人の間にいられるなら、それだけで私は幸せなの』


 その瞬間、空気が変わった。


 リンの声は、派手ではない。

 アイドルらしい華やかさとも少し違う。


 けれど、危うい熱があった。


 姉妹のどちらかを選びたいわけではない。

 けれど、ただの友達でいられるほど薄い感情でもない。


 二人が大切で。

 二人の関係も大切で。


 その真ん中に手を伸ばすことが、正しいのか分からない。

 それでも、手を伸ばさずにはいられない。


 その迷いが、声に乗っていた。


 私は、ガラスの向こうのリンを見つめる。

 深く飲み込まれてしまいそうな目をしていた。


 リンの読みが終わると、音響監督が台本をめくった。


『では次、三人での掛け合いをお願いします。中盤の、ユイネとエリカがぶつかる場面です』


 三人が、それぞれ台本に視線を落とす。


『ユキさんは少し前に。マユさんは最初、少し抑えて受ける感じで。水瀬さんは、二人の空気を見てから入ってください』


『はい』


 三人の返事が重なった。


 続いて、三人での掛け合いに入る。


 『ふたりのまんなか』の中盤にある重要な場面だった。

 姉が一人で全部背負おうとし、妹がそれに傷つき、幼なじみが初めて二人の間に踏み込む場面。


 柚希が前へ出る。


『だから、私がやるって言ってるでしょ!』


 麻友が一歩遅れて、顔を上げる。


『そうやって、また私を置いていくんだ』


『置いていくんじゃない。守ってるの』


『守られてるだけなら、私はいらないじゃん』


 声が重なる。


 その瞬間、私の記憶の中の柚希と麻友が、今の二人と重なった。


 姉妹喧嘩。

 玩具の取り合い。

 どちらが先に抱っこされるかで泣いた日。

 華が呆れて、私が間に入って、結局全員で笑った夕方。


 そんなものが、全部勝手に蘇ってくる。


 違う。


 これは芝居だ。


 今ここにいるのは、記憶の中の小さな柚希と麻友ではない。

 柚月ユキと真白マユが、ユイネとエリカを演じているだけだ。


 分かっている。

 分かっているのに、感情を揺さぶられる。


 リンが、一歩前へ出た。


『二人とも、私を見て』


 ブースの中の空気が止まった。


 柚希と麻友が、リンを見る。


『ユイネは、エリカを守るって言いながら、何もさせようとしない。エリカは、傷ついた顔をしながら、ユイネも傷ついてることを見ようとしない』


 リンの声が、少し震えた。


『どっちも、相手のことが好きなくせに。なんでそんなに、相手を見るのが下手なの』


 その台詞を聞いた瞬間、私は膝の上で握っていた手に力を込めた。


 分かってしまった。


 三人の間にある、少し張り詰めた空気。

 近いのに、どこか遠い。

 支え合っているのに、互いの立ち位置を探り合っている。


 そのチグハグさが、『ふたりのまんなか』の三人と妙に重なっていた。

 だから、こんなにもしっくりくるのだろう。


 コントロールルーム側のスタッフが、いくつか簡単な指示を出す。


 別パターンの読み。

 感情を抑えた芝居。

 少しテンポを早めた掛け合い。


 音響監督が、続けていくつか指示を出した。


 別パターンの読み。

 感情を抑えた芝居。

 少しテンポを早めた掛け合い。


 指示が飛ぶたび、三人は短く返事をして、すぐに読み方を変えようとした。


 もちろん、全部がうまくいくわけではない。

 抑えすぎて声が沈むこともあるし、テンポを上げたせいで台詞の端が少し流れることもある。


 それでも、言われたことを聞き流してはいなかった。

 今の自分たちに何が足りないのか、必死に掴もうとしているのが分かった。


 柚希は前に出すぎる癖がある。

 麻友は声量が少し不安定。

 リンは感情を飲み込みすぎる時がある。


 でも、それぞれの弱点が、そのままキャラクターの弱さにもつながっているように感じた。


『ありがとうございました』


 ブースの中の三人が、もう一度深く頭を下げた。


 それから、扉の向こうへ出ていく。

 ガラスの向こうから、三人の姿が消えた。


 私はしばらく、誰もいなくなったブースを見つめていた。


 まだ、胸が苦しい。


 何か言わなければと思った。

 咲夜に感想を伝えなければならない。

 そのために、私はここに来たのだから。


 けれど、言葉は出てこなかった。


 喉の奥に、さっき聞いた三人の声が残っている。


 柚希の声。麻友の声。リンの声。


 その後のことは、あまりよく覚えていない。


 スタッフに挨拶をして、スタジオを出た。

 咲夜がタクシーを呼んでくれた。

 車の窓の外を、見慣れない街の景色が流れていく。


 咲夜は何も聞かなかった。

 私も何も言えなかった。


