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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
六聖教特区への道編、あるいは獣人配達員ポッチーノの章
21/30

助け舟を出してもらえました。

 モミィたちの村を出てから、数時間。時間帯は、ちょうどお昼時だろうか。

 その風をも追い抜く俊足でモミィを救い、字を読めるだけの知識を以て村をも救い、すっかり村落の英雄となった『白き疾風の獣人配達員』、ポッチーノ・ワンコロフは

「きゃんっ」

 と、転んでしまった……。




 見れば、靴がまた大破していた。

 ポッチーノの走り方は脚にも靴にも莫大な負荷がかかる。脚の方は産まれながらに強くできているから良いが、靴はそうもいかない。

「あーあ、またやっちゃった……。もう一度、トリバーにお願いしようかな」

 と、縫い目がほどけきってしまった靴を脱ぎながら、近場の木陰で腰を下ろす。

 キャピタル・ヘリストンの靴屋で働く幼馴染、トリバー・ワンコロフの手腕をまた頼ることになりそうだ。

 壊れた靴を鞄にしまうと、ポッチーノは水筒を取り出して一休みすることにした。いざ水筒を持ってみると実感できたが、水を携帯できると言うのは本当に便利である。

 ついでに、せっかくなので気分転換もかねて

「えーと……、モミィと村のみんな、っと。これでよし」

 と、トモダチ忘録”を更新してしまうことに。

 こうして備忘録を作ってみると、ハウス・ポスタルに雇われてからトントン拍子に友達が増えていることに気づく。ワンコロフ孤児院を出てからしばらく孤独な日々だったことが、まるで嘘のようだ。

「お父さんに会ったら、みんなのこと、聞いてくれるかな」

 と、ポッチーノはワンコロフ司祭のことを思い浮かべながら、ひとりごちる。

 しかし、書き連ねられた友達の名前のリストを見渡していたポッチーノは、ある部分で目を止めた。

『__ネット・ロズ・______』

 リオネット・ロズ・グランドルフ。マハジャーラ家の屋敷にあった肖像画に描かれていた5人組の1人である。他の4人、すなわちC、ンディーヤ、ガンマ、レインクルスとは会えたことを考えると、彼女にも会ってみたかった。

 だがポッチーノ、いざ備忘録を作ろうとした際に、肝心の名前がスッと出てこなかったのだ。備忘録を作る前に忘れてしまってはどうしようもないので、この部分だけは空白を設けている。

「えーと……、キャビネットでもないし、ボンネットも違うし、何だったかなぁ……」

 リオネットである。

「ま、キャピタル・ヘリストンに着いたらンディーヤに聞けば良いか」

 と気楽に考えながら、ポッチーノは備忘録を閉じて立ち上がる。

 今後だが、まずはキャピタル・ヘリストンに向かい、靴を直してもらった後に六聖教特区へ行く。配達物を全て配り終えれば多少はゆっくりしても良い、とのことなので、この計画ならワンコロフ司祭にも余裕をもって会えるはずだ。

「さて、行くぞ! まずはキャピタル・ヘリストンだ!」

 ポッチーノは気合いを入れ直し、裸足のまま、また走り出した。


 


 ──それでなぜか、到着した先は六聖教特区だった。

「あれ?」

 ポッチーノは目をこすったが、何度見返しても城壁の向こうに六聖教特区のシンボル・大聖堂が見える。

 それに六聖教特区は内陸の都市、キャピタル・ヘリストンは臨海都市なのだが、どう見てもこの辺りに海はない。

「あれぇ?」

 城壁を見上げながら、ポッチーノは呟いた。多分に、道を間違えたのだろう。

 どうしよう、とも思ったが、もう夕方である。今から移動するには遅い。

「ま、いいか。終わり良ければ全て良しって言うし」

 まだもう一件の配達がある以上、ここは終点ではないのだが。

 ここはポッチーノの故郷だ。この中にあるワンコロフ孤児院こそ、トリバーなど数多の仲間と共に幼少期を過ごした、思い出の家なのである。

 それだけに懐かしさが込み上げてくるが、同時に、不安の念もあった。六聖教特区は、ヘリストン国内で最も獣人差別の激しい場所でもある。だからこそポッチーノは幼いうちに孤児院を追われ、エンドポイントで浮浪の身となったのだ。

 孤児院にいた頃も、ポッチーノだけ外では遊べなかった。事実上の軟禁状態だったと言っても良い。外には獣人をさらう怖いお化けがいるとよく教わったが、後に、そのお化けとは差別意識むき出しの人間のことだと知った。むしろ孤児院は、幼いポッチーノを差別から守ってくれていたのだ。

