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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
キャピタル・ヘリストン編、あるいは家族の絆とポッチーノの章
25/30

靴の目途が立ちました。

「ふーん。そんなすごい人だったんだ」

 フレイミーについての武勇伝を熱く語るブルドンに、ポッチーノはそんな相槌を打った。

 蛇王と唯一互角に戦った、ヘリストン史上最強の騎士。どのくらいすごいことなのかはピンと来ないが、すごいということは分かる。

「俺たちワンコロフ一家の誇りでもある大英雄だ! よく覚えておけ!」

 とブルドンが言うものだから、ポッチーノは“よく覚えておける”よう、トモダチ備忘録にフレイミーの名前を書き込んだのだった。いまひとつどんな人物かピンとは来ないが、ワンコロフ孤児院出身者なら親近感はある。

「ポッちゃん、それは?」

 トリバーがポッチーノの手もとを覗きこみながら尋ねる。

「これ? トモダチ備忘録だよ。これさえあれば、仲良くなった人のことも忘れないと思うんだ。トリバーのこともちゃんと書いてあるよ、ほら」

 と、ポッチーノはトリバーへ備忘録を見せた。

 その数ページを見せられ、トリバーは仰天。何せ、街の名士であるンディーヤや、誇り高き青旗騎士団の本隊副長レインクルスの名が平然と載っているのである。

「……ポッちゃんはすごいなぁ」

 と感心することしかできなかった。




 その頃。

 六聖教特区から、とある小さな地方都市へ向かう道の途中。

 ゴトゴト揺れる馬車の中で、フレイミーはのんびりと昼寝をしていた。

 こんな暖かい日はつい寝てしまう。それに、せっかく乗合馬車ではなく貸し切り馬車を選んだのだ。寝なくてどうする。

 そんなわけで、フレイミーは爆睡しつつ地方都市へ向かう最中だった。

 ポッチーノの捜索というより、フレイミー自身の生計のためである。

 青旗騎士団を辞め、一介の商人となってかなりの年月が経つ。商人である以上、商売しなければ食べていけない。

 正直、商売はあまり得意ではないのだが、自分で選んだ道である。悔いはなかった。

 それに、堂々と昼寝をできるなんて騎士の頃には考えられなかった生活であろう──

「ひっ! と、盗賊だ!」

 御者の悲鳴が聞こえ、フレイミーは目を覚ましてしまった。どうも、商人になっても昼寝はできないらしい。

「中に良い客乗せてんだろ? 金目の物、全部置いていってもらうぜ」

「少しでも抵抗したら、馬もおまえもぶっ殺してやるからな」

 外からは物騒な脅し文句も聞こえてくる。

 やれやれ、とフレイミーは伸びをしながら呆れた。

 ──中に青旗騎士団が誇る名誉分隊長が乗っていると知っての蛮行なのかね。

「ふあぁ。あー……、アホくさ」

 と大あくびしながら、背負ったマスケット銃を馬車の中へ置いて、フレイミーは外へ降り立つ。

 盗賊は2人だ。片方は斧、もう片方は弓矢で武装している。どちらも元騎士のフレイミーから見れば、大した相手には見えない。

 まあ、素人の御者は青い顔をしているが、こちらは仕方ないだろう。

「お客様、外は危ないです! 中へ──」

