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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
キャピタル・ヘリストン編、あるいは家族の絆とポッチーノの章
26/30

隣国の皇帝がやってきました。

「あとはボクの方で頑張るよ。明日までには、必ず仕上げてみせるから」

 靴を作るための採寸も終えて、トリバーはポッチーノに言った。ここからは職人の時間である。

「うん。よろしくね」

 本当は靴作りの様子を見てみたかったポッチーノだが、邪魔になるといけない。ひとまずは工房を後にすることにしたのであった。

 それに、トリバーから受け取ったグッドアイディアを試したくもあった。ワンコロフ司祭に手紙を出すのだ。お金はかなりかかると思うが、お賃金をもらっている今なら、太刀打ちできるかもしれない。

 淡い希望を抱きながら、ヘリストン・ハンターギルドの建物から出たポッチーノ。

 そのまま大通りを縦断して、再びハウス・ポスタルのキャピタル・ヘリストン支店を訪れた。

「いらっしゃ──、て、あなたでしたか」

 今日だけでだいぶ仲が良くなった受付の女性が、また出迎えてくれた。

 ハウス・ポスタルは上流階級を主客とした組織なので、そこらの八百屋や酒屋と違って、客がひっきりなしに訪れるようなことはない。したがって受付も、1日の大半は暇な時間なのである。