「お父さん、元気かな」

 本当の父のことではない。ワンコロフ孤児院の主、ワンコロフ司祭のことである。孤児院の子たちは、司祭のことを父と思う者が少なくないのだ。

 手紙を事務所に出した後、孤児院に顔を出してみようかな。お父さん、いると良いな。そんなことを思いながら、ポッチーノは門をくぐろうとした。

 ところが、門番の衛兵が

「そこの獣人。ここから先は神聖なる六聖教特区の中枢である。おまえのような穢れた亜人が立ち入ることは許さん」

 と、槍の先をポッチーノへ向ける。

「ままま待って! ボク、ハウス・ポスタルの一員で、お手紙を届けに来たんだ」

 ポッチーノは、もらったばかりの身分証を衛兵に見せたが、

「1つの例外も認められん」

 とりつく島もない。

「でもボク、昔はワンコロフ孤児院にいたんだよ?」

「ええい、獣人の分際で口答えをしおって! これ以上長居する気なら、終身牢へ放り込むぞ!」

 衛兵はすごい形相で怒鳴ったので、ポッチーノはすっかり臆してしまい、

「分かった! 帰る! 帰るよ、もう」

 と文字通りしっぽを巻いて逃げ出した。

 孤児院に顔を出すどころか、城壁をくぐることも、手紙を届けることもできなかった。

「お父さんどころか、手紙も届けられなかった」

 少し離れた野原までトボトボ歩いて、ポッチーノは木の下にちょこんと座りながら、ため息をついた。

「ボスに何て謝ろう」

 何より、配達員でありながら手紙を届けられなかったことに、負い目を感じているのだ。

「クビかなぁ……」

 いったいどうして良いのか分からないので、次の行動に移れない。デスドールに預かった手紙を返すか、それとも強行突破してでも手紙を届けるか……。

 この問題は、ポッチーノの簡素な頭には難しすぎた。

 すっかり青息吐息になっていた、そのとき。

「ヘーイ!」

 と、陽気な声がポッチーノの頭を持ち上げさせた。

 声がする方を見ると、

「なんだ、ワンちゃん。また落ち込んでるのか?」

「……ガンマ!」

 ポッチーノは驚いてしまった。つい一昨日会ったばかりのガンマ・バブルヘッドがそこにいたのだから。

「どうしてここに?」

「仕事でね」

 とガンマはさらっと答える。

「もう用は済ませたし、後は愛する嫁さんのところに帰ってやるだけさ。ワンちゃんも、仕事で来たんだろ? 目的地なら、すぐそこだぜ?」

「うん。でも……」

 ポッチーノはうなだれて、

「ボクは獣人だから、中には入れられないって」

「そんな奴、張っ倒しちゃえば良いじゃん」

「ボク、乱暴沙汰はしたくないよ」

 と、ポッチーノは言い返した。

 するとガンマは急に、

「ハハッ。あんたって、びっくりするほど俺の嫁さんによく似てるよ。ウィスパーが手を焼くのも分かる気がするな」

 そう笑い出してしまった。ポッチーノ、きょとんとしてしまう。

 この人は何者なのだろう、とポッチーノは首をかしげた。Cと友達なのは分かるが、ウィロン・O・ウィスプのことが今出てくるとは思わなかった。

「でも、これも何かの縁だ。手、貸してやるよ、ワンちゃん」

「ねえ。ガンマって、一体何者なの? ずいぶんボクのこと、知ってるみたいだけど」

「んー? Cから何か聞いてない?」

「全然」

 ポッチーノが首を横に振ると、ガンマは肩をすくめ、

「なんだよ、気が利かないな。俺はてっきり、あんたも俺のこと知ってる前提で話をしてたのに。……ま、いいか。実は俺、こういう者でね」

 と言いながらポッチーノに1枚の金属板を見せる。

 ハウス・ポスタルのシンボルマークが刻まれたそれは、間違いなく配達員の証だった。きちんと、ガンマの名前も掘りこまれている。

「え? 君も配達員なの?」

 と、ポッチーノは目をぱちくりさせる。

 なるほど。ガンマもハウス・ポスタルの配達員だとしたら、色々と腑に落ちる。こうして旅先で会うことも、ポッチーノのことをウィロン・O・ウィスプのから聞いていたこともだ。

「そういうこと。Cとは同期でね、新人の頃は実績を競いあったりしたもんだ」

「いいなぁ」

 ポッチーノの口から本音が漏れた。──ボクも同期の配達員がほしかった!

