実は捜してもらえていました。
夜空に三日月が昇った頃、大聖堂の中にある居住棟の一角。
「失礼します、司祭」
と、1人の神官がノックをしてドアを開ける。
そこは司祭クラスの神官が持つ私室であり、ワンコロフ司祭は、養生用のベッドにいた。
神官は司祭の元へ歩み寄る。彼女は、司祭の側近でもあった。
「司祭。お休みのところ、失礼します。お体の方、いかがですか?」
「……ああ、ありがとうございます。今日は、まだ楽な方です」
ワンコロフ司祭はかすれた声で答える。
元より老齢の神官であったが、部下の間では、この数年で心身共に衰えたという見方もあった。
そのきっかけとなったのは、やはり、孤児院の長としてポッチーノを守り切れなかったことだろう。
ポッチーノが孤児院をあとにしてから、ワンコロフ司祭の体調は日に日に悪くなっていった。
公の場でこそいつも通りに職務をこなしたが、プライベートな場では時折、弱音をこぼすこともあった。
とどめとなったのは、司祭がポッチーノの保護を頼んだ人物からの一報だった。
司祭は孤児院を出ていこうとしたポッチーノに、一通の手紙を渡した。その人物に、彼女の保護を請願したのだ。
しかし、その後のことを尋ねる手紙を出した司祭は、思いもよらない返事を受けたのだ。
『まだ来ていないし、何の連絡もない』
幾度となく連絡を取り合ったが、事態は何も変わらなかった。
この六聖教特区からキャピタル・ヘリストンへ行くには、子供の脚だろうと何か月も何年もかかるとは思えない。
それにポッチーノは獣人で、誰よりも足の速い子だったので、きっと辿りつけるだろうと司祭は考えていた。
ポッチーノの身に何かあったとしか考えられない。
自分の配慮の浅さを、司祭は今に至るまでずっと悔やんでいる。そんな心境に蝕まれるように、持病の方も悪くなっていった。
今や、調子の良い日でなければ体を起こすことも難しい。
神官も人間である以上、いつかは永遠の眠りが訪れる。それは部下たちも分かっていたが、このような形で司祭が衰えていく姿は耐え難いほど痛ましい。
特にこの側近はワンコロフ孤児院で育った身であり、司祭は父も同然の存在だった。
「司祭。今日は、孤児院の設立記念日でした。子どもたちから、司祭への手紙をお預かりしています」
「そうですか。ありがとうございます」
と、司祭は目を細める。
「すっかり、失念していました。しかしこの日が来ると、設立の日のことが昨日のように思い出されます……」
……今から32年も昔のこと。
「司祭。本日も、良い話をありがとうございました」
週末の説経が終わると、部下の神官が司祭に礼を述べた。
元よりワンコロフ司祭は話が上手であり、その才を買われて高い地位を任せられた神官だ。彼の説経を聞くために大聖堂へ通う者も多い。
「これで、信者の方々も心が洗われたことでしょう」
「ありがとうございます。──しかし」
しかしどうもこの頃、司祭はふと思い悩む機会が多かった。
「どうかなされました?」
「私は最近、よく思うのです。私は、救うべき人間を本当に救えているのでしょうか、と」
「疑いの余地はありません。それは皆さまの顔を見ながら話をされる司祭が、1番良く分かるのでは?」
「私が言っているのは」
と、司祭、
「そもそも、この場へ来なかった者ですよ。いえ、来ることができなかった者たち、と言った方が良いでしょうか」
「と言いますと?」
「社会には富める者もいれば、貧しい者もいます。真に救いを求めているのは、日々を生きるだけで手一杯の貧しい者たちなのではないか、と思いまして」
そう言って司祭は考えこむ。
「彼らのために、私は何ができるのでしょうか」
「司祭。大聖堂には、大勢の神官がおります。何も司祭1人で全てを抱えこまなくても」
と、お付きの神官が述べるも、司祭の顔色は晴れなかった。
──その晩。その日は雨の降る夜だった。
司祭は窓から庭を見下ろしながら、まだ考え事を続けていた。
雨と夜闇のせいで視界は悪く、庭の木々はほとんど見えない。あまりに高い位置にいると、下の方が見えなくなるものである。
人間も同じだ、と司祭は思った。司祭という地位はあまりに高すぎる。聖堂へ通うのは、比較的裕福な者たちだ。貧しい者の生活は、ほとんど分からない。
どうすれば良いものか、と司祭が頭を働かせていると、ふいに小さな影が庭と外を区切る柵をよじ登ったのが見えた。
