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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
キャピタル・ヘリストン編、あるいは家族の絆とポッチーノの章
29/30

アイスクリームの夢を見ました。

「皇室の専属錬金術師、ですか……」

 唐突に飛び出した重大な言葉に、流石のンディーヤも言葉を詰まらせてしまった。

 と言っても、嬉しかったわけではない。むしろ、困惑の情の方が強かっただろう。

 大ネオリカ帝国。そう聞くと、ンディーヤとしてはやはり許嫁のロズのことを思い出してしまう。

 もちろん、ロズの死のことでネオリカ皇帝を責めるのは筋違いだと分かっている。ロズは、不幸にも政争に巻き込まれて命を落としただけなのだ。

 しかし、そうは分かっていても、やはり好感は抱くのは難しい。増してやアポも何もない、唐突な来訪である。

「そうリザ。我らがネオリカ帝国は今、安価で大量に鋼鉄を作る製法を捜しているリザよ。ブリザー博士みたいな秀才にも依頼しているリザが、なかなかパッとするアイディアが上がってこないリザ」

 と、ヘボプゥはソファーでふんぞり返りながら説明する。

「そこで、ヘリストンで最も名高い学者のマハジャーラ家の力を借りたいリザ。返事は“はい”か“イエス”で頼むリザよ」

「申しわけありませんが、そう急な話には対応できかねます」

「ななな何ですとぅ!? 皇帝ちゃんのお願いを無下にする気リザか!? おまえちゃんの頭にはビーフシチューでも詰まってるリザかぁ!?」

 ヘボプゥは素っ頓狂な声をあげた。

「そうは言われましても、マハジャーラ家は既にバルモット公爵など大勢の人から依頼を受けています。これらの義理を、この場でふいにすることはできかねます」

 それが、マハジャーラ家の当主としての答えだった。

 学問というものは、直接、金銭には結びつかない。パトロンを大切にしてこそ、活動を存続できるのである。

 幸いにも、マハジャーラ家にはバルモット公爵など大勢のパトロンがいる。

 相手がヘリストン国王ならばまだしも、隣国の皇帝に依頼された程度でこれらを切り捨てることはできない。

「本当にそんなこと言って良いリザか? 俺様ちゃんにも考えというものがあるリザよ」

「どうなさるおつもりですか?」

「おまえちゃんのお嫁ちゃんは出ベソだと、ネオリカ帝国中に言いふらしてやるリザ」

 これで脅迫になると思っているようなのだから、どこまでが本気なのだかさっぱり分からない。

 だいたい、その“お嫁ちゃん”は政争の巻き添えとなって死んだのだが、そのことまではヘボプゥも把握していないようだ。

「仕方ありません」

「俺様ちゃんをコケにする気リザか!?」

 と激高したヘボプゥはソファーから立ち上がったが、あまりに勢いをつけすぎたのがいけなかった。

 なんとヘボプゥ、立ち上がった拍子にスネをソファーテーブルにぶつけてしまったのだ。

「ほぎょひゅッ!」

 悲鳴とも寄生とも言い難い声をあげたヘボプゥは、そのままスネを押さえてうずくまってしまった。

「……な、なんたる罠リザ。危うく、意識が新世界へトリップするところだったリザ……」

 ヘボプゥは仮面ごしにンディーヤをキッとにらむ。

 しかし、どう考えてもヘボプゥの自滅である。

「……氷嚢でも持ってこさせましょうか?」

「キーッ! 頭に来たリザ! こ、この屈辱、必ず、必ずや、故郷のお母ちゃんに言いつけてやるリザ! 」

 ヘボプゥは金切り声を上げながら窓を開け、そこから外へ飛び降りてしまった。

 しかし先述の通り、マハジャーラ家の屋敷にはテラスなどというものはないし、ここは3階である。

「ほぎゅみゃッ!」

 窓の下から、またしても奇声があがる。

 まるで嵐のような来客だった。ンディーヤは軽い頭痛を覚えながらも、今度こそ自分の仕事へ戻ることにしたのだった。

 ポッチーノは客室のベッドで寝返りを打っていたが、彼はまだ眠れそうもないのであった。




 早々と寝てしまったポッチーノが、夢の中でアイスクリームの大平原を駆け回っていた頃。

 現実世界の、とある小さなレストランにて、ブリザー博士は、商談にのぞんでいた。

「博士、どうでしょう」

 相手はバルモット製鉄所の若き幹部、ロイアン。バルモット公爵の実子であり、いずれは爵位も社長の座も継ぐと目される青年だ。

 ブリザー博士とは親子ほどの歳の違いがあるが、ビジネスの場となれば関係ない。問題は、いかに互恵関係を築けるか、有利な話を引き出せるか、それだけである。

 しかし、

「博士さえその気ならば、わが社は最高の環境をご用意しますよ」

 というロイアンの提案に、

 ──そんな話をするために私を呼び出したの?

