アイスクリームをもらえました。
「さっき、おじいちゃんに助けてもらったんだ」
マハジャーラ家の応接間で、ポッチーノはンディーヤへ嬉しそうに言った。
「おじいちゃんというと?」
「ここで働いてるおじいちゃん」
「ああ、セブールのことかな。さっき、君に会ったと言っていたよ」
と、ンディーヤが使用人セブールのことを言う。
すると、噂をすれば影とでも言うべきか、
「いらっしゃいませ」
セブールが紅茶を2つ持って現れる。
「あ、さっきはありがとう」
ポッチーノは紅茶をもらいながら、礼を言った。
「恐縮です。大したことは何もしていないというのに」
「セブール。折角だし、さっき頂いた物を早速使ってみてくれないかな」
とンディーヤがセブールへ指示を出す。
「おお、それは良い考えですな。すぐに取りかかりましょう」
セブールは感心しながら、部屋を出て行った。
もしかして、さっきの女の人はここのお客さんだったのかな、とポッチーノは思った。
勿論、その当人から敵意ともとれる視線を向けられていたことには全く気付いていない。
それはそうとして。
「確か、一人前の配達員になったんだったね。おめでとう」
「ありがとう。ボク、頑張るよ」
ンディーヤに祝いの言葉を送られて、ポッチーノは嬉しさに顔をほころばせた。
ソファーに座っていなかったら、しっぽを振っていたに違いない。
「あ、そうだ。実はボク、昨日ガンマに会ったんだ。ガンマも配達員だったんだね」
「へえ、ガンマ君と。──知っているかもしれないけど、僕とガンマ君とC君は昔からの親友でね」
「うん。肖像画に描いてあったの、ボク、覚えてるよ」
とポッチーノが言うと、流石にこれにはンディーヤも驚いたようだった。
「ああ、あの実験室のものか。よく覚えていたね」
「良い人に会ったら忘れないように、備忘録を作ることにしたんだ」
ポッチーノ、手帳の表紙をを誇らしげに見せる。
「ロズって人にも、会ってみたいなって思うんだ」
リオネット・ロズ・グランドルフ。ここで自分の許嫁の名前が出てきたことが、ンディーヤにとっては意外だったようだ。
「ロズにも?」
「うん。Cもンディーヤもガンマも良い人だし、レインクルスのこともCが良い人だって言ってた気がするから、ロズもきっと良い人なんだろうなって」
と、ポッチーノが語る。
どうも、良い人の友達は良い人、という無条件の思いこみがあるのだ。
「今、遠いところへ旅に出ているってガンマが言ってたんだ。だから、もしかしたら配達の途中で会えるかな」
「……そうだね」
ンディーヤは柔らかい笑みを浮かべながら、
「きっと、君とロズなら仲良くなれると思うよ。ロズは誰よりも素早く真実を見抜ける人だったからね、きっと君もまた“良い人”だって分かってくれるさ」
「そうなの? なんだか、ますます会ってみたくなってきたな。どこにいるんだろ」
ポッチーノは1人、うきうきしている。
そのとき。
「失礼します」
と使用人セブールが、トレイに2つのカップを乗せて部屋を訪れた。
「厨房へ行ってみたら、家政婦たちがブリザー様からいただいた試作品の方をもう試していたそうでしてな」
「その様子では、上手くできたみたいだね」
と、ンディーヤが身を乗り出す。
「後でその様子を見せてくれ。僕も大発見の現場に立ち会いたいものだ」
「分かりました。それにしても、こんな物が簡単に作れるとは、良い時代になったものですな。長生きした甲斐がありました」
セブールは冗談めいた口調で述べながら、2人の前へそのカップを置く。
カップの中には乳白色をした半球状の小さな物体があり、ポッチーノの興味を掻き立てた。小さなスプーンもセットだった。
