74. 第7階層の安息
「……ふむ」
散らばる大量の素材と討伐報酬の計算を終え、アスクの口元に自然と笑みがこぼれた。
「どうしたんだい、アスク? ニヤニヤしちゃって。君がそんな顔をするなんて珍しいね」
ユノーが不思議そうに覗き込んでくるが、アスクは手元のメモをトントンと叩いて見せた。
「いや、当初の計画では上層部で数日間かけて稼ぐ予定だった報酬額がね……今回のレア種の乱獲で、すでに目標値に達してしまったんだ。これ以上の効率はない」
「なるほど、それは笑みも出るわけだ」
副盟主のカルディアスも、アスクの理解者らしく苦笑いを浮かべている。
そんな計算中のアスクの後ろから、「おーい!」と元気な声が響いた。
さきほど倒した大型のレア魔物の死骸のそばで、メグが何かを掲げている。
「アスク、アスク! このおっきい魔物、なんか変な本を持ってたよ? これなに〜?」
「本……? メグ、ちょっと見せてくれ」
アスクがそれを受け取り、ルークがすかさず『鑑定』のスキルを発動させる。本の表紙に刻まれた複雑な魔力回路を見た瞬間、ルークの目が丸くなった。
「……間違いない。これは『スキルの書』だ!」
「何だって?珍しいものが出たな」
その言葉に、周りで片付けをしていたメンバーが一斉に振り返る。
『スキルの書』――読んだ者に新たなスキルを強制発現させる、市場でも出回っているが魔物から出るものはレアなスキルやレベルの高いものが多いアイテムだ。
討伐への貢献度が最も高い者が戦利品の優先権を得る。それがこのパーティの厳格なルールだ。今回、アスクの精密な探知と先読みがあったとはいえ、あの位置の『核』を完璧な物理破壊力でブチ抜いたのは間違いなくメグだった。
「ルーク、これなんて書いてあるの? 読んで読んで!」
メグが差し出した書を、ルークが【鑑定】の瞳を輝かせながら覗き込む。直後、盟主の目が驚愕に見開かれた。
「これは……『迅速・中級』のスキルスクロールだ!発動中、自身の敏捷性を恒常的に20%も引き上げる、初級階層で出るには破格のレアスキルだよ!」
「びんしょうせい……ってことは、もっと速く動けるってこと!?すごーい!」
「そう。それも20%よ……?」
無邪気に跳びはねて喜ぶメグの横で、クロエが羨ましそうに息を呑む。
「20%って言ったら、初級の装備数カ所分の上昇値じゃない……。たとえば、俊足のブーツと風の指輪と、あと軽量化のエンチャントを上乗せして、ようやく届くかどうかってレベルよ? それがスキル枠ひとつで発動だなんて、資産価値に換算したら――」
「う、うん……? えんちゃん……しさん……?」
クロエが熱弁すればするほど、メグの頭の上に大量の疑問符(?)が浮かんでいく。数字や装備の組み合わせを出されても、直感派のメグには難しくてさっぱり伝わらない。完全に目が泳いでいる。
見かねたアスクが、やれやれと肩をすくめて口を挟んだ。
「クロエ、メグにその説明は難解すぎる。要するに、メグ」
「なになに、アスク?」
「『ご飯をいっぱい食べて、ちょっと良い靴を履いたメグ』が、5人分集まって一斉に突撃するくらい速くなる」
「えっ!? 5人の私!? それ、めっちゃ強いじゃん!」
「いやいや、計算の仕方が限界突破しとるわぃ!」とトッポの鋭いツッコミが飛ぶ。
しかし、アスクの「効率的(?)で極端な例え」のおかげで、メグだけは「とにかくもの凄く速くなるんだ!」と100パーセント理解して、さらに大はしゃぎするのだった。
アスクは脳内で即座に計算を始める。
メグの現在の敏捷値に1.2の補正。元々彼女が持つ爆発的な筋力と大剣の重量慣性にその速度が加われば、どうなるか。
(いや、悪くない。むしろ最高だ)
これまでのメグは、一撃の威力こそ絶大だが、大剣の重さゆえに初動の数瞬だけ隙が生まれていた。アスクの探知の先読み指示に対して、彼女の肉体がトップスピードに乗るまでのタイムラグ。それが20%縮まるということは――。
