70.新メンバー、同盟立ち上げ
あれから、三ヶ月が経過した。
エターナル・フロウの地を踏んでからの日々は、まさに激動の一言に尽きる。
怒涛のような勢いで、ルークを盟主とした新たな同盟——『舞華恋』の立ち上げまで漕ぎ着けたのだ。
……なぜ、これからランカーを目指そうという猛者たちの集う同盟が、こんなにも乙女チックで可愛らしい名前になってしまったのか。
理由は至極単純。新メンバーとして加入した、ある一人の少女による凄まじいゴリ押しに、ルークも、そしてアスクの緻密な反論さえもが綺麗に押し切られた結果だった。
さて、それでは、その恐るべき爆発力を持った新メンバーたちを紹介しよう。
まずは、一人目。同盟名の戦犯であり、このパーティの特攻隊長でもあるメグだ。
「お腹空いた〜! アスク、今日の作戦会議って宿の食堂でやるよね!? あそこのお肉、とても柔らかくてめちゃくちゃ美味しいんだから!」
嵐のように部屋に飛び込んできたメグは、高校生ほどの若さらしい瑞々しさと、その背中に背負った身の丈ほどもある大剣という、強烈なギャップを体現している少女だった。
彼女は次世代のランカー候補と目される、圧倒的な火力と突破力を誇る前線戦士だ。戦場ではガンガン前に突撃し、敵の防衛線を文字通り一撃で粉砕していく。
性格は、とにかく圧倒的な「陽のエネルギー」の塊。
裏表が一切なく、距離感という概念が脳から抜け落ちている。初対面の時から、あのプライドの高いクロエに「クロエちゃん超美人! 仲良くなろう!」と抱きついて彼女のツンツンな態度を強制無効化し、赤面させてみせた大物だ。アズインのことも「アズちゃん!」と妹のように可愛がり、アスクの冷たい態度すら「お堅いアスクも、クールなんだから!」と全肯定のポジティブ変換で受け流してしまう。
普段は飯を美味そうに大食いする、ちょっとアホ可愛いムードメーカー。
だが、仲間が傷つけられた瞬間に彼女の瞳から光が消え、ランカー候補としての凄まじい覇気を放つ姿を、アスクはすでに何度も目撃していた。その底なしの仲間想いの強さは、かつて絶望の悪夢を見たアスクにとって、眩しすぎると同時に、無意識の救いにもなっている。
そして何より、アスクにとって彼女は、最も警戒すべき「計算の立たないイレギュラー」であり、同時に最高の相棒だった。
アスクが事前にマップや書物で数時間も費やし、導き出した「最短・安全ルート」。それを、メグは「なんとなくこっちが楽しそう!」と一瞬の本能(直感)で指差し、それが高確率でピタリと一致するのだ。
(……マジか。また俺の計算と一致したか。本当に、とんでもない化け物だ)
アスクが脳内で毒づきながらも、その「直感」を信頼の確定シグナルとして作戦に組み込み始めた頃、メグは早くも次のメンバーの手を引っ張って、部屋の中へと連れ込んできていた。
「ちょっとメグ、引っ張るなと言っているだろう。私の歩幅と君の突進スピードが全然合っていない」
メグの背後から、やれやれと額を押さえながら入ってきたのは、二人目の新メンバー――カルディアスだ。
冷静沈着、かつ知性豊か。仕草の一つ一つに洗練された大人の余裕を感じさせる男だが、アスクのようにガチガチの効率に縛られているわけではない。ただ、徹底して「無駄なことが嫌い」なタチなのだ。
彼のパーティにおける役割は、一言で言えば『最強の番頭』。
前線で大暴れするメグや、中盤で刃を振るうアスクの背後で、盤面全体をコントロールする補助魔術のスペシャリストとして立ち回る。
「ゆのっち、右から回り込め。お前の邪魔になる障害物はさっき消しておいた。……メグ、突撃は構わんが10秒後に私のシールドが切れる。それまでに片付けろ」
戦闘時の彼は、後衛からの見事なサポートで、アスクの立てた作戦を何倍もスムーズに進めさせてくれる、縁の下の力持ちだ。
