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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
キャピタル・ヘリストン編、あるいは家族の絆とポッチーノの章
30/30

新しい靴を手に入れました

 翌朝。

 エンドポイントへ帰る日である。

「泊めてくれてありがとう」

 朝ごはんもご馳走してもったポッチーノは、いざ旅立つ前にンディーヤへ改めて礼を述べた。

「こちらこそ、また面白い話が聞けて楽しかったよ」

 と、ンディーヤ。

「気をつけて帰ってね。最近、物騒なことが多いと聞くし」

 具体的には、窓から隣国の宮廷道化師が入り込んでくるなど、だろうか。

「大丈夫。逃げ足なら自信あるんだ」

 何も知らないポッチーノは、そう自信げに答えた。

 ──この前と同様に朝から賑わう大通りを駆け抜けて、ポッチーノはハンターギルドの建物へ向かう。

 きっとトリバーが素敵な靴を作ってくれているはずだ。どんな靴なのだろうか、と期待に胸を膨らませながらポッチーノは工房を訪れた。

 が、

「おはよう、ポッちゃん」

 待ち受けていたトリバーの顔は、どう見ても徹夜した人のそれだった。明らかに疲弊している。こんなにやつれたトリバー、見たことない!

「ト、トリバー、どうしたの?」

「大丈夫、靴はちゃんとできたよ」

 トリバーはそう言って、新品の輝かしい靴を見せる。

 ──ボクのために、そこまで頑張ってくれるなんて!

 あまりに感激したポッチーノは、

「ありがとう、トリバー!」

 と、感謝の抱擁でトリバーを絞め落とした……。

 ……さて、トリバーの意識が戻ったところで

「この靴は、ポッちゃんが負担をかけやすい部分を重点的に補強してあるんだ」

 トリバーは自作の靴の説明をしてくれた。

「だから、どんな荒れ地を走っても長持ちするはずだよ」

「へえ。やっぱりトリバーは器用だね」

 ポッチーノは感心した。

 トリバーの手先は、孤児院にいた頃から器用だったのだ。一方でポッチーノは何をするにも不器用で、字体も汚い。運動となればぴか一なのだが。

「おう、来たな。チビすけ」

 工房のボス、ブルドンが顔を出した。

「あ、おはよう」

「おう。どうだ、うちの新米の気合いの一作は」

「すごい靴だね。ボク、こんな立派なの履いたことないよ」

 ポッチーノはまぶしいくらいの笑顔を浮かべた。

「そうかそうか。俺に言わせりゃヘナチョコのチンチクリンだが、気合いだけは一丁前のはずだ。こいつがもっとワイルドな靴を作れるようになるまで、それで我慢してやってくれ」