 隣に座っている咲夜の気配だけを感じながら、私はずっと膝の上で手を握っていた。



 ◇


 そうして咲夜の部屋に戻る頃には、外はすっかり暗くなっていた。


 部屋の中は、出る前とほとんど変わっていない。

 机の上には資料が積まれていて、壁際には漫画用の本やファイルが並んでいる。


 けれど、私の中だけが、行く前とはまるで違っていた。


 咲夜は私に温かい飲み物を出してくれた。

 湯気の立つカップを両手で包む。


 それでも、すぐには飲めなかった。


 しばらく沈黙が続いたあと、咲夜が静かに口を開いた。


「……どうだった?」


 私はすぐには答えられなかった。


 会いたかった娘たちがいた。

 命を賭けて救った少女がいた。


 それは、いい。

 いや、よくはないけれど、それは私の中の話だ。


 今、答えなければならないのは、あの三人が作品に合っているかどうかだった。


「……困った」


 ようやく出た言葉は、それだった。


「困った?」


「うん」


 私はカップの中の湯気を見つめたまま言った。


「こんなの、冷静に見られるわけないよ」


「……うん」


「でも」


 私は息を吸った。


「合ってた、と思う」


 咲夜は黙っていた。


「たぶん、プロの声優だけで固めた方が安定する部分もあると思う。炎上もするかもしれない。声優アイドルユニットを主役に持ってくるってだけで、叩く人は絶対いる」


「うん」


「それでも、どうしようもなく合ってた」


 私は唇を噛んだ。


「あの三人は、『ふたりのまんなか』の三人と、同じところで痛がってる気がした」


 言葉にしてしまうと、もう戻れなかった。


 私はこの三人を、ただ前世から繋がりる相手として見ているわけではない。

 作品の出演者としても、必要だと思ってしまった。


「……私情は入ってる」


 正直に言った。


「めちゃくちゃ入ってる。だから、最終的には咲夜が決めて」


「うん」


 咲夜は静かに頷いた。


 しばらく、二人とも何も言わなかった。

 その沈黙のあと、咲夜が小さく息を吐く。


「ずるいね」


「……え?」


「ユイネとユリカのイメージ、あの二人にかなり近かった」


 咲夜は、手元のカップに視線を落とした。


「姉妹の設定を打ち合わせてた時、師匠は無意識にあの二人を見てたんだと思う」


「……私は、そんなつもり」


「うん。分かってる」


 咲夜は遮らず、でも静かに言った。


「師匠が娘さんたちをそのままキャラにした、って言いたいんじゃないよ。でも、姉妹の距離感とか、父親がいなくなった家を想像する時の空白とか、そういうところで師匠の中に残っていたものは、たぶん入ってる」


「……」


「だから、合わないわけがないんだよね」


 咲夜は困ったように笑った。


「ずるいなあ。こんなの、逃げ道を塞がれたみたいじゃん」


「咲夜」


「でも、だからって情で決めるわけじゃない」


 その時の咲夜の目は、原作者の目だった。


「あの子たちは、ちゃんと登場人物を自分のものにしてた。少しハマりすぎてて逆に怖いくらい……」


「うん」


「それを、見なかったことにはできない」


 私は何も言えなかった。


 咲夜がそう言ってくれたことが、嬉しかった。

 けれど同時に、怖くもあった。


 このまま進めば、私はもっと近づくことになる。

 その時、私はどうすればいいのだろう。


 それでも、もう見てしまった。

 声を聞いてしまった。

 あの子たちが生きていることを、知ってしまった。


「師匠」


 咲夜が静かに呼んだ。


「今日はここまででいいよ」


「……ありがとう」


 声が、思ったより弱くなった。


「咲夜がいてくれて、よかった」


 咲夜は少しだけ目を丸くしたあと、いつものように柔らかく笑った。


「うん」


「一人だったら、たぶん無理だった」


「わかってる」


「わかってるって……」


「わかってるよ。だから一緒に行ったんでしょ」


 その言い方が、ひどく咲夜らしかった。


「無理に会わなくていい」


 その言葉に、胸の奥が少しだけ緩んだ。


 咲夜は分かっている。


 私が会いたいと思っていることも。

 今すぐ会えば、たぶん壊れてしまうことも。


「次は、どうするか一緒に考えよう」


「うん」


 私は頷いた。


 柚希。麻友。リン。


 彼女たちは、もう一度私の前に現れた。

 私はその事実を、まだうまく受け止められなかった。


 ただ一つだけ、分かってしまったことがある。


 あの三人を、もう他人事にはできない。

 たとえ私が、あの子たちにとって何者でもないとしても。


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