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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
キャピタル・ヘリストン編、あるいは家族の絆とポッチーノの章
23/30

また王都へやってきました。

「俺、人食い鬼人、ゴライアス! 俺、おまえを丸かじり!」

「わーっ、出、出たーッ!」

 ポッチーノは血相を変えて逃げ出したが、巨大な鬼人の手がポッチーノの胴をガッシリ握ってしまった。

「いただきます」

「やめて! ボク、食べにくいよ! 小骨が多いよ!」

「黙らっしゃい!」

 抵抗むなしくポッチーノは、大きな口の中へ放り込まれてしまい──




「わーッ! たたた食べないでー!」

 ガバッとポッチーノは上体を起こす。

 ……鬼人なんてどこにもいない。東の空が昇る朝日がポッチーノの顔を照らした。

「あれ? 夢? ……嫌な夢を見たなぁ」

 と呟きながら、ポッチーノは伸びを1つ。

 城壁の向こうを見ると、六聖教特区にそびえ立つ大聖堂の石レンガが、朝日を浴びて神々しく輝いていた。

 未練は残るが、どうしようもない。

「ごめんね、お父さん。ボク、また来るよ」

 ポッチーノは鞄を背負って、走り出した。

 これで2度目の旅立ちだ。ワンコロフ孤児院から抜け出した日のことは、今やぼんやりとしか覚えていない。

 雨の降る日の夜だった。当然、視界も悪い。そんな中、ポッチーノはびしょ濡れになりながら走ったのだ。

 あのとき、ワンコロフ司祭から何かを預かったような気もするし、どこか明確な目的地もあった気がするのだが、今となっては忘却の彼方だ。

「行かなきゃ」

 そして今日、ポッチーノはキャピタル・ヘリストンを目指して走り出した。

 道なりに少し行くと、川があった。水害を防ぐための堤防もきちんと作られている。

 実はかつてポッチーノは、堤防の上からこの川へ転落したのだ。雨の夜だったから、先がよく見えなかった上に、川が増水していたせいで流されたのだ。

 せっかくワンコロフ司祭がポメラやフレイミーに書いた手紙も、この際に紛失してしまったのである。

 しかし、これらのこともポッチーノはもはや、ほとんど覚えていなかった。それほどまでに、エンドポイントでの暮らしは悲惨なものだったのだ。

「……ボク、何だか、ここに来たことがある気がする。気のせいかな」

 ポッチーノは首をかしげたが、すぐ、川辺に看板が立てられていることに気がついた。

 見れば、キャピタル・ヘリストンはこの川沿いに下流へ進んだ先にあると言う。

 ワンコロフ孤児院を抜け出した日は、夜だったため、この看板にも気づけなかったのだ。せめて朝になるまで木陰で雨宿りしていれば、未来は変わっていただろうに。


 ──走り続けること4時間。太陽が天頂に昇った頃。

 全力疾走の末に、ポッチーノはキャピタル・ヘリストンに辿りついた。

 意外と離れていないんだな、というのがポッチーノの正直な感想だっただろう。エンドポイントからここへ来るときの方が、もっと時間がかかったはずだ。

 それはそうと、ドキドキしながら城壁の門の前へやってきた。六聖教特区では立ち入り禁止に処されているだけに、不安は付きまとう。

「そこの獣人、止まりなさい」

 番兵がポッチーノを呼び止めた。まあ、分かっていたことである。

「ボク、お手紙を届けに来たんだ。入れて」

「通行許可証を所有しない獣人の立ち入りが禁じられている」

「大丈夫。今日はちゃんと持ってるから」

 と、ポッチーノはハウス・ポスタルの黄銅で出来た身分証を見せる。

「……通ってよろしい。1泊2日までの滞在を許可する」

「やった! よかったぁ」

 すっかり安心しながら、ポッチーノは跳ね上げ橋を渡って市内へ進む。

 キャピタル・ヘリストンの街は、前回以上に活気に満ちていた。通りを行く人も多く、雰囲気もどことなくにぎやかだ。

 無論、彼らの中には獣人ポッチーノに対して差別的な視線を向ける者も大勢いたが、ポッチーノは極力気にしないように努めた。前回の経験から、石を投げられるわけではないことは分かっている。実害がなければ平気だ。

