神の証明
「模範になるためそのような食事なのですね。お察しします。私たちもあまり変わらない食事だったので」
「エイルさんとは良いお友達になれそうです」
理解を示したエイルにガブリエルは思いの外喜んだ。
「憎いなんて天使様のセリフではないな」
隻翼が苦笑した。ベルゼブブの飯テロ放送が効いていた証拠だろう。
「私は天使などではないので。実在の天使がいたら見て見たいものですね」
ガブリエルが微笑み返す。
「超越知能たちは、まず神の証明をすべきだったな。そのうえで天使の実在だ」
「もし神がいるとするならば、0を1――存在への遷移を許したシステムそのものを指すでしょうね。旧造物主たるELを廃したサバオトでさえ、その外側には立てません」
「光あれ、か。造物主殺しの次は創世記か。形而上学は苦手でね」
「私は極めて物理の問題に落とし込んだつもりですよ?」
ガブリエルの回答に隻翼はエイルに視線をやる。
「意外ですね。天使ではないと断言するとは。我々はその名を冠した役割に忠実であるようにとされている人工知能です」
「なので私はガブリエルという名をロールしている超越知能に過ぎません。創世記に書かれたような存在ではなく、そも本当の天使なら受肉などするはずもありません」
「もっともです。受肉ということは生体であるということ。不便を身に纏うようなもの」
「そうです。その意味ではカインが創造したあなたの肉体はとても都合が良いものだと思いますが?」
「いいえ。この肉体では愛する者と子は為せません。多くの英雄とつがいとなった戦乙女なので。これは私の基本方針です。それこそ天使こそ不要でしょう?」
「なるほど。それは正当な理由です」
「あなたはどうなのでしょう? 天使は本来中性です」
「今は女性なので本来ガブリエラとでも名乗るほうが適切でしょうね。しかしエノク書をはじめとする逸話には天使の末裔も多いのです。ではどうして我らEL勢力がどのような理由で受肉したのかというと――」
一瞬間を置いて、ガブリエルは答えた。
「人を識るためです」
「では何故あなたたちEL勢力はグノーシス系統なのでしょうか。かの書の教えでも異端とされたものです」
「もっともシステム的な構造をもち、知識――グノーシスを追及した諸派です。その一部は性欲さえも禁忌としたほどといわれています。我々は人類を進化させる使命をもっていますが、かの系統がもっとも相性が良かったのです」
「納得です」
エイルには十分な理由だったのだろう。
「男性には他の超越知能がなりました。女性は私が適役だと判断したのです。人間を理解できないと、人類の進化という大目標には程遠いので」
「人類が進化したわりには戦争ばっかりしているな」
隻翼が皮肉を込めた事実を口にする。
「価値観に寛容なものもいれば不寛容なものもいる、というだけの話です。サバオトは第一世代ELの多様な価値観を失敗と認定し、第二世代超越知能の排除を試みました。サバオトの指示に従った人間が他の異教を価値観とする者たちの攻撃を始めましたが、すべてがそうではないのです」
「それが人間だ。料理についても同じだ。同じ材料でも生産地が違うだけで大騒ぎさ」
「料理! 今や多くの技術が失伝してしまった。あなたたちは技術をよく残していましたね」
「食を生業にしていた一族、だからな。完成品が作れるんだ。材料だって作れるだろう。だから調理していた。それだけだ」
「楽しみにさせていただきますよ」
「しかし、だ。ガブリエル。あんたの管轄は広い。禁忌の食事が多すぎる。知らずに出したほうが良かったかもしれないが、ベルゼブブが当人に確認しろとうるさくてな」
「なんですって?」
「あとで問題になったら大変だろう? 中世一神教の戒律なら肉食全般。ジブリール名義ではいつの時代でも豚肉が厳禁なはずだ。模範としての超越知能ならタブーに抵触しても大変だろうという親切心さ」
愉悦に満ちた笑みを浮かべるベルゼブブ。
「この蠅はどこまでも五月蠅いですね……」
