4-1、本当の呪い
四
寺に歩いて向かう。理沙も電話で呼び出して、五人は呪いを解くべく動き出した。
その足取りは重く、息が詰まりそうだった。
「理沙……よかった。足はもういいの?」恵美子が気遣うように歩幅を狭めた。
「足なんて。てか……呪いだったり科学だったり。頭が追い付かないよ」
理沙は、足を怪我して学校を休んでいた。かえでからは、呪いのせいで休んでいたと聞かされたが、やはりかえでのそれは嘘だったのだと、先程かえでから謝られたばかりだった。
かえでは、自分の呪いを解く方法を探すために、人魚の呪いを偽装した。そのトリックは、本田先生が考えたものだ。
かえでが人魚の肉を取り込んだから、次の人魚になる。そして人魚のミイラは、かえでの生気を吸い取り、元の姿に戻るのだ。
しかし、思いのほか、人魚がミイラでいた時間が長かったからか、かえでひとりの生気ではなかなか元に戻らない。
生気を取り戻すには、ほかに誰かが人魚の肉を取り込むか、あるいは人魚は、男たちから生気を吸い取り生きてきたという。つまり、武田先生は、そのために利用されている。
かえでは、カスミを人魚にささげるつもりでいた。だから本田先生のトリックで、カスミを騙し、人生に絶望させた上で、自ら人魚に生気を差し出すように仕向けるつもりだった。
だからこそ、最後の最後、カスミの家でのポルターガイストに、一抹の違和感を与えた。
トランシーバーでポルターガイストを演出できたとしても、かえでがそのトランシーバーを取り付けたのは何か月も前。電源をオンにしたまま設置していたから、カスミが発見した時には電池が切れていた。
だったら、非科学的ではあるが、あのポルターガイストだけは、かえでだけが知るなんらかの『不可思議』であることは、認めざるを得なかった。
本田先生はまだ不完全な人魚だから、せいぜいポルターガイストを演出するくらいしかできない。
頭だけの幽霊のフリをしたのも、伝記の呪いの進行が遅いのも、かえでのアナフィラキシーを利用したのも。本田先生がまだ、完全にはかえでを取り込めていないことを表している。つまり、まだかえでにも勝機はある。
「あのお寺……住職は人魚伝説のこと知っていたのかな」
カスミが問うと、かえでがうなずいた。
「たぶん。触らないでって言われたのは、この呪いのせい」
五人は示し合わせたわけでもなく、足が寺に向かっていた。
かえでの身体を見やる。虐待のせいで長袖にタイツを履いてるのかと思ったが、どうにも隠したかったのはミイラ化した手足のようで、かえでは既に半分ほど、人魚になりかかっているようだった。
松林を抜けて寺につくと、住職の臼井さんがこちらを見て、頭を下げた。
カスミもかえでも、佐奈も理沙も恵美子もならって頭を下げて、そうして、掃き掃除をしている住職に話しかけた。
「人魚のミイラについて、聞きたくて来たんです」
それだけで、住職はすべてを悟ったらしく、そのまま五人は寺の本尊へと案内された。
じゃりじゃりと寺に敷き詰められた石が音を立てる。
小僧が五人にお茶を出す中、カスミはいてもたってもいられなかった。住職が小僧を部屋から出して、さて、畳に座ってふうと息を吐きだした。
「やはりアナタが、次の人魚さまですか?」
的を射た言葉に、かえでがこく、と首を縦に振る。
住職になんの迷いもなかった。住職は、すべてを知っている。
住職がまた、息を吐きだす。それは『諦め』のようにも聞こえた。
「この町には、人魚の伝説がある。でも、人魚に触れなければ、そんなもの、単なる噂話にしかすぎぬのです」
住職が頭を抱えている。
かえでの肌が、ますます茶色味を帯び、固くなっていたからだ。
「断るべきでした。あの日、教師が一緒だからと、あの場を離れたわたしの責任です……いや、すでにわたしも、人魚に惑わされていたのやも」
