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長編版:撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第六章 黄金ノ温泉郷ト古龍トノ邂逅

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第47話『女王の鞭と、毒蠍の断末魔にゃ』

「ヒッ……な、なんだその魔力は!?」


 ザイードが腰を抜かし、後ずさる。


 彼の目の前で、ミア・ヴァレンタインという少女の存在が変質していた。


 可憐なメイドの仮面が剥がれ落ち、そこにあるのは、万物を平伏させる絶対的な支配者のオーラ。

 ミアは冷たい瞳でザイードを見下ろすと、ゆっくりと右手を掲げた。

 その掌から、漆黒の魔力が溢れ出す。

 魔力は生き物のように周囲へ伸びると、地面に転がる鉄骨や、崩れた岩石、瓦礫を次々と巻き込んでいく。


 ガガガガッ!


 瓦礫同士が魔力で強制的に繋ぎ合わされ、圧縮され、一本の長大で凶悪な「構造物」へと変化する。


「な、なんだ……瓦礫が集まって……?」


 ザイードが呆気にとられる。

 だが、俺には分かった。


(……『鞭』だにゃ)


 身の丈を超える巨大な瓦礫の鞭。

 環境をすべて武器に作り替えることが出来、圧倒的パワーで敵をねじ伏せる。

 未来で見た、女王の姿そのものだ。


「さあ、跪(ひざまず)きなさい」


 ミアが手首を軽く振るう。

 それだけの動作で、瓦礫の鞭がうねりを上げ、音速でザイードへと襲い掛かった。


「クソがッ! 俺には『毒の鎧』があるんだよぉッ!」


 ザイードは自身の最強の防御を信じ、ドロリとした紫色の魔力液を前面に展開して受け止めようとする。

 腐食性の液体装甲。触れるものすべてを溶かす絶対の盾。


 だが。


 ドォォォォォンッ!!!


「ギャアアアアッ!?」


 防御など、紙切れ同然だった。

 漆黒の鞭は、毒の粘液ごとザイードを弾き飛ばし、背後の岩壁へと叩きつけた。


「がはっ……! 俺の、毒液が……弾け飛んだ……?」


 ミアが一歩、また一歩と近づいていく。

 その背後で、瓦礫の鞭が大蛇のように鎌首をもたげ、シュルシュルと音を立てている。


(……すごい。これこそが、ミアの本来の戦い方だにゃ)


 俺は傷の癒え始めた体で、その光景に見惚れていた。

 これまでは武器がなく、不慣れな格闘術(魔力撃)で戦うしかなかった。


 だが、今の彼女は違う。

 間合いを支配し、敵を寄せ付けずに一方的に粉砕する、中・近距離のファイター。


 これこそが【女王】の真骨頂だ。


「ふざけるな……! 俺は『黒蠍』のザイードだぞ! こんなガキに!」


 ザイードが血を吐きながら吠える。

 遠距離では分が悪いと悟ったのか、彼は狂乱の形相で地面を蹴った。


「懐に入っちまえば、長い武器なんざ無意味なんだよぉッ!!」


 捨て身の突撃。

 ミアの振るう鞭を、紙一重で回避する。


 瓦礫が頬をかすめ、耳が削ぎ落ちるが、ザイードは止まらない。

 殺意のみを原動力に、ミアの喉元へと肉薄する。


「死ねェェェッ!!」


 毒液を滴らせる湾曲刀が、ミアの心臓へと突き出される。


 届く――俺が一瞬、息を呑んだ瞬間。


 ドゴォッ!!


 ミアの足元から跳ね上がった「黒い影」が、ザイードの顎をカチ上げた。


「ガッ……!?」


 脳を揺らされ、ザイードの身体が宙に浮く。

 俺には見えていた。

 ミアの背後にあった鞭とは別に、彼女の足元から新たな瓦礫が隆起したのを。


「……もう一本、だと……?」


 ザイードが宙で体勢を立て直しながら、驚愕に目を見開く。

 そこには、ミアの足元から伸びる、もう一本の瓦礫の鞭があった。


「あら。そんなこと言いました?」


 ミアが冷酷に微笑む。

 次の瞬間、彼女の足元の影が沸騰したように膨れ上がった。


 ズズズズズ……ッ!


 一本ではない。二本でもない。

 三本、四本、五本……。

 黒い魔力を纏った瓦礫の奔流が、幾重にも重なって立ち昇る。


 まるで、処刑台を取り囲む棘の檻のように。


「な、なんだよ、それ……」


 ザイードの顔が絶望に染まるのが見えた。

 近づくことさえ許されない。

 触れることさえ叶わない。

 格が、違いすぎたのだ。


「私の大切な方を傷つけた罪……万死に値します」


 ミアの瞳が、断罪の色に輝く。


「終わりです」


 彼女が指を振り下ろすと同時。


 殺到する鞭の嵐が、ザイードを飲み込んだ。


 ドガガガガガガガガガガッ!!!


