77.束の間の休息(回想)
16階層の激闘を終え、重い扉の先にある第17階層へ足を踏み入れた舞華恋の面々。 緩やかな傾斜を降りてまもなく、彼らの視界に飛び込んできたのは――暗闇の中にぼんやりと青白い魔導光を放つ、巨大な金属製の建造物だった。
「……あれって、『魔導昇降機』じゃないかい?行きの1階にあったやつは、乗車賃が高すぎて手が出せなかったよな……」
ルークが財布の軽さを思い出して苦笑いする。
アスクたち『マカロン』は資金難のため、本来なら金持ち冒険者が使うエレベーターを諦め、地道に徒歩で16階層まで攻略してきたのだった。
その昇降機の管理ステーションには、暇そうに書類を眺めたりお茶を飲んだりしていた数人の管理員(作業員)たちが詰めていた。
カツン、とアスクたちの足音が静かな階層に響くと、作業員の一人がハッと顔を上げた。
「ん……? おいおい嘘だろ、上層の階段から……人が降りてきたぞ!?」
「ハァ!? なに言ってんだ、こんな時間にエレベーターの点検か……って、ええぇぇぇッ!?」
管理員たちが弾かれたように立ち上がり、目を丸くしてアスクたちを二度見、三度見する。
「お、おいあんたたち……! 1階からずっと徒歩で上層を攻略してきたのか!?」 中年男性の管理員が、信じられないといった様子で声を上ずらせた。
「ええ、そうですけど……何かおかしかったですか?」 ユキが首を傾げると、管理員たちは頭を抱えて叫んだ。
「おかしすぎるだろ!! ここ1年近くの間、1階から魔導昇降機で中層へ直接飛んでくる奴らばかりで、上層の階段を使ってここまで降りてきた冒険者なんて一人もいなかったんだぞ!?」
「……やっぱりな」
アスクが小さくため息をつく。
「なるほど。16階層の魔物の数が異常で、ボスが過剰強化されていたわけだ。冒険者ギルドが間引きの手配を怠り、冒険者の導線が完全にスキップされていたからだな」
「16階層の『ブラックシェル』と戦ってきたのか!? あの長期間放置されてヤバいやつと!?」 管理員の一人が顔を青くする。
「ああ、外側はコチコチだったけど、アスクの作戦と私の雷で中から美味しく茹で上げて倒してきたよ!」 メグが大剣をドスンと地面に突きたててニシシと笑うと、管理員たちは開いた口が塞がらない様子で言葉を失った。
「無茶苦茶だ……けど、ありがてぇ!! これで16階層の間引き報告がギルドに上げられるな。ギルドから報酬もあるから、しっかり受け取ってくれ! サンキューな、冒険者さんたち!」
管理員たちは深く頭を下げ、心からの感謝を伝えてきた。
すると、アスクは瞳をすっと光らせ、管理員へ交渉を持ちかけた。
「オレたちが16階層の『ブラックシェル』を討伐し、上層の流通ルートを安全化した実績を考慮して……帰りの昇降機の利用料金、交渉できませんか?」
管理員は一瞬目を見開いたが、すぐにニッと笑って一枚の乗車チケットを提示した。
「よし分かった! あんたたちは上層の放置問題を解決してくれた大恩人だ。特別に『定期回収割引便』を適用してやる!」
「割引……!?」
「ああ。昇降機は『上り(帰り)』の方が魔物のリスクが少なく、作業員の乗車の空きスペースに相乗りしていくなら、行きの10分の1以下の破格で乗れる仕組みになってるんだ。ただし【あと1時間以内の発車便】という時間制約はあるがな!」
「10分の1!? それなら今の俺たちの手持ちでも余裕で払えます!」
ルークが喜色満面で叫ぶ。
「1時間のタイムリミットか。18階層の試し狩りと17階層での休息を合わせて45分……計算上、完璧に間に合うな」
