1-3、人魚伝説③
顔合わせから数日、怪奇クラブのメンバーがそろったことで、佐奈は五人で足をそろえて、部活の届けを出しに行く。
正式に受理されなければ、怪奇クラブの活動はまだ始められない。
だから、五人みんなで、職員室にいる武田先生の元を訪ねたのだ。
クラブの開設届を出しに行くと、折よく武田先生が職員室に帰ってきたところだった。
「私、朝葉佐奈が部長で。副部長は平野かえでちゃん。で、こっちが畑野理沙ちゃんと倉恵美子ちゃん」
「……ども」
「最後の一人、見つかったんですよ」
笑顔で言ったのは、恵美子である。
闊達なところは佐奈と同じだな、とカスミは思った。
髪の色が佐奈と同じ茶色だし、恵美子は佐奈に進められて髪を染めたことは聞かずともわかった。
染めたか染めてないのかわからない程度の、うっすらとした茶色。
昔のカスミなら、それだけで敬遠して付き合わなかったであろう人種だが、何事も偏見はよくない。
恵美子は友達思いのいい子だ。
ほかの二人も、最初は物珍しそうにカスミを見ていた。
一学年が二クラスしかないこの学校に、クラスなんてあってないようなものだ。
カスミが一匹狼であることは隣のクラスの理沙も恵美子もかえでも知っていたらしく、最初、どう接していいのか迷っているようだった。
顔合わせでだいぶ打ち解けたことは打ち解けたのだが、何分、カスミは自分が『友達』になれたという確証が持てない。
友達とは、どこからどこまでを指すのだろうか。
「私のことは、そこら辺の石だと思って気にしなくていいよ。私は私なりにクラブ活動するから」
友だちの定義がわからないから、なるべく周りを困らせないように言ったのに、フォローしたのは佐奈である。
「この子は、科学要因。怪奇現象を科学で証明するために引き入れたの。生物と物理の成績がいいらしい」
「え、なんで知っているの」
「タケセンから聞いたの。この学校も、トップの成績だったんだって!」
理科の武田先生は、眼鏡をかけた若い男の教師だ。
弱気なところがあって、押しに弱い。
だけど、眼鏡を取ったらイケメンなのだと女子の間で噂が立っていて、カスミはそれを右から左に聞き流したのはつい先日のことだった。
「そうなんだ、あ、じゃあ、部活の間に勉強教えてもらおうかな」
「なにそれ。怪奇クラブなんだから、部活の間は怪奇現象調べなきゃダメでしょ」
「あはは、カスミちゃんって面白いね。だって、私が怪奇クラブに入ったのは数合わせだもん。この学校、一年二年は部活必須って、今時ないよね」
笑い飛ばしたのは、恵美子である。
理沙の隣にいたかえでは、恵美子に手を絡めて、カスミに忌々し気な目線を向けている。
そういう視線が、カスミは嫌いだ。
この前の顔合わせでも、かえではカスミを目の敵にしていた。
つまり、『私の親友を取るな』ということだろう。
すぐさま理解して、カスミは他から一歩、距離を取った。
「恵美子。私がいるじゃん。私だってやれば勉強できるし」
「かえではやきもち? 社交辞令だって」
ほら、やっぱり。カスミに興味を持つ人間なんて、存在しない。
そんなもの、あるはずがない。
青春だの部活だの、成績がいいだのなんだのと、カスミにとってそれらは、不要なものに他ならない。
勉強だけが、カスミの味方だ。
だから、カスミは人と付き合うのが下手なままだ。
勉強していい成績でいれば、教師に目を掛けてもらえるし、ひとりでも平気だった。
なのに、佐奈がカスミに話しかけてきたせいで、カスミは友達という居場所を見つけ始めていた。
それは存外に心地よく、一緒にいるだけで心が躍り、満たされていく。
「じゃあ、部活の届け、出すよ」
佐奈が仕切って、武田先生に部活の開設届を改めて出した。
「はい、受理しました」
職員室の一番奥の席、海が見える席が武田先生の席だ。
ごちゃっと机の上が荒れており、武田先生がハンカチで口元をぬぐいながら開設届を受け取った。
昼食を済ませたばかりらしかった。
「タケセン、約束通り、五人集めてきましたよ、もう大変で」
「こんなに早く……佐奈はその人望をもっと別の方向に使えたらいいよな」
武田先生は佐奈のことを、もう下の名前で呼び合う仲になったらしかった。
カスミが白けた顔をしていると、武田先生が部員の自己紹介を促した。
「改めて。名前を教えてくれるか?」
