3-4、呪いの解き方④
その日の夜、カスミは一睡もできずに、だけれど翌日、学校を休むこともできなかった。
両親に説明してもまるで取り合ってもらえず、むしろ学校に忍び込んだお咎めを受けたくらいである。
ずる休みをする口実だともいわれて、カスミはしぶしぶ学校に足を向けた。
心なしか体が重い。それに、今朝の自分の肌は、今までに見たことがないくらい荒れていた。
生気を吸い取られる、その言葉がカスミの頭から離れない。
このまま呪い殺されるか、あるいは生気が枯渇して死ぬのが先か。
学校に行き、カスミはいの一番に佐奈に泣きついた。
「佐奈。昨日の夜、私の家に怪奇現象が……」
「今日、恵美子休みだって。連絡も取れない」
「え……」
カスミはあわてて鞄から携帯を取り出し、恵美子に連絡をする。
いつもなら数分とたたずに既読がつくのに、今日に限ってそれが読まれることはなかった。
カスミは業を煮やして恵美子に電話をかける。しかし、何コールしても、恵美子が電話に出ることはなかった。
「おはよう、カスミ、佐奈。あれ? カスミ、顔色悪いよ?」
あとから登校してきたかえでの歩きかたは、どこからどう見ても老人のそれである。カスミの教室に入ってくるその足取りはおぼつかない。
クラスメイトからも、「最近年寄りくさいよ」などと揶揄されるくらいであるから、確実にかえでは老化してきている。
カスミがあの呪いのページを見たのが昨日であるから、カスミはまだ生気をほとんど吸われていないはずだ。
しかし、二週間前にあのページを見ていたかえでや佐奈は、すでに半分以上は生気を吸い取られているのではないだろうか。
そうだとしても、カスミの身体には一切の変化がないのも事実だった。これはなにかの偶然が重なったか――いや、しかし。
カスミの不安がここにきてあふれた。
「かえで、どうしよう。呪いを解く方法、なにかわかる?」
「ごめん、聞こえない。もっと声大きくして」
「だから! 呪いとく方法知ってるのかって!!」
焦りを見せるカスミが教室中に響く声でかえでをなじると、クラス中がカスミに注目した。
そしてヒソヒソ耳打ちされて、カスミはいたたまれなくなる。「やっぱり、怪奇クラブの行く先に、呪いありだな」カスミたちを発端に、理科準備室の呪いの人魚はみなが知るところだった。
「佐奈、私、あの理科準備室、もう一回行ってくる」
「カスミ。それはやめたほうがいい。余計に呪われるかもしれないじゃん」
今度はすんなりかえでに言葉が通じて、なのにカスミはやきもきする。
「じゃあ! もうどうしろっていうの!」
キーキーと声を荒らげるカスミに、佐奈とかえではたじたじである。
かえでは、その体に呪いを宿しているのに、なぜ悠然としていられるのだろうか。
「かえで、このままじゃ死んじゃうんだよ!?」
「ああ、そうだね。でもさあ、なんか、徐々に体が弱くなって、多分心がおばあちゃんみたいになるとカスミもわかると思うんだけど。これはもう仕方ないかなあって」
「……は? 仕方ないわけないでしょ!? もういい! 私ひとりで呪いを解く方法探すし!」
学校に到着してものの数分、カスミは今来た道を引き返す。
自分の家に引きこもって、パソコンから呪いを解く方法を探そうと、カスミは教師に無断で学校を早退した。
昼間から怪奇現象など起こるはずがない。カスミはどこかでそう慢心していた。だがしかし、実際に家に帰ると、それはやはり、起こった。
カタカタ、ミシミシ。
「……! なん、なの」
『うふふ、あはは。ねえ、逃れられると思う?』
その声は、耳元でささやかれているようにも感じるし、どこか遠くから聞こえるようにも思えた。
ミシミシ、ガタタタ。
ドンドン! どんどん。
ひた、ひた。
廊下から音が聞こえる。なにかが引きずられるような、足音のような、形容しがたい音だった。
ドンドン! ドドドド!