野良猫か、野良犬か。分からないが、その影は庭を横切り、大聖堂の中へ入ってしまう。
何だろう、と思った司祭は、部屋を出ると階段を下りた。人を呼んで行かせることもできたと言えばできたが、元より行動派の人間である。
“影”が入りこんだのは、食堂の辺りだったはずだ。食堂なら、今は夜なので、暗闇と静寂につつまれているはず。
司祭が中を覗き込むと、棚の前に何かが座りこみ、音を立てないよう気を付けながら食器を漁っている。そういう知恵がまわることを考えると、獣ではない。
「どなたかな?」
司祭がランタンで部屋を照らしながら声をかけると、その“影”はハッと顔を上げた。
……それは、薄汚れた幼い少女だった。クシャクシャに汚れた赤い髪と、ボロボロの服から察するに、まともな生活をしているとはとても思えない。
が、少女の行動は速かった。
「騒ぐな!」
と甲高い声を出しながら立ち上がり、腰に携えたビンから液体を室内に撒き散らす。カンテラ用の安い植物油の匂いが、司祭の鼻についた。
続けざまに少女はマッチをつけ、
「ガキだからって甘く見るなよ、おっさん。何か妙な真似をしたら、この建物も燃やしてやる」
と、飢えた狼のような鋭い目で司祭を睨む。
迫力に欠けることは確かだが、居直り強盗であることに違いはない。いや、未遂でも終身刑か死罪になる放火犯となれば、危険度はそれ以上だ。
「おっさん。パンを持ってこい。誰か他の奴を呼んだら、ここを火事にしてやるぞ。本気だからな」
敵意を露にしながら乱暴な言葉を並べる少女に、司祭は深い衝撃を受けた。彼女が恐ろしかったのではない。彼女のような境遇の者がいながら、ただ大聖堂で説経するだけで何も施しもしてこなかった自分の無知を、司祭は悔やんだのだ。
「少し、そこで待っていなさい」
と、少女を置いて調理場へ向かう。
実は司祭、調理場の勝手をよく知らなかったのだが、幸いにもパンの入ったバスケットはすぐに見つかった。
バスケットごと持って、司祭は食堂に戻る。少女はただその場で待っていたようだが、持っていたマッチはもう消えていた。
「お待たせしました。これで、足りますか?」
「ん。……さ、こっちによこせ。妙な真似したら──」
少女はマッチをつけると、それを片手に持ちながらもう片方の手を司祭に伸ばし、少しずつ歩み寄ってきた。
声が震えている。かなり警戒しているのだろう。
が、あまりに司祭に注目していたものだから、暗い足元に銀の皿が落ちていることに気づかなかった。
油に濡れた皿に足をとられ、少女は転倒した。
「あっ!?」
と驚いたときにはもう遅い。
転んだ衝撃で落としてしまったマッチは、油を含んだ床に落ちるなり──ふっと消えてしまった。
油とは言え、引火点の高い植物油。しかも、かさ増しのために多量の水を入れていたため、引火しないのが当たり前なのだ。
「そんな……」
少女は消えたマッチを取り上げたが、1度消えた火が再びつくはずもない。
その間に、
「大丈夫ですか?」
司祭はすぐ目前まで来ていた。
「ひっ、や、やめて!」
「何もしませんよ」
と司祭は微笑む。
「さあ、これをどうぞ」
差し出されたバスケット。
少女は戸惑いと警戒の目で司祭の顔とバスケットを交互に見たが、やがてそれを司祭の手からひったくった。
乱暴な取り方であったが、司祭は嫌な顔もせず
「夜道は暗くて危ない。朝になったら、ご両親の待つ家へ持ってお行きなさい」
と諭した。
すると少女は、俯きながら、
「あのな、おっさん。アタシには、親父もおふくろもいないよ」
「何ですって?」
「親父には会ったこともない。おふくろも、アタシがいると男が釣れないから出てけって。だから、家もない」
少女の告白に、司祭は一瞬言葉を失った。
「……それなら、さぞ辛かったでしょう。もう大丈夫です。私たちはあなたの味方です」
「嘘つけ。知ってんだよ、おっさん。神様ってのはさ、本当は金持ちの味方なんだろ?」
少女は恨めしい目をしながら毒づいた。
「そのようなことはありませんよ。神は、この世の全てを見守っておられます」
「じゃあどうしてさ、ここは立派な服を着た奴ばかり中へ入れて、アタシたちを追い返すんだよ」
その少女の視線が、研いだナイフのように司祭の心に刺さる。