「私、畑野理沙です」
「私は、倉恵美子」
「私は平野。平野かえで」
カスミはあえて、自己紹介をしなかった。
開設届に名前を書いて出したのだから、必要ないと思ったのだ。
しかし、佐奈がおせっかいにもカスミの脇腹を肘で突っついた。
少し勢いが過ぎて、肘がクリーンヒットする。
「痛いよ」
「ほら、自己紹介」
「入部届けに書いたんだから、知っているでしょ」
「でも、ほら」
武田先生がにこやかにカスミを見ている。
カスミは早口に、「甲斐田カスミ」と答えた。
カスミの担任の武田先生は、カスミをことさらかわいがる。ひとえに、成績もいいし素行もいいからだ。
髪も染めていないし、きっと武田先生が怪奇クラブを辞めろと言ったら、その通りにするところもまた、教師間の評判を高めた。
「でさ、タケセン。顧問になってくれるって約束だったじゃん」
「ああ、それな。もう少し待ってくれないか。俺も、校長先生に話している途中で。副顧問もまだ見つかってなくて」
まだ入学して間もないからか、雑務がたまっているようだった。
それにしたって、怪奇クラブの顧問なんて、すすんでやりたがる人間はいないだろう。
しかし、そもそも部活とは、生徒のものである。
武田先生の手を煩わせるのは本望じゃない。
「顧問って必要?」
「甲斐田さん? だって、校外で活動するには許可が必要だし」
「校外に行かなきゃいいだけの話じゃない。先生だって、忙しいんだよ。顧問なんて――」
カスミの言葉を遮るように、武田先生の手が、五人の真ん中を横切った。
手刀が下りてきて、カスミたちは武田先生をまじまじと見た。
武田先生の眼鏡の奥の瞳がきらめく。
「おいおい、先生の気持ちは無視か? 先生は、別にいやいや顧問やるわけじゃないぞ?」
「ほら、タケセンも怪奇現象好きだって」
「いや、怪奇現象は信じてない。どちらかというと、リアリスト」
「ふうん、甲斐田さんとおんなじね」
嫌味ったらしく言ったのは、かえでである。
かえではなにか、カスミが気に入らないらしい。
先ほどからずっと、カスミの方をにらんでいる気がする。
カスミもカスミで、黙ってにらまれるつもりもない。
かえでを上から下まで見渡して、フンと鼻を鳴らしてやった。
「なん、この女!」
「なに、にらんできたのはそっちでしょ」
一触即発、といったところで、佐奈が二人の仲裁に入った。
ふたりともをぎゅっと抱きしめて、三人で絡み合って体温を分かち合う。
おんなじだ、とカスミは思った。
佐奈にもかえでにも、同じ血潮が流れている。
「これから二年間、一緒に活動するんだから、仲良くしよ!」
「ちょ、やめてよ、佐奈」
「そうだよ、やめて、朝葉さん」
しかし、佐奈はけたけたと笑うだけだった。
ほんとうに、やりにくい。
この笑顔に、きっとみんな逆らえない。だからカスミは、怪奇クラブに入部したくらいだ。
佐奈のペースに巻き込まれて、武田先生がここでひとつ、提案する。
「じゃあ、今日の放課後、あそこ行くか」
「あそこ?」
聞き返したのがカスミだったのが意外だったようで、武田先生が前のめりに五人に耳打ちした。
輪になってひそひそ、周りの職員はカスミたちをほほえましく見ている。
「海岸沿いにあるお寺に、人魚のミイラが安置してあるんだそうだ。そこにな、実はさっき話を通しておいて。オマエらがその気なら、怪奇クラブ一日目の活動として、人魚を見に行かないか?」
意外にも武田先生は乗り気なようで、五人が五人、目を見合わせてぱちりとしばたたいた。
武田先生は、「あれ、外した?」と不安げに頭をかいた。しかし、佐奈が目をらんらんと輝かせる。
「私、あそこのミイラ見てみたかったんです!」
「じゃあ決まりだな。放課後、昇降口で」
「ちょ、待って。私ミイラなんて興味ないから四人で」
「なんだ、甲斐田さんって意外とビビり? 本当は幽霊が怖いから、否定したくて幽霊は科学だって主張するタイプだ?」
本当に、かえでは性格が悪い。
ぎゃふんと言わせることができて満足げに、かえでの視線は相変わらずカスミを貫いている。
カスミは売り言葉に買い言葉で、
「行くよ、そんなもの信じていないし。私も人魚のミイラ、見に行くし」
そうやって、怪奇クラブ一日目の活動は、校外で人魚を見ることに決まったのだった。




