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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
キャピタル・ヘリストン編、あるいは家族の絆とポッチーノの章
28/30

おねむの時間がやってきました。

 夜も更けてきた。

 マハジャーラ家の屋敷で、ポッチーノは大あくび。夕飯も振る舞ってもらえて、アイスクリームとかいう未知の食べ物をも知ることもでき、すっかりご満悦である。お腹が満たされると、どうしても眠くなるものだ。

「ふあぁふ……」

 ポッチーノは今までの旅の中で起きたことを、ンディーヤに語っている途中だった。しかし、眠気には勝てない。

「眠くなってきちゃったかな?」

「ううん……、まだ平気……」

 まぶたが半分閉じかけていては、説得力もない。

「でも、話の続きは明日に聞かせてもらうよ」

「そう? それじゃあ、ボク、どこかで寝かせてもらって良い?」

「もちろん。ちゃんと、客室を用意させてある」

 とンディーヤ、すっかりトロンとした目つきになったポッチーノを客室へ案内した。

「ありがとう。ふあぁふ……、それじゃあ、お休みなしゃい……」

 ポッチーノは何とか、ちょこんと頭を下げると、そのまま部屋の中に入っていった。

 あの様子では、ベッドに飛びこんで5秒でぐっすりだろう。

 まあ、早寝早起きは良いことである。ンディーヤの場合、ついつい夜更かししてしまうので、睡眠時間も削れる一方である。

 しかし今夜はまだ仕事がある。明日までに、ブリザー博士が持ってきた研究レポートを読まねばならない。

 ンディーヤは自身の実験室へ移動した。学者である彼にとって、ここは職場でもある。

 ──ロズって人にも、会ってみたいなって思うんだ

 さっき、ポッチーノが言っていた言葉が、ンディーヤの脳裏をふとかすめた。

 ポッチーノが見たという肖像画は、この実験室の一角に飾られている。ンディーヤが幼馴染たちと共に描かれたものだ。

 C、ガンマ、レインクルス、そして──、ロズ。リオネット・ロズ・グランドルフ。

 彼女はンディーヤの許嫁でもあった。マハジャーラ家とグランドルフ家の友好のため、当時の当主たちは我が子を結婚させることにしたのだ。

 これについてンディーヤもロズも、特に不満はなかった。いや、互いのことを知った後は大賛成だったと言っても良い。

 2人とも知的な性格だったので、気質の相性は良かったのだ。幼い頃から、2人は両想いの仲だった。

「ロズ君。今日、面白い客人が来たよ。君と友達になりたいそうだ」

 実験室に飾られた肖像画を見て、ンディーヤはそんなことを心中でつぶやいた。




 今も色あせない記憶の1ページ。

 まだマハジャーラ家の先代当主が健在だったその頃、彼の5人の弟子たちは共に仲良く学問と魔法の訓練へ励んでいた。

 その5人というのが、ンディーヤ、C、ガンマ、レインクルス、ロズである。

 幼い頃の彼らは、勉学中や訓練中はもちろん、休憩中もまた共に時間を過ごすことが多かった。

「チェックメイトです」

 と、ロズは黒のルークで赤のポーンを取りながら言い放つ。

 対戦相手のCは血相を変えて、

「待った」

「またですか? “待った”は3度までだったはずです」

「頼むぜ。今回だけ、今回だけだから」

 Cはそう言い訳がましく述べながら、一方的に2手前の局面へ戻し、しばしチェス盤とにらめっこする。

 そして

「じゃあ、これでどうだ」

「それなら、この手でチェックメイトです」

「待った!」

 黒のナイトの猛攻に、Cは頭を抱える。

 ロズはため息をついて、

「C。あなたは9手前の段階で既に詰んでいます。いくらやり直したところで、あなたの敗北は決まっていますよ」

「分かんねえだろ。きっと、どこかにあっと驚くグッドアイディアが──」

 とCはまだコマをあれこれ動かしながら考えるが、傍から見てもロズの圧勝が見て取れる情勢だった。

 実は最近、この5人でチェスのリーグ戦をしているのだ。

 Cはここまで、ロズ以外の3人に全敗。ここでロズに負ければ最下位がめでたく確定してしまうのである。

 一方のロズは、C以外の3人に全勝中。この一戦、1位と最下位の戦いだったのだ。そりゃあロズが勝つというものだ。

「見苦しいぞ、C。勝てない相手には潔く負けを認めるのが、騎士道というものだ」

