1-2、人魚伝説②
怪奇クラブのメンバーで集まって、ひとまず挨拶を交わすことになった。
入学二十日目の放課後である。
みんながみんな、緊張していた。
佐奈と同じく髪を染めた恵美子、恵美子の隣を離れないかえで、怖がりの理沙。そして、部長の佐奈とリアリストのカスミ。
五人とも個性豊かで、これでは衝突が起きるだろうな、なんてカスミは内心でため息をついた。
「なに、その嫌そうな顔」
突っかかったのはかえでである。
カスミの顔色をうかがうことはせずに、単刀直入に敵意を示した。
傍で恵美子が、「やめなよお」と困り顔だ。理沙は巻き込まれないように黙り込んで、佐奈が、カスミとかえでの間に立った。
「こら。喧嘩しないの」
「だって。朝葉さんの話だと、この子クラスで浮いてるんでしょ? なんかわかるわー」
なんら気遣うことなく、かえでは毒を吐いた。こういう人間が一番苦手だ。
かえでもまた、スクールカーストの上位なのだろう。
カスミは臆面なく、
「そうだね、私はカースト下位だから、見下してくれてかまわないよ」
「なん……この子生意気……」
「でも、これから二年、同じ部活で活動するんだから、そういう風に突っかかるアナタの方が大人げないよね」
「はっ、アナタ呼ばわり!? ねえ、佐奈。私この子とは絶対に活動したくない」
ふんと顔をそらして、かえでは窓の外を見た。
今日もまた、海風が吹いている。
長くこの町に住んでいるとわからないが、都会の人はこの風を『気持ちがいい』と言う。
けれど、このあたりに住んでいれば、この町の不便さが嫌でもわかる。
自転車も、鉄製品もすぐに錆びるし、髪の毛は潮でがびがびになるし、人魚伝説とかでテレビの取材が後を絶たない。特にこの高校は、人魚の末裔がいるだなんて報道されたものだから、しょっちゅうテレビ取材が入るのだ。
そういうなりゆきがあったから、怪奇クラブなんてものも過去に存在した。
時代とともに、それらは消えたのだが、それをこの度、佐奈が復活させたのである。
その条件が、部員を五人、集めること。
「あーもう、本当に嫌な感じだった」
「ごめんって。平野さんも、悪い人じゃないんだよ」
顔見世を終わらせて、その日は解散となった。
かえでは今日は用事があるらしく、ひとり別行動だった。
この後、佐奈の提案でファミレスで親睦会が行われる。佐奈とカスミ、理沙と恵美子が連れ立って校舎を歩いていると、恵美子と理沙の担任の、川田先生に声を掛けられた。
「甲斐田、今時間ある?」
「げ、ないですよ」
「甲斐田さん、川田先生と用事あったんなら、今日は解散でいいよ」
「お、朝葉と倉、畑野も一緒か。そうか、じゃあ、とりあえず、こっち来てもらっていいか?」
川田先生は何の気なしに、四人を職員室へと連れていく。
この先生は生徒思いなのはいいのだが、こと、カスミに特別目を掛けている。
川田先生だけじゃない。担任の武田先生も同じだった。
だから、クラスメイトに『武田先生のお気に入り』なんて、変な目で見られることもあった。
つまり、武田先生に媚び打って、成績を上げてもらおうとか、そんな腹黒い女ではということだ。
川田先生に連れられる間、佐奈は川田先生ににこやかに話している。
「そうだ、川田先生、部活の顧問やってくださいよ」
「俺は無理だな。サッカー部だし」
「ちぇ」
「なんだ、朝葉。こないだ武田先生口説いてたじゃないか」
「でも、なかなか許可下りないみたいで。タケセン、まだ若いからなあ」
武田先生は今のところ部活の顧問はやっていないから、ちょうどいいと思ったのに。佐奈の言葉に、その場の空気が若干和らいだ。
川田先生は、カスミたちにデスク周りの片づけを頼んだ。
カスミはプリントをまとめて、佐奈は机の上の整頓、理沙とかえでは、引き出しの整理だ。
こんな雑用を生徒にやらせるなんて、と思いつつ、しかし、こういうことを平然とやれる川田先生には、一点の曇りもないのだろう。
つまり、見られて困るものを机やその周辺に、一切置いていない。
プライベートも、結婚していていい旦那をやっているのだと聞く
机の上に、家族写真がたてられているのも印象的だった。
「てか、あれ。平野さん?」
川田先生の机は、職員室の入り口付近、そして、武田先生は奥の窓際。そこに、武田先生と話すかえでの姿があった。
思わず声をかけたのは佐奈である。
かえではこちらに気づき、はっとしたように隠れた。それは傍にいた武田先生も同じだった。
「なんで隠れるの。なんだ、タケセンにこき使われていたんだ」
「や、あの」
