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TS転生幼女のサバイバル配信生活 ~ギャルママ放置で詰みかけたので、前世知能でVTuber始めます~  作者: 瀬戸こうへい
第一章 生まれ変わった俺の居場所

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第4話 秘密の共有と、大人の取引

 スーパーからの帰り道、俺はずっと咲夜さんにガン見されていた。

 ベビーカーに揺られる俺を見るその目は、「可愛い」でも「大丈夫かな」でもない。


 ――完全に、「なんだコイツ」という警戒の目だ。


 彼女は歩きながら、何度もこちらを見下ろしては首を傾げ、時折なにかを考え込むように黙り込む。

 無理もない。さっきの買い物での俺の指示は、一歳児の範疇を軽く飛び越えていた。

 不審に思わない方がおかしい。


 マンションの廊下に到着し、重い荷物を玄関まで運んでもらったところで、俺は腹を括った。


(……今しかないな)


 この人なら、話しても大丈夫かもしれない。

 漫画家という職業柄、突拍子もない話への耐性もありそうだし、何より今の俺には、信頼できる大人の協力者が必要だった。


「……咲夜しゃん」


 俺は、赤ちゃん特有の舌足らずな喋り方を隠さず、それでいてできるかぎり真剣な声色で話しかけた。

 短い舌では、どう足掻いても滑舌には限界がある。


「少し、お話がありまちゅ。よければ、上がっていきまちぇんか?」


 咲夜さんは目を見開き、そのまま数秒固まった。

 やがて、ゴクリと唾を飲み込み、慎重に頷く。


「……お邪魔します」


 その表情は、まるでエイリアンの住処に足を踏み入れる人間のようだった。



 美結が掃除をサボっているせいで散らかったリビング。

 俺と咲夜さんは低いテーブルを挟んで向かい合った。


「お出しできるのが、お水と赤ちゃんせんべいくらいしかありまちぇんが……」


「い、いえ……お気遣いなく」


 ペットボトルの蓋は開けられず、咲夜さんが代わりに開けてくれた。助かる。


「単刀直入に言いまちゅ」


 俺は正座する。短い足のせいで胡座に見えるが、気持ちは正座だ。

 一度だけ、深く息を吸う。これを言えば、もう後戻りはできない。


「私は、転生者でしゅ」


「……転生者?」


「はい。前世の記憶を持ったまま、この体に生まれ変わりまちた。中身は三十代男性、しがない会社員のおっさんでしゅ」


 沈黙が落ちた。

 冷蔵庫のモーター音だけがやけに大きく耳に残る。


 笑われるか、気味悪がられるか。

 最悪、病院案件だ。


 だが、咲夜さんは意外にも、ふうっと息を吐き、眼鏡の位置を直した。


「……やっぱり」


「え?」


「いや、どう考えてもおかしいもん。一歳児が買い物の指示をあそこまで正確に出すとか」


「あ、はい。おっしゃる通りで」


「そっかぁ、転生かぁ……ラノベとか漫画じゃよくあるけど、現実にいるんだね」


 順応が早い。

 さすがはクリエイターだ。


 咲夜さんは、こちらを怖がるでもなく、むしろ興味深そうに目を輝かせていた。


「あ、じゃあさ」


 彼女は急に身を乗り出し、スマホを取り出す。


「中身がおじさんなら、相談に乗ってもらってもいい!?」


「相談、でちゅか?」


「うん。これなんだけど……」


 画面に映し出されたのは、描きかけの漫画の原稿だった。

 そこにはあられもない恰好をした女子が、頬を赤らめている場面が描かれていた。


 どう見ても成人向け漫画です。

 ありがとうございます。


「どうしても担当さんからOKが出なくて。『色気が足りない』って言われるの。でも、どう直せばいいかわからなくて……」


「ほむ……」


 俺は眉間にシワを寄せ、画面を凝視した。

 元・男として言わせてもらえば――


「女体のエロスが足りてまちぇんね」


「え、エロス?」


「我々男というのは、女性の体を常にいかがわしい視線で見てしまうものでしゅ」


「う、うん……」


 俺の言葉に、なぜかサッと両腕で自分の胸元を隠す咲夜さん。

 美結には負けるが、中々の大きさである。眼福だ。


「主人公の男視点なのに、女体への執着が感じられまちぇん。上品すぎましゅ。それでは読者の共感は得られまちぇん!」


 俺はバン、とテーブルを叩いて(ペチッ、と可愛い音がした)力説する。


「視線誘導は、吹き出しと、顔とおっぱいとお尻でちゅ! 男の目線はそこにしか行きまちぇん。それを意識してコマを配置してくだちゃい!」


「は、はい……!」


 咲夜さんはメモを取りながら頷くが、俺の指導はまだ終わらない。

 俺は短い指で、画面の太もも部分を指し示した。


「あと、足が細すぎましゅ! モデル体型なんて二次元にはいらないんでしゅ!」


「えっ、でもスタイルいい方が……」


「ノンッ! 太ももは太ければ太いほどご褒美なんでちゅ! お肉が食い込む柔らかさこそが重要なんでしゅよ!」


「ふ、太い方がご褒美……!」


 さらにページをめくらせ、クライマックスのシーンへ。