「これはなあに? 食べられるの?」
ポッチーノは興味津々。元から好奇心が獣人の姿をしたような小娘である。食べ物のことなら猶更だ。
「そうさ。アイスクリームという、とても冷たいお菓子さ」
「へえ、美味しそう」
と、ポッチーノは早速、初めてのアイスクリームを口にした。
途端、
「ひゃっ!? 冷たい!」
ポッチーノは危うく飛び上がるところだった。ここまで冷たいものを食べたのは初めてだ。
「あ、でも、結構甘いんだね。牛乳みたい。こんなの初めてだ」
と、ポッチーノはいつになく真顔でアイスクリームを見つめる。
「錬金術師って、こんな物まで作っちゃうんだね。すごいなぁ」
「いや、これは僕の発明ではないよ。ブリザー博士がくれた、新商品の試作品で作ってみたんだ」
ンディーヤが謙虚に答えた。
材料はヘビークリームと卵と蜂蜜。これらを、高い吸熱能力を持つブリザー鉱石の破片を埋め込んだ撹拌器で混ぜ合わさることで、材料がよく冷やされ、アイスクリームができるわけである。
魔石に対する基礎的な知識はンディーヤの方が上だが、商品開発という分野においてはブリザー博士の方に軍配が上がるようだった。ンディーヤでは、歴史に名を刻むような新種の魔石でお菓子を作るという発想は絶対に出てこない。
「ブリザー博士って、さっき、ここに来ていた女の人?」
「そうだよ。この前も見せたけど、あのブリザー鉱石を発見したすごい人さ」
「ふーん。確かに、こんな美味しい物を作れるんだから、すごい人なんだなぁ」
と、ポッチーノは初めてのアイスクリームを味わいながら、深く感心した。
その当人から、アイスクリーム以上に冷たい視線を浴びせられていたことには、まだまだ気づきそうもなかった。
同じ頃。
ヘリストン国王の王宮では、ネオリカ皇帝の歓迎も兼ねた華やかな晩餐会が開かれていた。
バルモット公爵のような国内の貴族も招待され、大広間は数年に1度の大盛況だ。
ホストは勿論、ヘリストン国王。メインゲストはネオリカ皇帝である。
しかし年齢だけ見ても、ヘリストン国王はまだ若く、初老のネオリカ皇帝に比べれば、どうしても威厳という点では見劣りせざるを得なかった。
このような晩餐会は、ホストがその財力や権力を誇示する場でもあるのだが、相手が“贅沢王”の異名を持つネオリカ皇帝では分が悪い。
そもそも王冠の重さ(これは各々の国内における王権の強さ、という意味の比喩である)において も、両者には 無視しがたい差があった。
ヘリストン王国は封建制が強く根づいており、領主をつとめる教皇や貴族たちの権力は決して無視できないものである。特にバルモット公爵が治めるエンドポイントは、国内にありながらほとんど外国のようなものだ。
その点、大ネオリカ帝国は昔こそ封建制であったものの、今は中央集権化を推し進めつつあった。領主には莫大な課税か領土の返還を求め、財力と権力が各地の諸侯から皇帝のもとへ集まるようにしたのだ。
これにより皇室の収入は大幅に増加。ネオリカ皇帝はその権威を誇示するため各地に豪華な宮殿を建て、ついには贅沢王と呼ばれるに至ったのだ。今や皇帝の意のままにならないのは、市民レベルで強い自治意識を持つ「要塞港ロックゾーラ」くらいだという。
とにかく、ヘリストン国王にとっては何とも羨ましい話だ。同じような政策をこの国で行おうとすれば、諸侯からの反発は必至。特にバルモット公爵から独立を宣言されようものなら、平定できるかどうか……。
しかも、深刻な問題はまだある。産業の発達だ。
ヘリストン王国は文化と伝統の国で、古来の物を大切にする反面、それに執着する癖がある。新しいものがなかなか受け入れられないのだ。国防ですら、旧式の装備を粒揃いの魔法使いでごまかしているのが現状である。
