↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/27

4-2、本当の呪い②

 一刻の猶予も許されず、だけれど五人は、手分けするという考えがなかった。

 そもそも、かえでの体力がもうほとんど残っておらず、かえでは寺に残ることとなった。

 残りの恵美子、佐奈、理沙も、かえでほどでないにしろ『生気』を吸われているようだった。

 あの作り物の理科準備室にあった伝記には、少なからず本田先生の呪いが混じっていた。でなければ、思い込みで『老化』が起こるはずがなかった。

 あの伝記の呪いのページを見たことで、カスミも少なからず頭痛を感じていた。が、ほかの四人に比べて、カスミの呪いはまだ軽い。


「結局、人魚は私たち全員を殺す気、なんだ」


 かえでには、だれか一人をよこせば武田先生は助けると約束したらしいが、呪いがそんな正々堂々とした取引をするはずがない。

 謎解きの間、時間を稼いで、少しずつ、人魚のミイラの空気に触れたかすみたち五人を蝕んで、最後には生気を吸い取り五人とも殺すつもりだったのだろう。

 呪いに当てられた佐奈、理沙、恵美子は、住職に引き止められた。

 かえでと共に、畳に描かれた経文の中に押し込められる。


「多少は呪いを抑えられます。けれど、すべてが明かされた今、人魚もそう悠長には構えていないでしょう。今動けるのはカスミさんだけです、これをどうぞ」


 住職から渡されたのは、経文の書かれた御札だった。

 かえでたち四人は、人魚から隠れるために、この寺から出られない。

 理科準備室の伝記の呪いは、まだカスミには深く発動していない。

 そもそも人魚は、カスミは伝記の呪いからではなく、直に生気を吸うために、わざわざ呪わずに『とっておいて』いるのかもしれない。


「なんとしても、解かなきゃ」


 カスミは重い足取りで歩く。

 こういう時、友達のありがたさを知る。一人での行動は、不安が付きまとう。

 けれど、みんなを救えるのもまた、カスミだけなのだ。



 まずカスミは、工事現場に赴いた。工事現場の生霊、これは工事が終わる前に見に行かなかればならない。いや、確かめたかったのだ。あの日見た、生霊の正体を。

 寺からは工事現場が一番近いのも理由だった。

 相変わらずの騒音に耳鳴りがした。


「なんだ、また来たのか」


 工事現場のおじさんが、工事音に負けない声でカスミをなじった。カスミはあたりを見渡す。

 しかし、生霊なんて、どこにもいない。

 生霊は、好いた男を探してさ迷っているという。ならば、夜に限らず、今、出てきてはくれないだろうか。


「おじさん、この場所に、生霊は現れませんでしたか!?」


 声を大きく、聞けば、おじさんはげんなりしたように、カスミを追い払った。


「そんなもん、あるわけないって何度言ったらわかるんだ!」


 しっし、と追い払われて、しかし、カスミも引かない。その場に居座って、工事の邪魔になることもいとわなかった。

 ドカリと工事現場のそばに座り込む。時刻はもうすぐ四時。

 太陽が傾いている。夕日が工事現場のおじさんたちを照らし出していた。

 今日中に呪いを、解きたい。

 しかし、おじさんもおじさんで、ないものはないのだから、カスミを無視する。

 工事の終わる時間まではあと一時間。終わったら、カスミなど放って帰るつもりだ。


「あー、嫌になる。ここ最近は、生霊に見える人形なんて、撤去したのに」

「撤去したんですか?」

「ああ。だから、もうここに生霊は出ないよ」


 出ない、のだろうか。いや、確かにここは一度来たけれど、生霊なんて雰囲気じゃなかった。

 工事現場に居座ること三十分。午後四時半、太陽が沈み始めて、そろそろ幽霊が出てもおかしくない時刻だ。

 このまま日が暮れるまで待って検証してもよかったが、ここは、『別の場所』を探すのが正解だろうとカスミは踏んだ。

 すでに生霊は、カスミになんらかの『手がかり』を渡し終えた可能性は高い。一度出くわしたからといって、二度現れるとも限らない。

 つまり、今までに回った七不思議は『捨てて』、検証していない、屋上の天使と花子さんに的を絞ったのだ。