しかし、現実から目をそらすわけにはいかない。ここで逃げれば、またこの少女を地獄へ投げ出すことになるのだ。
「申しわけありません。今まで私は愚かでした。しかしもう、辛い思いはさせません。これからは、私があなたの味方になります。約束します」
「うるさい! 知ってんだよ、偉い奴に正直者はいないって!」
ついに激高した少女は、バスケットをつかんで走り出す。
「神様なんて、死んじまえば良いんだ!」
という恨み言を残して、小さな窓を潜り抜け、あっという間に夜の中へ消えてしまった……。
翌日、この衝撃を忘れられなかった司祭は、側近の神官へこの体験を話した。
そのとき司祭は初めて知ったのだが、例の少女はどうも最近、この街の問題になっているらしい。
仲間同士で呼び合っているのを聞いた限りでは、フレイミーという名前のようだという。
幼い子供で徒党を組み、住人の少なそうな家屋に押し入っては放火未遂を働き、食糧を強奪しているようだ。
彼女は初犯ではなかったのだ。確かに、昨晩の動きには場数の多さすら感じられた。
──その日からワンコロフ司祭は、1つのプロジェクトを立ち上げた。
計画の実行は迅速さが最優先されたため、大した予算を確保できなかったが、元より大々的な話でもない。
3日目で何とか、目途を立てられた。
これでひとまず一息つけるかと思いきや、事件はその夜に起きたのだった。
「ワンコロフ司祭」
と彼の私室を訪れたのは、側近の神官であった。
ただ今日は、どことなく声を潜め、こそこそとした様子だったので、司祭もなんだろうと不思議に思ったものだった。
「いかがなされました?」
「今、見回りの方から報告がありまして。裏口に、例の子が現れました」
「例の子、と申しますと?」
「フレイミーという、あの浮浪児です」
「何ですって?」
司祭は即座に立ち上がった。迷わず、裏口へ向かう。
「離せ! 離せよ、こんちくしょう!」
前方からかすかに聞こえてきた声に、司祭は確信する。間違いない、あの子だ!
裏口を開けると、そこでは既にフレイミーが衛兵に取り押さえられていた。
「おっさん、助けて!」
司祭の姿を見るなり、フレイミーは叫んだ。
すぐに司祭は、その衛兵に、
「その子を離してあげなさい」
「しかし司祭様、こいつは──」
「彼女が何をしたのかは私も知っています」
と司祭が言うとフレイミーは顔を青ざめさせたが、司祭は言葉を重ねた。
「しかし、それは貧しさが故に犯した罪。罪か死かという残酷な選択を強いた私たちが咎められずして、なぜ彼女だけを罪に問うことができるでしょうか」
「司祭、罪は罪です。犯罪者は罰せられなければいけません」
「それならまず、私を罰しなさい。罪状は、今申した通りです」
その司祭の言葉は、決して乱暴な言い方ではなかったが、それでも強い力があった。
衛兵がうまい返事を思いつけずにいると、
「この一件、私に裁量を委ねてはいただけませんか? もう2度と、この子に過ちをさせないと誓います」
「そ、そこまでおっしゃられるなら……」
と、衛兵は渋々ながらフレイミーを離した。
しかしフレイミーは安堵するどころか、
「おっさん、お願い。助けて。アタシには、おっさんしか頼れる人がいないんだ」
そう請願してきたではないか。
「どうされました?」
「……すぐそこに、アタシの仲間がいるんだ。ポメラっていう奴なんだけど、昨日からすっごい熱出して、アタシらじゃどうして良いか分かんないんだよ」
フレイミーは涙目で司祭を見上げる。
「おっさんの言う通り、アタシがしてきたのは悪いことだってのは分かってる。だから、捕まっても良い。でもあいつは悪いことはしてないんだ。だから、ポメラだけでも助けてやって。このままじゃ、あいつ、死んじゃうよ」
「事情は分かりました。それで、その子はどこに?」
と司祭が尋ねると、すぐにフレイミーは門の外に寝かせていたポメラを負ぶって連れてきた。
確かに、ひどい熱だ。意識ももうろうとしており、このままでは死んでしまうということは司祭にもすぐ分かった。
「すぐこの子を中へ。医務に詳しい人を手配してください」
司祭はすぐ、衛兵に指示を出す。
「一刻を争います! 早く!」
衛兵は急かされながら、大聖堂の中へ入っていった。ほどなくして、主に司祭と近しい神官たちが駆け付け、ポメラを中へ運びこんだ。
「後は私たちに任せなさい。よく頑張りましたね、フレイミー」