アスクは不敵に笑うと、仲間たちへ向けて素早く指示を出した。
「よし、全員。格安の帰り便が出るまでの時間をフル活用する。ここで大休憩を取り、18階層の試し狩りを済ませて、時間ピッタリにこの昇降機で地上へ帰還するぞ!」
資金難だったパーティにとって、渡りに船となった格安の帰り便。
タイムリミットが設定されたことで、マカロンの行動はより洗練され、無駄のない最高のタイパ攻略へと組み込まれていくのだった。
■束の間の休憩
「ふぅ……生きてる〜っ!」
ルークが長剣を放り投げ、大の字になって天井を仰ぐ。
「本当に……一時はどうなるかと思いましたよ……」
ユキが安堵の息を吐きながら、怪我をしたユノーの手当てに追われていた。
「痛たた……ごめんねユキ。オイラがもっとしっかりしてれば……」
「いいのよゆのっち。あの過剰強化されたカニのハサミをかすり傷で済ませただけでも上出来よ」
クロエが優しくユノーの頭を撫でる。
その横では、メグが自身の両手を不思議そうに見つめていた。
「それにしてもメグ、あの土壇場で『雷魔法』を覚醒させるなんて驚いたよ!」
「えへへ……なんだか体が熱くなって、みんなを助けなきゃ!って思ったら、勝手にバチバチ〜ッて出てきたの!」
「『翔雷』か。雷属性は希少な特殊魔法だ。威力のノリもいい。メグ、良い手札が増えたな」
アスクが淡々とメモを取りながら褒めると、メグは嬉しそうに「えっへん!」と胸を張った。
「しかしアスク、お主のあの『ニギルポーション一気飲み』は豪快だったのう。だが、あれは身体への負担も大きかろう。あまり乱用するものではないぞ?」
トッポが髭をなでながら諭すように言うと、アスクはフッと不敵な笑みを浮かべ、手帳から顔を上げた。
「……いや、トッポ。むしろ逆だ。ポーションの過剰摂取による一時的な魔力上限の拡張、およびそれを利用した短時間での大量戦闘――これこそが、今後我がパーティが最小のコストで最大の経験値を稼ぐための『最適解』だと証明された」
「……は? 待ってアスク、まさかそれ、俺たちにも飲ませる気……!?」
引いているルークを無視して、アスクは瞳を怪しく輝かせる。
「ああ。ポーションの副反応(ステータス酔い)を最小限に抑える飲み方のマニュアル化を進める。全員で一気飲みすれば、レベリング効率は現在の倍に跳ね上がる」
「「「うぇ〜〜〜!!」」」
ルーク、ユノー、アズインの悲鳴が重なり、セーフエリアには激戦を乗り越えた仲間たちの賑やかな笑い声が響き渡った。
18階層・精鋭6名による「試狩り」
十分な休息を取り、各自の資材を確認したアスクは、立ち上がって提案した。
「よし。手当ての必要なゆのっちと、前衛で消耗の激しかったルーク、敏捷性を殺されたアズイン、そして治療役のユキはここで待機だ。残りの6名で、第18階層の試し狩りへ向かう」
「えっ、18階層!? 中層の本格的なエリアじゃないか!」 留守番となったルークが驚くが、アスクの目は至って真剣だった。
「16階層を突破した今、オレたちの実力が中層の魔物にどこまで通用するか、データを取っておきたい。経験豊富なトッポやカルディがいれば、安全圏での試狩りは十分可能だ」
「カッカッカ! 老骨の経験が頼りにされるなら断る理由もないわい。中層の魔物の癖なら頭に入っておるからの」
トッポが杖をコツンと鳴らして笑い、カルディアスも風の加護を纏いながら優しく頷く。
「前衛の壁なら任せてくれ。アスクの検証に付き合おう」
「ふふ、アスクのハック魂に火がついちゃったわね。いいわよ!」
