第43話『活躍する聖騎士と謝罪するガーラントにゃ』
ダンジョンの空気は、深層へ進むにつれて重く、冷たくなっていく。
俺たちは現在、地下15階層を突破し、未踏の領域へと足を踏み入れていた。
「――盾突き!」
先頭を行く白銀の鎧――レオニードが、小気味よい掛け声とともに盾を振るう。
ガキンッ! と硬質な音が響き、岩壁から襲い掛かってきた魔物が弾き飛ばされた。
それは今まで見たこともない、全身が鉄鉱石で構成された『鉄の人形』だった。
「今だ、総員攻撃!」
「「「ハッ!」」」
レオニードの号令一下、部下の騎士たちが一斉に剣を突き出す。
連携の取れた一糸乱れぬ動き。
硬いゴーレムの関節部分を正確に貫き、一瞬で沈黙させた。
「すごい……。あれだけ硬い魔物を、あんなに簡単に」
エレナが目を輝かせている。
無理もない。レオニード率いる『白銀の黎明』の実力は本物だ。
道中現れた『岩食い大蜥蜴』や『鉱石蜘蛛』といった新種の魔物たちを、彼らは危なげなく処理しながら進んでいる。
「いやあ、お恥ずかしい。バウマン領のダンジョンは魔物の質が高いですね。良い訓練になります」
レオニードが爽やかに汗を拭う。
その横顔は、絵画のように美しい。
ガーラントが雇った護衛とは思えないほど、彼らは誠実で、協力的だった。
「……クラウス、少し良いか?」
ふと、歩きながらガーラントがクラウスに声をかける。
彼はレオニードたちの活躍を見ながら、少しバツが悪そうに視線を彷徨わせている。
「なんだ、ガーラント」
「いや……昔のことだ。さっき、レオニード殿の戦いを見ていて思い出したんだ」
ガーラントは、クラウスの方を見ずに、ボソリと言った。
「子供の頃……『騎士ごっこ』と称して、私は君に酷いことをしたな。木の棒で叩いたり、無理な役を押し付けたり……。あの時は、それが面白いと思っていたんだ」
「…………」
「だが、本物の騎士というのは、ああいう方々のことを言うのだろうな。……今更だが、すまなかったと思っている」
ガーラントが、頭を下げた。
それはほんの一瞬だったが、あのプライドの塊のような男が、かつての「ゴブリン役」に謝罪をしたのだ。
クラウスは驚きに目を見開き、そして小さく息を吐いた。
「……もう過ぎたことだ。気にしなくていい」
「そう言ってもらえると助かるよ。……君は昔から、私より大人だったな」
ガーラントは自嘲気味に笑い、再び前を向いて歩き出した。
(……本気か?)
俺はクラウスの腕の中で、そのやり取りを呆然と聞いていた。
あのガーラントが、謝った?
演技には見えなかった。少なくとも、今の彼からは悪意の波動を感じない。
(もしかして……この時代のガーラントは、まだ腐りきっていなかったのか?)
あるいは、レオニードという「本物の英雄」と出会ったことで、彼の中で何かが変わりつつあるのかもしれない。
もしそうなら、俺の復讐はどうなる?
俺を殺したのは「未来のガーラント」だ。
今、目の前で改心しつつある男に、未来の罪を背負わせて断罪することは……正しいのか?
俺の心に、迷いが生じていた。
その迷いが、俺の「野生の勘」を鈍らせていたことに、この時の俺は気づいていなかった。
◇
地下19階層の最奥。
そこには、巨大な一枚岩の扉が立ちはだかっていた。
表面には複雑な幾何学模様が刻まれ、魔力を帯びて青白く発光している。
「ここが、行き止まりか……」
レオニードが扉に手を触れるが、うんともすんとも言わない。
バウマン家の記録でも、ここから先――地下20階層以降に進めた者はいないとされている。
部下たちの痕跡はここまで続いているらしいが、彼らがどうやってこの扉を抜けたのかは謎だ。
「鍵穴も見当たりませんね。これでは……」
騎士たちが困惑する中、エレナがぽんと手を叩いた。
「あ、この扉なら大丈夫だよ! ね、ノワ様?」
「にゃあ(ああ、9層にあったのと同じやつだ)」
俺は尻尾を振って答える。
以前、地下9層で発見した隠し部屋への扉。それと全く同じ術式が施されている。
俺たちにとっては、既に見慣れたギミックだ。
「ノワール様の出番ですね!」
ミアも微笑んで、俺を見る。
俺はクラウスの腕から飛び降り、悠然と扉の前へと歩み出た。
「おや、猫ちゃん? 何を……」
レオニードが不思議そうに見つめる前で、俺は扉に肉球を押し当てた。
やることは単純だ。鍵となる魔力を流し込むだけ。
【魔力譲渡】。
その瞬間、脳内に無機質なシステム音が響いた。
《認証開始……》《個体名:ノワールより、龍族の魔力因子を検知》《アクセス権限を確認。中層エリア『嘆きの坑道』を解放します》
(……ん? 龍族?)
俺は小首を傾げた。
前回の扉では、こんなメッセージは出なかったはずだ。
龍族の因子……もしかして、あの寝坊助ドラゴン(イグニス)と一緒にいすぎて、魔力が似てきたのか?
まあいい、開けば何でも。
ズズズズズ……ッ!!
重低音と共に、巨大な岩の扉が左右に開き始めた。
溢れ出す冷気と、カビ臭い風。
「なっ……開いた!?」
「猫が……扉を開けたのか!?」
騎士たちがどよめく。
ガーラントも目を見開き、レオニードは口笛を吹いた。
「驚いたな。バウマン家の守り神というのは、伊達じゃないようだ」
「えっへん! ノワ様にかかればこんな扉、朝飯前だよ!」
エレナが自分のことのように胸を張る。
俺もつられて尻尾をピンと立てた。
「よし、行こう。この先に遭難者がいるはずだ」
レオニードが剣を抜き、先陣を切る。
俺たちもその背中を追って、未踏の中層エリアへと足を踏み入れた。