「ふむ、アスク。お前の計算機の中では、既に新しい戦術が組み上がっているようだな」
カルディアスが、アスクの口元のわずかな変化を見逃さずにニヤリと笑う。
「ああ。メグの敏捷性がそれだけ上がれば、オレの探知から指示を出して着弾するまでのタイムラグが短縮される。これなら、さっきのような高速で動く飛行型の敵や、不意打ちの罠に対しても、完全に『見てから対処』が可能になる。パーティ全体の生存率と戦闘効率が跳ね上がるな」
「えへへ、アスクに褒められると調子出ちゃうなー! よし、さっそく覚えちゃうね!」
メグがスキルの書を開くと、光の粒子となって彼女の身体に吸い込まれていく。
その瞬間、彼女の佇まいから、どことなく風をはらむような軽やかさが生まれた。
「まさか上層の隠し通路でスキルの書を拾うとはな……。おい、メグ、こっちにも何かあるようじゃ!」
トッポが手杖で指し示したのは、岩の陰にひっそりと佇む、埃の被った薄汚れた宝箱だった。
「宝箱までゲット、ですか。本当に今回は大収穫ですね」
ユキが冷静に、しかし嬉しそうに微笑む。アズインの頭の上で、キューちゃんも嬉しそうにパタパタと羽を羽ばたかせた。
みんなが集まってきて、ルークが宝箱を開けた瞬間――空間に眩い光の文字が浮かび上がった。
『討伐ボーナス:経験値+20,000』
「――っ、まじかよ!?」
最初に声を上げたのはルークだった。鑑定士としての目がその数値の異常さを一瞬で見抜き、声を裏返らせる。
手斧を肩に担いだユノーが、目を丸くして文字に顔を近づけた。
「に、2万!?ちょっとアスク、アズイン、見た!?これ、オイラたちなら一気に3レベルは上がるよ!?」
アスクは提示された数値を脳内で素早く計算し、効率主義者らしく小さく拳を握りしめる。隣に立つアズインも、その驚異的なリターンに息を呑んでいた。レベル100以下の彼らにとって、この上層で手に入る2万という経験値は、まさに法則を無視したような破格のボーナスだ。
しかし、背後に控える面々の空気は、驚くほど温度が低かった。
「……ふーん。まあ、そんなもんじゃない?」
大剣を背負ったメグが、つまらなそうに髪を弄りながら呟く。炎魔法の剣士であるクロエも、暗殺者のきょたんも、浮かび上がる光の文字を「サッパリ」とした目で眺めるだけだ。彼女たちレベル100超えの前衛陣にとっては、2万など次のレベルアップ素材、文字通り「ちょっとした足し」にしかならない。
「上層の救済措置としては、上出来な部類ですね」
冷静な回復術士のユキが、眼鏡のブリッジを押し上げながら淡々と言う。
土魔法使いの初老男性、トッポが「やれやれ」と肩をすくめ、副盟主のカルディアスもまた、深く頷いた。
「うむ。レベルが上がるにつれて必要な経験値は『レベル×100』。我々からすれば『そんなものか』という程度だが……まぁ、若者たちの良い手土産にはなったな」
熱狂する低レベル組と、完全に達観しているレベル100超えの熟練組。
一つの宝箱を前にして綺麗に分かれたそのリアクションの差に、この世界のシビアな「レベルの壁」がくっきりと浮き彫りになっていた。
狭く暗い第6階層の階段を降り切った瞬間、一行の視界は爆発的な「光」に塗りつぶされた。
「……まぶしっ!? なにここ、お外に出てきちゃったの!?」
メグが思わず手で目を覆う。 だが、そこは地上ではない。紛れもないダンジョンの内部――第7階層だった。
見上げれば、遥か10メートル以上も上空にある岩盤の天井。そこには、まるで太陽そのものを埋め込んだかのように、莫大な魔力を孕んだ結晶石が白熱した光を放っている。その強い光は、ランタンの灯火など必要としないほど階層全体を隅々まで明るく照らし出していた。
「いや、驚いたな……。ダンジョンのエネルギーがこれほどの光と熱を産み出しているのか」 ルークが手のひらを目に当てながら、感嘆の息を漏らす。
