↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/24

1-9、人魚伝説⑨

 武田先生に許可をもらって、工事現場に五人で赴く。

 今日の工事現場は、海岸沿いにある。潮風のせいで下水道がしょっちゅう劣化するから、工事も何年かに一度の頻度で行われているのだ。

 そこに、生霊が出るのだという。女の生霊だ。

 ぼわっとした生霊と、その悲鳴が聞こえるらしい。

 車で脇を通り過ぎると、向こうから生霊が見ているのだ。

 そのせいで、この辺は事故が多い。


「でもさ、なんで生霊とか幽霊とかって、女のひとが多いんだろう」


 工事現場まできて、まじまじと調べる恵美子と佐奈に、カスミが言った。

 ガガ! と工事の音が耳の奥から脳みそまで響くようだった。

 佐奈が、


「イメージだよイメージ。女の人の方が執念深いっていう――つまり、男尊女卑の名残かも」

「ああ、確かに。女は感情的でなにもできない、無力な存在。って、今も思っているひと多いよね」


 カスミが工事の音に負けないように、声を張り上げた。

 それに答えたのはかえでである。

 今までいくつか怪奇現象を調べに来たが、かえでが言及するのは珍しい。

 かえでの手はいまだ、カスミにべったりだ。


「でも、実際女は無力だよ。男に捨てられた女でまっとうに生きているのなんて、ほとんどいない――」


 かえでの言葉には妙な真実味があった。

 なにか、かえでは悟っている?