 一度検証した七不思議を、洗い直す余裕なんて、今のカスミには、ない。


「早く行かなきゃ」


 工事現場から学校までは走っても三十分。

 いつも体育の授業をさぼっていたことが悔やまれる。もっと体力をつけておけば、謎解きだってスムーズにいったかもしれないのに。



 学校について、カスミはまず、花子さんの出るといわれる、誰も使っていない北棟の三階のトイレに足を向けた。

 東棟からは十分。

 今は使われていないから、入る時は誰にも見られないようにした。

 北棟は閉鎖されてはいるが、鍵はかかっていない。鍵がある建物ではないのだ。それくらい、古い建物だった。

 ここから天使の屋上まではすぐであるし、もしも花子さんが出ても、きっとなんとかなる。

 いや、なるのだろうか。

 カスミは謎解きに必死で、実際に幽霊に出くわした時の対処を考えていなかった。

 こんこんこん、と三回トイレのドアをノックする。

 そこまではスムーズだった。この後、「花子さん、遊びましょ」と声をかけなければならない。

 トイレは汚れていて、窓が壊れているから風が吹き抜ける。

 ぎい、とトイレのドアが開いたり閉まったりしている。それだけで、怖い。

 けれどカスミはめげない、引かない。

 カスミは意を決して、


「花子さん、遊びましょ」


 声をかけた。

 目を瞑って、祈る。なんでもいい、答えをくれ。

 花子さんが成功すると、花子さんは答えてくれるはずだった。

 しかし、その声は、やはりというか、聞こえなかった。十分ほどトイレに立ち尽くすも、カスミの前に、花子さんは現れなかった。

 相変わらず、トイレには風が吹き抜けて、ぎぃ、ぎぃとトイレのドアが不気味に音を立てていた。

 ふと俯き、カスミは踵を返した。その時。きぃ、とトイレのドアが開いた。


『はぁい、遊びましょう』

「ひっ!?」


 しかし、カスミは振り返ることができなかった。

 出た、出たのだ。やはり、今までの七不思議の幽霊は、本物だったのだ。

 走って。走って、カスミは屋上を上がっていった。

 花子さんを直視する勇気なんてない。ましてや、呪いを解く手がかりを聞くなんて。



 トイレを出て、カスミの足は速かった。

 花子さんという不可解から逃げおおせたものの、次こそは歌のヒントをなんとしても得なければならない。

 最後の七不思議、屋上の天使だ。

 けれど、仮に天使が現れたとして、カスミは今度こそ逃げずに対峙できるだろうか。

 屋上は、今は使われていない。しかし、鍵は壊れているから、立ち入り禁止のテープを抜けれすぐに侵入できた。

 フェンスがさびて、崩れている。

 屋上の風はカスミの身を切り刻むように吹きすさんだ。

 屋上の天使を呼び出すには、呼び出すための儀式がある。

 カスミは、七不思議を深く、正確に想起する。ひとつ、深呼吸した。


「天使さま、天使さま!」


 天に向けて手を伸ばして、カスミはクルクルとその場に回る。

 回りながら、手をパンパンパンパンと四回鳴らして、その手を胸の前でクロスさせて、しゃがみこむ。まるで、お辞儀をするように。


「天使さま。私のもとに、お降りください」


 そうすると、呼んだ人の中に天使が降臨するのだという。

 天使がどんな姿かはわからない。わからないけれど、本田先生よりも人間らしくあってほしかった。

 天使は、その人に降り立つと、その人の願いをなんでもかなえてくれるのだという。

 空から聞こえる、神の声が合図だ。

 しかし、空からの声なんて一つも聞こえない。天使が降りてきた感覚もない。

 泣きたかった。

 天使なんているはずがない。でも、人魚は存在したのに。

 花子さんだって、怖くて逃げてきてしまった。なにか歌についてヒントを聞かねばならなかったのに。

 いや、逃げてしまったから確証はないが、花子さんは空耳だったかもしれない。

 カスミは立ち上がり、空を見た。

 雨が、降り始めている。


「ああ、もう。嫌になる」


 ザァザァ。ざぁざぁ。

 屋上から、グラウンドを見下ろす。背中に羽根を生やしたなにかがこちらを見て、笑った。それは空を駆けて屋上に来ると、カスミを見て、無邪気に「なんでも申せ、叶えて見せよう」と声をあげたのだった。