しかも彼の有能さは、戦闘時だけに留まらない。
ダンジョンに持ち込む消耗品の管理から、ギルドとの報酬交渉、さらにはメグが街でやらかしたトラブルの事後処理まで、日常の面倒ごとをすべてスマートに片付けてしまう。アスクにとっては、自分が修練と戦術の構築に100%集中できる環境を作ってくれる、これ以上ないほど快適で頼もしい存在だった。
「アスク、次の階層に必要な解毒薬の調達と、ギルドへの報告書は片付けておいたよ」
「……助かる。いつも完璧な手際だな」
「お前達が前線で最高の結果を出してくれるなら、私はいくらでも裏方をやろう。それが、この『舞華恋』が最短で上位に昇格するための、一番無駄のない形だからな」
そう言って静かに微笑むカルディアスは、感情論に流されやすい他のメンバーのなかで、アスクが唯一、理屈の通った対話によって肩の力を抜くことができる、男同士の貴重な相棒でもあった。
アスクが限界を超えて無理な修練をしようとすれば、「疲れて動きが鈍る方が時間の無駄だ」と、アスク自身の理屈を使って穏やかにブレーキをかけてくれるのも彼だった。
「さあ、二人とも。あまりカルディを困らせちゃダメだよ?」
カルディアスが持ってきた膨大な書類の束の後ろから、今度は部屋の空気を一瞬で和ませるような、柔らかい声が響いた。三人目のメンバーの登場だった。
おっとりとした優しげな佇まいに、いつも絶やさないおだやかな笑顔。トゲトゲした奴らの多いこの『舞華恋』において、彼女はまさにオアシスのような存在だった。
彼女の役割は、パーティの命綱であるヒーラー。だが、ただ回復魔法を唱えるだけの聖職者ではない。歴史、地形、魔物の生態、果ては薬草学から地質学まで網羅している、歩く図書館のような「物知り」でもあった。
「アスク、またそんなになるまでスキル修練ですか? メグが『アスクの魔力の音が悲鳴を上げてる!』って心配してたよ?」
ユキは、温かいハーブティーの乗ったトレイを机に置きながら、困ったように眉を下げた。
アスクの机の上は、ひどい有様だった。
水魔法の精密制御の訓練、武器へのエンチャント(付与魔術)、さらには古い書物からエターナル・フロウの情報を集めるための読書――それら多岐にわたる修練を同時に、寝る間も惜しんで並行して行っていたのだ。案の定、彼の手元では魔力の制御がガタガタに乱れ、脳の疲労も限界を迎えていた。
「問題ない。少しでもスキルの熟練度を上げ、情報を頭に叩き込まなければ、次の階層で――」
「はいはい、そこまで」
ユキはアスクが言い終える前に、柔らかい手でその肩にトン、と触れた。
瞬間、心地よい精神回復の治癒の魔力が脳に染み渡り、アスクの脳のシビれと、乱れていた魔力の巡りがみるみる解けていく。
「……っ!? 魔力の浸透速度が、通常の回復魔法より早すぎる……。脳の疲労が、一瞬で……」
「ふふ、多重詠唱で酷使した脳の特効薬になるハーブと、私の魔力を同調させたの。物知りでいることは、ヒーラーの基本なんだから。さあ、大人しくあと4時間は寝てね? ……もし起きてまた本を読もうとしたら、次はちょっと痛いお薬を処方するからね?」
満面の笑みのまま、一ミリも瞳の奥を笑わせずに首を傾げるユキ。
その圧倒的な圧力を前に、さしものアスクも冷や汗を流して本を閉じるししかたなかった。
物腰が柔らかく、普段はメグに「ユキ姉ぇ!」と懐かれ、クロエにも優しくお茶を淹れてあげる聖母。だが、ひとたび仲間が自分を粗末にしたり、限界を超えて無理をしたりした時は、笑顔のままでパーティの誰も逆らえないオーラを放つ「実質的な裏ボス」――それがユキだった。