「おっちゃん。5分くらい、その辺で煙草でも吸って来いよ。その間にアタシがあいつら蹴散らしておくから」

「はい?」

「任せな。元プロだ」

 不思議な顔をする御者を半ば無理やり後方へどけると、フレイミーは盗賊2人に向き合った。

「お、見ろよ。女だぜ」

「でも少し、歳じゃねえか?」

 と盗賊2人の声に、フレイミーはムッとした。

 そりゃあ、若い女ではない自覚はあるが、何事にも“言い方”というものがあるだろう。

 まあ、盗賊にデリカシーを求める方がどうかしているとも思うが。

「おい、チンピラ。非武装の馬車を襲うのに2人がかりか? なら、こっちは2本指で相手してやるよ」

「あ? 何言って──」

「おまえら2人くらい、親指と人差し指で料理してやるって言ってるんだ。かかってこい」

 フレイミー、右手の親指と人差し指を盗賊に見せつけた。

「なんだ、このババア! イカれてんのか?」

 弓矢を持った方の盗賊が、その先端をフレイミーに向けた。一方、斧を持った方が嘲るように、

「おもしれえババアじゃねえか。肝っ玉はあるようだが、後で泣きを見たって知らねえぜ?」

「御託は良いから、早くしろよな。ただでさえおまえらに昼寝の邪魔されて、結構苛立ってんだよ」

「それなら安らかに眠っちまえ!」

 と斧を持った方の盗賊がフレイミーに駆け寄り、一気にその斧を振り下ろす。

 木こりの仕事道具とは違う、狩猟用のバトルアックス。常人が食らえばひとたまりもない一撃を、フレイミーは

「はい、キャッチ」

 宣言通り、親指と人差し指で斧の刃をつまみ、ピタリと止めた。

「な、なんだ!?」

「おいおい、もっと気合い入れろよ。うちの娘の駄々っ子パンチの方が、もっと威力あったぞ?」

「このクソババアが!」

 盗賊は顔を真っ赤にして叩き斬ろうとするも、フレイミーは涼しい顔をしたまま寸分も動じない。

 挙句の果てにフレイミーが指で刃を押し返すと、斧は盗賊の手から離れ、はるか後方へ吹っ飛んでいった。

「こん畜生が! ぶっ殺してやる!」

 唖然としてしまった斧持ちの盗賊に代わり、弓矢を持っていた方がいきり立つ。

 しっかりとフレイミーに照準を合わせ、一呼吸も置かずに矢を放った。

 矢はまっすぐにフレイミーめがけて飛んでいき──、やはり2本指でキャッチされてしまった。

「肩、か」

「え?」

「ケガするのも嫌だから取ってやったけど、当たったとしても肩だったぞ。おまえなぁ、この距離で急所を狙えなくてどうすんだよ」

 と言うと、フレイミーは大あくび。

「ふあぁ……。そりゃ、入団試験も落ちるわな」

「何だと?」

「見りゃ分かる。おまえら、元は青旗騎士団を目指したハンターだろ。でも何度も落ちるうちに破れかぶれになって、ついに“馬車狩り”で稼ぐようになった。違うか?」

 フレイミーに図星を突かれ、盗賊2人は顔を見合わせた。

 実は、その通りである。しかも、ハンターギルドは所属年数が増えるに従って、ハンターへ求める能力も厳しくなっていく。この2人はその要求ハードルに応えられず、真っ当な狩人から山賊へ転身したのだった。

「だ、だったら何だって言うんだよ!」

「良かったな、相手がアタシで。これが“現役の”青旗騎士団だったら、おまえらこの場で斬り捨てられてるぞ。この幸運を、神がくれた最後のチャンスだと思って、やり直してみるんだな」

