第5話 農家、目覚める
拓海が小部屋で黒い球体を砕いてから、十三日が経った。
拓海は未だに意識を取り戻さず、病室のベッドに横たわっている。
窓の外は沖縄の冬とは思えぬほどの陽射しだというのに、室内の空気は張り詰めていた。
ベッドの傍らでは、レイカが心配そうに拓海の顔を覗き込みながら、濡れタオルを額に当てている。
「もう……どれだけ寝てるのよ、タクミ……」
魔素を吸いすぎて倒れたため、通常なら万能であるはずのヒールも回復魔法も逆効果。魔素を増幅させてしまい、かえって命を縮めかねないのだ。
医師の判断は「自然治癒に任せるしかない」。それはつまり、祈ることしかできないということだった。
日を追うごとに、レイカの心は不安で擦り減っていった。
「お願いだから……早く目を覚ましてよ」
隣の椅子に腰掛け、彼女は何度も呟く。
ベジもまた、拓海と同じく倒れたままだ。影に潜り込み、まるで一緒に眠っているかのように姿を見せない。
拓海とベジ。両方が沈黙してしまった空気は、まるで家の灯りが消えたように寂しかった。
そして十四日目の朝――。
「ふあ〜ぁ、よく寝た」
間の抜けた声が病室に響き渡った。
「――ッ!」
レイカは飛び上がった。振り返れば、拓海が上半身を起こし、伸びをしている。
「……え? なに? 夢?」
「ん? どうしたレイカ、そんな怖い顔して」
「怖い顔じゃないわよ! 二週間も寝てた人が、なんでそんな呑気なの!」
怒鳴りながらも、目尻には涙がにじんでいた。
レイカは慌ててナースコールを押す。医師が駆けつける頃には、拓海の熱はすっかり下がっており、呼吸も脈も安定していた。
「身体の違和感は?」
「んー、特には。むしろスッキリしたくらいです」
あっけらかんと答える拓海に、医師も目を丸くした。
その時――。
「ベジ!」
拓海が呼ぶと、影から黒い犬が飛び出した。長い眠りから覚めたかのように大きく伸びをし、元気そうに尻尾を振る。
「お前も一緒に寝てたのか」
「ワン!」
拓海とベジは顔を見合わせ、まるで何事もなかったかのように笑った。
翌日、拓海は那覇基地の医療施設で精密検査を受けることになった。
最新の魔素測定装置にかけられた結果、医師の顔色が変わる。
「……体内に、謎の球状物体が形成されています」
「球状物体?」
「はい。位置は腹部のやや奥。大きさはまだ小さいのですが……ただの魔結晶ではありません。強い魔素を発している。だが性質は不明です」
魔素を吸いすぎた結果の魔結晶化――そう断じることができればまだ良かった。だが、検査の結果は「未知の現象」。
拓海の体内に生じた球体が何なのか、誰も説明できなかった。