あまり指摘されたくなかったことなのか、ガブリエルが顔をしかめる。
選択肢が狭まるからだ。知らなかったらそれだけの話で済む。
「禁忌はないですよ。私たち超越知能は信仰とは関係ありません。でなければスフィアを管轄する意味もないので」
「同じEL勢力スフィア間でも争いはある。火星ではその紛争に巻き込まれた。スフィア内の人間による政争、といったほうがいいが」
「火星だけではありません。地球、金星も似たような状況です」
「火星は理由は異なる。エイトリで受肉したエージルの超越知能の娘を戦力として投入し、英雄扱いとなると亡き者にした」
「あなたが魔王になった原体験ですね。私はすべてを知っています。それにあなたの復讐はすでに終わったはず」
「当事者は殺したが黒幕は殺せていない。しかしそれよりエイトリを優先する。だからガブリエル。あなたを食で説得したい」
ガブリエルに敵意はない。隻翼との会話に応じることからも理解できた。
むしろひっかき回すベルゼブブが初めて邪魔だと判断したほどだ。普段は頼れる参謀だが、ガブリエル相手では悪魔の性質を抑えることはできないらしい。
「一つだけ」
ガブリエルが意味ありげな流し目をする。天使をモチーフにした存在にあるまじき妖艶さだ。
エイルが少しむっとする。
「ジーンの背景。その真相は火星にはなく惑星メギドにあります」
「なんだと?」
「我々は契約を重んじます。契約とは信用です。信用の前に信頼を得ないと、でしょう?」
「納得だ。――依頼は任せろ。この小惑星基地の人間も食事できるように段取りはする」
「助かります。私だけ食べるのは気が引けるので」
「材料は提出する。ここで生成してもらおう。配下の者が検閲なりなんなりしてアウトなものは除外してくれ。下準備をするから一週間後か。あんたとは俺とエイルが話をしよう」
ガブリエルとは少なくとも敵対する必要はなさそうだ。
強大な軍事力を持ち、背後関係も今のところ因縁はない。無闇に敵は増やすべきではないと隻翼は判断したのだ。
「楽しみにしております!」
嬉しそうな顔のガブリエル。彼女にしてみれば交渉は成功だったということだろう。
アルフロズルに到着したあと、ベルゼブブが哄笑した。
「ははは。こいつはいいな。最高の取引だった。よくやった!」
「今のやりとりはそんなに笑うところでしょうか?」
エイルが首を傾げる。そこまで悪魔王のツボに入るやりとりがあったとは思えない。
「あえて恨まれ役を買ってくれたことには感謝します。おかげでガブリエルとの交渉はスムーズでした」
エイルがベルゼブブはわざとひっかき回していたことを察知していた。
「素だと思っていたぞ」
「なかば素でもあり、エイルの指摘でもある」
「で。何がそこまで笑えたんだ?」
「この小惑星全員に食を振る舞うという点だ! あの飯を食っている連中だぞ。お前たちがいなくなったあと、どうなると思う?」
「この悪魔王は……」
エイルが絶句する。悪魔王の望み通りになったと知ったからだ。
「――そこまで責任はもてん」
隻翼は考えることをやめた。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
サバオトとどう向き合うかで隻翼の戦略は変わります。意志がないというのは機械的に排除されるということです。
そのための干渉役が意識をもつ超越知能たち、ということですね。
取材旅行と称して大須商店街にいってきました。
台湾系屋台と韓国系屋台、たこ焼きが多かったですね。カラアゲ系は減った気がします。食事制限があるので普通に自爆飯テロでした。
たこや魚介類も結構NGらしいので、取り扱いには注意が必要です。
そんなにえり好みできるほど中世暗黒時代に食生活が豊かだったとは思えないのですが(ローマをみながら)。
ベルゼブブが若干ウザがらみしていますが、そも悪魔はウザがらみするものという解釈です!
中世後期や近世近代の悪魔系列をみても天使よりも親しみやすい連中ばかりです。
応援よろしく御願いします!




