78.ギルドへの帰還
ついで定期回収便の魔導昇降機で地上へと舞い戻った『舞華恋』の一行は、そのままの足で冒険者ギルド『エターナル・フロウ中央支部』へと向かった。
ダンジョン攻略の醍醐味――戦果報告の時間だ。
一般的に、初級ダンジョンの上層(1〜16階層)を攻略して得られる報酬は、素材売却や討伐証明を合わせても「銀貨100〜300枚」程度が相場である。駆け出しパーティが装備を整え、当面の生活費を賄うには十分だが、大金と呼ぶには程遠い。
しかし、換金カウンターの奥から戻ってきたギルド職員の顔は、経験したことのないほど引きつっていた。
「……お、お待たせいたしました。『舞華恋』の皆様。こちらが今回の精算結果になります……!」
ジャラジャラジャラッ!!
カウンターの上に、重厚な革袋が次々と積み上げられていく。
「な、なんですかこの量は……!?」 ルークが目を丸くする。
「今回の報酬内訳です。道中でアスク様が主導された『レア魔物の効率的乱獲』による大量の希少素材。さらに、半年以上放置され過剰強化されていた16階層ボス『ブラックシェル』および周辺エリアの討伐特例手当……合算いたしまして――**【銀貨980枚】**になります!」
「「「ぎ、銀貨1000枚弱ぁぁぁッ!?」」」
ルーク、ユノー、アズインの悲鳴がギルド内に響き渡り、周囲にいたベテラン冒険者たちが一斉に「おい、新人だろあいつら……」「1000枚って中層上位の稼ぎだぞ!?」とざわつき始めた。
「フッ、計算通りだな。レア素材のドロップ率と放置ボスの懸賞金をハックすれば、上層でもこれだけの利益が出る」
アスクが右手を胸に当てながら不敵に微笑む。
(……というのは表向きのブラフだがな)
アスクは心中で、隣で「えっへん!」と誇らしげに胸を張っているメグへと視線を向けた。
(まさか、絶命間際のレア魔物がこれほどの高純度素材を落とすとは。どれだけ確率を計算しても、本来ならこの半分が関の山だったはずだ。……間違いなく、メグの規格外な『幸運』のおかげだな。これがなかったら、ここまでの戦果には届いていなかった)
自分のロジックや計算を遥かに超越した「メグの強運」という未知の変数を、アスクは脳内のデータシートにそっと付け加えた。
「さらに!」 職員は興奮を抑えきれない様子で一枚の羊皮紙を差し出した。
「E級難易度ダンジョン『クロニクル・ゲート』の16階層初回踏破証明書です! こちらの【踏破特別インセンティブ】として、銀貨100枚と、ギルドポイントが大幅に加算されます!」
■成果主義の国『ウェスト・ゲート』
「ギルドポイントの反映を完了いたしました! これにより、パーティ『舞華恋』のランキングが更新されます!」
ギルド中央に掲げられた巨大な魔導掲示板――『4部同盟・パーティ順位表』の文字が、カチカチと音を立てて激しく入れ替わっていく。
この国――『ウェスト・ゲート国』は、周辺各国による「4部同盟」の中でも極めて特殊な政治体制をとっている。 いわゆる『完全インセンティブ型の成果主義国』だ。
血統や家柄、過去の実績などは一切考慮されない。ダンジョンでの討伐数、踏破階層、もたらした経済効果といった「明確な数字(成果)」だけが評価され、それに応じて国からの助成金、税の優遇、そして冒険者としての権限がリアルタイムで還元される実力主義の世界。
そして今、その成果主義のシステムが、マカロンの叩き出した異次元の数値を飲み込んだ。
ピコンッ!!