 こういうとき、話し相手がいると嬉しいのだろう。気さくにポッチーノを受け入れてくれた。

「どうでした? 靴の方、なんとかなりました?」

「うん! それに、さっき言ったボクの友達、ブルドンの工房に雇ってもらえていたんだ。さっそく、靴のこと、お願いしてきちゃった」

 嬉しさに顔をほころばせながら、ポッチーノが答える。

「そうでしたか。お役に立てて良かったです」

「助かったよ。教えてくれてありがとう」

 と、ポッチーノは礼を述べた。

「それで、もう1つ、教えてほしいことがあるんだ」

「と言いますと?」

「実はボク、手紙を出したい人がいるんだ。今まで考えたこともなかったんだけど、ボクでも出せるの?」

「問題ありませんが──」

 受付は、予想外と言わんばかりの顔で

「──相手もハウス・ポスタルの職員で、かつ内容が業務連絡でなければ、一般客と同額の配達料金がかかりますよ?」

「そっかぁ。でも、仕方ないよね。ちなみに、その料金っていくら?」

 ポッチーノは尋ねた。

 今まで運ぶことだけに専念していたので知らなかったが、配達料金は発送所と宛先の距離から算出されるのである。

「宛先はどちらですか?」

「六聖教特区の、ワンコロフ孤児院にお願いしたいんだ」

「あのー……」

 と、受付は不思議そうな顔でポッチーノの顔を見る。

「六聖教特区なら、ここからでもかなり近いですよ。馬で行っても半日くらいなのですから、配達員の足なら今からでも日没までには着けると思いますが」

「うん。でもボクは獣人だから、中に入れないんだ」

「あー……。確かに、あの辺は、そういうのに厳しい所かもしれませんね」

 受付がやや渋い顔をする。

 そのくらい、六聖教特区の住人の激しい人間至上主義・選民思想は有名な話なのである。

 亜人はもちろん、奴隷や前科者やエンドポイント出身者などは当然のように差別対象。もっと毀誉褒貶が激しくなると、家柄や先祖の職業などで人を分け隔てする者もいる。

 流石にそこまで行くと、六聖教特区以外の人間にはついていけないこともザラだ。

「すみません、言いづらいことを訊いてしまって。事情はだいたい分かりましたが、ここからだと料金は金貨15枚となります」

「うっ」

 予想外の高値にポッチーノがうなる。

 財布の中には金貨が1枚だけで、あとは小銭が少ししかない。

「た、足りない……」

「そうなると、今はちょっと難しいですね。でも、配達員ならそのくらいの高給がもらえるはずなので、帰ってから検討されては?」

「うん。そうするよ」

 ポッチーノは頷いた。確かに、そう焦らなければいけない話でもない。

 そのとき、建物の外から金管楽器の壮大なファンファーレが街中に響き渡るのが聞こえてきた。

「何の音だろ。ラッパみたいな音だったよ?」

 ポッチーノが音がした方へ反射的に顔を向けた。あいにく、そちらは壁だが。

「もしかして、ネオリカ皇帝が来たんでしょうかね」

「そっか。さっき、そんなこと言ってたね」

「折角ですから、見てきたらいかがです? 大ネオリカ帝国の皇帝様ですから、きっとすごいパレードですよ?」

 と受付が言う。

 そう言われると確かに、好奇心旺盛なポッチーノとしては、見てみたいという気持ちが湧き起こってきた。

「見てみたい! ねえ、一緒に行こう?」

「いやー、私も仕事中でなければ見られたんですけどね。ここに座っているのも仕事のうちなので」

「そっか……」

 ポッチーノ、しょんぼり。

「いえいえ、私には構わず行ってきてください。私は、また次のチャンスを楽しみにすることにします」

 と受付が言ってくれたので、ポッチーノは多少迷ったものの、1人で行くことにしたのだった。

 だが外へ出た途端、びっくり。皇帝のパレードを見ようと、多くの市民が通りの両脇に集まっていたのだ。

「どの辺まで来られたのかしら」

「本当にここを通るんだろうな」

 市民らは皆、首を長くしてパレードの到来を待っている。ポッチーノのことなんか、お構いなしだ。

 ラッパの音は確かにこちらへ近づいてくる。市民たちが一様に浮足立っていると

「来たぞ!」

 誰かがそんな声をあげた。

 背の低いポッチーノにも、見たこともない国旗を掲げた異国の騎士が歩いてきたのが見えた。あれが、大ネオリカ帝国の国旗なのだろう。

 その後に続いたのは鼓笛隊だった。ラッパの音は彼らが奏でていた物で、切れの良い太鼓の演奏も合わさり、なんとも勇ましい行進曲だった。

 鼓笛隊の後方にいたのは、馬に乗った騎士たちだった。ネオリカ皇帝の親衛隊だろう。どれもこれも、よく鍛えられたエリートのような面構えだ。

 そして──

「あれが皇帝の馬車か?」

「きっとそうだろう」

「すっげえ。見てみろよ、あれ」

「いくら金がかかってるんだろうな」

 と周りがどよめきだす。

 通りの向こうからやってきたのは、金や白金、各種宝石をふんだんに用いた豪華な馬車だった。馬すら金細工で化粧している。

 この馬車の周囲だけ特に、親衛隊がガッチリとガードしている。中には白髪で白ひげを伸ばした、貫禄のある老人が乗っていた。

 あれこそが皇帝陛下なのだろう。ポッチーノも、一瞬だがその姿を見ることができた。

 ──あのくらい偉い人なら、手紙も出し放題なんだろうなぁ。

 なんでもかんでも自分の抱えた悩みに当てはめて考えてしまうのがポッチーノの変な癖である。

 皇帝の馬車が通り過ぎると、その後には調度品などを積んだ馬車が何台も通った。流石にこの辺まで来ると、馬車も少しずつランクダウンし始める。

 それから、側近の者たちが乗っていると思われる馬車。その後に、また鼓笛隊が続く。

 もうパレードも終わりだろうか。集まった市民の中には、十分に楽しんだと言わんばかりに帰る者も現れ始めた。

 正直、ポッチーノもそうしようかと思っていたのだが、次の瞬間、周りがどよめきだしたのを受け足を止めてしまう。

「何だぁ、ありゃ?」

「まあ、嫌だ。蛇人よ」

「なんだってパレードの中に、あんなのが混ざってるんだ」

 人々が眉をひそめている。その理由はポッチーノにもすぐ分かった。まず、彼女の鋭い鼻が蛇人特有の匂いをキャッチしたのだ。

 問題の人物は、その直後に姿を現した。

「そこんじょこらのエブリワン、帰るにはまだ早いリザよォ! いよいよ真打ちの登場リザ!」

 現れたのは、竹馬を履いたまま、玉乗りをしている蛇人だった。顔は蛇の頭蓋骨をかたどった仮面のせいで分からないが、鱗に覆われた太く長い尾が見えるのだから、間違いないだろう。

 この場に蛇人がいること自体が妙な話だが、格好もまた異様だった。上半身は白地の燕尾服でありながら、下半身がピンクの水玉パジャマという時点で、どうかしている。

「はじめましてだ、皆の衆! それではさよならまた来週! おいらの名を聞いて驚くな! 王の中の王が抱えた、道化の中の道化師さ! そいつがこの俺サマちゃん、リザ=ヘボプゥ!」

