第6章 異変
「ちょっと良いかな?」
剣持さんと紅さん。それから、小学生くらいの女の子二人に僕らと同じくらいの女の子一人が部屋を訪ねてきた。
「今日から少しの間、この子達を管理局で預かることになったんだ。この隣の部屋に稲田 春花ちゃん、桜井未来ちゃんと、君らと同じくらいかな? さなえちゃんが滞在することになったんだ、色々教えてあげてくれ」
剣持さんが、順に細身で、真っ直ぐの黒い髪を二つに結び、前に垂らした俯き加減でおどおどした女の子、丸いほっぺがピンク色に染まり興味津々にこちらを見ている少し茶色がかった黒髪を綺麗に肩で切りそろえた女の子。そして、僕らと同じくらいの歳に見える女の子と指差しながら紹介してくれた。
「よろしくね! あたしは黒木綾那」
綾那が嬉しそうに挨拶した。
「よ、よろしくお願いします。僕は峰山 蒼太です」
女の子ばっかりどうしよう……緊張するな……
「あ! ダメ!」
一番おとなしそうに見えた春花ちゃんが急に声を上げた。
すると、春花ちゃんのパーカーの首元から、真っ黒い子猫がちょこんと頭を出し、肩の上によじ登ろうと必死に短い前足を伸ばして爪を立てている。
「痛いよ! ダメ!」
「あらぁ? どこから来たの? この仔」
紅さんが驚きと優しげが一緒になったような顔で子猫を抱き上げた。
「そうだ! 剣持くんこの仔ここで、この子たちと一緒に飼ってもいい?」
クシュン。
未来ちゃんが鼻を擦りながら「わたし猫アレルギーなんです」と、反対側のさなえちゃんは怯えたような表情で、後ずさっている。
「じゃぁ、春花ちゃんはこの部屋にしましょうか! あなたたちは猫、大丈夫よね?」
紅さんは満面の笑みで、僕と綾那を交互に見ている。
あのぉ……紅さん、こんな小さな女の子、僕はどうしたらいいのでしょうか?
助けを求めてで、剣持さんを見るが、クスクス笑ってそっぽを向いているし、となりの綾那はもうすでに子猫に夢中で、ルンルンしてるよ……
紅さん見た目カッコイイお姉さんなのに、あまりの自由さと、この状況にめまいがした。
「部屋割りも決まったところで、じゃぁ後は頼んだよ」
軽く右手を上げて、剣持さんが去っていった。
「さ、あなたたちはこっちの部屋ね」
と、紅さんも未来ちゃんと、さなえちゃんを連れて行く。
綾那と春花ちゃんは、もうすでにリビングのソファに座って、子猫の名前を話し合っている。おどおどして見えた春花ちゃんも、綾那が考えた名前に小さく笑っている。
幸いにも、この部屋には個室が四つあるので、人数が増えても大丈夫なのだが……大丈夫なのだが、一番困っているのは僕だ!
