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長編版:撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第六章 黄金ノ温泉郷ト古龍トノ邂逅

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50/50

第50話『断罪の終わりと、明日への一歩にゃ』

 俺とミアが駆けつけた時、そこには既に決着のついた光景が広がっていた。

 迷宮のジャンクション広場。

 罠の魔法陣が描かれていたその場所に、三人の影が集まっていた。


「ノワ様!!」

「ノワール、ミア!」


 ボロボロの騎士服を纏ったエレナと、全身から湯気を上げているクラウス。

 二人とも傷だらけだ。けれど、その表情はかつてないほど晴れやかで、力強い光に満ちている。


『二人とも、無事か!』

「はい! ノワ様こそ!」


 エレナが飛びついてきて、俺を抱きしめる。

 続いてクラウスも、安堵の息を吐きながら俺の頭を撫でた。


「ああ、なんとかな。……お前のおかげだよ、ノワール」

「私もです。ノワール様の『声』が聞こえたから、頑張れました」

「にゃあ(俺もだ。みんな、よく勝ったにゃ)」


 俺たちは互いの無事を喜び合った。

 【眷属化】による魂のパスは、戦闘が終わったことで穏やかな繋がりへと落ち着いている。

 この絆がある限り、俺たちはもう負けない。そう確信できる強固な繋がりだ。


「……さて。問題はこいつらだな」


 クラウスが冷ややかな視線を向ける。

 広場の隅には、俺たちが引きずってきた「敗者たち」が転がされていた。

 全身の骨を砕かれ、泡を吹いているザイード。

 利き腕を斬られ、うつろな目で空を見上げているレオニード。

 そして、鎧を剥ぎ取られ、白目を剥いて気絶しているガーラント。

 かつて俺たちを見下し、嘲笑っていた「白銀の黎明」と貴族の嫡男。

 俺たちは互いに顔を見合わせ、頷き合った。

 この絆がある限り、俺たちはもう負けない。そう確信できる強固な繋がりだ。

 俺たちは彼らを縛り上げ、ダンジョンの出口へと向かった。

 光の先には、まだ終わらない現実が待っている。

 だが、今の俺たちなら、どんな現実も乗り越えられるはずだ。


 ◇


 その後、事態は急速に動いた。


 生きて捕らえられたレオニードとザイードは、冒険者ギルドの厳しい尋問の末、数々の余罪を自白した。

 新人冒険者の殺害、装備の強奪、違法薬物の密売、そして――ヴァイスハイト伯爵家との癒着による暗殺代行。

 彼らが吐いた情報は、王都を揺るがす大スキャンダルとなった。


 証拠は明白だった。


 ヴァイスハイト伯爵家は、長年にわたり不正な手段で富を蓄え、政敵を排除していた事実が白日の下に晒されたのだ。


 国王の逆鱗に触れたヴァイスハイト家は、即座に爵位と領地を没収され、取り潰しが決まった。


 誇りを失ったヴァイスハイト伯爵――ガーラントの父は、執行人が屋敷に踏み込む前夜、自室で首を吊って自害したという。


 華やかだった名門貴族の、あっけない幕切れだった。

 だが、一つだけ不可解な点が残った。


 当主の息子であり、実行犯の一人であったガーラント・ヴァイスハイト。


 彼は護送中、何者かの手引きによって脱走し、そのまま行方をくらませたのだ。

 彼の行方を知る者は、誰もいない。


 ◇


 数日後。バウマン家の屋敷にて。


「ふう。ようやく落ち着いたな」


 クラウスが窓際で伸びをしている。

 その横には、穏やかな笑顔でお茶を淹れるミアと、新しい剣の手入れをするエレナの姿があった。


 穏やかな日常。


 かつて俺が夢見ていた、破滅のない世界がここにある。


(……終わったんだにゃ)


 俺は特等席のクッションの上で、彼らを眺めていた。

 ヴァイスハイト家への復讐は果たされた。

 俺たちを陥れようとした悪意は、もうここにはない。

 本来なら、俺の役目はこれで終わりのはずだ。


 だが――。


(……まだ、だにゃ)


 俺は、楽しそうに笑い合う三人の若者たちを見つめる。

 復讐は終わった。けれど、彼らの人生はこれからだ。

 未熟な当主、覚醒したばかりの剣聖、そして女王の器を持つ少女。

 彼らがこれから歩む道には、きっとまた多くの困難が待ち受けているだろう。


(彼らの成長を見守るのが、俺の使命だ)


 ふと、転生する前の記憶が脳裏をよぎった。

 あの日、イグニスのブレスに焼かれる寸前。


 俺の腕の中で、ボロボロになった相棒(ノワール)は、最後に何を伝えたかったのか。


『……クラウス……いきて……』


 あの時の俺は、それを「生きて復讐してくれ」という呪いのように受け取った。

 あいつらの理不尽を許すな、俺たちの無念を晴らしてくれと、そう言われたのだと思った。

 だから、この世界で目覚めた時、復讐こそが俺の生きる意味だと思った。


 でも――違うのかもしれない。


 今なら分かる気がする。

 あいつは、全身の骨が砕けてもなお、俺に頭を擦り付け、「大丈夫」だと喉を鳴らした。

 そこに憎しみなんてなかった。


(もしかして……お前が望んでいたのは復讐ではなく、俺の幸せだったのか?)


