7@9どよめく冒険者たち
クロニクル・ゲートの上層攻略から一ヶ月の月日が流れた。
アスクの弾き出した徹底的な資金効率理論と、ポーション投与による過酷なレベリング。そしてメグとクロエという二人の魔法剣士による、冴え渡る圧巻の前線火力——。
『レイヴン・ハイドアウト』の上層を驚異的な効率で巡回し着実に資金を確保した舞華恋は、堅実に装備と上位スキルを拡充。上層を完璧に踏破した勢いのまま、わずかひと月で4部同盟を「トップ通過」するという前代未聞の偉業を成し遂げた。
同盟立ち上げからわずか二ヶ月での「3部通過」。
冒険者ギルド『ウェスト・ゲート中央支部』の大広間は、今日も早朝から熱気と酒臭さに満ちていた。
「おい、見たかよ今日の回覧紙! 成果主義のこの国で、またとんでもない記録が塗り替えられたぞ!」
「マジかよ、またあの『マカロン』か!?」
掲示板の前で押し合うベテランたちの隙間から、昨日登録を済ませたばかりの新米冒険者レオは、おそるおそる巨大な魔導モニターを見上げた。
ここ『ウェスト・ゲート国』は、大陸全体を統轄する『4部同盟リーグ』の中でも極めて特殊な国だ。血統や実績を一切考慮せず、ダンジョンで叩き出した「純粋な数字(成果)」だけで権限や助成金がリアルタイムで還元される、完全インセンティブ制の格差社会。
世界共通のルールである『4部リーグ制』において、最下層の4部からスタートした駆け出し同盟が、ダンジョンの上層(1〜16階層)を泥臭く這い回り、3部へ昇格するだけでも数年はかかるのが大陸全体の常識だった。
だが、今モニターにデカデカと踊っている数字は、レオのような新人の常識をあっさりと吹き飛ばした。
「同盟立ち上げから……たった二ヶ月……!?」
レオは思わず息を呑んだ。
自分たちが1階層の雑魚相手に四苦八苦している間に、彼らはダンジョン上層をハックし、凄まじい速度で成果を叩き出していたのだ。
同盟立ち上げからわずか二ヶ月での「3部通過」。
この異常なまでの快進撃は、すぐさま『ウェスト・ゲート国』の魔導ニュースや回覧紙を賑わせ、国中の冒険者たちの注目を一身に集めることとなった。
同盟の頂点、最前線である極層を領域とする『一部リーグ』。
現在、国でも最有力のトップ同盟ですら『極層の50階層代』を死闘の末に攻略中という過酷な世界である。
その一部リーグに所属する大同盟のクラブラウンジでは、大型の魔導映像器に映し出されるマカロンのニュースを背景に、猛者たちが静かに言葉を交わしていた。
「……ほう。同盟立ち上げからたった二ヶ月で4部をトップ通過、3部参戦か。この勢いだと、2部昇格も半年以内に果たすかもしれないな」
革張りのソファに深く腰掛けた大柄な戦士が、羊皮紙の号外を繰りながら感心したように息を吐く。
「何でも、前線で暴れ回っている雷系女剣士と火炎系女エルフが強いらしいな。冴え渡る二人の魔法剣士の連携で、上層の難所を一気になぎ払ったとか、そんな噂で持ちきりだ」
「雷と火炎の魔法剣士……それは面白いコンビだな」
グラスの琥珀色の液体を揺らしながら、隣の魔法士がフッと鼻で笑った。
「だが、上層を突破したばかりの奴らが一部リーグまで上がるには、資金と年数的に厳しいだろうな」
「まあな。上層までは勢いと個人の戦闘力で駆け上がれても、これから挑む中層、そしてその先の下層の壁は次元が違う。最有力の同盟ですら、あの悪夢のような40階層代ですら何年も足止めを食らっているんだ。本格的な装備の新調、高位スキル、膨大な遠征資金……それらを賄うには最低でも数年の歳月と、巨大な資本の後ろ盾が不可欠だ」