アスクの「かつて仲間を救えなかった」という重いトラウマに対し、彼女の圧倒的な医療の知識と回復術は、これ以上ない救いだ。そして何より、アスクが古い書物と睨み合って「この地域の歴史は……」と調べている横で、「あ、そのダンジョンなら、300年前の文献に詳細なマップが載っていますよ」とサラリと答えを出してくれる彼女の博識さは、アスクの「情報収集」の手間を何倍もショートカットし、最高の効率をもたらしてくれていた。
「……ふっ、アスク。僕の計算では、君が本を閉じるまであと30分はかかると思ってた。ユキ姉に睨まれると、やっぱり効率が落ちるんだね」
聞き慣れない若い声が、アスクのすぐ耳元で響いた。
「っ……いつの間に」
アスクが息を呑んで振り返る。そこには、いつの間にか天井の梁から音もなく飛び降り、アスクの背後に立っていた四人目の新メンバー――きょたんがいた。
アスクよりもさらに若い少年でありながら、その佇まいはどこか冷徹で、一本の研ぎ澄まされたナイフのようだ。彼の職業は、影に潜み、敵の息の根を確実に止める『暗殺者』。
気配遮断の技術に関してはすでに職人の領域に達しており、戦闘では敵の死角から致命傷を連発して、討伐ポイントを一人で効率よく掻き集めてくる。まだ若いながらも、ギルドのランキング上位に名を連ねる本物の「ポイントゲッター」だった。
そんな彼の本質は、ただの暗殺者ではなく、独自の暗器や仕込み武器を自作・改良する『研究職人』だった。
「アスク、これを見てよ。新作の『絶対に抜けない!逆刃のサボテンクナイ(試作型)』。一度刺さるとトゲが開いて、絶対に抜けなくなるんだ! 抜こうとすると肉がエグれるよ!」
「武器が敵に刺さったまま抜けなくなったら、次の攻撃ができないじゃない。使い捨てにするにはコストが高すぎるわ」とユキに笑顔でダメ出しされる。
「それを今から実戦で研究するんじゃないか」
きょたんは、お気に入りのオモチャを見せる子供のように、目をキラキラさせながら怪しげな暗器を取り出してみせる。
彼の作る暗器は、どれも「これ、どうやって使うのよ……」とメンバー全員が頭を抱えるような、奇天烈で扱いが難しすぎるものばかりだった。
だが、ここからがこの二人の真骨頂だ。
アスクがその高い知性で、きょたんのトチ狂った暗器の「最も効率的な運用方程式」をミリ単位で計算し、戦術に組み込む。すると、誰も使いこなせなかったハズレ武器が、敵の予測を完全に裏切る必殺のギミックへと化けるのだ。
アスクはこれを「抜けなくなる」ではなく「敵と敵、あるいは敵と地面を繋ぎ止める楔」として利用することを思い付く。
きょたんが2本のトゲトゲクナイ(ワイヤーで繋がっている)を、素早い二回投擲で「素早い敵の足」と「地面の岩」にそれぞれ突き刺す。トゲが開いて固定された瞬間、どれだけ素早い敵でもその場に縫い付けられ、メグの最大火力を100%叩き込める固定型サンドバッグが完成する。
「あのさ、アスク。僕の暗器の価値を、一発で見抜いてくれたのは君だけだよ」
普段は生意気で、自分の研究に口を挟まれるとフンスと怒る職人気質の少年。だが、自分の最高の発明(暗器)を戦術で120%活かしてくれるアスクに対してだけは、内に秘めた深い信頼と、年相応の懐き方を見せる。
技術的な意味で「背中を任せられる職人」であり、同時に、危険な試作品を作ってはユキに「危ないものは没収です」と笑顔で取り上げられ、耳を真っ赤にして抗議しているような、少し手のかかる弟分。
メグ、カルディアス、ユキ、そしてきょたん。
このあまりにも強烈で、同時に確かな実力を持つ四人が加わったことで、ルークの立ち上げた同盟『舞華恋』は、エターナル・フロウの勢力図を根底から揺るがす、最強の怪物パーティへと変貌を遂げていくことになる――。
■閑話:湯煙大作戦の惨事
「……よし、オイラが先陣を切る。ルーク、アスク、援護を頼むぞ!」