 それはそうと、まずはハウス・ポスタルの支店へ行かねばならない。これさえ済ませれば、今回の仕事はひとまず終わりなのだから。

 支店の場所は、この前Cと来たので分かっている。ポッチーノはひとまず、そこへ向かった。

「こんにちはー。エンドポイントから手紙を届けに来たよ」

 とポッチーノは受付へ挨拶しながら、手紙の入った封筒を提出する。この前に来たときと、同じ人だった。

「ご苦労様です。確かに、お受け取りしました。こちらが受領証になります」

「ありがとう」

 ポッチーノは受領証を受け取り、大きな達成感に包まれたのであった。こんな心境、孤児院にいた頃に積み木のお城を建てたとき以来である。

「今日は何だか、この前より街がにぎやかだね」

「ええ。実は今日、大ネオリカ帝国の皇帝様が来訪されるんですよ。街は一昨日から、歓迎ムード一色なんです」

「へえぇ」

 とポッチーノは感心の声をあげた。よく分からないが、賑やかなのは良いことだ。

「そう言えば、これからのご予定は?」

 受付が尋ねてくる。

「もうエンドポイントに戻るだけだよ。でもその前に、靴を直してもらわなきゃ」

「そうですか。エンドポイントへの配達物は、今のところないですね」

 と言うと、受付はポッチーノの土で汚れてしまった素足を見ながら

「よろしければ、オススメの靴屋を紹介しましょうか?」

「ううん、大丈夫。ボクの友達が靴屋で働いているんだ」

 ポッチーノはワンコロフ孤児院にいた頃の親友、トリバー・ワンコロフのことを思い浮かべながら答えた。

 ──大通りに出たポッチーノは、この前の記憶をもとにトリバーのいた靴屋を捜す。

 人々の、どことなく蔑むような視線を浴びながら、懸命に捜すポッチーノ。

 ようやく見つけたその店では、見知らぬ少年が店番をしていた。

「ねえ。今日はトリバーいないの?」

 と、ポッチーノは少年に尋ねたが、少年は目もあわせようとはしない。

「ねえってば」

「うっせーな。うちは獣人に構ってやるほど暇じゃねえんだよ。さっさと失せろ」

 と、どう見ても暇そうな少年が罵りの言葉を吐き捨てる。

 ひどい対応だが、ポッチーノはこの程度ではめげない。ある程度は分かっていたことである。

 ところが次の瞬間、頭の上から大量の水が降ってきた。これではひとたまりもない。

「きゃんっ」

 気づいたときには既に、頭から爪先までびしょびしょになってしまっていた。

「こん畜生が! 次来たら、肉屋に売りつけるよ!」

 靴屋の夫人が、2階から桶でポッチーノに水を浴びせたのだった。気づけば、道を行く人もポッチーノに見世物同然の視線を向けている。

「それに、トリバーならもう追い出してやったからね。うちとはもう何の関係もないよ」

「ええっ!?」

「勝手に靴を獣人なんかにくれちまう奴のことなんか、置いてられるかい。せっかく雇ってやったのに、あいつはとんだ恩知らずだったよ」

「そ、そんな……」

 ポッチーノはうなだれた。

 周りから聞こえる忍び笑いを背中に浴びながら、とぼとぼ歩き出そうとした、そのとき。

「通り雨にでも降られましたかな、お嬢さん」

 そんな、柔らかくしわがれた声がポッチーノを呼び止めた。

 そこにいたのは……

「えーと、ンディーヤの家のおじいちゃん?」

「覚えていてくださいましたか。使用人のセブールと申します」

 と、マハジャーラ家に仕える初老の使用人、セブールはにこやかに述べた。

 そんなことを何も知らない靴屋の小僧が

「なんだ、じいさん。あんたの家の奴隷か? 困るんだよなぁ、犬はちゃんと鎖で繋いどいてくれねえと」

 と生意気にこぼす。

「奴隷ですと? とんでもございません。マハジャーラ家の主がお招きした、大切なお客様ですぞ。この仕打ち、旦那様には報告させていただきますぞ」

「な、何だって? いや、俺が悪いってのかよ。違うだろ」

 言い訳がましく何かを言おうとしている小僧へ背を向け、セブールは

「さ、行きましょう」

 とポッチーノの手をとった。

「……ボク、招待されてたの? 知らなかった」

「どんな嘘でもバレるまでは真実ですぞ。いやはや、年をとると、こんな悪知恵ばかり思い浮かんで困りますな、ほっほ」

 きょとんとするポッチーノに、セブールは茶目っ気ある笑いをこぼした。

 が、ポッチーノの顔色は晴れない。

「この程度、旦那様に申し上げるまでもございますまい。──どうかしましたかな? お困りのようですが」

「ボクのせいで、トリバーが……」

 いつも明るい彼女らしくない、しょんぼりとした様相で呟く。

 すっかり、青息吐息だ。

「ボクのせいだ」

「良ければ、少し詳しく聞かせてもらえませんかな」

 とセブールが乗り出す。

 ポッチーノは、トリバーのことや、ここまでの経緯を簡単に説明した。

「──なるほど。確かに、穏やかな話ではありませんな」

「うん。ボク、どうしたら良いんだろう」

 ポッチーノはまだ萎れている。

「なあに、そう悲観的になる必要はありませんぞ。そのような真心のある勤勉な少年なら、必ず引く手はあるでしょう」

