1-1、人魚伝説
一
海の見える学校として、この学校は何度かテレビに取り上げられたこともあった。
古くからこの海岸には人魚が出るのだと伝説が残され、今も目撃情報が後を絶たない。
人魚というのは、上半身が人間で下半身が魚の生きものの総称だ。
その、人魚がこの海岸には頻繁に表れたのだという。
そんな高校に入学してきた十五歳の少年少女もまた、人魚を信じる人もいれば、信じない人間もいて様々だった。
この高校には、怪奇クラブなるものがある。
それは、この学校が海岸沿いにあるからかもしれない。
古くから、この学校の窓辺に座る生徒たちは海を眺め、そこに人魚を目撃してきた。
小さな町だ。
しかし、自然豊かで海風が気持ちいい。
とはいえ、潮風のせいで髪の毛がガサガサになると、女子生徒からの人気は低い。
海岸の傍には松林があって、そのこちら側に木造二階建ての校舎が立ち並ぶ。
生徒数はあまり多くはないが、廃れずにやってこられたのは、この自然豊かな高校の偏差値が、それなりに高かったからかもしれない。
なにより、ここの高校は教師にとっては『憧れ』なのだ。
人魚の末裔が住むとされるこの町の生徒を受け持つと、出世が約束されているとか。
去年まで廃部だった怪奇クラブが復活したのは、ひとえに彼女の貢献によるものである。
「私、朝葉佐奈。甲斐田カスミちゃん、だよね?」
カスミは最初、クラスでもひとり浮いていた。
リアリストと言えばそれまでだが、彼女は現実主義で無駄を嫌う帰来があって、だから友だちなんてものは受験に必要もなければ、学校生活に必要ないのだと、そうやって友達を作れずにいたのだ。
そこに話しかけたのが佐奈である。
佐奈は既にスクールカーストの上位、入学して二週間だというのにすでに髪がうっすらと茶色みを帯びていて、それが無駄なことだと思うのに、カスミは佐奈の言葉に返事をしていた。
「なにか用?」
「用、っていうか。甲斐田さん、部活決まってないって聞いてさ。よかったら、怪奇クラブに入らない?」
はっと息を吐きだして、カスミは窓の外を見た。春の風がかすかに潮のにおいを運んでくる。
海沿いに建てるから、この校舎は木造だ。
鉄筋だと海風ですぐに錆びるかららしい。その風情がまた、テレビで話題になるには十分だった。
人魚の出る海岸に建つ、密やかな高校。
だけれど、今の子供たちにはもう、人魚の伝説なんてものは無味乾燥な日常だった。
昔の風情のある建屋は、木の匂いがしてとても安心する。
それがこの高校の不気味さも醸し出すものだから、テレビでは『怪奇現象の高校』と紹介されることもたびたびだった。
「私、幽霊とか、目に見えないものが一番嫌いなんだよね」
「だと思った。でもさ、いないって証明できていないから、テレビの取材が何度もこの町に来るんじゃん」
「だったらなに?」
要領を得ない佐奈に、しかしカスミは嫌悪を隠すことなく突っかかる。
佐奈が人好きする笑みを浮かべた。
茶色のウェーブヘアが、よく似合う。
だけどカスミは、自分は髪を染めようとは思わない。染めても先生はなにも言わないだろうが、少しでも内申点を稼ぎたい。
そう思う時点で、カスミは怪奇クラブなんて無駄なものに、興味もない、はずだった。
「だから、怪奇現象なんてないって証明するために、怪奇クラブに入ってほしいの」
「なにそれ。面倒だし、怪奇クラブなんて入ったら笑いものだよ。そもそも、怪奇クラブって廃部だったでしょ?」
「そう、そこなの。五人、部員が集まったら、部活として復活させてくれるって。タケセンに約束したのよ」
タケセン、というのは、このクラスの担任の武田先生のことだろう。
この佐奈という少女は、もう担任とも打ちとけて、カスミなんかとは住む世界が違うのだと思い知る。
それが妙に悔しくて、カスミは、自分にだってそれくらいできるのだと、証明したくなった。
おくれ毛を耳にかけながら、カスミはもぞもぞと答える。
「わかった。怪奇現象を検証する要因として、私が入ればいいんでしょ」
「そう来なくっちゃ」
「でも、あとの三人はどうするの?」
「それはもう、隣のクラスで見つけてあるんだ」
用意のいい。
つまり佐奈は、四人までは自力で怪奇クラブのメンバーを見つけられたが、どうにも最後の一人が決まらなかった。
だから、ひとりクラスで浮いていたカスミに『仕方なく』声をかけたのだ。
落胆する。
いや、カスミはこういう扱いに慣れていたはずだ。
だからこそ、他者と距離を取ってきた。
きっとみんな、最後には自分を裏切る。
こと、怪奇現象になんて見舞われたら、ひとの本性なんてすぐに暴かれるのだろう。
窮地に陥った人間は、その本性を現す。
カスミに興味を持つ人間なんて存在しないし、きっとクラブでも、カスミは浮いてしまうのだろうなと、カスミは乗り気ではなかった。