「うん。トリバーもブルドンもありがとう」

 とポッチーノが改めて礼を言うと、トリバー、照れるの図。

 一方でブルドンは

「なあに、礼には及ばねえ。だが、どうしても礼が言いたいってなら──」

 と、途中から急に声を潜めだし、

「女の子って何をもらったら嬉しいか、教えてもらえねえか? ここだけの話だぞ。俺が言ってたのは内緒だぞ」

 締まらない親方である。

「ボク、せっかくならアイスクリームがほしいな」

 ポッチーノは答えた。まるっきり、個人の願望だったが。

「よーし、アイスクリームか。これで方針は決まったぞ」

 と、ブルドン、

「俺は必ず、“統一王のオーパーツ”をも上回る武器を作り、それで人食い鬼人ゴライアスを討ち取る。そして、満を持してフレイミーちゃんにアイスクリームを贈るんだ」

 やっぱり何だかパッとしないな、とポッチーノは内心そう思ってしまったのだった。




  宮廷晩餐会から一夜明けた。

 それを城壁の門で見送る衛兵たち。そこに、一人の人物が訪れる。

「おはよう」

「おはようございます、副長」

 やってきたのは、青旗騎士団・本隊副長のレインクルス。

 昨晩は夜通しで警備にあたっていたため、隊長格とバトンタッチし、これから休憩に入るのである。

「何か、変わったことは?」

「異常は何もありません」

「それならいい。引き続き、注意を怠らないようにな」

 レインクルスが指令をくだした、そのとき。

「おはよう」

 と、真新しい靴を得てすっかりご機嫌なポッチーノがすぐ横を通り、

「お仕事、御苦労様。頑張ってね」

 なんて親しげにレインクルスへ声をかけて、吊り上げ橋から市外へ出ていく。

 一瞬、呆気にとられたレインクルス。今、声をかけてきた獣人の少女が誰か、さっぱり覚えていなかったのである。

「副長の知り合いですか?」

「いや。心当たりはないな」

 このまえ、Cが連れていた獣人配達員なのだが、レインクルスはそう思い出せなかった。それだけ、普段から多くの人間と会っているのである。

 それに、若い獣人なら頭が悪い代わりに気さくな奴も多いというので、今のもその部類なのかもしれない。

 ──なんてレインクルスが思っている間に、ポッチーノは疾風のごとき俊足で、あっという間に彼らの視界からいなくなっていた。

「まあ、いい。それじゃあ、私は不寝番を終えたところだから、これで失礼する」

「分かりました。ご苦労様です」

 部下たちに見送られてレインクルスが歩き出した。

 しかし、

「副長!」

 と、後ろから陽気そうな女の声がとんできた。

 振り返ると……

「フレイミー様!?」

「よっ、レインクルス。久しぶり──、てほどでもないか」

 そこにいたのは、フレイミー・ワンコロフ。レインクルスが尊敬する、元・青旗騎士団の英雄“名誉分隊長”その人である。

 2人は街を歩きながら、

「仕事中だったか?」

「いえ、私は今から休息です。昨晩は不寝番だったもので」

「お、ちょうど終わったところか。それならどうだ、一杯やるか」

 と爽やかな笑顔で早朝から酒へ誘うフレイミー。生真面目なレインクルスは、滅多なことでは日没前に酒は飲まないことにしている。

「い、いえ。今日はもう、休ませてください」

「ハハッ、冗談だよ。いや、おまえが乗ってきたら本当に行っても良かったけど」

 フレイミーは笑いながら答えた。

 名誉分隊長は数々の手柄を成し遂げた偉人と言われているが、実物はただの気さくで豪快なおばさんである。このギャップに、フレイミーも最初は戸惑ったものだ。

 しかし、それでもレインクルスとしては王蛇と互角に戦った伝説を持つフレイミーを尊敬していた。

 テーブルマナーは庶民級、食事と言えば質より量、そんな決して高貴とは言えない人柄だが、それがかえって親しみやすさを感じさせるのだ。

 現役時代、ただそこにいるだけで仲間の士気を向上させたという話も分かる気がする。

 そこで、レインクルスは、他に聞き耳を立てる部下がいないことを良いことに、彼女へ言いたかったことを述べることにした。

「フレイミー様。──お聞きの通りだと思いますが、近いうち、また蛇人討伐の作成があります」

「ああ。聞いてる」

「フレイミー様。また、青旗騎士団へ戻ってはいただけないでしょうか」

 そう。レインクルスはまた英雄フレイミーに、騎士団へ戻ってきて欲しいと思っているのだ。

「……あー、もしかして、もうどこかで呑んできた?」

「私は素面です。真面目な話、あなたへ是非とも復帰してほしいと思っています」

「分かった分かった。聞かなかったことにしてやるから、隊長らの前でそんな話するなよ。出世に響くぞ」

 とフレイミー、露骨に煙たがるような声色で答える。

 レインクルスは、内心でムッとしつつも、

「今回の蛇人討伐は、20年前と同じく最大級のものです」

 そう、話を無理に前進させる。

「伝説の存在である貴方が戻ってくれば、騎士たちの士気も大きく向上します」

「今はおまえたちの時代だろう。現役の幹部騎士が古臭いおばさんを引っ張り出そうとしたら、自分に自信がないと見られるぞ」

「体面より実体です。それにフレイミー様なら現役時代から、力もほとんど衰えていないはず」

「やめろよ。正面切って認めたくはないが、アタシだって自分が歳だってのはもう分かってる」

 フレイミーはだいぶ不機嫌そうにうなった。

「おまえこそ、『かの名誉分隊長に匹敵する天才』なんて言われてるんだろ。そのまま、名誉分隊長を越える新たな英雄になっちまえよ」

「しかし……」

 レインクルスはまだ、諦めがつかない様子だ。

「副長。おまえがしっかりしないと、部下がついてこないぞ。士気を上げるなら、おばさんを引っ張り出す前に自分の在り方を考えろ。……当たり前だが、アタシが現役の頃、名誉分隊長なんて奴はいなかった」