『舞華恋――4部同盟ランキング【第10位】昇格』
「「「じ、10位ぃぃぃぃッ!?」」」
新人パーティが、一回の攻略でいきなり同盟全体のトップ10(ランカー)に名を連ねるという前代未聞の快挙。
「カッカッカ! 老骨のワシでも、こんな一気にランクが跳ね上がったのは見たことがないわい!」 トッポが愉快そうに腹を抱えて笑い、カルディアスも「ふっ、マカロンの勢いには驚かされるな」と感心したように息を吐く。
「……すごいや、アスク! オイラたち、本当に10位以内になっちゃったよ!」 ルークが興奮でアスクの肩を揺らすが、アスクの脳内ではすでに次の計算が始まっていた。
「ランキング10位……これでクランシェアの注目度も上がるな。次の『レイヴン・ハイドアウト』での資金回収をさらに上げて、1位を目指す」
「えっへん! 私のおかげでもあるんだからね! 美味しいもの奢ってよね、アスク!」 メグがドヤ顔で胸を張ると、クロエも「ふふ、今夜は宴会ね!」と声を弾ませた。
圧倒的な成果と巨額の資金、そして「同盟10位」という名声を一気に手に入れた舞華恋。 次なる目標――もう一つのダンジョンでの高速資金稼ぎと、未知なる「中層」への挑戦に向けて、彼らの進撃はさらに加速していく。
■激闘の後の小さな宴
「……ふはぁーっ!! 生き返るーっ!」
湯上りの火照った身体を畳に投げ出し、メグが冷えた麦茶を一気に飲み干した。 ダンジョンの湿った暗がりと不快な羽音から解放され、老舗料亭の個室には爽やかな竹林の風と、どこか香ばしい出汁の香りが漂っている。
やがて、仲居さんが恭しく運んできた御膳がテーブル一面に並べられた。 その光景に、クロエが「わぁ……!」と目を輝かせて歓声を上げる。
「すごい……! これ、全部今日の報酬で頼んだの!?」
卓の中央に鎮座するのは、
エターナル・フロウ付近の近海で獲れたという巨大な『金目鯛の姿煮』だ。濃い甘辛のタレを纏った赤金の皮から、ふっくらとした白い身が覗き、立ち上る湯気が食欲を暴力的に刺激する。 その脇には、七輪の上でジュウジュウと音を立てる『アワビと紅殻の岩海老の石焼き』。さらに、エターナル・フロウの清流が育んだ豆腐の湯葉刺し、締めには鮮やかな黄色が眩しい高級ブランド柑橘『サン・ゴールド』の食前酒まで添えられていた。
「よし、全員揃ったな」
盟主のルークがグラスを掲げる。
「まずはクロニクル・ゲートの初級攻略、そしてメグの雷魔法の獲得を祝して――乾杯!」 「乾杯ーっ!!」
乾杯の音頭が終わるやいなや、メグの箸が目にも留まらぬ速さで伸ばされた。さっそく獲得した『迅速・中級』を無駄遣いしているような素早さで、アワビの石焼きを口へ放り込む。
「んんん~~~っ!! 柔らかい! 噛むと磯の旨味がじゅわって出てくる! アスク〜、アスク〜これやばいよ!」
「落ち着けメグ、食べものは逃げない。……だが」
アスクは静かに金目鯛の身を箸でほぐし、口へと運んだ。 舌の上でトロりと解ける極上の脂。甘辛い煮汁と白身の甘みが絶妙に絡み合い、ダンジョンで張り詰めていた脳の疲労がみるみる溶けていくのが分かる。
「……素晴らしいな。タンパク質と上質な脂質、そして塩分の補給効率が極めて高い。疲れ切った身体への栄養素の吸収率としては満点だ」
「もう、アスクったら食事の時まで効率とか言ってる!」
クロエが呆れつつも、嬉しそうに煮汁を絡めた金目鯛をご飯の上に乗せて頬張った。
「ユキ〜ユキ〜! 見てこれ、お肉が肉汁でツヤツヤしてるよ~っ!」
メグが両手で抱えるようなサイズの骨付き肉を掲げ、目を輝かせる。
「ふふ、メグったら、あんなに激しく『翔雷』を使ったんだもの、お腹空いたでしょう? はい、熱いから気をつけて食べてね」
ユキが甲斐甲斐しくメグの器に肉を切り分け、特製のハーブソースを添えてあげる。
「いただきまーす! ……あむっ、んん~っ! おいしぃ~っ! お肉が柔らかくて、噛むと肉汁がジュワ~ッて出てくるよ!」
口いっぱいに頬張ってほっぺたを落としそうにしているメグを見て、ユキも嬉しそうに細い目を細めた。