「ありがとう、おっさん……」
とフレイミーは、初めて司祭に礼を言いながら、両手を前へそっと突き出した。
「アタシの味方になってくれるって言った人は、おっさんしかいなかったから。ありがとう、約束を守ってくれて。……だから、アタシも約束、守るよ」
「どうなさるつもりです?」
「言ったよな、捕まっても良いって」
フレイミーは両手首をそろえて、司祭に見せた。文字通りの“お縄頂戴”だった。
しかし司祭は首を横に振る。
「私はあなたと、そのような約束を交わした覚えはありませんよ、フレイミー」
「え?」
「私が交わした約束は、私があなたの味方だということです。いえ、これからは“あなたたち”の味方、と訂正すべきでしょう」
「おっさん……」
「フレイミー。これから私は、父としてあなたたちを守りたい。血は繋がっていませんが、私をあなたたちの家族にしてはもらえませんか?」
その暖かい言葉が、フレイミーの涙を決壊させた……。
翌日、ワンコロフ孤児院は設立された。
家屋も家具も処分寸前の中古品だったが、子供たちが暮らすには十分だった。
フレイミーは十数人の仲間を連れてきた。彼女が、この浮浪児グループのリーダーだった。
足の速い者で結束して強盗を働き、奪った食料をこのグループの仲間へ分け与えていたのだ。もちろん、ポメラもその1人だ。
この事情を知ったとき、司祭はフレイミーを改めて、勇敢な英雄として尊敬したのであった。
そんな彼女たちに、これ以上間違った道を歩ませないために、司祭はこの孤児院を用意したのだ。
「本当に、私たち、ここに住んで良いの?」
路地裏や空き家屋などを転々としてきたフレイミーたちにとって、安住の地ほど嬉しいものはない。
「ええ。これからはここが、あなたの家です」
「ありがとう。……お父さん」
フレイミーは嬉し涙を見せながらも、輝かしい笑顔を司祭に見せたのだった。
「確か、あれから32年……。私は、本当に、救われるべき人を救ってこられたのでしょうか……」
そう呟いた司祭は、直後に大きく咳をしてしまった。
持病は確実に悪化している。もう長くはないのかもしれない、と覚悟はしている。
「司祭ほど、多くの人を救ってきた方を私は知りません」
「しかし私は、ポッチーノを守ってあげることができませんでした」
と司祭は、側近の神官となったポメラへ言った。
ポメラは今、病で伏した司祭に代わり、ワンコロフ孤児院の運営を担っている。
司祭への恩返しという意味もあるし、今度は自分が子供たちを救いたいという強い意志の顕れでもあった。
それ故、世間の非難からポッチーノを守れなかったという司祭の痛切な気持ちはよく理解している。
しかし司祭もポメラも、今はただポッチーノが見つかることを待つしかない。せめて手がかりだけでもあれば……。
「失礼します、司祭」
そこへドアのノックの音がする。入ってきたのは、ここで働き始めて間もない新米の神官であった。
「お客様が見えられています。司祭は身体の調子がすぐれないと伝えたのですが、どうしてもと仰られまして──」
その新米神官は事務的な伝達をしている。
すると、その“お客様”は彼を押しのけるように部屋へ入りこんだ。
「すまん、親父! 遅くなった!」
と、“お客様”こと、フレイミー・ワンコロフは急ぎ足でベッドへ進む。
燃えるような深紅の髪に、同じくらい見栄えの良い紅蓮のコート。ボロ服しか着られなかった浮浪児の頃が嘘のようである。
とは言え、あの頃は幼い少女だったフレイミーも、今や1児の母だという。彼女に会うたび、月日が経つ速さを司祭はしみじみ実感する。
現在は遠方に住んでいるので六聖教特区にはなかなか来られないが、ワンコロフ孤児院には寄付という形で貢献していた。それに毎年、この設立記念日には必ずここへ駆けつけるのだった。
「フレイミー、今年もわざわざ来てくださいましたか。ありがとうございます」
「当たり前だろ。今日はアタシの誕生日みたいなもんだ」
とフレイミーは司祭に笑顔を見せる。
「本当はもうちょっと早く来たかったんだけど、使った駅馬車が山賊とグルでよ。──まとめてぶっ飛ばしてやったら、こんな時間になっちまった」
「来てくれるだけで嬉しいですよ」
司祭は弱った体に喝を入れ、なんとか上体を起こそうとする。
「親父、楽な姿勢で良いからな。あまり無理するなよ」
