71. 舞華恋の登記、同盟株(クランシェア)
さて、話は二ヶ月ほど前のことだ。エターナル・フロウ到着から一月後だ。
ルークは温泉施設を訪れる冒険者達を鑑定しながら、有力な冒険者をスカウトしていた。そこで、メグ、カルディアス、ユキ、きょたんを見事に引き入れた。そこで、大量の銀貨と引き換えに、ギルドの承認印が書類に力強く押される。
こうして、世間からはまだ「ただの無名リーグの有象無象」としか見られていない、しかし中身は凶悪なポテンシャルを秘めた同盟『舞華恋』が、晴れてこの世に産声をあげた。
■同盟の登記、同盟株
「……なるほど。同盟の登記と共に、初期株の発行手続きを済ませておいたよ」
宿の一室。カルディアスはギルドの公印が押された書類から目を離さずに、隣に座るアスクへ視線を向けた。
「だが、アスク。君の言う通り、この同盟『舞華恋』の同盟株は、今のところ我々の金庫から一歩も外には出さない。……つまり、まだ『身内だけの秘密の権利』だ」
「当然だ」
アスクは古い書物から目を上げ、薄く笑った。
「知名度ゼロ、実績ゼロ。しかも名前は『マカロン』だ。今、市場にうちの株を出したところで、値がつくはずもない。ただの紙屑同然だ。そんなものを安値で買い叩かれるほど、不効率なことはない。金を持った貴族どもがこぞって金を投げ入れるのは、いつだって1部の上位同盟の株だけだ」
「へえー……つまり、オレたちの株はまだ秘密の宝箱の中ってわけか」
それまで二人の小難しい話を退屈そうに聞いていた盟主のルークが、身を乗り出して口を挟んだ。
「でもさ、アスク。市場に出さないのは分かったけど、現時点で俺たちの同盟株……つまり『立ち上げ資金の分け前』って、誰がどれだけ持ってることになってんだ? 一応、俺が盟主なわけだけど」
アスクは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、机の上に滑らせた。そこには、同盟『舞華恋』の初期同盟株の、あまりにも冷徹で明確な「出資比率(内訳)」が刻まれていた。
【同盟『舞華恋』初期クランシェア内訳】
ルーク(盟主、鑑定士):20%
アスク(盟主補佐、軍師):20%
カルディアス(盟主補佐、管理官):20%
トッポ(名誉顧問):10%
クロエ(特攻隊長):10%
ユノー (ブッコミ隊長):5%
ユキ(防衛隊長):5%
メグ(デストロイヤー):5%
きょたん(猟犬):5%
「……おい、俺とアスクが同率で『20%』なのは分かる。けどさ、新規加入のカルディに大分負担をかけてる配分じゃないか……?」
ルークが少し居心地悪そうに頬を掻く。しかし、当のカルディアスの目は冷徹そのものだった。
「ルーク、気にするな。これは『仲良し度』の数字ではない。純粋な『初期の銀貨の提供量』を計算した結果だ。同盟が伸びれば、その分リターンも大きくなる。私はこの同盟の価値に賭けて投資しているのさ」
カルディアスは書類を指先でトントンと揃えながら、青臭い盟主を諭すように不敵に笑った。
「これだけの権利を身内でがっちり固めているからこそ、私たちの価値が上がった時の爆発力が恐ろしいことになる。この世界には1部から4部までのリーグがあり、その下にようやく『無名同盟』がある」
アスクたちの計画は、まずはこの身内の資金でメグの突破力を高め、きょたんの暗器を開発し、ユキの知識で情報を集めてパーティの実力を極限まで高めること。そして「無名」から最速で駆け上がり、まずは中間地点である『3部同盟』のランク戦に、圧倒的な怪物パーティとして殴り込みをかけることだ。
(市場が『マカロン』の連戦連勝に目を剥き、その『実力』と『乙女チックな名前』のギャップに大騒ぎし始めた時が、勝負だ)
アスクは脳内で、これからの値動きの予測図を描く。
上位同盟の株は盤石すぎて儲けの動きが鈍い。そんな退屈な取引に飽きていた血気盛んな貴族や商人どもが、3部リーグで突如として異常な快進撃を見せる「マカロンの同盟株」に目をつけないはずがない。
マカロンへの期待が最高潮に達したところで、温めていた秘密の株を、少しずつ、しかし確実に市場へ売りに出す。欲しいという貴族が殺到すれば、株の値段はバブルのように膨れ上がる。
「知名度と実績を十分に稼いだ3部リーグの舞台で、高騰したマカロンの同盟株を市場にドカンと公開し、退屈している貴族たちの資金を一気にこちらへ引き剥がす。莫大な運営資金を一気に掻き集めるぞ。……カルディ。この『マカロン株最大化計画』の金勘定は、お前に任せる」
「了解した。……上位同盟の安定に退屈している貴族どもから、最も効率よく金を絞り取れる、美しい値動きを描いてみせよう」
大人の相場師二人の、静かな会話。
ルークは「要するに、俺たちが頑張れば、俺の銀貨が大銀貨や金貨に化けるってことだろ? ……なんか、逆に怖くなってきたわ」と苦笑い。
だが、その手は静かに、しかし確かに震えていた。二人の語る、あまりに規格外で壮大な国家規模の戦略。その圧倒的な未来のビジョンに、ルークはゾクゾクとする興奮を抑えきれず、ただ静かに拳を握りしめていた。