「確かに今まで、そういった威勢の良い新進気鋭の同盟はいくつもあったが……土台のない新参の同盟が、そのまま一部まで上がった例はないな」
「フッ、精々どこかの大手資本に買収されるか、中層か下層のどこかでジリ貧になって消えるのが関の山だろうよ」
歴戦の猛者たちは冷ややかな笑みを浮かべ、グラスをあおった。
■影の報告書と、甘い引き抜き工作
一部リーグの大手同盟『鎖と法の教団』に所属するベテランスカウト・バネットは、酒場の薄暗い隅で、魔導羊皮紙にびっしりと書かれた調査資料を前に頭を抱えていた。
彼に与えられた任務はひとつ。 二ヶ月で4部同盟をトップ通過し、魔導ニュースを賑わせている話題の新人パーティ『舞華恋』の徹底調査だ。
「……おかしい。計算が絶対に合わねぇ……」
バネットは溜息をつき、数前に手に入れたマカロンの『最新装備リスト』を指でなぞる。
一部リーグのランカーたちの間では、「新参同盟が一部まで上がれない最大の理由は資金難」と言われている。下層や極層の激しい攻撃に耐えうる「名匠の作による高級防具」や「高額な属性武器」をメンバー全員分揃えるには、家が何軒も建つほどの莫大な資金(資本)が必要だからだ。
当然、バネットもマカロンがどこかの大手パトロンから巨額の融資を受けているか、破産覚悟でローンを組んで高級装備を買い漁っているのだと考えていた。
だが――調査結果は、その予想を根本から裏切るものだった。
「防具……ギルドの標準流通品(量産型)。武器……市販の鋼鉄大剣と、標準的なレイピア……? なんだこれは。どこにでも売ってる『一般冒険者用の標準装備』じゃねぇか!」
バネットは思わず頭を掻きむしった。 標準装備であの16階層の巨大ボス『ブラックシェル』を倒し、中層の魔物までなぎ払えるわけがない。物理的に耐久値も火力も足りないはずなのだ。
だが、調査資料の後半に記された「現地目撃者の証言」と「討伐痕跡の解析データ」を読んだ瞬間、バネットの背筋に冷たいものが走った。
『――雷系女剣士の大剣。標準的な一振りの域を超えた異常な物理破壊力(攻撃力)が付与されており、重装甲を一撃で粉砕する』 『――火炎系女エルフ(クロエ)の細剣。風の抵抗を無効化する極めて高度な軽量化が施され、目にも留まらぬ高速の刺突(剣速)を可能にしている』
「……バカな。標準装備にこれほどの性能があるわけが……待てよ」
バネットはハッと目を見開いた。
「『エンチャント(付与術)』か……!? 高級装備を買ってるんじゃない。安価な標準装備に、上級レベルのエンチャントを施して、無理やり最高級品と同等……いや、それ以上の性能へ引き上げているのか!?」
エンチャント技術は、専門の『付与術士』に依頼すれば高級装備を買うよりも遥かに跳ね上がる高難度な技術だ。一流の職人を抱え込んでいる同盟など、一部リーグでもごく一部に限られる。
「資金がないんじゃない……! 正攻法で金を使う気が最初からないんだ! どこだ……一体どこの大物エンチャント職人を裏で抱え込んでいるんだマカロンは!?」
バネットは冷や汗を拭いながら、マカロンの裏に潜む「謎の職人」の正体を探ろうと羊皮紙をめくった。 だが、どれほど洗っても職人の名前も、工房の場所も一切出てこない。
「くそっ、情報が完全に遮断されている……。これほどの腕を持つ職人ならギルドにも名が知れ渡っているはずだ。自前で囲っているのか、それとも闇ルートの取引か……?」
バネットが報告書の作成に葛藤していると、酒場のドアが開き、身なりの良い高級なスーツに身を包んだ男が上機嫌な足取りで入ってきた。