クロエが愛剣を腰に差し直し、不敵に微笑む。
「……うん。影の立ち回り、中層でも試したい」
きょたんが漆黒の短刀を構え直し、静かに影へと身を溶け込ませる。
「私も行く! 新しい魔法を試してみたい!」
大剣を担ぎ直したメグが、満面の笑みで意気込んだ。
留守番のユノーが「マジかぁ〜悔しい〜! 次はオイラも絶対行くからな〜!」と手を振る中、アスク、メグ、クロエ、きょたん、カルディアス、トッポの精鋭6名は、さらなる深遠――第18階層への階段を静かに降りていった。
中層の未知なる魔物たちを相手に、最適化された『舞華恋精鋭部隊』の真価が試されようとしていた。
■18階層・手応えと新たな課題
「ふぅ……よし、ここまでだ。引き返す」
アスクの合図とともに、18階層の通路に横たわっていた中層の魔物――岩のように硬い皮膚を持つ『アイアン・シザーズ』が光のチリとなって消えていった。
大剣の背で汗を拭ったメグが、自分の手を見つめながら息を吐く。
「ふ〜っ! 上層の雑魚みたいに一撃でバチーン!とは倒せないね! 覚醒した『翔雷』を叩き込んでも、ちゃんと狙いをすまさないと耐えられちゃうやわ」
「ああ、だが十分に戦えている。メグの雷を起点にした連携なら、中層の魔物相手でも確実にアドバンテージを取れることが証明できた」
アスクは手帳に素早くペンを走らせ、戦果と課題を書き出していく。
「……とはいえ、課題も明確だ。中層の魔物はHPと防御力のベースが高く、こちらの攻撃のスタミナと魔力を削ってくる。今の舞華恋の装備とスキルのラインナップのまま中層に本格攻入すれば、いずれ消耗戦で詰むな」
「うむ。ワシらの練度を上げるのはもちろんだが、まずは『装備品の新調』と、各自の『上位スキルの習得・強化』が絶対条件じゃな」
トッポが髭を触りながら頷くと、クロエも愛剣の刃こぼれを確かめながら同意する。
「そうね。今の武器じゃ中層の装甲にはちょっと心許ないわ。でも、装備の新調もスキル書も、ギルドで買おうとすると恐ろしい金額になるわよ?」
「……お金、足りない」
きょたんがぽつりと呟いた通り、過酷な16階層を突破したとはいえ、パーティの懐事情は決して潤沢とは言えなかった。
だが、アスクの口元にはすでに「ハック完了」と言わんばかりの不敵な笑みが浮かんでいた。
「問題ない。資金と経験値の確保ルートなら、すでに計算済みだ」
アスクが提示したのは、この街にあるもう一つの初級ダンジョンの名前だった。
「――『レイヴン・ハイドアウト』。オレたちが今突破したダンジョンと同格の初級ダンジョンだ。だが、あちらの上層は現在放置されておらず、魔物のリスポーン率とドロップ効率が非常に安定している」
「えっ!? 16階層を突破したのに、また別のダンジョンの『上層』に行くの!?」
クロエが目を見開く。
「ああ。今のオレたちの戦力なら、『レイヴン・ハイドアウト』の上層など『ただの経験値と素材の回収場所』に過ぎない。リスクを冒して中層でジリ貧になるより、上層を爆速で周回してドロップ品を売り払い、資金を一気に稼ぎ出す」
アスクの瞳が鋭く光った。
「十分な資金で装備を揃え、スキルの練度を上げてから、ダンジョンの『中層』を本格攻略する。――これが、我が舞華恋の最短・最効率の強化ルートだ」
17階層で待っていたルーク、アズイン、ゆのっち、ユキと合流した6人は、新たな目標――「レイヴン・ハイドアウト上層の金策」と「中層攻略に向けたビルドアップ」へ向けて、確かな手応えとともに魔導昇降機へと乗り込むのだった。