「やり直す、だ? ふざけるな! それが出来たら苦労しねえよ!」

「人間ってな、本気になれば1回くらいはやり直せるんだよ。青旗がダメでも、黄旗なら人員を募集してるだろ?」

 黄旗騎士団は、主に公共工事を行う、一般の騎士のイメージとはかけ離れた仕事を主任務としている。

 それに加えて厳しい力仕事なので人気がなく、慢性的な人手不足。人材募集を出しても、まだ足りないのが現状なのだ。

「何が黄旗だ! 俺たちはなぁ──」

 と盗賊の片方が激怒したが、

「おい、待てよ。なあ、ひょっとしてあんた、まさか……」

 もう片方はフレイミーの顔を見て、何か気づいたようだった。

 こうなると、フレイミーとしてはあまり面白くない。

「さあな。ちょっと腕白してた頃もあったが、今はもうただのオバさんだよ」

 そう適当な返事をしつつ、盗賊たちに背を向ける。もう、向こうに戦意はないはずだ。

「おーい、おっちゃん。話はついたから、そろそろ馬車出してくれ」

 と馬車の御者を呼びながら、さっさと馬車へ乗りこんでしまう。

 盗賊2人はどちらも、自分たちが“伝説の騎士”へ挑んでしまったことを知り、ショックを受けながらコソコソとその場を去っていった。

「いやー、助かりました」

 御者は再び馬車を走らせ始める。

「お客様、ひょっとして騎士かハンターの方ですか?」

「違う違う。ただのド根性オバさんだ」

 と適当に誤魔化しながら、フレイミーは再び背もたれに体を預け、窓の縁に肘を置き、リラックスした。

 世間は勝手に名誉分隊長だなんて持ち上げてくれているが、あれは青旗騎士団が王家の権威を高めるため、無理やりフレイミーへ押しつけた肩書きである。

 彼女は、そんな名誉には興味のない人間だった。それに、自分は英雄と呼ばれるに値しない人間であると自覚もしている。

 だからこそ彼女は騎士団を辞退し、まるで経験のなかった商人へ転職したのだ。ある意味、人生のやり直しとも言える決断だったろう。

「なあ、おっちゃん。ここからエンドポイントまで行くとしたら、結構かかるか?」

「エンドポイントですって? あんな危険なところ、いくら金貨を積まれても絶対に行きませんよ」

「いや、行くとしたらの話だって」

「行きたいと思ったこともないから、分かりませんな。昔、青旗騎士団の皆さまが勇敢に戦ってくれたとは言え、あそこはまだ蛇人の巣窟なのですから」

「そっか。それなら、忘れてくれ。どの道、今回はそんな時間もないしな」

 ワンコロフ司祭からポッチーノの捜索を頼まれたものの、エンドポイントにだけはまだ1度も行けていない。それに、他の場所は軒並み捜してしまった。

 今回はとても行けそうもないが、そう遠くないうちにまたあの地へ行かねばならないと思うと、流石のフレイミーも気が滅入るのだった。

「蛇人の巣窟、か……」

 フレイミーは、嫌な思い出を振り切るように目を閉じる。

 ……20年前、エンドポイントの地下洞窟に住み着いた蛇人の巣窟への総攻撃作戦。幹部の四頭蛇を撃破し、蛇王と互角に戦ったことでフレイミーは英雄視されることになった。

 しかし、その裏で何人の蛇人が殺されたことやら。犠牲者の大半は、非力な女子供だったはずだ。戦いが終わった後、人間たちは喜んでその死体の山を焼いた。

 そんな中フレイミーは、燃え盛る死体の山と蛇人の返り血に濡れた両手を見つめ、喜ぶどころかただただ悩んだ。

 ──アタシは、いったい、何のために戦ったんだ。

 六聖教の中で蛇人は神に背いた邪悪な存在と定義され、これを殺すことこそ正義とされている。しかし、恩人であるワンコロフ司祭すら崇める神が、そのようなことを本当に望むのだろうか。

