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長編版:撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第六章 黄金ノ温泉郷ト古龍トノ邂逅

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第48話『神速の剣と、堕ちた英雄にゃ』

(……速い。見えない……ッ!)


 バシャッ!


 水飛沫と共に、私の視界が傾いた。

 肩に走る鋭い痛み。また、斬られた。


「はぁ、はぁ……ッ!」


 私は膝まで水に浸かったまま、剣を杖代わりにして身体を支えた。

 身体中が切り傷だらけだ。

 白い騎士服はボロボロに裂け、冷たい水路の水が赤く染まっていく。


「おやおや、もう限界かい? 剣聖の卵と聞いて期待していたんだけどね」


 目の前で、レオニードが優雅に剣を振るい、血糊を払った。

 彼には、傷一つない。

 息一つ乱していない。


 圧倒的な実力差。同じ【音速剣】の使い手でありながら、彼の剣は私のそれよりも洗練され、無駄がなく、そして残酷だった。


「君の剣には『迷い』がある。殺意が足りないんだよ。だから軌道が読める」


 レオニードが嘲笑うように近づいてくる。


「君たちみたいなのを見ると、反吐が出るね」


 彼は私の顔を覗き込み、蔑みの視線を向けた。


「猫なんかと仲良しごっこをしているから、そんなに弱くなるんだ。この世は弱肉強食。弱ければ食われる。それを理解していなかったことが、君の敗因だよ」


「……ノワ様を、悪く言うな……」

「事実だろう? あの猫も、今頃ザイードに切り刻まれてミンチになっている頃かな」

「――ッ!?」


 その言葉に、心臓が凍りついた。

 ノワ様が、死ぬ?

 嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ。


「さあ、楽にしてあげるよ。君のその才能、ここで終わりだね」


 レオニードが剣を振り上げる。

 私は動けない。恐怖と絶望で、足が竦んでしまっている。

 ごめんなさい、ノワ様。


 私、守れなかった――。


 その時だった。


 ドクンッ!!


 心臓が、破裂しそうなほど大きく跳ねた。

 直後、脳内に無機質なシステム音が鳴り響く。


《条件達成を確認。対象[ノワール]との【眷属化(リンク)】が確立されました》《魂のパスを接続。マスターからの魔力供給を開始します》


「……ぇ?」


 視界が明滅する。

 そして、流れ込んできたのは――とてつもない『痛み』だった。


(がはっ……! 熱い……腹が……!)



 お腹が焼けるように熱い。毒に侵される感覚。

 そして、誰かを必死に守ろうとする強い意志。

 


「……いや、これは私の痛みじゃない。ノワ様の……ッ!?」


 分かった。

 これはノワ様の痛みだ。

 ノワ様が、斬られたんだ。私たちを守るために、その身を犠牲にして。


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 私は絶叫した。

 恐怖じゃない。悲しみでもない。

 自分への怒りと、レオニードたちへの殺意で、視界が真っ赤に染まる。


「おや、発狂したかい? 可哀想に」


 レオニードがつまらなそうに鼻を鳴らす。


「絶望のあまり壊れたか。……まあいい、恐怖に怯えて死ぬよりは幸せだろう」


 違う。

 私は壊れてなどいない。

 むしろ、かつてないほど鮮明だ。

 ノワ様の痛みが、私の臆病な心を焼き払ってくれた。

 恐怖している暇などない。


(守らなきゃ。私が、ノワ様を)


 その強烈な想いが、私の内側にある「何か」の殻を突き破る。


 ドクン、ドクン。


 心音が早くなる。

 五感が研ぎ澄まされ、視界が広がる。


 水滴が落ちる音。


 空気の揺らぎ。


 レオニードの呼吸、筋肉の収縮、そして――彼から放たれる殺意の方向。

 全てが手に取るように分かる。


(……見える)


 目で見ているんじゃない。

 心で、魂で、世界の動きを感じ取っている。


 恐怖を克服し、ただ一人のために剣を振るう覚悟を決めた時、私の感覚は限界を超えた領域(第六感)へと踏み込んでいた。


「お楽しみの時間はここまでだね。……さようなら、天才剣士」


 レオニードの姿がブレた。

 先ほどまでは反応すらできなかった、神速の踏み込み。


 ――けれど。


(……遅い)


 私の目には、はっきりと見えていた。

 いいや、本当は初めからから「分かって」いた。

 恐怖で目が曇っていただけ。


 殺気が描く軌道。剣が通る未来。

 それが、赤い線のように空間に焼き付いて見える。


《精神干渉による限界突破を確認》《スキル【音速剣】が上位スキル【神殺剣(ラグナロク)】へ覚醒します》


 私は静止した時間の中で、一歩を踏み出した。


 迷いはない。恐れもない。


 ただ速く、誰よりも速く。


「死ねッ!!」


 レオニードの剣が、私の首筋へと迫る。

 私はそれを、最小限の動きで――首をわずかに傾けるだけで躱した。

 風圧が頬を撫でる。


 レオニードの目が、驚愕に見開かれるのが見えた。


 ――ここ。


 すれ違いざま、私は長剣を一閃させた。


 ザンッ――。


 乾いた音が響き、私はレオニードの背後へと抜けた。

 遅れて、水飛沫がバシャリと落ちる。


 時が動き出す。


「――は?」


 レオニードが間の抜けた声を上げた。

 彼の手から、愛剣がカランと水の中に落ちる。

 そして、右腕の肘から先が、だらりと力なく垂れ下がった。


 大量の鮮血が噴き出す。


「あ、あれ? 僕の、腕が……動か……ぎゃああああああああッ!?」


 遅れてやってきた激痛に、レオニードが絶叫し、水の中に転げ回った。


「なんで!? 僕の【音速剣】が見切られた!? ありえない、ありえないッ!」

「……遅いよ」


 私は冷たく言い放ち、血糊を払って剣を納めた。


「貴方は言ったね。猫と仲良しごっこをしているから弱いって」

「ひっ、ひぃッ! くるな、くるなァ!」


 レオニードが、動かない右腕を抱えて後ずさる。


 その顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃに濡れていた。


 さっきまで得意げに語っていた「弱肉強食」の哲学など、どこにもない。ただの怯える敗者だ。


「違うよ。誰かのために戦うから、人は強くなれる。貴方には、それがなかっただけ」


「た、頼む、助けてくれ! 金ならやる! だから殺さないでくれぇ!」

「……貴方の言う通りだよ。この世は弱肉強食」


 私は彼を見下ろした。

 そこにはもう、一欠片の情けも湧かなかった。


「貴方が私より弱かった。それだけだよ」


 ――ガッ!


「かはッ!?」


 剣の腹でレオニードの頭を打つ。レオニードは昏倒し、そのまま倒れた。

 ……腐っても高レベルの剣士だ。命は助かるだろうが、二度と剣は握れないだろう。


 それよりも、行かなきゃ。

 傷ついたノワ様のもとへ。


(待ってて、ノワ様。……今すぐ行くから!)


 私はダンジョンの奥へと駆け出した。

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