「で、本題に戻るけどさ、ワンちゃん。あんたのことはデスの旦那たちから聞いてる」

 というガンマの言葉が、ポッチーノを現実に引き戻す。

「あんた、ここに届ける手紙を持ってるんだろ? そういう事情なら、俺が届けてきてやるよ」

「ええっ!? そんなのダメだよ。ボスから、他の誰にも渡しちゃいけないって言われてるんだ」

 ポッチーノは鞄を両手で抱きかかえながら断る。

 手紙を第三者に渡すことは、デスドールから固く禁じられているのだ。

 すると

「俺は同僚だから良いんだよ」

 と、ガンマが言い聞かせる。

「まあ、正確にはグレーゾーンだけどね。でも今回は、やむを得ないケースなんだ。多少の緊急措置は仕方ないさ」

「うーん。ボス、許してくれるかなぁ」

 ポッチーノはまだ踏ん切りがつかない様子。

「それなら、俺がデスの旦那に説明の書状を書いてやるよ。旦那だって杓子定規な人間じゃないし、俺のことならよく知ってる。大した問題にはならないさ」

「本当?」

 だんだん希望が見えてきたような気がして、ポッチーノの顔色が明るくなる。

「もちろん。その代わり、帰ったら旦那にはきちんと事情を説明してね。旦那、部下の嘘と隠し事にだけは厳しいから」

「うん。じゃあ、、これ、お願い!」

 とポッチーノは祈るような気持ちで、六聖教特区への配達物をガンマに託した。

「オーケー。全速力で行ってくるよっと。ワンちゃんはここで待っててね」

「うん」

 ガンマは手紙の入った封筒を受けとると、そのまま城門の方へ走り出した。

 再び1人になったポッチーノ、首を伸ばして彼の帰りを待つ。

 ……十数分後。心臓をバクバクさせながら待ち続けたポッチーノのもとへ、ガンマは帰ってきた。

「いやー、お待たせ。これ、受け取りサインね」

 と、ガンマがサインを差し出したので、もうポッチーノは大喜び。

「あと、こっちが俺の書いたデスの旦那への報告書。旦那なら、筆跡で俺の字だって分かるはずだ」

「やった! これで、安心して帰れるよ。ありがとう!」

 と、ポッチーノはまぶしい笑顔で礼を述べた。

「なあに。あんたのおかげで、俺も嫁さんに良い土産が買えたんだ。これでおあいこさ」

 ガンマが気さくに笑った。




 ──もう夕日の半分は山の影に隠れてしまっていた。夜闇はすぐそこまで来ている。

「今日はもう、野宿するしかないかな」

 ポッチーノは星の昇る東の空を見ながら呟いた。

「ガンマはどうするの? 六聖教特区の宿屋、早くしないと埋まっちゃうかもしれないよ」

「ここで夕飯を食べたら、俺はもうロックゾーラに帰るよ。愛する嫁さんが、俺の帰りを待ってるんでね」

「君は本当にお嫁さんのことが好きなんだね」

「そりゃあ、もう。俺たち、ロックゾーラで、いや、ネオリカで一番熱く愛しあってる夫婦だから」

 と述べながら、ガンマはポッチーノのそばに座り、大きなパンと燻製ベーコンを鞄から取り出す。

 特にベーコンは胡椒がよく効いていて、実に美味しそうだ!

「ちなみにこのベーコン、嫁さんが俺のためにこしらえてくれたんだ。やっぱり、愛の味が1番美味いわ」

 ガンマは顔をほころばせながら、美味しそうにベーコンを味わっていた。

 新婚生活はとても楽しいものらしい。

 そんなノロケ話を聞きながらポッチーノは、ふああ、と大あくび。今日の大半を走ることに費やしたのだから、それなりに疲れているのである。

 だがお腹もすいている。ポッチーノも夕飯を鞄から取り出そうとしたが、

「あ、そうだ」

 そのとき目についたのが、あのトモダチ備忘録だった。

 これを機に“あのこと”について聞いておこう、とポッチーノ

「ねえ、ガンマ。ひとつ訊きたいんだけど」

「と言うと?」

「これ。ボクね、友達になった人や、これからなりたい人の名前を忘れちゃわないように、手帳をつけることにしてるんだ」

 とポッチーノは手帳をめくって、

「でもね。ロズの名前、忘れちゃったの。ガンマなら、覚えてるよね?」

「覚えてるけど。ワンちゃん、ロズに会ったことあるの」

 ガンマは不思議そうな顔をしている。

「ううん。でも、ンディーヤの家にあった肖像画に、Cやガンマたち5人が描いてある絵があったでしょ? ボク、もうロズ以外の4人には会ったから、ロズにも会ってみたいなって」