「……そうですよね。すみません。今回ほど大規模な作戦は初めてだったもので」

 と、レインクルスはついにフレイミーの説得を受け止めることにしたのだった。

 フレイミーはニッと笑って、

「まあ、頑張れよ。おまえの実力は、訓練に付き合ってやったアタシが太鼓判押してやる」

「ありがとうございます」

 レインクルスが礼を述べたとき、フレイミーは、ふと何か思い当たったことがあるようで、

「そう言えば、蛇人討伐ってことはエンドポイントへ行くんだろ?」

「はい」

「もしかしたら、アタシが探してる獣人がそこにいるかもしれないんだ。引き上げのときで良いんだが、見かけたら後で教えてくれ」

「獣人ですか」

「ああ。ポッチーノ・ワンコロフって名前の、白毛で犬性の女の子でな。十代半ばくらいのはずだ」

 ついさっき、門から外へ出たばかりである。

 フレイミーは、またしてもタッチの差ですれ違ったのであった。

「もちろん騎士としての任務が最優先で良いし、余裕がなかったら別に良い。ただ、他に頼める人がいなくてな。すまんが、頭の隅にでも入れておいてくれ」

「わ、分かりました」

 とレインクルスはこの珍妙な依頼に、どこかためらいながらもうなずいた。

「助かる。ありがとな。それじゃ、アタシはそろそろロックゾーラへ引き上げる。討伐作戦が終わったら、そのときにでもオフレコで一杯やろうぜ」

 フレイミーは最後に人の好さそうな笑みを見せて、多くの帆船が泊まる港へ歩いていった。

「獣人ポッチーノ、か。……どこかで聞いたことがあるような……」

 レインクルスは、先日の記憶をおぼろげに思い出し始めていた。

 すると今度は、

「話は終わったみたいだな」

 横から聞き慣れた声がした。

「ん? Cか。いたのか」

「ああ。今のって、あれだろ。おまえの大好きな英雄、名誉分隊長。話の邪魔するのもな、と思って待っててやったぜ」

「恩着せがましく言うな」

 とレインクルスは笑みをこぼしながら幼馴染Cに答えた。

「君こそ、この街へ来ていたのか」

「今朝、急いで来たばかりだ。今晩は、待ちに待ったお楽しみがあるからな」

 Cは少しニヤつきながら言う。

「今晩? 何かあるのか?」

「宮廷晩餐会だろ。コルクちゃんが招かれて、良い歌を披露するって話はちゃんと知ってるんだぜ」

 実はC、ロックゾーラの歌姫、コルク=ポ=ロックのファンなのである。

 コルク=ポ=ロックはかなりの美人だし、歌も国にスカウトされるくらい上手い。なので理屈は分かるが、それでもレインクルスとしては彼女の名が出た途端、妙にもやっとした気持ちになった。

 それに、

「その話は昨晩だぞ」

「ん?」

「だから、彼女はもう昨晩の晩餐会で歌を披露した。今日じゃない」

 その言葉にCは血相を変えた。

「いや。いやいやいや、嘘だろ。なあ、嘘だよな。俺、こんなにトバしてきたんだぞ」

「知らん」

「あー、クソッ! ミスったぁ! ──で、コルクちゃんの歌、どうだった?」

「知らん! 今の私は不寝番で気が立っているんだ、怒るぞ!」

 Cにとっては、歌姫のコンサートも逃し、レインクルスには怒られ、理不尽な話だ。

「もう怒ってるじゃねえか」

「君が怒らせたんだから文句を言うな」

「俺が何をしたって言うんだ」

 と、Cは仏頂面だ。

 レインクルスは思うが儘に当たり散らしたまま、自宅へ行こうとしたが、

「そうだ。C」

 そこで初めて、ポッチーノのことを“前に見たことがある”と思い出したのだ。

「この前、君が連れていた獣人の後輩なんだが」

「ん? ああ、あの犬っころのことか。どうかしたか?

「もしかしてその子は、ポッチーノ・ワンコロフという名前ではなかったか?」

「確か、そんな名前だったな」

「なんだ、それなら少し呼び止めれば良かったな」

 とレインクルスは、ポッチーノをみすみす帰してしまったことを軽く悔やんだ。

「C。君なら、名誉分隊長のフレイミー様と言えば聞いたことくらいあるだろう」

「ああ。おまえの憧れの、伝説の騎士だろ? 犬っころが何か関係あるのか?」

「それは私も分からん。確実なのは、フレイミー様がポッチーノのことを直々に捜しておられるということだ」

 その言葉にCは唖然としてしまった。

 名誉分隊長とポッチーノがどういう理屈で繋がるのかは知らないが、ポッチーノならどこの偉い人にも平気で無礼を働きそうな気がしてならない。

「……まさか、あのバカ犬、とんでもないことをしでかしたんじゃねえだろうな」

 さすがのCも心配になってきた。

 そんなところへ、

「あれ? 奇遇だね。2人して、今日はオフかい?」

 姿を現したのはンディーヤだった。手には、墓地用の花束を持っている。

「ああ、ンディーヤか。……俺たちのうち3人以上集まるのは久々だな」

「その格好だと、今からロズの墓にでも行くのか?」

 と、Cとレインクルスが言う。

「まあね。最近、仕事にかこつけて全く行けていなかったし、昨日、ふと思い出すことがあってね」

「そうか。確かに墓参りもしばらくしてなかったな。レインクルス、おまえも行くだろ?」

「勿論だ。こうなるとガンマにもいてほしかったが、こればかりは仕方ないな」

 教会に隣接された市民の共同墓場はすぐそこである。

 澄み渡る晴天の下、かつて同じ師の下で修行に励んだ3人は、今は亡き同胞の墓場に向かって、昔の話をしながら歩き出したのであった。


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