この異常なまでの光量と、満ち溢れる魔力によって、この階層には独自の生態系が築かれていた。地面には青々とした芝生が絨毯のように広がり、そこかしこに立派な枝葉を伸ばした大樹が群生している。洞窟の中だというのに、そよ風に乗って瑞々しい新緑の香りが鼻腔をくすぐった。
「これなら樹木も育つわけじゃ。上層の殺伐とした雰囲気とは打って変わって、まるで王宮の庭園にでも迷い込んだかのようじゃな」 トッポが物珍しそうに大樹の幹に触れる。
「ええ、本当に穏やかな空間ですね。魔力の流れも非常に安定しています」 ユキがホッと胸をなでおろす。
この天国のような環境ゆえに、ここは魔物も寄り付かない絶好の休息地となっていた。広大な緑地には、すでに先着していた数組の冒険者パーティーがテントを張り、木陰で武器の手入れをしたり、寝転がって煙草を吹かしたりして、思い思いの時間を過ごしている。
「これだけ明るく、天井も高ければ、不意打ちの心配もほぼ皆無。夜営のコストを最小限に抑えられる、最高のセーフティエリアだね」 アスクが効率主義者らしく冷静に周囲の地形を評価すると、その横でアズインが「では、あの大樹の木陰に拠点を構えましょう」と、さっそく荷物を下ろし始めた。
「ふぅ……。ここは落ち着くな」
カルディアスが周囲を見渡す。
「1階層を進むのにだいたい1時間か。ここまでで丸6時間……。アスク、今日はここで一泊して明日に備えるのが最も効率的だね?」
「あぁ、カルディの言う通りだ。疲労によるミスは一番コストが重い。全員、十分な休憩を取ってくれ」
アスクの号令を聞き、メンバーたちはそれぞれ荷物を下ろして寛ぎ始める。
そんな中、ここまで静かに後方を守っていた獣人のアズインが、ふっと耳をピクつかせた。
「アスクさま、皆様。戦いにはあまり貢献できませんでしたが……夜営の準備なら、このアズインにお任せください」
「キュイッ!」
アズインが頼もしく胸を叩くと、その頭の上で聖獣の鳥・キューちゃんも「任せろ!」と言わんばかりに翼をパタパタと羽ばたかせる。
アズインは獣人特有のしなやかな身のこなしで、あっという間に簡易テントを組み上げ、手際よく薪を割って火を熾していく。そのあまりの無駄のなさに、効率主義のアスクも「見事な手際だ」と満足そうに頷くほどだ。
さらに、アズインが懐から干し肉を取り出すと、キューちゃんがその小さなクチバシで器用に肉を細かくちぎり、スープの鍋へと落としていく。
「わあ、キューちゃんお手伝い偉いねぇ!」
「キュ~♪」
メグに褒められて、キューちゃんは嬉しそうにアズインの肩の上でダンスを踊る。その愛らしい姿に、戦闘続きで張り詰めていたきょたんやユキの表情も、自然と柔らかく綻んでいった。
「いやぁ、アズインの火起こしは実に年季が入っとる。ワシの土魔法で組んだ即席の竈も、これなら大活躍じゃな」
トッポがパチパチと爆ぜる炎に手をかざして笑う。
「ふふ、アスクの水魔法で淹れたお茶と、アズインが作ってくれた特製スープ……最高のディナーになりそうですね」
ユキが静かに微笑み、皆に温かい木筒を配っていく。
「ルーク」
「ん? どうしたんだい、アスク。スープがお気に召さなかった?」
「いや、美味いよ。そうじゃなくて、今後の進軍効率を再計算したいんだ。オレたちのパーティーメンバーのレベルを教えてくれないか?」
アスクの言葉に、周囲のメンバーがスープの手を止めてルークに視線を集める。 ルークは「お安い御用さ」と微笑むと、奥の瞳に淡い魔力の光を宿し、メンバーを一人ずつ見つめていった。
「よし、それじゃあ上から順番に発表していくよ。……まず、やっぱり圧倒的なのはトッポだね。レベル190。さすがはベテランだ」
「カッカッカ! 伊達に歳は取っておらんからな。ワシの土魔法はまだまだ現役じゃよ」 トッポが髭を撫でながら豪快に笑う。