「ここも淡白すぎましゅ! 終わり良ければ総て良し! 男にとってフィニッシュシーンは大事なんでちゅ! 描写はしっかり入れてくだちゃい!」


「描写、ですか?」


「そうでしゅ! 溜めて、溜めて、一気に解放するカタルシスが必要なんでしゅ!」


 俺は拳を握りしめ、熱く語る。


「そして事後もあっさりしすぎでしゅ! 未練がましい男の浅ましさを描いてこそ共感を得られるんでちゅ!」


 はあ、はあ、と息を切らす一歳児オレ

 対する咲夜さんは、真剣そのものの顔でメモを取りまくっていた。


「すごい……! 私に足りなかったのは、この変態的な視線だったんだ!」


「お役に立てたなら、何よりでしゅ」


 変態は誉め言葉として受け取っておこう。


「師匠……師匠と呼ばせてくださいっ!」


 きらきらとした目で私を見る咲夜さん。


「そんな、私なんて……」


 思わず熱く語りすぎてしまった気がする。


「いえ、エロ師匠!」


「……普通に師匠にしてくだちゃい」


「師匠、これからも原稿見てくれませんか!?」


 ――来た。


 俺は、幼児の顔に似合わない笑みを浮かべて切り出す。


「構いまちぇんよ。その代わり……取引といきませんか」


「取引?」


 首を傾げる咲夜さんをよそに、俺はトテトテと歩き、部屋の隅に置かれた棚を指差す。

 そこには、薄く埃を被った箱が置かれていた。以前、美結が商店街のビンゴ大会で当ててきたタブレット端末だ。「機械わかんないし~」の一言で放置され、俺が密かに確保していた代物である。


「この家にタブレットはあるんでしゅが、ネット環境がないんでしゅ。美結……母親は、ネットの契約がよくわからないみたいで、回線を引いてくれなくて」


 現代社会において、ネットからの遮断は致命的だ。

 情報収集も、暇つぶしも、将来の計画も――すべてはネットがあってこそ成り立つ。


「咲夜さんのお宅には、Wi―Fiが飛んでいましゅよね?」


「うん、あるよ」


「それを、少しだけ共有させていただけまちぇんか? 設定のやり方は、わたちが知ってまちゅので」


 俺はテーブルの上に置かれたお金を指差した。

 美結が置いていった一万円から、さっきの買い出し分を差し引いた残り。およそ六千円。


「このお金で、中継用のルーターと、長めのLANケーブルを買ってきていただきたいんでしゅ。ベランダ越しに有線でつないで中継機にすれば、安定した回線が確保できましゅ」


「あー、なるほど。物理的に繋ぐわけね。わかった、それくらいならお安い御用だよ」


「ありがとうございましゅ。ただ……問題が一つありましゅ」


「問題?」


「月々のランニングコストでしゅ。プロバイダ料金を、咲夜さんに全額負担させるわけにはいきまちぇん」


 機器代は一度きりで済む。

 だが、回線の維持費は、毎月確実に発生する。


「え? 別に気にしなくていいよ?」


 咲夜さんはきょとんとした顔で、あっさり手を振った。


「うちの回線、定額制だし。アリサちゃんが使っても使わなくても、料金は変わらないよ」


「い、いえ! そういうわけにはいきまちぇん!」


 俺は身を乗り出し、必死に訴えた。


「社会人として、そこはきっちりしておきたいんでちゅ!」


「……今は幼児だけどね」


 苦笑する咲夜さんとは対照的に、俺は真剣だった。

 タダより高いものはない。これから先、長く付き合う相手だからこそ、関係は対等でありたい。


 しかし、現実は厳しい。


「ですが……現在、わたちの手持ちは、このお金のみ。

 継続的な支出は、正直に言って不可能でしゅ……」


 俺はテーブルの上の紙幣と、自分の小さな掌を見比べた。

 どう計算しても、毎月の通信費を捻出できる算段は立たない。


 覚悟を決め、少しだけ首を傾げて咲夜さんを見上げる。


「……なので、わたちの体で払いましゅ」


「……その言い方、一歳児がすると犯罪臭がすごいのだけど」


 引きつった笑みを浮かべる咲夜さんに、俺は慌てて補足する。

「もちろん、漫画制作のお手伝いという意味でしゅ。ネタ出し、構成の相談、アシスタント作業、事務的なことまで……できることは、全部やりましゅ。この労働力を、通信費の代わりに使ってほしいんでちゅ」


 しばしの沈黙。

 やがて、咲夜さんは小さく笑った。


「……ふふ。わかったよ。師匠の労働力で相殺、ってことで」


 彼女は「さっきのアドバイスのお礼もあるしね」と付け加え、あっさり了承してくれた。


 こうして、俺と咲夜さんの奇妙な取引は成立した。

 ――この日を境に、俺の人生二周目は、確かな協力者を得て次の段階へと進み始めるのだった。


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ここまで読んでくださってありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
キーボード打つ時に指の小ささを嘆いてそうですね。
「……なので、わたちの体で払いましゅ」  まさか一歳にしてその台詞を言うとは。(そのうち本当に自分の身体を)  咲夜さん、良い師匠?を持ててよかったですね。
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