住職は頭を丸めているから、髪の毛がない。頭から噴き出た汗が、そのまま目に入る。
人魚は、住職をも巻き込んで、かえでたち怪奇クラブをこの寺に呼んだのだ。
いくら住職でも、かえでの呪いは解けないのかもしれない。けれど、一縷の望みにかけて、
「で、でも……住職なら、人魚の呪いを解く方法、知っているんじゃないですか?」
カスミがせかし気味に聞くと、住職はじっとりとした目をカスミに向けた。その後、ミイラ化しつつあるかえでにも、同じような目を向けたのだった。
「あるにはあります。そちらの方には伝えましたが」
「どんな!?」
立ち上がって、カスミが住職に詰め寄った。最初から、教会やエクソシストではなくこの寺に来ればよかったのだ。
それに思い至らなかったのは、『呪い』だなんて、西洋的な響きが伝記に記されていたからだ。
「ですが、それには、『歌』が必要なのです」
「歌?」
カスミが聞き返す。住職は、ミイラを保存していた本尊を開く。そこには、ミイラの『影』だけが存在した。薄気味悪い。ミイラもなにもないのに、そこには確かに、影が刻まれているのだ。
その本尊の後ろに、隠し棚がある。そこを開いて、住職が持ってきたのは、『本物の』伝記だった。
「人魚は歌で人間を惑わす。ならば、人魚に呪われた人間は、それを上回る歌で対抗すればいい」
「歌……それって、かえでが歌うってことですか?」
カスミが恐る恐る聞くと、住職が静かにうなずいた。
歌。人魚の歌は、人間を惑わす。ならば、それに対抗できるのもまた、歌。
だけど、なにかが引っかかる。歌を歌えば、人魚は大人しく引き下がるのだろうか。
「その歌というのは?」
佐奈が促すと、住職が首を横に振った。
かえでがうなだれる。かえではすでに、この情報を知っていたのだ。だから、怪奇クラブが七不思議を検証するように誘導していた。
しかし、手がかりは見つからない。
もう、道は残されていないのだろうか。
しかし、住職が、小さく、まるで蚊の鳴くような声で、曖昧に答えた。
「この町の七不思議……人魚放たれるとき、本物の七不思議が起こる。七不思議現るる時、人魚の歌現るる」
まるで意味がわからない。人魚は七不思議と関連している、という意味らしい。
「え……じゃあ、今までの七不思議は……」
カスミたちは知っている。この学校の七不思議は、夏休みに検証したばかりだった。ほかならぬ住職にすすめられて。
そしてそのどれもが、『不可解』だった。つまり、本物だったのだ。人魚が放たれたから、怪奇クラブの目の前に現れた、本物の七不思議。
だが、ふと思い出す。七不思議のうち、検証したのは五つだ。
今までに出会った七不思議は、人魚伝説、呪いの人魚の鏡、人面犬、工事現場の生霊、カッパ伝説。
残るは二つ。
「屋上の天使と、花子さん」
この二つが、人魚の呪いを解く最後のカギを握っているのだろうか。
だとして、人魚が実在したのなら、今までの七不思議には、なんらかのヒントが隠されているはずだった。
人魚が放たれると、本物の七不思議が現れると、住職が言ったばかりだ。
「住職、は……歌がわかったら、どうにかできるんですか?」
「……はい。それも、この寺の役割……人魚を人魚に戻すことは、わたしの経文が最後のカギなのです。ですが、それにはまず、この場の畳に人魚の経文を書き、その真ん中に、呪われた人間が立ち、人魚に対抗する歌を歌う必要があるのです」
ここまでわかれば、あとは歌を手に入れるだけである。
五人は顔を見合わせてうなずいた。なんとしても、かえでの命を、救わなければ。
あんなに毛嫌いしていても、騙されても。カスミはなんとしてもかえでを救いたかった。なぜならふたりは、友達だからだ。