 カスミは思わず腰を抜かす。立つことも叶わず、しかし『天使』がカスミにまた、迫り来る。

 だけど、それだけだ。

 七不思議は、人間を害さない。

 カスミはそろりと立ち上がる。

 いよいよ不可解に慣れてしまったのか、あるいはカスミがおかしくなったのか。カスミの心臓は、思ったよりも静かに鼓動を刻むだけだった。


「歌を、教えて」


 天使が、首を傾げる。そのまま、上を見上げた。

 カスミもならって天を仰ぐ。

 光の玉が、浮かんでいた。それはカスミに向かって、笑った。顔はないのに、確かにそれは、笑ったのだ。

 まるで『希望なんてない』と言いたげに。

 カスミはそれが薄気味悪くて、今更になって鼓動が速まる。

 あれは、異質だ。

 気づいた途端、カスミは屋上を走り出て、階段を降りて、北棟から東棟へとひたすら走った。

 花子さんも屋上の天使も、実在した。けれど、対峙なんかできない。怖い。


「はぁ、は。ここまで来れば」


 七不思議を反芻しながら、カスミは考える。

 歌を歌うのは、かえでの役割。人魚は歌で人間を惑わす。

 そういう言い伝えは、セイレーンにもあった。セイレーンは人魚だとも鳥だともいわれている。

 それらに対抗するには、耳栓をして、歌を聞かないことが一番なのだという。

 海の男たちは、蝋で耳栓をして、セイレーンをいなしたのだという。


「でも、歌がわからない」


 東棟に戻る。トボトボと廊下を歩いていると、川田先生に出くわした。

 相変らずはきはきと歩き、背筋はまっすぐ伸びている。

 川田先生がカスミに気づき、声をかけた。


「どうした、甲斐田。元気がないな」

「あ、はい……」


 よもや、呪われているからとは言えなかった。とはいえ、そういえば川田先生は、この学校の卒業生だとも聞いていた。

 川田先生ならば、人魚の誘惑になんか負けなかっただろうに。

 武田先生は、本田先生の偽りの美しさに魅入られ、生気を奪われてしまった。


「川田先生……あの。この学校の七不思議って、知ってますか?」

「七不思議? 知っているさ。人魚伝説、工事現場の生霊、人面犬、カッパ伝説、屋上の天使、花子さん、それから、町を守る歌」

「え?」

「ん? どうかしたか?」

「あ、いえ……今と昔では、七不思議って違うんですね」

「そりゃあ、時代とともに変わるからな」


 だったら。

 人魚を封じる歌がある。そう、住職の伝記には書いてあった。

 しかし、七不思議はひとつだけ、川田先生とカスミたちが知るものに相違がある。

 町を守る歌。つまり、元々この学校には、人魚の呪いを解く歌、が七不思議のひとつとして存在したのだ。

 だったらそれは、なんだというのだろうか。


「川田先生。町を守る歌って、なんですか?」

「それは俺にも……あっ。確か、七不思議の全てを手に入れた勇気ある生徒にしか分からない、って、噂だったな」

「そう。ですか。ありがとうございます」


 カスミは川田先生とわかれて、校舎を出ていく。

 七不思議の歌、というのは、幽霊が教えてくれる、『キーワード』ではないだろうか。それこそが、人魚の恐れるものなのだ。

 だとして、カスミはある仮定を組み立てた。

 今まで出会った七不思議。その現場の、霊たちの声をつなぎ合わせる。

 どこの現場でも、それらの七不思議に付随する『メッセージ』があった。

 工事現場の生霊は、「あいしていたの」

 カッパ伝説では、「もう人間なんて信じられない」

 人面犬は、「ほっといてくれ」

 花子さんは、「はあい、遊びましょう」

 屋上の天使は、「なんでも申せ、叶えて見せよう」

 呪いの人魚の鏡は、人魚が作り出した偽の七不思議だ。だから、これにだけ、メッセージがない。人魚伝説にも、同じく。

 これらをつなぎ合わせて、一つの歌にすれば。


「試してみる価値は、ありそう……」


 カスミはいったん、寺を目指すことにする。

 雨が本降りになってきた。海は大荒れだ。

 カスミの家で本田先生と別れてからだいぶ時間がたつ。

 本田先生は、武田先生の生気を吸い取って、もう海に帰ってしまうかもしれない。もしくは、代わりにかえでがミイラになってしまう。

 かえでの身体も、もうだいぶミイラ化している。今日が山場だ。

 人魚に屈する、それだけは避けなければ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。