「何だそりゃ」

 と、さすがのガンマもこの奇妙な話には戸惑ってしまった様子。

 しかし、薄暗くなった夜の野原でも分かるくらい目をキラキラさせるポッチーノに、

「……ま、いいけどさ。ロズのフルネームは、リオネット・ロズ・グランドルフ。オーケー?」

「ありがとう! 今度はもう忘れないよ」

 ポッチーノはその場で、手帳に名前を書きこんだ。

「ねえ、ロズって優しい人? Cたちの友達だからきっと良い人だと思うんだけど、会ったらボクとも友達になってくれるかな」

「ワンちゃん、あんたも難しいこと訊くね」

 ガンマはそう言って、携帯していたラム酒の瓶から1口呑む。

「実を言うとロズは今、ちょっと遠い国へ冒険に行っててね。しばらくは帰ってこないだろうさ」

「そっかぁ。じゃあ、会えるのはずっと先になっちゃうんだね」

 ポッチーノは少ししょんぼりしたが、

「じゃあなおさら、忘れちゃわないようにしないとね」

 と、すぐに持ち直した。

 すると、ガンマが夕飯の最後の一口を平らげながら、

「じゃあ代わりに、俺の嫁さんと友達になってやってくれよ」

 と、話題をロズのことから“嫁さん”のことへ強制的に上書きした。

「あんたならきっと、嫁さんと馬が合うと思うし。そのうち、配達でロックゾーラに来たときで良いからさ」

「喜んで!」

 友達が増える分には、ポッチーノとしても大歓迎である。

 が、要塞港ロックゾーラのこととなると、ポッチーノには1つ気になることがあるのだ。

「それより、ガンマ。一昨日、酒場で聞いたあの話って、本当のところはどうなの?」

「あの話って?」

「ほら、ゴライアスっていう人食い鬼人が出る話。ボク、友達は誰でも大歓迎だけど、鬼人だけはちょっと……」

 ポッチーノがこうも鬼人を恐れるのには理由がある。

 まだワンコロフ孤児院にいた頃、やんちゃな仲間が夜中に“恐怖の鬼人”という怪談を話しているのを聞いてしまい、怖さのあまり一睡もできなかったのだ。

 なので、実物に会ったことがないにもかかわらず、その頃からすっかりトラウマなのである。

「アハハッ、ワンちゃん。あんな酔っ払いのタワゴトを真に受けちゃいけないよ」

 ガンマはまた大笑いした。

「産まれも育ちもロックゾーラの俺が断言するんだ。俺たちの街には、人食い鬼人なんて実在しないよ。誰かの与太話に、勝手に尾ひれがついていっただけさ」

「そっか。それなら安心して行けるよ」

 ポッチーノは安堵しながら、

「ボク、ロックゾーラに行くことがあったら、絶対にガンマとお嫁さんのところに行くからね」

「ああ。いつでも来いよ」

 ガンマはそう言って、立ち上がる。

「じゃあな、ワンちゃん。俺ももう行くぜ」

「うん! 助けてくれてありがとう!」

 ポッチーノは、夜の闇に消え行くガンマを、手を振って見送った。

「会いたい人が増えるって、すっごく良い気分だな」

 三日月の明かりを頼りに、トモダチ忘備録へ“ガンマのお嫁さん”と書きながらポッチーノはひとりごちた。

 乾いた爽やかな夜風が吹き抜ける。その風に誘われて、ポッチーノは野原の向こうにそびえたつ城壁の奥、明かりが灯る大聖堂を見上げた。

 まだワンコロフ司祭は仕事しているのだろうか。それとも、孤児院へ戻ったのだろうか。

「……でもやっぱり、お父さんにも会いたかったな……」

 未練は残るが、どうしようもない。

 今回が最後のチャンスじゃないんだから、と自分に言い聞かせながら、ポッチーノは大あくび。

 鞄を枕に、木陰で横になると、寸分の間に睡魔の虜になってしまったポッチーノ。

 空に昇る三日月の柔らかい光が、この優しい獣人の寝顔をほのかに照らした……。

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