 と道化師ヘボプゥ、玉乗りをしながら器用にポーズを決める。

 パレードを構成する他の兵士は、この傾奇者に対し知らん顔で行進を続ける。部外者ならとっくにつまみ出されているはずなので、本当に道化師なのだろう。

 宮廷道化師というものを置く王室もなくはないが、いずれにせよここにいる市民の大半はそんな事情に詳しくない。

 そろって目を丸くしながら、初の“騎士に迫害されない蛇人”を呆然としつつ見続けた。

「スーパーな才能! スーパーな美貌! エクセレントでエレガント、ファンタスティックでハンサム、そうさオイラは宮廷道化師・リザ=ヘボプゥ!」

 珍妙な歌を口ずさみながら、ヘボプゥは玉乗りで行進を続けるという器用なことをやってのける。

 が、そのとき

「おんやぁ?」

 その頭蓋骨みたいな仮面を被った顔がポッチーノの方を向いた。

「こいつはホワイトテール! 尾も白い獣人がいるリザねぇ」

「え? ボクのこと?」

 ポッチーノが答えると、急にヘボプゥとポッチーノの間にいた市民の群衆が2つに分かれた。

「ヘイ、そこのチンケなホワイトダック!」

「ダックじゃないよ。ボク、ポッチーノだよ」

「何だって良いリザ。今日のオイラは機嫌が良いリザ。猫の鳴き真似をしながらワルツを踊れたら、オイラのスーパーな鼻くそを与えるリザよ?」

「いらないよ」

 ポッチーノはちょっとげんなりしながら答える。

 相手が異国の皇帝陛下の道化師だろうと、思ったことは口にしてしまう性格なのだ。

「本当に良いリザか? このオイラに逆らうと、おまえちゃん、ホットドッグになっちゃうリザよ?」

 ヘボプゥがおどけると、周りから失笑が漏れた。

 亜人が亜人と漫才をしているのだ。ささやかな見世物としてはちょうど良い。

「おい、道化師。列を外れるな」

 パレードを構成する兵士の1人がヘボプゥへ注意する。

「一兵卒の癖に、宮廷道化師のオイラに意見するとは何たる無礼リザ。おまえちゃんの母ちゃんは出べそだと、言いふらしてやるリザよ?」

「無礼者はどっちだ。卑しい蛇人の癖に陛下に恥をかかせたら許さんぞ」

「へいへいリザ。まったく、堅苦しいのは嫌いリザのにぃ」

 と、ヘボプゥはパレードの中に戻っていった。

 パレードの終端を示す旗手が通りを歩いていくと、市民らはあれこれ言いながら解散していく。

 ある者は皇帝陛下の立派な馬車を誉め、ある者は鼓笛隊の勇ましい演奏を誉め、またある者は道化師ヘボプゥを嗤いながら、どこへともなくいってしまう。

 気づけばポッチーノしか同じ場所にとどまっていなかった。余韻も何もあったものではない。

「変なの」

 ポッチーノは小首をかしげながら、あっけらかんとしてしまった。途中まではすごい行列だと思ったのに、最後の最後、道化師ヘボプゥがすべてを掻き乱して行ってしまった。

 しかし、ヘボプゥのことに目をつむれば、すごく立派なパレードだった。

 あんな勇ましいマーチも豪華絢爛な馬車も、ポッチーノにとっては初めて見たものである。

 そのとき。そうだ、とポッチーノは1つの妙案を思いついた。このことをトリバーに教えてあげるのだ。

 善は急げ。再びポッチーノはハンターギルドのブルドン工房へ足を運ぶことにした。

 ところが、いざ工房の前へつくと

「なんだ、そのヘナチョコな設計はぁ!」

 と、扉越しでも嫌というほど分かるくらい恐ろしい怒鳴り声が聴こえてくる。

「てめえ、本当に客の命を預かってるって自覚あんのかぁ!」

「すみません! やり直します!」

 トリバーの声も聞こえてくる。すごく気迫と熱意のこもった声だ。

「いいか! てめえの作った靴で客が死んだら、そいつぁてめえの責任だ! 俺たちゃ、客の命を預かる仕事してるんだ! それを忘れるな!」

「はいッ!」

 聞いたことのないくらい熱いトリバーの返事に、ポッチーノは扉を開けるのをやめてしまった。

 ここで自分が世間話をしにいったら、仕事の熱に水をさしてしまうことになる。

 ──この話は、明日、靴が完成したときに話してあげることにしよう。

 ポッチーノはそう決めた。

 そして、自分が今夜、どこに宿泊するかをさっぱり考えていなかったことに気がついたのだった。

 前回、あらゆる宿屋に門前払いにされていることを考えると、泊まれる場所なんて1つしか思いつかないのだが……。





 夕日も西の山間に沈みかけ、空が夜に染まろうとしていた頃。