けれども春花ちゃんの笑顔を見ていると、綾那と子猫がいるこの部屋で良かったのかなと思い直した。
もう、みんな居なくなってしまったし、諦めた僕は聞いた。
「ねぇ。名前もだけどさ、この猫のご飯とかトイレってどうするの?」
目を見開いた二人の顔に、盛大に『!』が、点滅している。
「お前ら、俺をなんだと思ってんだ! まったく……」
一ノ瀬大地が、大荷物を抱えて入ってきた。そう、あの後外に出ることのできない僕らは大地に電話して、猫の生活に必要なものを一式を買ってきてもらったのだ。
「大地、ありがと。悪かったな」
僕は入り口で、大きな袋の一つを受け取った。
「大地ありがとー」
綾那は満面の笑みで、大地が買ってきた猫グッズの品定めをしている。その後ろで春花ちゃんが子猫を抱いて、もじもじしている。
「この子は稲田 春花ちゃん。しばらくこの部屋で一緒に生活することになったんだ」
綾那が開封作業に夢中なので、僕が紹介した。
「こっちは一ノ瀬大地、体は大きいけど良いやつだよ」
春花ちゃんは恥ずかしそうにコクリと頭をさげ、大地はよろしくとニカッと笑った。
「その猫の名前は?」
大地も買ってきた荷物の開封を手伝いながら、春花ちゃんに問いかける。
「ノワ、ノワールのノワ。真っ黒だから」
「俺はヤマトとか、ジジとかかと思ったよ! ノワか可愛いな」
屈託のない大地に、春花ちゃんは小さく笑顔を見せた。
「春花ちゃんもこっちおいで、見てコレ! 全然可愛くないよー」
綾那は袋の中から黄色や赤や青の奇抜な色の羽が、不恰好な胴体に付いた猫じゃらしを引っ張り出した。
それまで春花ちゃんの腕の中で眠そうにしていたノワが、それを見て急に体を捩って腕の中から抜け出そうとしたので、ノワは気に入ったようだが。
そんな風にして始まった僕らの新生活も、少し慣れてきた一週間後に、未来ちゃんは親御さんの元に帰って行った。当分の間、騎士による護衛も付くことにはなるそうだが、家に帰れて嬉しそうだった。今回のことで、未来ちゃん自身も護身術の訓練をすることになったので、管理局には通うことになるそうだ。
隣の部屋で一人暮らしになってしまった、さなえちゃんはと言えば……
どうも、家出少女だったらしく自分のことや家のことなど、話したがらず管理局側でも調査をしているとのことだ。そんな訳で、綾那は同じ年頃ということもあり、さなえちゃんと打ち解けてきちんと話ができるよう協力して欲しいと、紅さんに頼まれていた。
そういった訳で、綾那と春花ちゃんは連れ立ってさやかちゃんの部屋によく遊びに行っている。
そんな女子トークの時間が増えたためか、最初の頃と比べて春花ちゃんの笑顔も増えてきた。弟がいるせいか綾那がとても良く面倒を見ていた。ノワの存在も大きそうだが、とにかく仲良くやっている。
綾那は春花ちゃんが、あの時連れ去られた子で、家には帰れそうにもないと知り、春花ちゃんが寝た後に僕の部屋に来て、怒りをぶち撒けていった。散々怒って気が済んだのか、春花ちゃんには普通に接している。僕は春花ちゃんの事情を聞いて、どう接したら良いのか考えてしまったのに。
「なぁノワ。綾那って、やっぱり凄いな」
分かっているのかいないのか、ノワは僕の顔を見てミャーと声をあげた。
その夜、けたたましい警報音で跳び起きた。突然起こされたので、心臓がバクバクして頭痛もするが、気にしている場合ではなさそうだ。僕は慌てて部屋を出ると、ちょうど綾那も慌てて飛び出してきたところだった。
「春香ちゃん頼んだ! 僕は外の様子見てくる」
部屋のドアを開けて、廊下に出てみるとちょうど大燈班の福丸太一さんが走ってきた。
「蒼太君、部屋に戻るんだ!」
福丸さんは部屋に飛び込んで来るとガチャリ施錠した。
「福丸さんどうしたんですか? 何があったんですか?」
「うん。賊が侵入したらしいんだ。誰かの手引きでね」
「福丸さん! さやかちゃんは? さやかちゃんは大丈夫なんですか!」
綾那が福丸さんに詰め寄った。
福丸さんは眉間の皺を深くし首を振る。
「その誰かってのが、さやかちゃんみたいなんだ」
「そんな……、嘘! 嘘ですよね?」
福丸さんは綾那をじっと見つめゆっくりと首を振った。
「綾那ちゃん。残念だが本当だなんだよ」
綾那の目には、この状況を受け入れたくないと、うっすらとした幕がゆらめいている。今にも決壊しそうなダムを目を見開いて、どうにか耐えているようだ。
「彼女は最初からここに侵入するのが目的だったんだろう。色々とこちらで調べた結果、さやかという名前も偽名だったよ」
福丸さんは持っていた”元”さやかちゃんの資料を見せてくれた。そこには僕らが知るさやかちゃんとは全く別の顔を持った女の姿があった。