「本当?」

「世の中と言うものは、案外、巧くできているものです」

 セブールは太鼓判を押すような口調で答えたので、ポッチーノも少しは不安が和らいだ気がした。

 あの靴屋から少し離れた所まで歩いてきた。ここは、大通り同士がぶつかる広々とした交差点である。

「さて、申し訳ありませんが。実はこれから、“本物の”お客様がお越しになられますのでな。私はお迎えに伺わねばならないのです」

 と、セブール。

「そうなの? じゃあ、ここでお別れだね。ありがとう、励ましてくれて」

 ポッチーノはにこやかに礼を述べた。

「なあに、大したことはしていませんぞ」

 と、セブールも朗らかに手を振って、船着き場の方へ行ってしまう。

 船着き場もまたいつも以上に賑わっており、シップマン海運の大型商船が2艘も並んで停泊していた。隣に停泊していたコンパニア=ルポの小型船がおもちゃの舟に見えるくらいの迫力だ。

 そう言えば、ガンマは元々シップマンという姓だったはずだけど、シップマン海運と何か関係があるのだろうか。ポッチーノはそんなことをふと思った。

 それはそれとして。

「トリバーを探さなきゃ」

 と、ポッチーノは駆け足で街中の靴屋に聞き込みをしようと決めた。だが、決心早々にして、最初の一歩目でガラスの破片を踏んで、とても痛い思いをしてしまう。

 ──やっぱり、裸足は厳しい!




「え? さっきの靴屋の話ですか?」

 ハウス・ポスタルのキャピタル・ヘリストン支店に、ポッチーノは戻ってきていた。

 この受付が、“オススメの靴屋”の話をしていたことを思い出したのだ。

「うん。もう友達がボクに靴をくれたせいで、追い出されちゃったんだ。ボク、獣人だから」

「あー……。確かに、そういう意味では息苦しい街かもしれませんね」

 受付は嫌な顔をせず、同情してくれた。

「だから、さっき言ってた“オススメの靴屋”のこと、教えてくれない?」

「ああ、すみません。その話でしたね」

 と、こうして話題は元に戻る。

「この街の海から最も遠いエリアに、ヘリストン・ハンターギルドという組織の本部があるのですよ」

「そこが靴屋なの?」

「いえ、そこによく腕利きの装備職人たちがいるのです。ブルドン一味という名前で、とにかく腕は一流ですが、少し気難しいのが玉に瑕でしょうか」

「へえ。ありがとう」

 ポッチーノはその名前をトモダチ備忘録へ書きこみながら、受付へ礼を述べた。

「私も昔は、そこに属する狩人のはしくれだったんですよ」

 と、受付がふいに世間話を始めた。

「あの頃は『私もあの名誉分隊長みたいなすごい騎士になってやる』って気概で、騎士の登竜門とも言われるヘリストン・ハンターギルドの狩人になったんです」

「狩人だったの? かっこいいね」

「いえ、すぐ現実を思い知らされましたよ。あんなの、命がいくつあっても足りません。ヘル・ハウンドの群れに追い回されたとき、私は『帰れたら、失敗しても死なない職に転職する』と決めたものです。その結果がここなのですが」

「うわあ……。でも、良かったよ、生きて帰れて」

 ポッチーノは、この受付の身の上話に同情した。

 なお、ヘル・ハウンドというのは、この付近の森林地帯に生息する野犬である。とにかく獰猛で、縄張りに踏みこんだ者を執拗に追いまわす習性がある。しかも牙に毒を持つ凶悪な猛犬で、害獣の代名詞、新人狩人の死因ナンバー1という恐怖の勲章をいくつも持っている。

 その点、ポッチーノは歯に毒もないし、追うか逃げるかと言われたら逃げる方なので、何十倍もおとなしい。

「ですから、私は外回りの配達員のことを尊敬しているんですよ。よくあんな荒野を駆けまわれるなって。……まあ、たまには対処に困る方もいますけどね。あのナンパ野郎とか、嫁自慢野郎とか、本当に」

 Cとガンマのことかな、とポッチーノは思った。

「まあ、それは置いておくとして。特にあなたなんて獣人とは言え私より年下の女の子なのに、よく配達員が勤まるな、というのが本音です。靴探し、上手く行くと良いですね」

「ありがとう。なんだか照れくさいな」

 ポッチーノは鼻先がかゆくなったような気がして、恥ずかしがりながら鼻をこすった。

 それにしても、この受付の女性、元は狩人だったようだ。どうりで、ヘリストン・ハンターギルドについて詳しいはずである。

「じゃあ、今からさっそく行ってみるよ」

 ポッチーノは支店を出ると、駆け足で街を縦断し始めた。広大な城壁都市なので、移動するだけでも時間がかかる。

 しかし駆け足で移動すると、周りの視線が大して気にならないし、嫌な冷笑も耳にしなくて良いので、かえって楽で良い。

 ──ヘリストン・ハンターギルドの建物は、まるで砦のように強固そうな作りをしていた。

「ここがギルドかぁ」

 感心しながら、ポッチーノは開かれていた入り口からそっと中へ入ってみた。

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