一部リーグの中堅同盟『白眼竜』専属のスカウト・ダグラスだ。
「やあバネット、相変わらず冴えない顔をして調査かい?」 ダグラスはバネットの向かいの席に勝手に腰を下ろすと、上質なワインを注文しながらニタリと笑った。
「ダグラス……お前も『マカロン』の調査か?」
「調査? ハッ、そんな回りくどい真似はしないさ。あの同盟のカラクリなんて見抜けているからね」 ダグラスは胸ポケットから厚みのある金貨の目録を覗かせ、余裕たっぷりに肩をすくめた。
「あの『舞華恋』とかいう新参、16階層ボスを倒して調子に乗っているようだが、所詮は弱小同盟だ。下層から先で必要になる莫大な資金に耐えられるはずがない。遅かれ早かれ資金難で破綻するのは目に見えている」
「……で、お前はどうするつもりだ?」
「決まっているだろう。あの同盟の『本当の価値』だけを美味しくいただくのさ」 ダグラスは薄笑いを浮かべ、指を二本立てた。
「主力の『雷系女剣士』と『火炎系女エルフ(クロエ)』の二人だ。あの一網打尽の火力と異次元の剣速があれば、うちの2部選抜部隊の即戦力になる。弱小同盟に埋もれさせておくには惜しいタレントだ。莫大な移籍金と、最新の高級装備を用意してやってね……直接引き抜き(スカウト)の交渉を持ちかけるつもりさ」
ダグラスは「金と環境に飢えた若い冒険者など、一部リーグの威光を見せつければイチコロよ」と自信満々に鼻で笑った。
(……何も分かっちゃいねぇ)
バネットは冷ややかで、どこか哀れむような視線をダグラスに向けた。
メグの異常な攻撃力も、クロエの常識外れの剣速も、すべてはあの標準装備に施された『エンチャント』があってこそ成立している。ただ引き抜いたところで、今の強さをそのまま再現できるわけがないのだ。
何より――あの二人が、その強力なエンチャントを当たり前のように施してくれる「真の司令塔」を捨てて、金や見せかけの高級装備に靡くとは到底思えなかった。
「……せいぜい頑張ることだな、ダグラス」
バネットは手元の報告書にこう書き加えた。
『マカロンを資金難で潰すことは不可能。裏にいる「謎のエンチャント職人」の特定、および依頼ルートの追跡を最優先調査項目に指定する。なお、他同盟による安易な主力の引き抜き工作は、ほぼ確実に失敗すると予測される』
(まさか、その「凄腕職人」の正体が、二人を従えて手帳に冷徹な数式を書き込むあの少年本人だとは、二人のスカウトは知る由もなかった――。)
バネットの冷ややかな視線をよそに、ダグラスが自信満々に酒場を後にした数日後のこと——。
街のあちこちに設置された魔導映像器から、街中に鳴り響く大音量の緊急ニュース速報が流れた。
『——臨時ニュースをお伝えします! 長年、南方の海域を占拠し、交易路を完全に封鎖していた周辺海賊の討伐が、本日付で同盟軍により完了いたしました!』
街を歩いていた冒険者や商人たちが一斉に立ち止まり、スクリーンを見上げる。
『これに伴い、長らく停止していた『大陸間遠洋航路』の運航が、明日より全面再開されます! 封鎖されていた新大陸への船が、いよいよ港を出航します!』
「うおおおっ! 船が出るぞ! 貿易が再開するぞ!!」
街中が歓喜の渦に包まれ、ギルド前では商人たちが抱き合って喜んでいた。
だが——ギルドのテラス席でそのニュースを静かに聞いていたアスクだけは、手帳を閉じると、静かに眼鏡の位置を直した。
「……海賊の討伐完了、か。予定よりも少し早かったな」
アスクの脳内では、ダンジョンハックの計算とは全く別の、もう一つの「個人的な計画」がカチリと噛み合っていた。