 ブリザー博士はいかにもそう言いたげで、実際のところ、本当にそう言いたかった。

 これは商談ではない。ヘッドハンティング、つまり人材の引き抜きである。これを好機と見るか戯言と切り捨てるかは個人によるだろうが、少なくともブリザー博士は後者だった。

 別にこれが初めてのヘッドハンティングではない。今までも何社からか話を持ちかけられたことはあるし、彼らの狙いもよく分かっている。それらの話を、ブリザー博士は躊躇なく蹴ってきた。

 そんなことを知ってか知らずか、

「失礼な話かもしれませんが、御社が膨大な負債を抱えていることは知っています。そのような環境では、満足な開発もできないのではないか、と思いまして。博士ほどの天才的な方なら、わが社は喜んでサポートしますよ」

 ロイアンはすらすらと語る。言葉の端々からは傲慢な色も見え隠れしていた。若さ故の自信というものだろうか。

 しかしどれほど綺麗な言葉を並べようと、腹の底にある願望は隠せない。彼の本当の狙いを、博士は見抜いていた。

「それは、見返りとしてブリザー鉱石の採掘に関するノウハウを提供してほしい、ということでしょうか」

「まあ、身も蓋もない言い方をすればそうなってしまいますね」

 と、ロイアン。

「わが社としても、ブリザー鉱石を是非とも商品として扱ってみたいのです。しかも、わが社の人脈と流通網を用い、採掘も大規模化すれば、莫大な収益が見込めます。博士へも満足な謝礼を払いますよ」

「なるほど。話は分かりました」

 ブリザー博士は、上部だけの定型文句を返した。

 既に予想はついていた話だった。世に流通しているブリザー鉱石は例外なく博士とその仲間で採掘したものなのである。言い換えれば、採掘に成功した者は他に誰もいないのだ。

 そんなブリザー鉱石は、博士の言い値でとぶように売れている。他の商人からすれば、垂涎の1品なのだ。だからこそ、博士を雇い入れようとあらゆる大商人が必死なのである。

 ただ、あのプライドの高いバルモット公爵がブリザー博士に提携を持ちかけるとは思えない。この一件、間違いなくロイアンの独断先行だろう。成果を焦った若き幹部など、この程度のものだ。

 それも踏まえ

「前向きに検討させていただきますが、1つお願いをしてもよろしいでしょうか」

「ええ。我々にできることなら、構いませんよ」

「この一件、私にとってはハイリスクな綱渡りです。そこで1つ、命綱がほしいのです。例えばバルモット公爵が直に書かれた招待状など、そちらの社長も私の受け入れに賛同してくれているという物的な証拠をください。それさえ提供いただければ、私も安心して御社へ移れます」

「分かりました。近日中に、ハウス・ポスタルへ手配して運ばせますよ」

 ロイアンは躊躇なく二つ返事をした。自分が湾曲的に断られていたことなど、つゆも知らずに。

 

 ……話を終えたブリザー博士は、レストランから夜の大通りへ出た。まばらになった人通りに紛れて、1人夜道を歩く。宿に泊まると言う手もなくはないが、ロックゾーラからは船で来ているのだから、船内のベッドで十分である。

 今日、予定していた商談をすべて終えたブリザー博士だが、その顔色は晴れなかった。今日は疲れることが多すぎた。

 バルモット製鉄所からのヘッドハンティングもそうだが、それ以上に、マハジャーラ家を出た直後に出くわした獣人……。思い出すだけで気分が塞いでしまう。

 そんな沈んだ様相のまま街を歩いていると、1台の馬車が横を通り──

「御者さん、止まってください」

 と、馬車からそんな澄んだ声がしたかと思うと、中から1人の美女が顔を出す。先ほど王宮の宮廷晩餐会で見事な歌声を披露した、コンパニア=ルポの美人秘書室長、コルク=ポ=ロックだ。

