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長編版:撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第六章 黄金ノ温泉郷ト古龍トノ邂逅

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45/50

第45話『分断された戦場と、嘲笑う外道たちにゃ』

◇Side: クラウス


 クラウスの視界を埋め尽くした光が収まると、そこは湿った石造りの円形広場だった。

 天井はなく、遥か上方にドーム状の岩盤が見える。壁には無数の松明が掲げられ、まるで闘技場のような空間だ。


「……ッ、ここは!?」


 クラウスは剣を構えながら周囲を見回す。

 隣にいたはずのノワールも、ミアも、エレナもいない。

 自分だけが、この閉鎖空間に飛ばされたのだ。


「へへっ、ようやく二人きりになれたな、クラウス」


 前方から、粘着質な声が響く。

 影の中から姿を現したのは、ガーラント・ヴァイスハイトだった。

 先ほどまでの「反省した善人」の顔はどこへやら。その表情は、嗜虐的な喜びに歪んでいる。


「ガーラント……! やはり、最初からこれが狙いだったのか!」

「当たり前だろ、バーカ! テメェごときに俺が頭を下げるわけねぇだろ! あーあ、反省したフリをするのも疲れたぜ」


 ガーラントは唾を吐き捨てると、腰の剣を抜いた。

 刀身が赤く輝く、魔剣だ。


「あのレオニード殿には大金を払った甲斐があったぜ。おかげで、誰にも邪魔されずにテメェを殺せる」

「……俺を殺して、どうするつもりだ」

「決まってんだろ。お前たちは『不幸な事故』で、ダンジョンの未開区域にて全滅したことになるんだよ。遺体も魔物が食っちまって残らねえ」


 ガーラントが一歩、また一歩と距離を詰める。


「さあ、『騎士ごっこ』の続きといこうぜ。今度は俺が勇者で、お前が死体役だ! ギャハハハ!」


 ガーラントが地を蹴った。


 速い。


 技術云々ではない。単純な脚力が、身体能力が、桁違いだ。


 腐っても貴族の嫡男。幼い頃から高価なポーションや食事でステータスの底上げをしてきた彼と、貧乏男爵家で育ったクラウスとでは、基礎スペックに絶望的な差がある。


「くっ……!」


 クラウスはミスリルの長剣で受け止める。


 ガギィンッ!!


 重い。腕の骨がきしむほどの衝撃。


「オラオラどうした! ゴブリンならゴブリンらしく、地面を這いつくばれよ!」


 ガーラントの魔剣が赤熱し、触れただけで火花を散らす。

 クラウスは必死に剣を操り、致命傷を避ける。

 だが、防戦一方だ。一撃受けるたびに体力が削られていく。


「おっと!」


 ガーラントが剣を振ると見せかけ、隠し持っていた「砂」をクラウスの顔面に投げつけた。


「うぐっ!?」

「隙ありだ、間抜け!」


 視界を奪われたクラウスの鳩尾に、金属製のブーツが突き刺さる。

 かつて、ノワールを見捨てた時と同じ蹴り。


「がはっ……!」


 クラウスが膝をつく。

 呼吸が止まり、胃液が逆流する。


「ギャハハ! そうだよ、その姿だ! お前はそうやって、俺に見下ろされているのがお似合いなんだよ!」


 ガーラントが魔剣を振り上げ、無慈悲に振り下ろす。

 孤独な戦場。卑劣な手口。そして圧倒的な暴力。

 過去のトラウマがフラッシュバックし、クラウスの心に冷たい楔を打ち込んでいく。


 ◇Side: エレナ


 同時刻。ダンジョン内、地下水路エリア。

 膝まで浸かる冷たい水の中で、エレナは荒い息を吐いていた。


「はぁ、はぁ……ッ!」


 彼女の周囲を取り囲んでいるのは、五人の白銀の騎士たち。

 レオニードの部下だ。


「おいおい、なんだこの嬢ちゃん。動きが速すぎるぞ」

「油断するな、囲んで叩け!」


 騎士たちが連携して襲い掛かる。


 だが、エレナの瞳は冷静だった。


(速いけど、軽い。……私なら、いける!)


 エレナは水しぶきを上げ、低空で踏み込んだ。

 長剣が一閃。

 右から迫る騎士の剣を弾き、そのまま回転して背後の敵の鎧の隙間――籠手を斬り裂く。


「ぐあっ!?」

「まずは一人!」


 エレナは止まらない。

 水面を滑るように移動し、次々と騎士たちの武器を弾き、急所を浅く切り裂いて無力化していく。


 数的不利をものともしない、剣聖の舞。


 最後の一人を蹴り飛ばし、エレナは広場の中央で構え直した。

 勝てる。これなら、すぐにここを脱出してノワールたちの元へ行ける。

 そう確信した瞬間だった。


 パチ、パチ、パチ。

 乾いた拍手の音が響いた。


「素晴らしい。いやあ、見事な剣技だ」


 広場の奥、一段高い場所から、レオニードが笑顔で降りてきた。

 部下たちが呻いているのを気にも留めず、彼は優雅に剣を抜く。


「なんで……! 貴方たちは、正義のクランじゃないの!?」


 エレナが叫ぶ。

 レオニードは「くっ」と吹き出した。


「正義? ああ、表向きはね。でも知っているかい?」


 レオニードは芝居がかった仕草で、両手を広げた。


「人は『正義』という言葉が好きなんだ。正義を振りかざせば、簡単に懐(ふところ)を開けてくれる。そして、信用しきった相手を背中から刺した時の、あの絶望に歪む顔……。あれこそが至高の娯楽なんだよ」


 レオニードがうっとりとした表情で語る。

 本性の片鱗を見せた彼は、ただの異常者だった。


「僕の趣味はね、希望を持たせてから叩き落とすことなんだ。君たちもいい顔をしていたよ? 僕を疑いながらも、最後には信じて罠に落ちてくれた」

「……きもい。最低」


 エレナが嫌悪感を露わにする。

 部下たちとは違う。この男からは、底知れないプレッシャーを感じる。

 だが、引くわけにはいかない。


「どいて。ノワ様のところへ行くの!」


 エレナは地面を蹴った。

 水面すら揺らさない神速の踏み込み。


 【音速剣(ソニック・ブレード)】。


 狙うは利き腕の腱。戦闘不能にする一撃。

 決まった――そう思った瞬間。


 キィンッ!!