ユノーは不敵な笑みを浮かべると、レベルアップで強化された脚力にモノを言わせ、男湯と女湯を隔てる安山岩の板塀へと音もなく跳躍した。ルークもまた、「蛇の警戒」という大義名分を盾に、真剣な顔つきで塀の隙間に視線を滑り込ませる。両脇を抱えられたまま引きずり込まれたアスクは、ただちにこの無謀な作戦の失敗確率を弾き出していた。
(……一〇〇%。防衛システムの起動まで、あと一秒もない)
「キュッ!!」
湯煙の向こう、女湯の岩陰から鋭い警告の鳴き声が響き渡った。最高の監視役である聖獣キューちゃんの五感は、男たちの不審な気配を完璧に捉えていたのだ。
「あら? キューちゃん、どうしたの? ――って、まさか……!」
リラックスしていたクロエの声が、一瞬にして魔法剣士の冷徹なトーンへと変貌する。直後、凄まじい魔力の高まりとともに、女湯側から爆発的な熱風が巻き起こった。
「うわあああッ!? 蛇じゃなくて本物の魔女が出たァッ!」
「げぇっ! クロエ姉さん、オイラたちはただ護衛を――!」
塀にしがみついていたユノーとルークが、激しい炎のプレッシャーに気圧されて無様に床へ転がり落ちる。
しかし、その混乱の最中、アスクの身体だけが不自然な力でぐいと前方へ引っ張られた。板塀のわずかな隙間、温泉の排水口用に作られた安山岩の小さなくぼみ。そこにアスクを引きずり込んだのは、信じられないほどの速度で動いたアズインだった。
「アスクさま、こっちです……!」
アズインは持ち前の機転と獣人族の爆発的な身体能力を活かし、キューちゃんが男たちの侵入を報せた刹那、アスクの気配だけを別ルートへ隔離したのだ。彼女はアスクに手ぬぐいをすぽっと被せ、湯煙の濃い岩の死角へと完璧に匿った。
「アズイン……?」
「しー、です。アスクさまはわたしたちを本当に心配して、あの二人に無理やり連れてこられたんですよね? キューちゃんから、アスクさまの困った感情が伝わってきました。だから、アスクさまはセーフです!」
アズインはいたずらっぽく微笑み、言葉のわかるキューちゃんを手のひらに乗せて、アスクの鼻先に近づけた。「キュ♪」と満足そうに鳴く青い鳥の横で、アスクは命拾いをした自らの帳簿(リスク管理)を確認し、静かに息を吐いた。
「助かった、アズイン。……今回の君の機転に対する報酬は、後ほど検討する」
「あはは、温泉饅頭がいいです! ――それより、向こうが大変なことになってますよ?」
アズインが指さす先、板塀の境界線では、湯気さえも恐怖で凍りつくような光景が広がっていた。
「……ゆのっち、ルーク。あなたたち、いい度胸ね。湯煙の擬態蛇を警戒していた? 私たちの安全を守るための斥候? ――そんな見え透いた言い訳が、この私に通じると思っているの!?」
仁王立ちになったクロエが、バスタオルを巻きつけただけの姿(しかし髪からは紅蓮の火花が散っている)で、男湯側の湯船の縁にドォンと足を乗せていた。湯煙に濡れたその気高き美貌とプロポーションは確かに「綺麗」の一言に尽きたが、今のユノーとルークにそれを堪能する心の余裕など微塵もない。
「ひ、ひえええ……! ごめんなさいクロエ姉さん!」
「ち、違うんだクロエ! これにはヤンゴトナキ深い理由が――」
「問答無用! 説教部屋へ行きなさい! 明日の朝まで、そこで正座をした後、安山岩の運搬作業を百回やらせてあげるわ!」
「「そんなぁぁぁーーーッ!?」」
男湯の天井に、二人の悲痛な絶叫が木霊する。
トッポが湯船の隅で「やれやれ、自業自得じゃのう」とそば焼酎のグラスを傾ける中、ユノーとルークはクロエの烈火のごとき怒りの前に、完全に叩きのめされるのだった。
その様子を岩陰から見守りながら、アスクは手ぬぐいの隙間から、怒りでほんのり肌を赤く染めたクロエの美しい後ろ姿を、ただ論理的なデータとして(あるいは、それ以上の何かとして)静かに網膜に刻み込んでいた。