 この疑問と呵責に耐え切れなくなったフレイミーは、騎士団の制止をも振り切って全てを捨てた。

 その日から、エンドポイントには足を運んだことはない。そんな勇気は、どこにもなかった。

「あいつらには、本当に悪いことしたよな……」

 誰にともなくフレイミーはつぶやいた。 




 そうしてフレイミーの馬車が走り出した頃。キャピタル・ヘリストンでは、

「それで、確か靴を作ってほしいんだったな」

 休憩時間も終えて、ブルドンはポッチーノに尋ねた。隣にはトリバーもいるが、もう貧弱な少年というより、生真面目な駆け出し職人という様相だ。

 孤児院にいた頃は泣き虫だったトリバーも、すっかり立派になったものである。

「うん。この靴を直してほしいんだけど、お金、どのくらいかかる?」

 ポッチーノは鞄からボロボロになってしまった靴を取り出す。それから、財布も取り出して、

「これで足りると良いんだけど。今、これしか持ってないんだ」

 と、金貨を1枚、銀貨を2枚取り出した。

 こんなことならエンドポイントのボッタクリ賭場になんか行かなければよかった、とは思ったが、今さらどうしようもない。

「こいつぁ、派手に壊したなぁ」

 ブルドンは、縫い目がほどけ革同士がパックリ開いてしまった靴の残骸を手に取りながら、呆れの声を出した。

「しかも基礎は市民向けの安物。こんなの、付け焼き刃の修理や補強じゃラチがあかねえ。増して、こんな小遣いレベルの予算じゃなあ」

「え? ダメ?」

「おう。うちは安物の修理なんて半端な仕事は受けねえって決めてんだ」

 そもそもこの辺の物価では、市民向けの安い靴だろうと、金貨1枚ごときでは買えない。ハイコスト・ハイパフォーマンスを謳うこのブルドン工房では、何にもならないはした金である。

 ポッチーノはしょんぼりしかけたが、完全に落ちこんでしまう前に

「そういうわけだ、新米! このチビすけに新品の靴を作ってやれ!」

 と、ブルドンが大声でトリバーに指示を出した。

「親方! 良いんですか!?」

 トリバーが は驚き半分、嬉しさ半分で、親方ブルドンの顔を見る。

「おう。おまえ、このチビすけに靴を作ってやりたくて俺の弟子になったんだろ? ならこの機会に、その熱いハートを俺に見せてみろ! 今回の代金は特別に、おまえたちの出世払いにしてやる!」

「親方、ありがとうございます!」

 と、トリバーは深々と頭を下げた。

 ──靴作りにおいて最初にやるべきは、なんと言っても採寸である。ド素人のポッチーノが力になれるのも、この段階くらいのものだろう。

「ねえ、ポッちゃん。靴が壊れちゃった後、どうしてたの?」

 ポッチーノの足のサイズを計りながら、トリバーは尋ねた。

「裸足で頑張ったよ」

「え? エンドポイントから、ここまでずっと裸足で?」

「ううん。六聖教特区に行く途中で壊れちゃったから、そこからだよ」

「それでも結構な距離だよ」

 トリバーは、この幼馴染の獣人の根性に驚きながら、手際よく靴底の型紙を製作していく。

「今度は間に合わせじゃなくて、ちゃんとポッちゃんの足にあった靴を作ってあげるからね。──そう言えば、ポッちゃん」

「なあに?」

「六聖教特区に行ったとき、お父さんに会えた?」

 その質問は、決して悪意から放たれたものではないことは確かだが、それでもポッチーノは街に入れなかったことを思い出してしまって、

「ダメだった。ボク、獣人だから、街に入っちゃダメだって」

 と苦笑を浮かべながら答えた。

「え? そっか……。ゴメンね、悪いこと訊いちゃって」

「ううん。トリバーが悪いわけじゃないもの」

 と言いながらも、ポッチーノは少し俯く。

「でもお父さんに、仕事も見つかって、お賃金ももらって、友達も増えて、一人前の配達員って認めてもらえて、だからボクは大丈夫って教えてあげたかったな。……お父さん、元気にしてるかな」

「ねえ、ポッちゃん」

 トリバーがポッチーノの顔を覗きこみながら言った。

「ハウス・ポスタルって手紙屋さんなんでしょ? 街に入るのがダメなら、お父さんにお手紙を書いてあげたら?」

「え? ……ああッ!? その手があったぁ!」

 ポッチーノはやにわに立ち上がった。おかげで、危うくトリバーを突き飛ばすところだった!

 配達員なのだから、そのくらい思いついても良さそうなものだが、それができないのがポッチーノの頭の限界なのである。

「トリバー、頭良いね」

 と、ポッチーノは素直に感心した……。

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