 隣で見ていたレインクルスがCを叱る。

「あのさー、俺が唯一勝てなかったのがロズなんだぜ? 全敗中のあんたが勝てるはずないじゃん」

 ガンマがせせら笑った。

「うっせ」

 Cが毒づきながらもコマを動かす。顔をしかめながら独り言をこぼしつつ、残された数少ないコマを色々いじる。

 が、ついに、どうやっても勝てないことを悟ったらしい。

「畜生! 俺が最下位かよ、クソが!」

 と頭を抱え、机に伏せてしまった。

「C。あまり汚い言葉を使うものではありません。お家の名に泥がつきますよ」

 ロズは礼儀作法にはうるさい。

「それにしても、ロズってさ。自分自身の力で戦うと1番弱いくせに、チェスになると急に強くなるよな」

 と、ガンマがロズへ言った。半分は、自分がチェスで負けたことへの当てつけである。

 ガンマの性格の悪さは、この頃から既に始まっていたのかもしれない。

 それはそうと、5人は訓練の一環をして魔法を用いた模擬戦も行っていた。1番強いのはガンマ。次にC、レインクルス、ンディーヤと続いて、模擬戦ではロズが最下位となっている。

「グランドルフは軍師の家系です。直接、手を血に染める役職ではありません」

 ロズは毅然とした態度で答える。

 彼女大ネオリカ帝国の将軍を務める父を尊敬しており、消灯時間後もこっそり兵法を勉強しているらしい。

 ある意味、チェスの強さもそこから来ているのだろう。コマを兵士・騎士と見立てれば、棋士は軍師そのものだ。

 地頭もかなり良く、実習訓練の方はともかく、座学では優秀な成績を修めていた。

 それは彼女の許嫁であるンディーヤも同じで、この2人は頭脳派。Cとレインクルスは対照的に、座学より実演の体力派。

 ガンマは座学も実演もそつなくこなすオールラウンダーだが、やや性格の悪いところがあるのが玉に瑕だろう。

 そんな個性的な5人だが、これでも仲良く日々の鍛錬や勉学に励んでいたのである。

「全勝おめでとう、ロズ」

 全敗を悔しがるCをいじり倒すレインクルスやガンマを傍目に、ンディーヤはロズへ称賛の言葉をかけた。

「ありがとうございます」

「また今度、手合わせしてもらって良いかな。もうちょっと定石を学んでみたくてね」

「ええ。いつでも良いですよ」

 とロズは、この未来の旦那へ快く二つ返事を介した。


 ──それから月日は流れ、5人は学ぶべきことを全て会得し、それぞれの道を歩みだした。

 ロズは、いったんは隣国の親元へ帰り、しかるべき日にンディーヤとの婚姻のためまたこの地を訪れることになった。

 既にむつまじい仲だった2人はこのひと時の離別を惜しんだものだが、既に婚姻の契りは交わした身である。

 再びこの地で会える日を、それぞれの家元で待ちわびることにしたのであった。その後に待ち受ける残酷な運命のことなど、つゆも知らずに……。




 そして、今日。

 あの頃懐かしき日々から、長い時間が経った。

 今や、ンディーヤはマハジャーラ家の4代目当主、Cとガンマはハウス・ポスタルの配達員、レインクルスは青旗騎士団の本隊副長となった。

 ロズは?

 ……ロズはもう、この肖像画の中の存在でしかない。この絵は、懐かしい頃の思い出であると同時に、ロズの遺影でもあるのだ。

 悲劇の発端となったのは、ロズの父、グランドルフ将軍のクーデターだった。

 大ネオリカ皇帝はかねてより、諸侯の力を削ぐ中央集権化を推し進めているが、これを肝心の諸侯らが面白く思うはずがなかった。何の見返りもないまま、財産や利権を手放せと言われているのだから当然である。

 このような反感を、皇帝は軍事力で押し潰そうとした。命令に違反する諸侯は爵位と特権を廃止し、国賊として制圧すると宣言したのだ。

 しかし、混乱は終わるどころか拡大した。元より諸侯らと仲の良かったグラントルフ将軍が、複数の有力諸侯の後押しを受け、反乱を起こしたのである。

 グランドルフ将軍が率いる魔法騎士隊は、当時、国内最強であることで知られていた。これに対し皇帝は初戦でこそ押されたものの、すぐに最新型の青銅大砲を戦場へ搬入し、数の力で将軍を打ち破った。

 グランドルフ将軍は敗走したものの、隣国アルゴランドへの亡命も失敗に終わり、最後には潜伏先を取り囲まれてしまう。ついに降参した将軍とその家族や側近たちは、1人残らずその場で皮を剥がれて磔にされ焼き殺されたと言う。