「ギギィ、アガ、ギャアアアアアアアッ!!」


 四方八方からの滅多打ち。

 毒の鎧は瞬時に砕け散り、骨が砕け、肉が弾ける音が響き渡る。

 それはもはや戦闘ではない。一方的な蹂躙であり、処刑だった。


 やがて、嵐が止む。


 そこには、手足があらぬ方向へ曲がり、泡を吹いて気絶したザイードの姿だけが残されていた。


「……ふん。汚らわしい」


 ミアは興味なさげに瓦礫を捨てると、魔力を霧散させた。

 そして、すぐに表情を崩し、俺の方へと駆け寄ってくる。


「ノワール様! お怪我は!?」

『平気だにゃ。すっかり治ったよ』


 俺は立ち上がり、念話で答えた。


 傷は塞がっている。それどころか、以前よりも力が漲っている気がする。

 これが【眷属化】によるパスの力か。


「え……?」


 ミアが足を止めた。

 彼女は目を丸くして、俺の顔を凝視している。


「い、今……ノワール様のお声が、頭の中に……?」

『え、聞こえてるのかにゃ?』


 これも眷属化の力の一つか。クラウスにしか使えなかった意思疎通が拡張されたらしい。


「ぁ……あぁ……っ!」


 ミアの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

 彼女は俺を抱きしめ、顔を埋めた。


「ノワール様の……お声……! ずっと、ずっと聞きたかった……! 言葉が分かるなんて、こんな……こんな幸せなことがあっていいのでしょうか……!」

『苦しいにゃ、ミア。……でも、よくやったにゃ』


 俺は涙で濡れる彼女の頬を、舌で舐めてやった。

 意思疎通ができる。それだけで、彼女はこんなにも喜んでくれるのか。


『ところでミア。あいつ、殺さなかったのかにゃ?』


 俺は視線を、瓦礫に埋もれたザイードに向けた。

 あれだけの攻撃を受けたが、まだ微かに息がある。


 殺そうと思えば殺せたはずだ。


「はい。……殺すのは簡単ですが、それでは『証拠』が残りませんから」


 ミアが涙を拭い、キリッとした「商人」の顔に戻る。


「彼を生きたまま冒険者ギルドに突き出せば、ヴァイスハイト伯爵家の不正の動かぬ証拠になります。暗殺未遂、ダンジョン法違反……彼らの家を取り潰すのに、最高のカードになりますから」


『さすがだにゃ』


 俺は感心して喉を鳴らす。

 怒りに我を忘れて殺すのではなく、冷静に相手を社会的に抹殺する道を選ぶ。

 やはり、ミアは敵に回したくない女だ。

 その時、俺とミアの脳内に、熱い波動が流れ込んできた。


 この感覚は――エレナと、クラウスだ。

 魂のパスが繋がったことで、二人の状態が手に取るように分かる。


 だが、伝わってきたのは苦痛、焦燥。

 そして、圧倒的な格上を前にした、命がけの抵抗の気配だ。


「……ッ! これは……!」


 ミアの表情が凍り付く。彼女も感じ取ったようだ。


(なんだ、この感覚は……!)


 映像が見えるわけじゃない。敵が誰かも分からない。

 だが、伝わってくるのは「圧倒的な恐怖」と「焦燥」。

 そして、身体が引き裂かれるような「幻痛」だ。


 エレナからは、壁にぶつかったような無力感と、焦りが。


 クラウスからは、一方的に蹂躙される肉体の悲鳴と、折れそうな心が。


(二人とも、とんでもない苦戦を強いられているにゃ……!)


 相手は恐らく、残りの二人――レオニードとガーラントだろう。

 あの時、俺たちを嘲笑っていた連中だ。

 この伝わってくる絶望の深さが、敵の実力差を物語っている。


「ノワール様……クラウス様の命の灯火が、揺らいでいます……!」


 ミアが悲痛な声を上げる。

 リンクを通じて、場所はおおよそ分かる。


 だが、遠い。

 この入り組んだダンジョンの、別々の区画に飛ばされている。


『急ぐにゃ、ミア! このままじゃ二人とも殺される!』


 俺は叫び、駆け出した。

 勝利の余韻など吹き飛んでいた。

 ザイードは倒した。だが、残る二人はさらに凶悪だ。


 間に合ってくれ。


 俺は祈るような気持ちで、暗い坑道を疾走した。

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