 工事現場のおじさんたちが、こちらを見てげんなりしている。

 カスミたちの会話は工事のおじさんたちにも聞こえていて、物好きな五人の女子高生をしっしと追い払った。


「てかさ」とカスミ。

「なに、聞こえない」


 かえでが聞き返す。

 隣にいるのに、かえでにすら声が届かなくなっていた。 

 工事現場はそれほど騒音がひどい。

 おじさんたちは、耳がおかしくならないのだろうか。

 いや、なにかの授業で、工事現場で働く人間が、難聴になりやすいと習ったばかりだった。


「てかさ! 生霊って、どういうときに出るの!?」


 カスミの声に、佐奈も理沙も恵美子も、首を傾げた。

 誰もそこは調べていなかったらしい。

 五人で顔を見合わせていると、工事現場の責任者らしき、ひときわ筋肉質なおじさんが、五人の元へと歩いてくる。

 のっしのっしと、まるで化け物のように威圧感を放っている。


「君ら、生霊の噂を信じてここに来たのかい!?」

「あ! はい! そうです!」


 ががががが。

 いまだ工事はうるさく、カスミもおじさんも怒鳴り声に近かった。

 おじさんが工事のヘルメットを脱ぎ取って、こっちに来いと五人を顎で指す。

 工事現場からやや離れて、しかし、みんながみんな、耳鳴りを感じていた。

 きーん、と耳の奥で金属音がする。短時間でこれなんだから、工事現場のおじさんたちは、一日の終わりにはなにも聞こえなくなるだろう。

 佐奈が改めて自己紹介する。


「私たち、あそこの高校の怪奇クラブの部員で」

「怪奇クラブぅ?」


 おじさんが怪訝な目を向けた。

 そりゃそうだ、カスミだって怪奇現象や七不思議なんて信じていない。この前の人面犬は――気にしないようにしているが。


「生霊なんてもの、うちには出ないよ」

「で、でも。目撃情報が」

「ああ、あれな。あれは」


 びっと、おじさんが工事現場を指さした。

 その向こうに、電灯のついた人型のロボットが見えた。

 規則的に棒を振るそれは、にこやかにこちらを見ている。 

 男の形をしていて、その笑みは恐怖を演出する。


「あれは、最新の棒振り人形。昔はペラペラのだったんだが、うちではバルーン型の最新式に変えたばかりで。あれが幽霊に見えるんだろ」


 それに、とおじさんが続ける。

 おじさんの声音は低く、カスミたちを威嚇するようにも聞こえた。


「オマエらも、あそこの騒音は経験したろ? あんなとこにいたら、誰だって聞こえもしない音や声を聞いちまうんだよ」

「確かに、それはそうですね」


 佐奈が妙に納得している。

 向こう側には、相変わらず棒振り人形がゆらゆらとその手を揺らしていた。 

 あれが夜、現れたら。 

 そして、工事現場の音が、幻聴を引き起こしていたら。

 確かにそれは、『生霊』に見えるかもしれない。

 だが、生霊は女と聞いている。


「でも、女の生霊だって」

「ああ。それな。それは」


 以前働いていた男の話だ。

 その男は、ストーカー被害に遭っていた。だから、職場を転々として、やがてこの町にたどり着いた。

 男は誰とも馴れ合わず、ひとりで黙々と仕事をしていた。

 度重なる引越しで、貯金は使い果たした。

 それどころか、引越し金で借金が膨れて、昼夜問わず仕事をしていた。

 寝る間も惜しんで、昼はコンビニ、夜は工事現場。

 そのうち、工事現場の音が、女の声に空耳するようになった。


「もう、何十年も前の話らいしが。俺も、ここに勤める古株から、話に聞いただけにすぎんが」


 空耳が、日に日にひどくなっていく。

 ストーカーの女が自分を狙っているのだと思い込み、男は夜も眠れない。

 そのうち、昼間にも空耳が聞こえるようになって、ある夜。


「うわ、うわぁ、やめてくれ! なんでオマエが!」


 工事現場に、ストーカーの女の生霊が現れた。

 しかし、ほかの人間にはなにも見えない。

 男が工事道具を振り回す。それが、運悪く男の命を奪った。

 その日から、女の生霊は、男を探して度々この工事現場に現れるようになった。

 生霊は、男が死んだことを、知らないからだ。


「という話が広まった結果だな。でも、その男は単なる『作為的なノイローゼ』なだけだよ。生霊なんて、俺が働き出してから、出た試しがない」


 おじさんは、慣れたように話した。

 まるで、今回が初めてではないように。きっと、この工事現場の生霊のデタラメを調べに、カスミたち以外も訪ねてきているのだろう。

 今日も無駄足だ。


「あ、その。私たち、帰ります」

「やんなるよ。いい営業妨害だ」


 おじさんは短気に息を吐き出した。

 佐奈たち五人は、縮こまって工事現場を後にする。

 ふと、白い影が五人の目の前に『降りてきた』。それは女のまとうワンピースで、ふわ、と五人を包み込むと、「あいしていたの」と呟いて消えていった。


「え? え?」


 五人、顔を見合せる。工事現場のおじさんを振り返ると、なにも気づいていないようだった。

 かえでが脇腹を抑えて、うめいた。


「かえで? 大丈夫?」


 しかし、かえでは青ざめるばかりで、なにも言わずに走り出していた。

 かえでを皮切りに、残り四人もあわせて走り出す。今のはなんだったのだろう。おじさんに聞いた話と、違う。

 逃げてなお、かえではカスミの手を握っていた。五人は得体の知れない恐怖から、逃げていく。



 部室に帰ると、恵美子が不機嫌にかえでの手を取った。

 いつもは恵美子とつないでいるはずの手が、今日はずっとカスミに絡まっていた。

 それに、さっきの不可解な女の影だって。

 そろそろ限界だ。

 恵美子の顔が、怒りに染まっている。


「恵美子? どした?」


 かえでが心配そうに恵美子の手を握り返す。

 ようやく、カスミから離れたその手を、恵美子は今一度握りしめた。

 恵美子の目に、涙が光る。

 ぎょっとして、かえでは恵美子の顔を覗き込んだ。

 恵美子の背はかえでより低いから、かえではかがんで、なるべく怖がらせないように恵美子の目を見る。


「なにかあった? 怖かったよね? あ、私がなにかした? え、恵美子、ヤダどうしよう」


 いつも通りのかえでに、恵美子はおもむろにかえでに抱き着いた。

 それで、カスミのほうを一瞬だけにらんで、

「かえでは私のだから」そう、つぶやいた。

 カスミはここでようやく、恵美子の不安が自分のせいだと気づいた。

 今日はずっと、かえでを独り占めしていた気がする。

 慌てふためき、カスミは一歩退いた。


「ごめん、なんか……」

「いや、私が悪かったんだよ。ごめんね。甲斐田さんとは……別にそういうんじゃないから」


 うん、と鼻声の恵美子に対し、カスミは違った。落胆、というのだろうか。 

 そういうのではない。

 そういうのってなに。友達? 友達ではない、って意味?