とフレイミーはいたわりの言葉をかけつつ、頑張る司祭の手助けをしてやった。
神官のポメラとは違い、フレイミーは遠方で生活している。当然、滅多にここへは来れない。だからフレイミーが来ると、司祭もつい無理してしまうのだ。
「すみません。……フレイミー、ポメラ、あなたたちには本当にお世話になってばかりで」
「司祭、あなたが私たちへしてくれたことに比べれば、このくらい大したことではありません」
「水臭いこと言うなよ、親父」
ポメラが微笑みながら述べ、フレイミーも頷いた。
──司祭がこの2人へ負い目を感じているのには、深い理由がある。
ポッチーノがワンコロフ孤児院を出ると言い出した際、司祭は彼女の保護を依頼する手紙を書き、渡すと同時にキャピタル・ヘリストンを目指すよう述べた。
この手紙のあて先は、当時、キャピタル・ヘリストンの教会にいたポメラだったのである。
司祭の考えでは、ポメラが一時的にポッチーノを匿い、遠方から定期的に来るフレイミーがポッチーノの最終的な保護者となる予定だったのだ。
だがこの計画は、ポッチーノが消息不明となったことで崩れ落ちた。
この一件により心身共にまいってしまった司祭を案じて、ポメラは六聖教特区へ帰り孤児院の運営を任されている。
「そして、フレイミー。ポッチーノのことは、何か手がかりがつかめましたか?」
「悪い。もう住み着きそうな場所で探してない所はないと思うんだが」
「そうですか……」
フレイミーが決まり悪そうに報告すると、司祭は力なくうなだれた。
実はこの数年、フレイミーは2人に代わってポッチーノの行方を捜していた。決して暇な身分ではないが、何とか時間を作っては全力を注いでいる。
六聖教特区やキャピタル・ヘリストンは勿論、ヘリストン国内の主な農村へも探しに行った。獣人の大半は農奴だから、そこへ迷い込み定住しているのではないかと考えたのだ。
しかし、ポッチーノは見つからなかった。それどころか、手掛かりの1つすら得られなかった。
青旗騎士団の知り合いに尋ねても、そんな罪人は捕まっていないという。奴隷商や見世物小屋の主人にも尋ねたが、そんな商品は扱っていないという。
もう探していないのは、流浪の民が最後に辿りつくという『この世で最もあの世に近い街』エンドポイントくらいのものだろう。しかし、あの地へだけはとても行けない。
フレイミーは焦り始めていた。
時間が経てば経つほどポッチーノを危険にさらすことにもなるし、司祭もここ数年、体の調子が良くない。万が一ということは考えたくないが──。
「親父、とにかくやれることはやってみる。親父も、たまには子供らのことばかりじゃなくて、自分の体もいたわってやれよ」
と、フレイミーは司祭に励ましの言葉を述べた。半ば、自分を鼓舞する言葉でもあったが。
「ポッチーノならきっと大丈夫だ。名付け親のアタシが言うんだから、間違いねえ!」
「フレイミー。……ありがとうございます」
司祭は深い感謝の言葉を述べた。
フレイミーの仲間を思う気持ちの強さは、出会った頃から少しも衰えていない。燃え盛る炎のような情熱を体現したような人物なのだ。
この人と出会えて本当に良かった、と司祭は神にも感謝していた。
「──ポメラ、親父のこと頼むぞ。何か分かったら、すぐに連絡する」
「ええ。フレイミーも、お体にお気をつけて」
「分かってる。それじゃ、またな。次はもう少し、早く来れるようにするよ」
そう言ってフレイミーはこの部屋を後にした。
大聖堂への武器の持ちこみは認められていないため、入り口の衛兵に預けていたマスケット銃を回収し、そのまま大聖堂を後にする。
夜空に輝く三日月を見あげたフレイミー。
「……分かってんだろうな、神様。親父もアタシも、あんたに結構ベットしてるんだぜ」
と、心の中でつぶやく。
──同じ三日月の光を浴びながら、ポッチーノは城壁の外で野宿していた。
もう少し、明るい時間帯だったなら。
もう少し、フレイミーが早く来ることができていたら。
もう少し、ポッチーノの眠りにつく時間が遅かったら。
運命の悪戯は、この2人を絶妙な距離で引きはがした。わずか数メートルまで両者は近づいていたというのに!
「待ってろよ、ポッチーノ。必ず、迎えに行くからな」
深紅の瞳に熱い情熱を宿しながら、フレイミーは夜の六聖教特区へ歩みだした……。