 甲高い金属音が響き、エレナの手首に強烈な痺れが走った。

 弾かれた? 私の剣が?


「なっ……!?」

「へぇ、奇遇だね」


 レオニードは驚く様子もなく、むしろ楽しそうに目を細めた。

 その手には、白銀の細身の剣が握られている。


「君も【音速剣】使いかい? 僕もなんだよ」

「うそ……!」

「でも、少し筋が悪いかな。軌道が素直すぎる。……本物はこうやるんだ」


 ヒュンッ。

 風切り音すら置き去りにする一閃。

 エレナが反応するより早く、彼女の肩口が切り裂かれ、鮮血が舞った。


「きゃあっ!!」


 水面に叩きつけられるエレナ。

 赤い血が、透明な水を濁らせていく。

 同じスキル、同じ速度。だが、経験と技量において、レオニードは圧倒的に格上だった。


 希望から絶望へ。

 実力差という現実が、少女を追い詰めていく。


 ◇Side:ノワール


 そして、毒々しい紫色の沼が広がるエリア。

 俺、ノワールとミアは、ぬかるんだ足場に転移させられていた。


「ノワール様、ご無事ですか!?」

「にゃあ(ああ、なんとかな)」


 俺は身震いをして水気を飛ばす。

 ミアが無事でよかった。だが、ここは最悪の場所だ。

 空気中に微量な毒素が含まれている。長居はできない。


「へへっ……兄貴(レオニード)も人が悪い。一番の『上玉』を俺に寄越してくれるとはな」


 沼の奥、紫煙の向こうから、一人の男が姿を現した。

 痩せぎすで、土気色の肌。腰には奇妙な形状の湾曲刀を差している。

 屋敷の前にはいなかった男だ。


 だが、俺はその顔に見覚えがあった。


(――ザイード!?)


 記憶の底から、埃を被った指名手配書の情報が蘇る。


 ザイード・ヴァルゴ。


 未来の裏社会で暗躍することになる闇クラン『黒蠍(ブラックスコーピオン)』のリーダーだ。

 毒と暗殺を生業とし、金さえ積まれれば赤ん坊でも殺すと噂される、冷血漢。


(そうか……。『白銀の黎明』が表の顔なら、こいつは汚れ仕事を請け負う裏の実行部隊ってわけか!)


 レオニードとザイード。光と闇の兄弟分。

 最悪の組み合わせだ。


「女と猫か。……まあいい。たっぷりと可愛がってから、溶かしてやるよ」


 ザイードが下卑た笑いを浮かべると、全身から紫色の魔力を噴き出した。

 ドロリとした液体のような魔力が、彼の皮膚と、そして構えた湾曲刀を覆っていく。


(なんだあの不気味な能力は?)


「ノワール様、下がっていてください! 私がやります!」


 ミアが前へ出る。


 彼女の瞳に、恐怖はない。あるのは、騙されたことへの怒りと、俺を守ろうとする強い意志だけだ。

 彼女は腰を落とし、右手に魔力を集中させる。


「魔力撃(マナ・ストライク)!!」


 ミアの得意技。魔力を乗せた掌底打ちだ。

 彼女は鋭く踏み込み、ザイードの懐へと飛び込んだ。


 ミアの掌底が、ザイードの腹部に突き刺さる。


 ドォンッ!!


 重い衝撃音。ザイードの身体がくの字に折れ、後方へ吹き飛ばされる。

 直撃だ。手応えはある。


 だが――。


「きゃあああああっ!?」


 悲鳴を上げたのは、ミアの方だった。

 彼女は右手を抱えてうずくまる。

 攻撃が当たったその手のひらが、赤くただれ、ジュウジュウと煙を上げていた。


「ヒャハハ! 馬鹿な女だ! 俺に触れればどうなるか、分からなかったか?」


 吹き飛ばされたはずのザイードが、平然と起き上がる。


(毒だ。体に毒を覆っていやがる!)


 腹部の「毒の鎧」が衝撃を吸収し、ダメージを最小限に抑えていたのだ。


「そんな……攻撃が、通じないなんて……」


 ミアが苦痛に顔を歪める。

 最悪の相性だ。


 ミアの現在の攻撃手段は、直接触れる「魔力撃」しかない。だが、触れれば毒のカウンターを受ける。

 かといって、俺には攻撃手段そのものがない。


(くそッ、俺が無力なばっかりに……!)


 俺は歯噛みした。

 元より、俺は子猫だ。直接的な戦闘力など皆無に等しい。


 だが、触れることすらできない相手に、どうやってデバフをかければいい?

 ミアを守りたいのに、俺にできることが何もない。


「逃げ場はねえぞ。じわじわと嬲り殺しにしてやる」


 ザイードが舌なめずりをしながら、ゆっくりと迫ってくる。

 迫りくる紫色の死。

 打つ手がない。


 クラウス、エレナ、そして俺たち。


 分断された三つの戦場すべてで、悪意の刃が喉元に突きつけられていた。

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