けたたましい音が鳴り響く。寝不足のせいで頭が回らない。これは怪奇現象なのか、あるいは泥棒でもいるのだろうか。
回らない頭で、カスミは意を決してドアのほうに歩く。
「い、いるのはわかってるんだから!」
ひたひた、ぴちゃり。
音が止まる。
カスミは深呼吸する。一回、二回、三回。
覚悟を決めて、ドアを開ける。
「……っは」
廊下にはなにも、いなかった。
はああ、っと息を吐き出して、その場にへたり込む。廊下の気配は消えて、カスミはほっと胸をなでおろした。しかし、
『こっちだよ。私はもう、中にいる』
聞こえた声に、カスミは勢いよく振り返る。窓の外に見える黒い影。
「だ、誰なの!?」
震える足で立ち上がり、カスミは窓に走り、窓の鍵を開けて、ガララ、と開け放つ。
しん。
静まり返った空が見えるばかりで、そこにひとや、ましてや幽霊なんてものは一切いない。それなのに、妙に恐怖を感じてしまうのはなぜだろうか。
答えは簡単だ。
『それ』は、この部屋の中にいて、カスミをあざ笑っている。
窓をぴしゃりと閉めて、カスミはくるりと体を回し、再び部屋の中を見やる。見えない『それ』の存在に震え、今すぐにでも逃げ出したい。
だけれど、カスミは勝気な性格の少女だ。今は恐怖よりも、どうにかして『それ』を捕まえて、呪いをとく方法を聞き出す必要があった。
かえでは死を受け入れている、だがカスミは、最後まであらがうつもりである。たとえみんなが反対しようとも、友達を助ける道を見つけるのだ!
カスミは是が非でも呪いを解きたかった。
自分があの鏡を見に行くだなんて言い出したから、こんな目に遭っている。
だから、この不可思議をもう一度、その目で確かめようと思いいたった。
翌日の朝、佐奈とかえで、恵美子を部室に呼んで、カスミは事情を説明する。
「今夜、もう一度あの鏡を見に行こうと思う」
「なんで……あの理科準備室には幽霊がいるんだよ。今度こそ、カスミが呪われるよ!」
佐奈は強く止めたし、かえでは眉間にしわを寄せてカスミをにらんでいた。かえでのその顔に、焦りがにじんでいる。
なにか、かえではまだなにか、カスミに隠している気がする。
それがなんなのかわかれば、かえでを救えるかもしれないのに。
「カスミ、アンタわかってんの? なんでこんなことになったのか、アンタのせいじゃん、全部」かえでがなじった。
「そう、だね。そうだよ、だからこそ、私はあの鏡に呪いの人魚がいないって、証明しなきゃならない」
「ああ、もう、もう。アンタははじめっから気に入らなかったんだよ。自分が正義みたいな顔して。いいよ、わかった。でも、今日はダメ。明日の夜にしよう」
「明日? なんで」
「なんでもなにも。……け、計画もなしに忍び込めるわけないじゃん。武田先生にばれているんだし」
「だったら! 今から許可取ってくる!」
「え、ちょ、ま……!」
カスミは思い立ったら動かずにはいられない性格だ。
だから、武田先生を探して職員室へ走り抜けた。
かえでは老化しているから、カスミについていくことはできず、佐奈と恵美子はその行動力に立ち尽くすばかりだった。
職員室につくや、川田先生に出くわした。武田先生の姿が見えないので、一応川田先生に聞いてみる。
「あ、川田先生! 武田先生知りませんか?」
「武田先生? さあ……それより、甲斐田。この前のテスト、よくできたな」
「あ、ありがとうございます」
今はそれどころではなかった。
カスミは踵を返す。そして不意に思い浮かんだ。
「本田先生なら、副顧問だから知っているかな?」
そのつぶやきに、川田先生が首を傾げた。
「本田先生?」
「あ、怪奇クラブの副顧問なんです」
「へえ、そんな先生、いたんだ」
「……? 保健室の先生ですよ」
「保健室の?」
川田先生にいちいち相手をしていたら日が暮れてしまうので、カスミは話もそこそこに次の場所へ向かうことにした。
職員室の次は教室、保健室を見て回って、しかし武田先生の姿がどこにもない。
カスミは、廊下に仁王立ちになり、武田先生の行きそうな場所を思案する。
武田先生は理科の先生だ。ならば。
「理科準備室?」
昼間には行ったことがなかったそこに、一人で行くのはためらわれる。
陽が高いとはいえ、あそこで味わった恐怖は、カスミを一瞬だけ思いとどまらせた。
そもそも、呪いの人魚に憑かれたのは夕方のことだったから、昼間でももしかすると、あの鏡に呪われてしまうかもしれない。
しかし、カスミは自分の頬をバシンと叩く。なにをためらう必要がある。友達を、救うんだ!
「昼間に行くんだから……怪奇現象なんて起きない。大丈夫、大丈夫」
そもそも、理科準備室に入らなければいいのだ。
外から声をかければいいだけの話だ。そこに武田先生がいればきっと返事をしてくれる。
カスミは重い足取りで理科準備室へと向かうのだった。




