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長編版:撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第六章 黄金ノ温泉郷ト古龍トノ邂逅

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第44話『中層の罠と完璧なレオニードにゃ』

 地下20階層。


 そこは廃坑の通路が無限に続くような場所だった。


 地面には錆びついたレールが敷かれ、壁にはカンテラの跡がある。天井は高く、通路は迷路のように入り組んで続いていた。


「……静かだね」


 エレナが短剣を握りしめ、周囲を警戒する。

 確かに、静かすぎる。

 通常、新しい階層に入れば、魔物の気配がするものだ。

 だが、ここには生き物の気配が全くない。


「魔物がいない……。これは『休憩エリア』か、あるいは――」


 レオニードが言葉を切り、通路の床に落ちていた小石を拾った。

 そして、何もない空間へ向かってヒョイと投げる。


 カチッ。

 ヒュンッ!


 石が床に触れた瞬間、壁から鋭い矢が発射され、石を粉々に砕いた。


「――『罠エリア』ですね」


 レオニードが涼しい顔で言う。

 騎士たちが息を飲む。


「ここからは私が先導しましょう。シーフのスキルほどではありませんが、多少の心得はありますから」


 そう言うと、レオニードは危険を顧みず、先頭に立って歩き出した。

 時折立ち止まっては、小石を投げたり、棒で床を突いたりして、罠を作動させながら進んでいく。


「危ないっ!」


 天井から落ちてきた岩を、レオニードが紙一重で回避する。

 埃まみれになりながらも、彼は爽やかな笑顔を崩さない。


「大丈夫ですか、レオニードさん!」

「ええ、かすり傷です。それより、お嬢さんたちは怪我をしないように」


 ……完璧だ。


 自己犠牲の精神、卓越した技術、そして仲間への配慮。

 疑いようがない。彼は本物の「英雄」だ。


(俺は……何を疑っていたんだにゃ)


 俺は自分の心の狭さを恥じた。

 前世で俺を殺したガーラントは、この世界にはいないのかもしれない。

 そして、このレオニードも、俺が知る通りの正義の味方なのだ。


 そう自分に言い聞かせようとした、その時だった。


《熟練度が一定値に達しました》

《スキル【危機察知】が Lv.4 にレベルアップしました》

《新アビリティ【罠感知(トラップ・サーチ)】が解放されました》


 不意に、脳内でファンファーレが鳴った。

 レベルアップ?

 次の瞬間、俺の視界が一変した。


 薄暗い坑道のあちこちに、赤い光の「線」や「マーカー」が見える。

 床のスイッチ、壁の吹き矢、天井の落石トラップ……。


 それらが全て、手にとるように分かるのだ。


(これが、Lv.4の力……!)


 レオニードが苦労しているのが見えた。

 彼は素晴らしい技術を持っているが、それでも全ての罠を完璧に見抜けているわけではない。


 俺なら、もっと安全に案内できる。


 俺はクラウスの肩を叩き、降りる合図をした。

 地面に降り立ち、レオニードの隣に並び立つ。


「おや、猫ちゃん? 危ないよ」

「にゃーん(こっちだにゃ)」


 俺は尻尾で「こっちだ」と合図を送り、安全なルートを歩き出した。

 赤いマーカーを避けて進めば、罠は作動しない。


 俺の先導により、一行の進軍速度は劇的に上がった。


「すごい……! 猫ちゃん、罠が分かるのかい?」

「さすがはバウマン家の守護神ですね!」


 騎士たちが称賛の声を上げる。

 俺は鼻高々に進んでいく。

 この調子なら、遭難者を見つけてすぐに帰れるだろう。

 ガーラントとも和解し、すべてが丸く収まる――。


 そう思っていた。


 ある広大な空間に出るまでは。


 そこは、複数の通路が交差する広いジャンクションだった。

 その中央に、不自然なほど何もないスペースがある。

 俺の目には、そこにとてつもなく巨大で、凶悪な「赤い魔法陣」が見えていた。


≪強制魔法の罠を検知。罠種別:ランダム転移≫


 強制魔法。

 引っかかれば、全滅の可能性すらある凶悪な罠だ。


(!? まずい!)