 そう。将軍の愛娘、リオネット・ロズ・グランドルフもまた、見逃してはもらえなかった。あと反乱の始まりが3日でも遅ければ、ロズはマハジャーラ家に嫁ぐという形で難を逃れていただろう。

 しかし、現実に“もしも”はない。あるのはただ、皮肉にもCが配達員の仕事として運んできた、訃報の手紙だけだ。

 国賊の娘であるロズの墓は、大ネオリカ帝国に許されるはずがない。結局、ンディーヤ、C、レインクルス、ガンマの4人がこのキャピタル・ヘリストンの墓地の一角に作った。遺体もない墓だが、それすらないよりはロズも浮かばれるだろう。

 ……ロズの死から、もう5年が経つ。

 そういうわけで、ポッチーノがロズと友達になるというのは、叶わないことなのだ。

 ガンマがポッチーノへ言った「ロズは遠いところに旅へ出ている」というウソは、昔の性悪な彼なら到底しなかったような行為だろう。ガンマも、妻帯者になって少しは丸くなったのかもしれない。

 その旧友の優しさと、ポッチーノの健気さを前に、ンディーヤはついに許嫁の死を言い出すことができなかった。

 これを知ったら、ロズは何と言っただろう。

 少なくとも気を悪くすることはないのではないか、とンディーヤは思っていた。

 ロズは優しい人物だった。口数は多くなかったが、思いやりにあふれる人物だった。

 だから、きっと六聖教の教えのように死者の国があるとしたら、ロズはそこでポッチーノへ嘘をついてしまった自分を、苦笑しながらも許してくれるとンディーヤには思えたのだった。

 ──近いうち、仕事に一段落がついたら墓参りへ行こう。

 ンディーヤは、そう決めて机に向かうことにした。

 まずは仕事を片付けなければ。明日、ブリザー博士とのディスカッションがある。

 許嫁の死にばかり捉われているようでは、父にもロズにも顔向けできない。

 実験室の書物が無造作に積まれた古めかしい机へつくと、ンディーヤはブリザー博士のレポートを開いた。

 しかし、最初の1文目を読もうとしたその途端。誰かが“外から”窓を叩いた音が聞こえた。

 ンディーヤは驚いた。というのも、この部屋は3階なのである。それに、テラスのような構造物もない。窓の外は、足の踏み場なんかないのだ。

 聞き間違えかとも思ったが、やはり、またノックの音が聞こえる。

 ──誰だろう。

 ンディーヤがいぶかしむのと同時に、窓が開き……。

「いやー、懐かしいリザね。初めて来たリザが」

 と、仮面をつけた蛇人が飛びこんできたではないか。それも上半身は白の燕尾服で、下半身はピンクの水玉パジャマ。絵に描いたような変人である。

「どちら様か知らないけど、せめて玄関から入ってきてほしかったよ」

 表向きには穏やかな口調となるよう気を付けたンディーヤだが、警戒していないはずがない。こんな変人は見たことがない。

「ん? ん? おまえちゃん、俺様ちゃんが誰か知らないリザか? 大ネオリカ帝国1のナイスガイ、帝王の中の帝王が雇った道化の中の道化、リザ=ヘボプゥ様リザよ」

 と、ヘボプゥ、珍妙なポーズをとりながら自己紹介。

 ネオリカ皇帝が蛇人の道化を雇ったという噂を、ンディーヤは同国出身のガンマから聞いていた。

 なので、この自己紹介のことはあまり疑わなかった。そもそも普通の蛇人なら、亜人差別の激しいこの王都へノコノコ来ない。

「これはどうも。できれば、事前にアポをとってほしかったものだが」

「今日のアポは明日とるリザ」

 と、ヘボプゥはとんちんかんな理屈を並べ、

「おまえちゃんがマハジャーラ家のンディーヤ博士リザね? この俺様ちゃんがネオリカ帝国を代表して、非公式会談に来たリザよ」

「ずいぶん一方的で急な話だね」

 ンディーヤとしては、あまり気分は良くない。どんな仕事にも礼儀というものがある。

 相手がネオリカ皇室の一員というビッグネームの持ち主でなかったら、速やかにお引き取り願ったことだろう。

 一方で、そんなことなど構わないと言わんばかりにヘボプゥは、我が物顔でソファーに座り、

「なあに、そう大した話じゃないリザ。ただ、陛下ちゃんはおまえちゃんを、皇室の専属錬金術師として雇いたいと言っているリザ」

 と、“大した話”を持ちかけてきたのであった。

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