「あ、カスミ!」佐奈が、部室を走り出るカスミを呼び止める。

 しかし、カスミはドアを開いて一度足を止めて、振り返らずに、鼻をすすった。


「ちょっと、息抜きしてくる。私が生霊にならないように」


 別に、かえでの言葉に他意はない。

 わかっている。カスミは人間関係が下手だ。

 それに、かえでが今日、カスミに優しくしてくれたのは、なにかの気まぐれだということも知っている。

 かえでは、武田先生に特別扱いされるカスミが嫌いだ。

 大嫌いとまではいかないかもしれないが、虫の好かない人間だと思っているのは知っている。

 だって、カスミも同じ気持ちだから。

 それでも、人間は優しくされればうれしいし、それが嘘だったと知ったら、それ以上に悲しい。

 走り行くカスミを、佐奈だけが追いかけた。

 もう、工事現場の女を気にかけるメンバーはいなかった。



 カスミは、ひとけのない空き教室に駆け込んで、しゃがみ込むとさめざめと泣いた。

 友達なんて必要ないと思っていた。なのに、こうやって人間関係でやきもきして、馬鹿みたいだ。

 ず、と鼻をすすると、後ろにひとの気配がした。


「カスミ、大丈夫?」

「……佐奈! ……なんでもないから、帰って」


 しかし、佐奈はカスミの隣にしゃがみ込むと、カスミの体をきゅっと抱きしめた。

 あったかい。かえでとはまた違う、体温。

 今日一日で、カスミは一生分の感情を経験した気がする。

 友情と嫉妬。人間が人間たる所以である、汚い感情。


「かえでもさ。悪気はなかったんだと思うよ」

「うん。でも、平野さんってさ。私のこと敵対視してるとこあったじゃん。だから、今日はそれがなくて、うれしかったの」

「うん、うれしかったんだね」


 佐奈が繰り返す。

 うれしかった。そうだ、自分はうれしかったんだ。友達ができて、うれしかったんだ。

 ひとりでいるときよりも、誰かといるときのほうが、心がポカポカする。誰かと食べるお弁当は、何倍もおいしい。部室で怪奇現象について調べるときも、一緒に宿題をするときも。その隣に誰かがいることが、こんなにもうれしかった。


「私、友達ができたから、うれしくて。初めてだから、距離感もわからなくて」

「うん」

「でも、もっと、みんなのこと知りたいし、みんなと仲良くしたい。いま、すごく楽しいの」

「うん。それをさ、みんなに言えばいいんだよ」


 佐奈の声は、優しい。

 佐奈には人望がある。

 いつも笑っているし、ひとを引っ張っていける力がある。

 そういう佐奈を、まぶしく思う。


「でも、こんなこと言ったら、迷惑じゃない?」

「まさか。照れはするだろうけど。好きだって言われて、悪い気持ちになる人間はいないよ」


 だから、カスミは、夏休みが差し迫った今も、怪奇クラブを辞めなかった。

 新しい部員が入ったら辞めようと思っていたのに、新しい部員は一人も来ない。

 それでいい、もう少しこのまま。

 カスミとかえでは、時々けんかもするけれど、佐奈も理沙も恵美子も。

 みんながみんな、お互いを大事な友人だと思っていた。


***


「ねえ、甲斐田さんの家、行きたくない?」


 帰り道、何の気なしにかえでが言った。

 恵美子がかえでを特別だと知るや、かえでは目に見えて上機嫌になった。

 その帰り道だから、みんなかえでに気を使うこともない。

 突拍子もない提案に、驚いたのはカスミだけではなく、恵美子も理沙も同じだった。

 なぜ、とカスミが首をかしげると、


「ほ、ほら……親睦も兼ねて……さっきの工事現場のも……私と甲斐田さん、初対面が最悪だったから、その……あーもう、私だって、悪いと思ってんの! 同じ部活に入ったんだから、仲良くしたいって言うか」


 そんなこと言われるとも思っていなくて、カスミの目が真ん丸に見開かれる。

 そして、悪意を抱いた自分を恥じた。動物好きな理沙に意外な一面があるように、かえでにもそれはあるようだった。


「いいよ、お母さんに連絡してみる」

「よ、よかった~。断られるかと」


 かえでがほっと肩を脱力した。

 それほど真剣だったのだろう、カスミはこの先、かえでとうまくやっていこうと、そんな決意を胸にする。

 かえでは恵美子に手をからませて、「楽しみだね」と柔和に笑っている。

 カスミが母に連絡すると、片付けるから三十分後に、と返信が来た。


「行こうか」

「わ、私も楽しみ」


 佐奈が笑った。

 恵美子と理沙もつられて笑って、カスミの案内で自宅へと歩く。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。