 復讐に囚われるのではなく、生きて、誰かと笑い合って、幸せになってくれと。

 そう言いたかったのか?


(……分かったよ。俺は生きるにゃ)


 目頭が熱くなるのを感じた。

 俺はもう、復讐のためだけの幽霊じゃない。


「ノワール様? どうされました?」

「ノワ様、おやつ食べる?」


 ミアとエレナが俺に顔を寄せてくる。

 俺は「にゃあ」と鳴いて、二人の手に頭を擦り付けた。


 この温かい場所を守るために。


 俺たちの物語は、まだ続いていくのだ。


 ◇


 同時刻。


 王都から遠く離れた、乾いた風が吹き荒れる不毛の荒野。


「……誰か、俺を助けろ……! 俺は選ばれた人間なんだぞ……!」


 地面に顔を押し付け、慟哭する。

 その時だった。


「――困りますねえ。生産ラインが止まってしまったではありませんか」


 頭上から、透き通るような声が降ってきた。

 ガーラントは弾かれたように顔を上げる。


「だ、誰だ!?」


 そこに立っていたのは、この泥だらけの荒野には似つかわしくない人物だった。

 月の光を反射するような、継ぎ目のない純白の衣を纏った人影。


 性別は分からない。整いすぎた顔立ちは、まるで精巧な自動人形(ゴーレム)のように無機質で、生気というものを感じさせなかった。


「あ、あんたは……?」

「私は『管理者』の末席に連なる者。……貴方の家には期待していたのですよ? ヴァイスハイト家」


 白い人物は、感情のない瞳でガーラントを見下ろした。


「貴方の父親は、優秀な『代理人』でした。ダンジョンを裏で操作し、冒険者を適度に死なせ、良質な『絶望(マナ)』を我々に納品し続けてくれた。……とても効率的なシステムだった」


「な……親父を知っているのか……?」

「ええ。ですが、そのシステムも崩壊しました。貴方たちが落ちぶれたせいで、今やダンジョンからの供給は激減。……これでは、納品に支障が出てしまいます」


 人物は淡々と、恐ろしいことを口にする。

 まるで、牧場の収穫量が減ったことを嘆く農夫のように。


「責任、取ってもらえますよね?」

「ふ、ふざけるな! 俺だって被害者だ! 全部あいつらのせいで……!」


 ガーラントが激昂し、白い人物に掴みかかろうとする。

 だが。


『――頭が高い。遜(へりくだ)りなさい』


 ドォォォォォンッ!!!


「がっ……!?」


 触れてもいない。ただの言葉。

 それだけで、ガーラントの身体に見えない巨人の手がのしかかった。

 彼はカエルのように、地面に顔面から叩きつけられた。


「あ、が……っ! な、なんだ、これ……!」


 動けない。指一本動かせない。

 目の前にいるのは、人間ではない。自分たちを「管理」する、遥か高みの存在だという絶望的な格差。


「代理人を使った間接統治は失敗でした。……やはり、人間の自主性に任せるのは非効率ですね」


 白い人物は、這いつくばるガーラントの前にしゃがみ込んだ。


「なので、計画を変更します。これからは『直営』にしましょう」

「ちょく、えい……?」

「ええ。貴方が新しい『装置』になるのです」


 白い人物が、ガーラントの歪んだ顔を覗き込む。


「貴方の中にある、その素晴らしい憎悪。……それを核(コア)にすれば、きっと今まで以上に悪辣で、絶望に満ちた素敵なダンジョンが作れるでしょう」

「こ、こあ……?」

「問(と)いましょう。貴方は、現状を打破したいですか? 貴方をコケにした者たちを、貴方の作り出す絶望の迷宮に引きずり込み、永遠に苦しめる力が欲しいですか?」


 ガーラントは震えながら顔を上げた。


 あいつらを、永遠に苦しめる?

 今の彼が体験した、この絶対的な力が手に入るというのか?


「……い、いただけるのですか? わ、私のような者に……」


 口調が変わる。

 もはやプライドなどない。ただ、復讐の力にすがる下僕の姿があった。


「肯定します。さあ、受け入れなさい。貴方は今日から、人を辞め――この星を嘆きで満たす『迷宮の王』となるのです」


 悪魔の、いや、管理者の囁き。


 ガーラントに迷いはなかった。

 憎い。あいつらが憎い。そのためなら、化け物にだってなってやる。


「は、はい……! お願いします! 力を……私に力をお与えください! あいつらを地獄に落とす力を!」


 彼は泥にまみれた額を地面に擦り付け、懇願した。


「契約成立(アクセプト)。……では、コアの移植を開始します」


 人物がガーラントの胸に、赤黒く輝く結晶石を押し当てた。


 ズブブブブブブッ……!!


「が、あ……アアアアアアアッ!?」


 ガーラントが絶叫する。

 肉体が内側から作り変えられていく。


 人間としての器が砕け、その場所に、魔物を生み出し、空間を支配するための新たな機関が植え付けられていく。


「眠りなさい。迷宮が完成するその時まで」


 意識が塗り潰されていく中で、白い人物は満足げに微笑んだ。


「期待していますよ? 貴方の憎悪が、どれほどのエネルギー(悲鳴)を搾り取ってくれるのかを」


 荒野に、人ならざる獣の咆哮が木霊した。

 誰も知らない。誰も気付かない。


 この荒野の片隅から、世界の理(ルール)が狂い始めたことを。


 ――第一部 完――

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