 キャピタル・ヘリストンで最も名高い学者一族、マハジャーラ家の屋敷の応接室に1人の客人が来ていた。

 対応していたのはもちろん、マハジャーラ家の当主、ンディーヤである。

「実に興味深い性質ばかりですね。こんな歴史的発見に間近で立ち会えるだけでも、学者冥利につきます」

 ンディーヤは、その来客が持参したレポートを読みながら本音をこぼした。

「全てはあなたのご協力があってこその発見です。ンディーヤ博士」

 と来客ことブリザー博士が礼を述べる。

 ──ブリザー博士は、その名の通りブリザー鉱石の第一発見者である。

 ただ、まだ発見から3年しか経っていないため、知名度に反して博士自身の人物像については意外と知られていない。

 世間には、知的で紳士な御老公と想像している者もいるそうだが、実際には40歳前後の女性である。

 来歴は不明だが、振舞いの端々からは大貴族が幼少期に習わされる礼儀作法が見られる。察するに、マハジャーラ家よりはるかに格式のある家柄の人物のようだ。

 白銀色の髪をした年齢を感じさせないほど綺麗な女性なのだが、同時に、氷の刃のように冷たく苛辣な印象も感じられる。

 彼女が発見したブリザー鉱石は、従来の魔石には見られないほど強い冷却効果を誇るが、発見者の彼女も“冷たさ”なら負けていないかもしれない。

 そんなブリザー博士が初めてマハジャーラ家の屋敷を訪れたのが3年前。

 未知の魔石の採掘に成功したと思われるので、鉱物学のプロフェッショナルとして鑑定してほしいという依頼を持ちこんできたのだ。

 それからンディーヤとブリザー博士は、この新種の魔石が持つ数々の面白い性質の解明を共同で行っている。

 今日のようにブリザー博士が数々の実験結果のレポートを持ちこむことも、そう珍しい話ではない。

「それで、ンディーヤ博士。申し訳ありませんが、この後、少し私用がありまして。議論の続きは明日、ということにさせていただけませんでしょうか」

「ええ、勿論。こちらも、このレポートをじっくり読める時間があった方が助かります」

 と、ンディーヤはそのレポートを机の上にいったん置いた。

「もしかして、宮廷の晩餐会ですか?」

「まさか。私は、あのような所へ顔を出せる身分ではありませんよ。今晩は、取引先との食事会です」

 ブリザー博士が答える。

 というのも現在、ブリザー鉱石の採掘は彼女が独占している。したがって販売もまた独占状態。言い値で買うという商人が山ほどいるらしい。

 この商魂のたくましさには、生粋の学者であるンディーヤはついていけない。ブリザー博士への協力は、あくまで学術的な立場でのみとしている。

「──それでは、また明日、よろしくお願いします」

 玄関まで見送りに来てくれたンディーヤに軽く頭を下げると、ブリザー博士は庭を通って敷地外へ──

「わっ」

 出た途端、1人の獣人少女とぶつかってしまった。この少女、マハジャーラ家の屋敷を見上げながら歩いていたため、前方への注意がお留守だったのだ。

「ゴメンね。ぶつかっちゃった」

 と、この獣人少女──すなわちポッチーノがブリザー博士へ謝る。

 だがブリザー博士は何も答えず、それどころかポッチーノを見ようともせず、そのまま街の方へ歩き出してしまった。

「……?」

 ポッチーノはきょとんとしてしまった。素通りというのが、1番反応しづらい。

「やあ、君か」

 ンディーヤがポッチーノの来訪に気がついて、声をかけてきた。

「こんにちは。また来ちゃった」

「歓迎するよ。今日はC君は一緒じゃなかったのかい?」

「うん。今回からボク、一人前の配達員として1人で仕事することになったんだ」

 とポッチーノは誇らしげな口調で答える。

 が、急にかしこまって、

「それでね。ボクの大親友が今、ボクのために靴を作ってくれてるんだ。ただ、できるのは明日だから、また今晩だけ泊めてもらっても良いかな」

「勿論、構わないよ」

「やった! ありがとう!」

 この暖かい待遇に、ポッチーノは喜んだ。

 ──このとき、ポッチーノが後ろを振り向かなかったのは、本当に幸運なことだっただろう。

 ブリザー博士から憎悪と怨嗟の入り乱れた寒々しい視線を浴びせられていたことに、最後まで気づかずに済んだのだから……。

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