第49話『Side:クラウス 弱い過去との決別にゃ』
「ガハッ……!」
鳩尾に重い蹴りを受け、俺は石畳の上を転がった。
呼吸ができない。視界が明滅する。
「ギャハハ! どうしたクラウス! また『ゴブリン役』に戻った気分はどうだ?」
ガーラントが嘲笑いながら近づいてくる。
その手にある魔剣は赤黒く脈打ち、俺の剣は、度重なる打ち合いで刃こぼれを起こしていた。
「くっ……!」
勝てない。
技術では食らいつけても、基礎的な身体能力の差が絶望的だ。
一撃を受けるたびに骨がきしみ、体力が削り取られていく。
「諦めろよ。お前は所詮、俺の引き立て役なんだ。大人しく殺されとけ!」
ガーラントが魔剣を振り上げる。
俺の身体は恐怖と痛みで鉛のように重い。
ここで終わるのか。
何も成せず、誰の役にも立てず、ただ無様に死んでいくのか。
……嫌だ。そんなのは、もう嫌だ。
その時だった。
ドクンッ!!
心臓が、早鐘を打った。
直後、脳内に電子音のようなシステム通知が響く。
《条件達成を確認。対象[ノワール]との【眷属化】が確立されました》
「……え?」
瞬間、俺は「理解」した。
見えないはずの「管」が、俺の魂に突き刺さる感覚。
そして、その管の向こう側に、とてつもなく巨大な「力の貯水池」があることを。
(これは……ノワールの魔力か?)
俺は直感した。
このパスを通じて、あいつの力を借りることができる。
俺は迷わず、魂の奥底で叫んだ。
(お願いだ、ノワール! 俺に力を……あいつを倒せるだけの魔力を!!)
ドォォォォォォッ!!!
俺の願いに応えるように、奔流が流れ込んできた。
魔力だ。
それも、俺の許容量を遥かに超えた、超高密度魔力。
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁッ!?」
俺は頭を抱えてうずくまった。
痛い。痛い痛い痛い!
頭蓋骨の内側からハンマーで叩かれているようだ。全身の血管が沸騰し、脳漿が焼き切れるような感覚。
あまりの魔力量と密度に、俺の貧弱な魔力回路が悲鳴を上げているのだ。
(……まだだ! これじゃ足りない!)
俺は激痛の中で、さらに強く魔力を吸い上げた。
ガーラントの魔剣を砕くには、並大抵の出力じゃダメだ。
俺の器が壊れてもいい。限界を超えて、詰め込めるだけ詰め込め!
「ああん? なんだぁ?」
ガーラントが足を止め、俺の異変に眉をひそめる。
俺の身体から、制御しきれない青白い魔力がバチバチと火花のように噴出していた。
手にしている剣が、過剰な魔力を受けて高熱を発し、眩い光を放ち始める。
「おいおい、そりゃあ『魔力暴走』じゃねえか! 身の程知らずな強化魔法でも使いやがったか?」
ガーラントがニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「馬鹿め! 痛みで指一本動かせねえだろ! 自滅とは傑作だぜ!」
ガーラントの言う通りだ。
普通の人間なら、この激痛でショック死していてもおかしくない。
頭が割れる。意識が飛びそうだ。
――だが。
なんだろう、この感覚は。
初めてのはずなのに、俺はこの「頭が割れるような痛み」を、よく知っている気がする。
『限界を超えた魔力圧縮こそが、器を広げる唯一の道である(ただし、脳が割れるほど痛い)』
ああ、そうだ。
俺は、毎日これをやっていた。
ノワールに見守られながら。
何度もくじけそうになった。泣きそうになった。
それでも、あいつが応援してくれるから、俺は歯を食いしばって耐え抜いたんだ。
「死ねェッ! 楽にしてやるよぉ!」
ガーラントがトドメとばかりに魔剣を振り下ろす。
俺は霞む視界の中で、それを見た。
動け。動け、俺の身体。
あの日々の特訓に比べれば――こんな痛み、どうということはない!
ガギィィィンッ!!!
火花が散った。
俺は光り輝く剣を掲げ、ガーラントの全力の一撃を正面から受け止めていた。
「――は?」
ガーラントの目が点になる。
「な、なんで動ける!? 神経が焼き切れるほどの激痛だぞ!? 立っていられるはずがねえ!」
鍔迫り合いの距離で、ガーラントが叫ぶ。
俺はギリギリと歯を食いしばり、脂汗を流しながらも、口元を強引に吊り上げた。
「痛み……だと?」
脳血管が切れそうな頭痛。
魔力回路が悲鳴を上げる負荷。
確かに、地獄のような苦しみだ。
だが。
「こんなもの……あの頃の『特訓』に比べれば、懐かしいくらいだッ!!」
あの日々があったから。
ノワールが俺の限界を引き上げ、器を無理やりにでも拡張してくれていたから。
俺の魔力回路は、この負荷にも耐えられている!
「な、なにを訳の分からねえことを……ッ!」
「うおおおおおおッ!!」
俺は咆哮と共に、剣を押し返した。
有り余る魔力が剣から溢れ出し、物理的な刀身を超えた、巨大な「光の刃」を形成する。
《限界突破を確認。スキル【剣術】が一時的に昇華します》《――ユニークスキル【過剰魔力剣】発動》
ズパァァァンッ!!
光の刃が、ガーラントの魔剣を弾き飛ばした。
それだけではない。
余波だけで衝撃波が生まれ、ガーラントの身体を吹き飛ばし、背後の石壁に叩きつける。
「がはっ……!? 俺の、魔剣が……力負けした……?」
ガーラントが震える手で、ヒビの入った自分の剣を見つめている。
俺は光の刃を引きずりながら、ゆっくりと彼に歩み寄った。
「ひッ……!」
ガーラントが腰を抜かし、後ずさる。
その顔に浮かんでいるのは、かつて俺に向けられていた嘲笑ではない。
純粋な「恐怖」だ。
「……可哀想な人だ」
俺は彼を見下ろし、静かに告げた。
不思議と、怒りは消えていた。
目の前にいるのは、絶対的な強者なんかじゃない。
ただ、誰かを踏みつけにしないと自分を保てない、哀れで小さな男だ。
「俺はお前を恐れていた。でも、もう違う」
「く、くるな! 化け物! 俺はヴァイスハイト家の嫡男だぞ! 俺に逆らってタダで済むと……!」
ガーラントが錯乱したように家柄を叫ぶ。
俺は首を横に振った。
「家名なんて、ここじゃ何の意味もない」
俺は剣を振り上げた。
光の刃が、天井に届くほどに伸長する。
「俺はゴブリンでも、貴族でもない」
「ひぃぃぃッ!?」
「俺はただの『クラウス』だ。……お前という悪夢を断ち切る、一人の剣士だ!」
一閃。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
光の濁流が、ガーラントを飲み込んだ。
それは彼を斬り裂くのではなく、その身に纏った鎧と、プライドと、歪んだ剣士としての矜持を、跡形もなく粉砕する一撃だった。
砂煙が晴れると、そこには鎧を剥がされ、白目を剥いて気絶しているガーラントの姿があった。
俺は光を失った剣を鞘に納める。
「……修行の成果、出せたかな。ノワール」
俺は、繋がりを感じる魂のパスに向かって、小さく呟いた。
痛みは引いていた。
代わりに、胸には誇らしさが満ちていた。