「続いてユキがレベル160。そしてクロエがレベル150だ」
「ふふ、回復術士として、皆さんをしっかり支えられるレベルは維持しているつもりです」
「私はまだまだよ。もっと炎の精度を上げないと……」 ユキが穏やかに微笑む傍らで、クロエは自身の剣の柄を握り直し、ストイックに視線を落とす。
「そして、さっき大活躍だったメグがレベル140。副盟主のカルディがレベル130。暗殺者のきょたんがレベル120だね」
「わーい! 私、結構高いじゃん!」
「メグすごいなぁ……。俺も120なら、もっと影に潜む技術を磨かないとね」 無邪気に喜ぶメグの横で、きょたんがふにゃりと頼りなく微笑む。カルディアスは「ふむ、私も副盟主として恥ずかしくない数字ではあるな」と静かに頷いた。
「ここからはサポートと後衛組だね。俺がレベル100で、アズインがレベル60。……で、アスクがレベル50。最後にゆのっちがレベル40だ」
ルークがそう締めくくると、手斧使いのユノーが「あちゃー!」と頭を抱えた。
「やっぱりオイラが一番下かぁ! でもでも、手斧の威力ならレベル以上の自信があるんだからね!」
アスクはルークから告げられた数字を脳内で素早く整理し、満足そうに口元を緩めた。
「なるほど……平均レベル100超え、トップ層にいたっては150オーバーか。初級階層としては完全にオーバーキルな戦力だな。どうりで6階層のレア魔物100匹がボーナスステージになるわけだ」
「フフ、アスクさま。このアズイン、レベルは60と皆様より劣りますが、アスクさまの水魔法とエンチャントがあれば、いかなる魔物も一刀両断にしてみせます」
「キュイッ!」 アズインが力強く恩義を語ると、キューちゃんもアスクに向かって胸を張る。
「……なぁ、アスク。やっぱりどう考えてもおおかしいだろ」
ルークは自身の鑑定結果に表示された数値を何度も見比べ、眉間に深いシワを寄せた。
「お前のレベル、どう見てもまだ二桁……『レベル低い』の範疇じゃ収まらないくらいだ。なのに、なんで能力値の合計が、レベル150のクロエとほとんど変わらないんだよ?」
普通ならあり得ない。この世界の理において、レベルは強さの絶対的な指標であり、能力値はその歩みに比例して伸びるものだ。圧倒的な経験を積んだクロエと、レベル的には遥か後ろを歩いているはずのアスク。二人の数値が並んでいるという事実は、ルークの常識を根底から揺るがしていた。
「バグか? それとも、何かおぞましい呪いの装備でも隠し持ってるのか?」
真剣な目で理由を問い詰めるルーク。
そんな相棒の様子を、アスクは他人事のように眺めていた。そして、どこか楽しげに、不敵な笑みを唇の端に浮かべる。
「さあね。オレにもさっぱりわからないよ」
その声音には、自身の異常さに対する恐怖も、隠し事をしているような後ろめたさもなかった。ただ、世界のルールを嘲笑うかのような、底知れない余裕だけがそこに佇んでいた。
「そうだよな。わかるはずもないよな」
ルークは苦笑いをしながら、スープを啜る。
「さぁ、明日からの深層もさらに効率よく安全に攻略できそうだ。……よし、全員しっかり食って寝ろ。明日はさらに稼ぐぞ」
アスクの現実的かつ頼もしい言葉に、舞華恋の面々は笑い合いながら、明日のさらなる深層への挑戦に向けて、静かに英気を養うのだった。
ep.69→ep.74
【ステータスウィンドウ】
名前:アスク
所属:舞華恋
LV:48→56(ステータスポイント残+15)
AP:0/220(次のLVまで残り2830)
HP:340/420
MP:280/330
SP:100/100
スキル:- 短剣・中級、- 水魔法・上級、
- 探知・中級、- 潜伏・中級、
- 鑑定・中級、-アイテムボックス・中級、
-エンチャント・中級、
-インキュベーター・上級
AV:筋力160、体力160、敏捷110、器用120、知力190、精神140