「副社長、一緒に乗っていきませんか?」

 ──馬車はブリザー博士を乗せると、また港へ向かって進み出した。

「その様子だと、うまくいったようね」

「はい。おかげさまで」

 とコルク=ポ=ロックが愛想の良い笑みを浮かべながら答える。その顔は、宮廷で見せた“お高くとまった令嬢”とは程遠い、温もりのある微笑みだった。

「それにしても、あんなに緊張したのは初めてです。まさか、こんな私が宮廷に招かれる日が来るなんて、思ってもいませんでした」

 ──高貴なドレスが不思議とよく似合うコルク=ポ=ロックだが、実は彼女、出身階級は農奴だ。宮廷にも通用する礼儀作法は全て、大貴族のブリザー博士に叩き込まれたものである。

 宮廷におけるツンとした振舞いは、足元を見られないようにするため、わざとそうしてみせたのだ。本来はむしろ、かなり人当たりの良い穏和な娘である。

 ただし歌声の方は本物だ。彼女の歌は、要塞港ロックゾーラでも大評判である。だからこそ今回、国の威信を背負うスカウトがきたわけだ。

「でも、副社長に作法をしつけていただいたおかげで、無事に役目を果たせました」

「あなたなら何ひとつ問題なくできると思っていたわ」

 とブリザー博士、「できて当然だ」と言わんばかりのそっけない口調で言葉を返す。博士は昔から部下の働きを減点法で評価する厳しい人なので、このような言葉はコルク=ポ=ロックにとって十分に誉め言葉だ。

 ただ、その表情や態度から、コルク=ポ=ロックはあることに気づいていた。

 ──副社長、今日はずいぶんと機嫌が悪いのね。

 商談は心理戦である。相手の顔や仕草から心情を読み取り、より自社に有利な方へまとめていくのだ。だからこそ、コルク=ポ=ロックは商談のプロとして、相手の顔を見る技術に長けている。

 それに、そもそもブリザー博士の方も、顧客の前でもない限り不機嫌さを隠さない人間である。陽に不平不満を口にする機会は多くないが、人当たりはキツい方なので、社内の立ち位置は“有能だが群れない一匹狼”といったところ。

 それでも、コルク=ポ=ロックはブリザー博士を深く信頼していた。15年前、幼くして家族も自宅も失い奴隷階級にまで身を落としたコルク=ポ=ロックに、雇用という形で生きるチャンスをくれたのもブリザー博士だった。ほとんど育ての母みたいなものである。

 それにしても、ここまで博士が不機嫌になるのは、会社が倒産の危機に瀕し、なりふり構っていられなくなったとき以来かもしれない。出先で何かあったのだろうか。

「副社長の方はいかがでしたか?」

「大ハズレよ。また、私の引き抜きの話だったわ」

 と、馬車の窓から外を見てブリザー博士は呟く。

 ブリザー博士は、コンパニア=ルポの副社長という地位をとても大切に思っているのだ。

 コンパニア=ルポの原型は、今の社長と副社長が2人で始めた1台の屋台だったという。そこから二人三脚で会社を大きくしてきたのだ。

 それに、ブリザー博士には子供も夫もいない。会社そのものを子供と見ているような人である。

 だからこそ、コンパニア=ルポからよそへ移るつもりなど毛頭ないのだろう。

 コルク=ポ=ロックは、博士のそんなところに好感を持っていた。先述の通り、コルク=ポ=ロックにとって博士は育ての母のようなものである。

 博士が“我が子”と扱っている会社を支える幹部社員であることに、コルク=ポ=ロックは誇りを持っていた。

「それは、お疲れ様でした。やっぱり、ブリザー鉱石の採掘法を知りたい人がそれだけいるということでしょうかね」

「恐らくね。知ったところで、どうにかなる話でもないのに」

 と、ブリザー博士は冷ややかに見下した言葉を放つ。

「炭鉱の経営とでも勘違いしているんじゃないかしら。私たちがどんな目にあいながら採掘しているか、少しでも理解してから話をしてほしいものだわ」

 スラスラと流れ出る愚痴の大河に、コルク=ポ=ロックは苦笑した。

 しかしブリザー博士は寡黙な性格で、よほど親しい人しかいない場でなければ、愚痴の言葉を語らずに貯めこんでしまう人なのだ。

 上司のメンタルケアの手助けも秘書の大切な仕事だとコルク=ポ=ロックは考えていた。少なくとも、黙りこんだままストレスを貯めこんでしまうよりはずっと良い!

 ──こうして、馬車が港に停泊したコンパニア=ルポの船につくまで、ブリザー博士は愚痴の言葉を吐き続けた。

 しかし、ついに最後まで、マハジャーラ家の外で衝突した獣人のことはコルク=ポ=ロックにも語らず、胸の内に“貯めこんだ”のであった……。

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