第3話 農家、悩む
湿った空気が立ち込めるダンジョン最深部。
拓海はスコップを構えながら、目の前の「それ」を見据えていた。
「……神谷、なのか?」
かつて訓練校で共に汗を流した同僚の名を呼ぶ。だが返ってきたのは、人ならぬ唸り声だった。
赤黒く濁った双眸。皮膚は石のように硬化し、筋肉は不気味に膨れ上がっている。その姿は、もはや人間というより“ダンジョンそのもの”だった。
「タカヤマァ……お前のせいだ……! 俺は……こんな姿に……ッ!」
神谷の叫びと共に、大地が震えた。足元の石床から黒いツタのような結晶が突き出し、拓海の足を絡め取ろうと伸びてくる。
拓海はスコップを振り下ろし、炎熱スキルを発動。ツタを焼き切るが、次から次へと湧き出す。
「クソッ、こんな……!」
神谷の拳が唸りを上げて飛んできた。スコップで受け止めた瞬間、耳をつんざく衝撃音が響き、拓海の体は後方へと弾き飛ばされた。石壁に叩きつけられ、肺の空気が一気に抜ける。
「ぐはっ……! 力が……桁違いだ……!」
神谷はかつての面影を欠片ほども残していなかった。全身からあふれ出る魔素はSSランクのボスをも凌駕している。
拓海はスコップを構え直すが、胸の奥でためらいが渦巻いた。
――本当に斬っていいのか?
――こいつは……まだ人間なんじゃないか?
「迷ってんのか、高山!」
怒号と共に神谷の腕が振り下ろされる。瞬間、床全体が隆起し、無数の岩槍が一斉に拓海を襲った。
拓海は反射的に影からベジを呼び出す。
「ベジ! 防げ!」
現れた影の獣がツタのような身体を広げ、岩槍を受け止める。しかし神谷の力は凄まじく、ベジの身体に亀裂が走る。
「ギャゥ……!」苦悶の声を上げながらも、必死に防ぐベジ。
「クソッ……俺が迷ってるから……!」
拓海はゴーヤの種をばら撒き、拘束のツルを伸ばす。しかし神谷は片腕を振るだけでツルを引きちぎり、逆に結晶化した腕でベジを殴り飛ばした。
ベジが壁に叩きつけられ、影の中へと逃げ戻る。
「ベジっ……!」
拓海の叫びを嘲笑うかのように、神谷の口が裂けた。
「くたばれタカヤマァァァァァァァ!」
その声は怨嗟と憎悪で塗り潰されていた。
――もう戻れないのか?
「俺は……! まだ……信じたいんだよ!」
拓海が叫ぶ間もなく、神谷は床を踏み砕き、一瞬で距離を詰めた。拳が振り下ろされ、拓海の胸に直撃する。
鉄槌のような衝撃で身体が宙を舞い、血が口から溢れる。
「ガハッ……!」
石床に叩きつけられ、スコップを手放しそうになる。それでも必死に握り直す。
だが体は鉛のように重く、呼吸すらままならない。
神谷はゆっくりと歩み寄り、その影が覆いかぶさった。
「弱い……弱すぎる……。お前が俺をこうしたんだ。だから今度は……お前が絶望を知れ!」
再び拳が振り上げられる。
拓海は歯を食いしばりながらも、心のどこかで躊躇いを捨て切れずにいた。
――人間を、本当に……殺すのか?
次の瞬間、拳が振り下ろされ――視界が真っ白に染まった。
余裕あれば本日もう1回投稿します。