それは、これから『舞華恋』という怪物が、戦闘だけでなく、ギルドの経済までもを根底から揺るがす存在になることを予感させる、凶悪な宣言でもあった――。
■初陣の選択と作戦会議
だが、ギルドへの華々しい登録手続きが終われば、すぐに現実が押し寄せてくる。
「……さて。結成申請の加盟料で、俺たちの初期費用の大半をギルドに吸い上げられたのは事実だ。当然、これから構える活動拠点に回せる予算は極限まで削られることになる」
ルークがギルドの領収書を睨みながら、「うぐっ……さすがに手元にほとんど残らなかったな……」と財布の軽さに冷や汗を流す。
アスクは手元の算盤をパチリと弾いた。
「あの結成申請で初期費用の大半をギルドに吸い上げられたのは事実だ。結果として、我々の活動拠点に回せる予算は極限まで削られることになった。……その不効率なシワ寄せが、コレ(・・)だ」
アスクが視線を向けた先――。
立ち上げ当初であまり資金がないため、中古でそれなりの建屋を借りた舞華恋同盟の一室。
お世辞にも豪華とは言えない、少し建付けの悪い木造りの壁を見つめながら、ユノーは「まあ、雨風がしのげれば十分だって!」と苦笑いを浮かべる。
ギシギシと頼りない音を立てる椅子に腰掛けたカルディアスの背後には、お世辞にも格好いいとは言えない、ひび割れた漆喰の壁が広がっている。
部屋の隅では、メグが「狭いけど、アジトって感じでワクワクするね!」と、きしむ床板の音も気にせず身の丈ほどもある大剣を磨いていた。
(こんな凄い人たちと、私は本当の仲間になれたんだ……!)
ルークにスカウトされた時、メグの胸は高鳴りで破裂しそうだった。ずっと一匹狼で泥臭く戦ってきた彼女にとって、自分の突破力を信じて大金を叩いてくれたルークやアスクは、初めてできた「背中を預けられる主」なのだ。この安っぽい中古の建屋だって、メグにとっては世界で一番誇らしい、自分たちの『城』だった。
一方、ユキはそんな彼女たちのために、年季の入った棚から少し欠けたマグカップを取り出してお茶を淹れていた。
(ルークの野生の勘、アスクの冷徹な計算……。この同盟、私の知識のどれを組み合わせても、予測値が跳ね上がりすぎるわ)
ユキは湯気の向こうで、静かに胸を熱くさせていた。大陸中の伝承を詰め込んだ自分の頭脳が、この怪物のような男たちの手でどうプロデュースされ、世界をひっくり返していくのか。ゾクゾクするような知的好奇心が、彼女の細い指先を震わせていた。
「アスク、お茶を飲んで、そろそろ初陣のダンジョンを選んでもらえる?」
「……ああ。分かっている」
アスクはハーブティーを一口啜り、机の中央にエターナル・フロウ近郊の地図を広げた。その瞬間、それまで部屋の隅できしむ床板も気にせず大剣を磨いていたメグが、目を輝かせてすっ飛んでくる。
「ついに初陣!? 待ってました! ガツンと暴れられる強いボスのいるところがいいな!」
「落ち着け、メグ。ここから狙える近場のダンジョンは二つだ」
アスクは地図の二箇所を指差した。
「一つは、ここから西へ15kmほどにある『クロニクル・ゲート』。街から近いこともあって、比較的初級者向けとして知られている。もう一つが、東へ25kmにある『レイヴン・ハイドアウト』。こちらは初級から中級者向けだ」
「じゃあ、強い奴がいそうな東の『レイヴンなんとか』に行こうよ!」
大剣をぶん回さんばかりの勢いで身を乗り出すメグ。だが、アスクは首を振った。
「不採用だ。まずは『クロニクル・ゲート』を攻略する」
「ええーっ! なんで? アスクたちなら中級向けだって余裕じゃん!」
「効率の問題だ。我々はまだ同盟を立ち上げたばかりで、お互いのスキルの連携を実戦で試していない。それに、まずは確実に、かつ圧倒的な最短タイムで初級ダンジョンを『圧勝』してみせる必要がある」
「あ……そっか!」
カルディアスが書類をトントンと揃えながら、アスクの言葉を引き継いだ。
「そういうことだ、メグ。無名同盟の『マカロン』が、初級ダンジョンをバグみたいなトップタイムで踏破したとなれば、ギルドや他の同盟の目が変わる。市場の期待値が一気に跳ね上がるというわけさ」
「なるほどね。わざと注目を集めて、僕たちの未公開株の価値を吊り上げるためのエサにするんだ。やっぱり悪い男だなあ、アスクは」
きょたんがニヤリと笑いながらクナイの刃を指先で弄ぶ。
「ふふ、でも安全第一でとても合理的だと思うわ。クロニクル・ゲートの固有の魔物や罠のデータなら、私の頭の中にすべて入っているわ」
「助かる、ユキ。お前の知識があれば完璧だ」
アスクは地図の『クロニクル・ゲート』の文字を強く見据えた。
「よし、方針は決まった。同盟『舞華恋』の初陣だ。市場のドブネズミどもの度肝を抜いてやるぞ。各自、出発の準備をしろ」
「おーっ! 美味しいお肉のために、大暴れしちゃうぞー!」
メグの元気な快哉が、中古の頼りない建屋に響き渡った。