「よかった。今日はメグの雷魔法のおかげでみんな助かったんだもの。たくさん食べて栄養補給しないとね。はい、果実のジュースもどうぞ」
「ありがとうユキ! ユキも食べて食べて! このパンも外はサクサクで中はフワフワなんだよ!」
「はい、いただきますね。……ふふ、本当。甘くてとっても美味しい」
「でしょ~!? 冒険の後のご飯って、なんでこんなに美味しいんだろうね!」
大口でパイを丸かじりするメグと、それをハンカチで優しく拭いてあげるユキ。死線を乗り越えた二人のおだやかで楽しそうな笑顔に、卓を囲む仲間たちの表情も自然と和らいでいく。
「ふふ、若い女の子が美味しそうに食べてる姿は、見てるだけで癒やされるわねぇ」
隣でルークが「本当だな。メグの喰いっぷりを見てると、こっちまで腹が減ってくるよ」と肉に手を伸ばした。
二人のやり取りを、カルディアスが食前酒のグラスを傾けながら目を細めて眺めていた。
「しかし、あの狂乱の羽音の中でも冷静さを失わなかったアスクの『先読み』と、それに迷わず従ったメグの突破力……見事な連携だった。この紅殻の岩海老の甘みも、アスクたちの功績への最高のご褒美だな」
「カルディ、俺の【鑑定】も少しは役に立ったよな……?」
不安そうに尋ねるルークに、カルディアスは低く笑って彼の肩を叩いた。
「もちろんだ、ルーク。お前が瞬時に『黄金蝗』の正体を割り出さねば、アスクも敵の『核』を特定するのに余計な時間を取られていた。全員の役割が噛み合ったからこその勝利だ」
「へへ……ありがとう!」
ルークが照れくさそうに鼻の頭を掻き、クロエが締めのみかんジュースを飲んで「はぁ~、幸せ……」とうっとり息をつく。
アスクの瞳には、すでに次なるダンジョンの構造図が映し出されていた。一部リーグへの道は、まだ遠く、果てしなく長い。だからこそ、一秒のタイムロスも許されないのだ。
その時、カウンターの隅で、別の意味で絶望に打ちひしがれているメンバーがいた。
「……ウチの……ウチの極上ハチミツ酒が……」
ユノーが、自身のステータス表と、アスクが提示した「中層攻略必須アイテムリスト」を見比べながら、涙目で震えていた。
リストの最上段には、大量の『ニギルポーション』の購入費用が、ユノーの小遣い(酒代)を完全に圧迫する金額で書かれていた。
「アスク……本当に、ウチのお酒、全部これに化けちゃうの……?」
「ああ。ゆのっち、君の手斧の火力は中層でも通用するが、それを維持するスタミナと、万が一の際の自己回復魔力が決定的に足りない。今回のカニ戦での怪我も、魔力切れによる防御の甘さが原因だ」
アスクは容赦なく事実を突きつける。
「中層で生き残り、さらに火力を出すためには、ニギルポーションによる身体強化とレベルの上限拡張が不可欠だ。お酒を飲むよりも、ポーションを飲んでレベルを上げ、生き残ることが第一の優先課題だ」
「ううう……アスク! これからのことを考えると、頑張るしかないじゃないかぁ!」
ユノーは、ハチミツ酒の芳醇な香りを思い浮かべ、喉を鳴らす。……だが、思い出すのは、16階層ボスに弾き飛ばされた時の自分の無力さと、仲間たちの危機だ。
「……分かったよ! 飲めばいいんだろ、飲めば! あの、泥水みたいな味のポーションを、浴びるほど飲んでやるぞ!」
ユノーは涙を袖でゴシゴシと拭うと、手斧をバンッと床に叩きつけた。
「お酒は、一部リーグに上がって、最高の特権階級酒場に行くまで我慢してやる! その代わり、ポーションをガブ飲みして、中層の魔物を全部ウチの手斧で薪にしてやるからな! 見てろよぉぉぉッ!」
涙目ながらも、その瞳にはかつてない「レベルアップ」への執念が燃え上がっていた。
「……ああ。その意気だ。では、明日一番にポーションを100本、ゆのっちのツケで購入しておくよ」
「100本ぉぉぉッ!?(絶叫)」
ユノーの悲鳴をBGMに、アスクは「一部リーグ昇格」へ向けた長期計画の第一歩を、着実に刻み込み始めるのだった。