「ああ、ごめん。今から教室の片づけに行くから。ね、センセ?」
「うん、ああ」
かえでと武田先生は、こそこそと職員室を出ていった。
残った佐奈は、「変なの。ね?」とほかの三人に笑いかけた。
佐奈は純粋で、分け隔てない、明るい女の子だ。それがカスミにはまぶしかった。
クラスメイトはカスミを、『先生に媚びうる腹黒い女』だというけれど、どう見たって、先ほどのかえでの方がそのうわさにふさわしい。
こそこそするから、余計に。
「川田先生。平野さんって、よく職員室に来るんですか?」
カスミがあけすけに聞いた。
しかし、川田先生ははて、と首をかしげる。
「あ、それなら私知っているよ。かえで、武田先生とよくお話してるんだよね。大学で理数系に行きたいから、勉強教わっているんだって」
「へえ。てか、倉さんって、見た目と違って穏やかで話しやすいね」
あ、とカスミは口を結んだ。
人づきあいなんてしてこなかったから、余計なことを言ってしまったかもしれない。
恵美子が柔和に笑って、「いいよ」と答える。
整理する手を止めぬままに、佐奈や理沙と歓談している。
「倉は、学級委員もやってるしな」
「え、すごい……! 倉さんってなんで怪奇クラブなんかに?」
「なんかってひどいな、甲斐田さん」
「あ、朝葉さん、ごめん」
しかし、うまいこと会話が続いている。
もしここに、かえでがいたら、こんな風に和やかにはいかないだろう。
カスミは内心で安堵している。そして、胸の高鳴りも感じていた。
今までひとりを貫いてきたのは、人間関係が面倒だったからだ。
カスミは他より勉強ができて、だからみんなが妬んで、カスミを裏でひそひそ言っているのは知っていた。
だが、それらは中学生までの話だ。
半分大人に差し掛かった高校生という人間たちは、確かに陰口を言う人もいるけれど、同じくらいの学力の人間が集まる場所だ、こうして恵美子や――佐奈や理沙のように、心根の優しい子もたくさんいる。と、今、気づいた。
「倉は成績も優秀だからな。だから、髪を染めても黙認だ!」
「川田先生、気づいていたんですか?」
カスミが目を真ん丸にすると、川田先生が豪快に笑った。
その笑い声で、校舎が揺れるようにだった。
「まあ、そうだな。この学校は、やることさえやってくれたら、多少のことは目を瞑るし。例えば、怪奇クラブとかいう、わけのわからん部活を立ち上げても」
「わけわからんとか言わないでくださいよ! 私たちは真剣なんです!」
佐奈がころころ笑っている。
恵美子も理沙も、カスミもまた、会話に花を咲かせ、顔は笑顔だ。
友達というのも悪くない、カスミは心の底からの笑みを湛える。
「なんだ、恵美子。楽しそうじゃん」
「あ、かえで。もう武田先生はいいの?」
水を差すように、かえでが職員室に帰ってきていた。
まるで親の仇を見るかのように、カスミに鋭い目を向けている。
その隣には、武田先生もいた。
「甲斐田、友達出来たようで先生も安心したよ」
「武田先生?」
「タケセン、実はカスミが浮いているの心配していたんだよ」
佐奈が付け加えた。
武田先生はにこやかにカスミを見ている。
慈愛の色が見て取れて、なんだかむず痒くなった。
「恵美子、私抜きで楽しそうね」
「や、かえで。そりゃあ、同じ部活の部員だから、仲良くしようかなって」
「ふうん、私は用済みって?」
「もう、なんでそうなるの!」
恵美子はかえでの手をぎゅっと握って、ふたりの体が密着する。
かえでが勝ち誇ったようにカスミを見ている。ふんと鼻を鳴らす音も聞こえた。
「帰ろ、恵美子」
「え、まだ片付けあるし」
「いいじゃん。そっちの三人がいたら間に合うでしょ」
「もう、仕方ないな。じゃあ、朝葉さん、甲斐田さん、畑野さん。ばいばい?」
「また明日ね?」佐奈の声音はあたたかだった。
「また明日」カスミははにかむ。
「うん、また明日、部活で」理沙のしとやかな声。
しかし、かえでは挨拶もなしにずんずんと職員室を出ていった。あのふたりは、帰る方向が同じなのだという。
「なんだか、あの二人は仲がいいね」
「うらやましい?」
カスミは佐奈の言葉に面食らった。うらやましくなんか。
でも、カスミにもまた、ああいうなんでも話せる友人がいたら、高校生活もより一層楽しいものになるのでは、と考えてかぶりを振った。
そんなもの、高望みだ。
部活の仲間ができただけで、だいぶカスミの生活はがらりと変わった。
だから、これ以上の幸せは望まない。欲張ったら、この小さな幸せすら消えてしまいそうで、カスミはこの小さなともしびを守るので精いっぱいだった。