大ネオリカ帝国は違う。とにかく新しいものを持つことこそがステータスになるというのが国民の価値観だ。故に産業もよく発達し、本当に優れたものは国外へ輸出されている。特に、ロックゾーラ産のブリザー鉱石はとぶように売れているらしい。
このままでは、金や貴重な文化財の流失に歯止めをかけることができない。
──大変なときに即位してしまったものだ。
改めて国力の違いというものを見せつけられ、ヘリストン王は味も分からぬまま食事をとっていた。気が小さいのかもしれない。
それとは対照的に
「やはり料理は文化の国ヘリストンに限るな」
と、ネオリカ皇帝はご満悦の様子。
「我が国はファーストフードばかり発達して、宮廷料理は未だにヘリストン料理の贋作がでてくる始末。だが、本当に美味なヘリストン料理は本場でこそ味わえるというもの。今日はよく招いてくれた」
「こちらこそ、よく来てくれた。もてなす甲斐があるというものだ」
せめて言葉くらいは威厳を持たせよう、とヘリストン国王は頑張った。属国などではないのだから、立場としては対等なはずである。
そのとき。
ヘリストン宮廷楽団が交響曲の全楽章の演奏を終え、次の曲へ移るのかと思いきや、ステージの上に1人の美しい令嬢が登った。
目を見張るほど美しい女だった。丈の長い瀟洒なドレスを優雅に着こなし、顔には気品がにじみ出ている。よく言えば自信に満ちた、悪く言えばお高くとまった印章だ。育ちの良さがうかがえる。
「あれが、例の娘か」
ヘリストン王がネオリカ皇帝に尋ねた。
この娘のことは、事前に聞かされている。
「左様。ネオリカ1の歌姫、コルク=ポ=ロックだ」
と、ネオリカ皇帝が答える。
この晩餐会にあたり、彼女のことはネオリカ帝国側から打診があった。両国の友好を示す余興として、ヘリストン宮廷楽団とネオリカ1の歌姫の共演をさせたい、と。ヘリストン側はこれを快諾し、今に至る。
はたしてどれほどのものなのか。
厳かな前奏に、澄んだ美しい歌声。
それは今まで彼らが聞いたことのないほど、綺麗な音楽だった。
談笑に興じていた貴族たちも、その口を止めて誰もが歌に聞き入ってしまう。
ヘリストン王もまた感服していた。確かに、ネオリカで最も歌が上手いというだけはある。ヘリストンにも、これほどの歌手はいないだろう。
まるで自分がホストであることを忘れてしまいそうだ!
──たった5分ほどの歌であったが、終わる頃には今が晩餐会の途中であったこともすっかり意識の外だった。
余韻が静まると、誰もが盛大な拍手をコルク=ポ=ロックと宮廷楽団に送った。
「素晴らしい。これほどの歌は聞いたことがない」
ヘリストン王は感嘆の言葉をあれこれと並べる。
「素敵な歌手ですな。あれほどの歌手は、ヘリストンの国中を捜してもいないかもしれん」
「しかし、これほど素晴らしい音楽ができたのは、名だたるヘリストン宮廷楽団のおかげでもある。我らの国もまた、今の音楽のように手を取り合い、共に未来へ進んでいきたいものだ」
とネオリカ皇帝がヘリストン王へ述べる。
一方、この素晴らしい協奏を快く思っていなかった者が1人だけいた。
エンドポイントより来た、ヘリストン国でも屈指の力を持つ大貴族バルモット公爵である。
彼だけは知っていたのだ。この歌姫コルク=ポ=ロックの正体が、彼が経営する“バルモット製鉄所”の商売敵、新興企業“コンパニア=ルポ”の秘書室長であると。
華やかな晩餐会が行われていた大広間。
中でどれほど豪華な食事がふるまわれていようと、どれほど素晴らしい音楽が奏でられていようと、それには無縁の者たちも多い。