 俺は魔法陣の縁(ふち)で急ブレーキをかけ、爪を立てて踏みとどまった。


 すぐ背後には、レオニードが迫っている。


 このまま進めば、彼は罠を踏み抜くことになる。


『フーーッ!!(止まれ!)』


 俺はレオニードの方を振り返り、全身の毛を逆立てて激しく威嚇した。


 行く手を阻むように、彼の足元で立ちはだかる。


「おっと?」


 レオニードが足を止めた。


 そのつま先は、魔法陣の起動エリアまであと数センチのところだった。


「おや、どうしたんだい? 何かあるのかい?」


 彼は不思議そうに首を傾げ、一歩、また俺の方へ近づこうとする。


(そうか、レオニードは経験で物理的な罠は感知できるが、魔法陣の罠は見抜けないのか)


 俺は彼を見据えながら、「ここから先へは行くな」という意思を込めて、喉の奥で低く唸った。

 同時に、後方のクラウスへ【意思伝達】を送る。


「ッ……! レオニードさん、動かないでください!」


 俺の警告を受けたクラウスが、後方から叫んだ。


「ノワールが警告しています! 貴方の目の前に、強力な罠があります!」


 その声が、静寂な坑道に反響する。

 その必死の訴えに、ようやくレオニードは足を止めた。


 罠の魔法陣の縁(ふち)、ギリギリのところで。


「……罠、ですか」


 レオニードの声が、どこか楽しげな響きを帯びる。


「ええ。そこを踏めば、ただでは済みません。迂回しましょう」


 クラウスが呼びかける。


 だが、レオニードは動かない。


 彼は俺を見下ろし、そしてゆっくりと視線を上げ、クラウスたちの方を見た。


「君の猫は優秀だね。……まさか、これが見えるとは」


 その顔には、先ほどまでの爽やかな笑顔が張り付いている。

 しかし、その碧眼は、凍り付くほどに冷たく、昏(くら)かった。


「え……?」

「ちょうどいい罠を見つけましたね、レオニード殿」


 不意に、後ろから声がした。


 ガーラントだ。

 彼は先ほどまでの「反省した男」の顔をかなぐり捨て、口元を醜悪に歪めていた。


「ここまで計画通りだと拍子抜けですが。始めましょうか」

「ふふ、そうですね。名残惜しいですが」


 レオニードが、ニッコリと笑った。

 周囲の騎士たちも、一斉に無表情になり、剣の柄に手をかけた。

 誰も驚いていない。


「実は私、シーフのサブ職持ちでしてね。……最初から見えていたんですよ」


 時が、止まった。

 最初から、見えていた?


 なら、なぜ今までわざわざ石を投げて確認したり、危険を冒したりしていた?

 まるで、俺たちを信用させるためだけに演技をしていたかのように――。


「――ポチっとな」


 レオニードが、軽い調子で足を上げた。

 そして、俺が止める間もなく、その凶悪な魔法陣を踏み抜いた。


 カッッッ!!!!


 視界を埋め尽くす、まばゆい閃光。

 床に描かれた複雑な幾何学模様が、赤黒く発光し、俺たち全員を包み込む。


「きゃあああああっ!!」

「くっ……! 私としたことが……こんな見え透いた罠に……ッ!」


 エレナの悲鳴と、ミアの悔しさに満ちた叫びが重なる。


「あーあ、騙すのが簡単すぎて欠伸が出そうでしたよ。……それでは、楽しいパーティー(殺し合い)の始まりですね!」


 光の中で、レオニードは髪をかき上げ、恍惚とした表情で笑っていた。


 その言葉に、俺は戦慄した。


 そして、光に飲み込まれる寸前、見えた。


 レオニードの背後で、ただ一人、驚くこともなく――醜悪な笑みを浮かべて俺たちを見下ろしているガーラントの姿を。


(――畜生ッ! やっぱり、奴らはグルだったのか……!)


 俺の警戒は正しかったのだ。

 ガーラントの改心も、レオニードの正義も、すべては俺たちをこの死地へ誘い込むための、極上の猿芝居。


 俺は悔しさに歯噛みしながら、薄れゆく意識の中で叫んだ。


(みんな……死ぬなよ……ッ!)


 そして、俺たちは暗闇へと散り散りに消えていった。

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