晩餐会の警備として配備された青旗騎士団もまた、そんな苦労人たちの一部だ。
本隊副長のレインクルスは、大広間への扉の前を担当していた。基本的に、精鋭ほど大広間のそばに配備されている。
今のところ、異常は何1つ報告されていない。そもそもキャピタル・ヘリストン自体、とても治安の良い街だ。
決して油断しているわけではないが、このネオリカ皇帝の来訪中に大きな事件が起きることはないという雰囲気が騎士団の中に漂っている。
まあ、警備にピリピリされた方が客人たちも過ごしにくいだろうが。
「おんやぁ?」
と素っ頓狂な声がして、レインクルスはその方を向いた。
思わず体を強張らせてしまったのは、相手が青旗騎士団が駆除対象とする存在、蛇人だったからだろう。
いつもなら即座に叩き斬っていただろう。騎士として、蛇人を取り逃がすことは最大の不名誉である。
だが
「おまえちゃん、なかなかのべっぴんさんリザね」
素顔がまったく見えない仮面、白の燕尾服にピンクの水玉パジャマ。
そんな大ネオリカ帝国の宮廷道化師、リザ=ヘボプゥはレインクルスのことを舐めまわすように見つめていた。
相手が蛇人だろうと、国境を接する友好国の皇帝の臣下を叩き斬るわけには流石にいかない。そんなことをすれば、無駄な戦争を招きかねない。
そもそも蛇人を臣下として抱える方がどうかしているのだ、とレインクルスは思ったが、それで現実が変わるわけもなく。
「オ、オ、オイラのお嫁ちゃんになってほし──、いやいやいや、俺様ちゃんの花嫁にしてやるリザ。光栄に思うが良いリザ」
下半身にピンクのパジャマをはいた蛇人の道化師に告白される日が来るとは思っていなかったレインクルス。流石に唖然としてしまう。
「スーパーなボディ、スーパーなブレイン、スーパーなハンサムを兼ねそろえた色男なんて俺様ちゃんくらいのものリザよ。早く俺様ちゃんに誓いのチュウをするリザ」
「申しわけありません、仕事中です」
「そ、それは、……プライベートならオーケーという合図リザかぁ!?」
急に興奮してしっぽをぶんぶん振るヘボプゥに、レインクルスは嫌気がさしてしまった。
まったく、これなら賊の来襲の方がよほどやりやすい。
どうして良いものか、と困っていると、
「あ、ここにいたか!」
「まったく、陛下に恥をかかす気か!」
ネオリカ皇帝の側近らが血相を変えて、ヘボプゥを取り押さえる。
「こらぁ! オイラの恋路を邪魔する気リザかぁ!? おまえちゃんらの母ちゃんは出ベソだって、ネオリカ中に言いふらしてやるリザよ!」
とヘボプゥはじたばたするが、もうどうにもならない。そのまま、どこかへ連行されていった。
「申しわけありません。うちの愚か者が邪魔をしてしまったようで」
「いえ。気になさらないでください」
レインクルスはすまし顔で言ったが、内心はそこまで穏やかではなかった。
──まったく、あんな問題児を野放しにするなんて、ネオリカ皇室の側近はどうなっているんだか。
──第一、あのヘボプゥとかいう道化師。あんなのを雇用する時点でどうかしている。
──しかも、あんな汚らわしい蛇人に言い寄られるなんて! 恥も良いところだ!
──あれなら、Cの方がよほどマシだ。可愛い娘に声をかけまくっているというが、それなりのリスペクトはあるはずだ。
──しかし、C! なぜそこまで手当たり次第に若い女へ声をかけておきながら、私だけスルーするんだ!
──いい加減に気づけ、バカ! おまえがそんな風に鈍いから、私はあの蛇人に「許嫁がいますので」の一言が言えなかったのだ!
気づけば怒りの矛先はだいぶ逸れていたが、とにかく、青旗騎士団本隊副長レインクルスの警備任務はまだまだ続くのであった。




