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大聖樹

「いいですよ。目を開けてください」


重ねていた手が離れた。イラークに促され目を開ける。転移酔いの感じはしなかった。それにホッと安心してイラークに気付かれないようにそっと息を吐く。


目の先にはとても大きな樹があった。距離間が掴めず遠いはずなのに見上げるほどに大きい。


「ここは大聖樹の御座す存在するなかで最も神聖なる空間です。この空間へは大聖樹の守護番のみが転移でしか訪れることが出来ません。ですので異邦人をこの場所に招くには私とともに転移するしか行き来が出来ないのです。そのために手を重ねる必要がありました。」

「あれが、大聖樹……」


エルフの集落は神聖な場所だと思っていたけどここは、ここは神聖だとか神秘だとかそんなちっぽけな言葉では言い表せない、まさに次元が違う。

大聖樹を中心に根本には大きな泉がある。そして大聖樹と泉以外は何も存在していない。真っ白。光源ないけど暗くもない。泉の水面には大聖樹が反射していない。

鈴とイラークがいるのも白の上だ。浮いているわけではなく立っている。透明な床があるみたいだ。足元には自分の影がなかった。もちろんイラークにも。これは深く考えたらいけない。そういう空間だとして認識した方がいい。そんな気がする。


イラークが歩き出したので鈴は慌てて後をついていく。


「大聖樹をご覧ください。枝が歪んでいたり葉が枯れている部分があるでしょう。あれが異邦人召喚から発生した異変です」


完成された美だからこそ粗が目立つとかそんな感じなのだろうか。もとの状態を知らないけど、どこに異変が表れているのかが一目分かる。分かってしまう。ものすごく違和感がある。


「私はどうすればいいのですか?」

「さあ、分かりません」

「えっ……」

「異邦人の内に秘めたる力を感じはしますが、それがどういったものかは分かりません。聞いているとは思いますがこれはあくまで解決策の一つに過ぎません。なので異邦人の行動で変化が起きれば重畳。なにも起きなければ次の策を実行するまでです」

「…………」

「魔法でも流してみればいいのではないでしょうか。確証はありませんが。あまり長くこの場に留まると身体に影響を及ぼすので早めにお願いします」


そんな……完全に丸投げ。取り敢えずイラークさんの言った通りに魔力を流してみようかな。


イラークは泉の前で止まると振り返りどうぞと手を向ける。大聖樹の下まで行くにはこの泉を渡らなければならない。どうやって渡ればいいの。


イラークに目を向けても頷くばかりでなにも答えてくれない。気のせいかもしれないけど早く行けと言外に言っている気がする。


恐る恐る片足を泉に入れると、水面に立つことができた。


「……っわ、っとと」


水底が見えないからどれほど水深があるか分からない。沈むと思って前のめり気味に足を出したからそのまま数歩進んでしまった。転ばなくてよかった。


再び気合を入れて大聖樹に向かって歩を進める。かなり距離があると感じてたけど思ったより時間はかからず根本に辿り着いた。


「…………これが大聖樹」


大聖樹に両手をついて目を閉じる。意識して魔力を循環させる。


想像する。大聖樹がもとに戻るように。歪みも腐敗もすべて払拭するしてあるべき姿に。


魔力を流す。触れた手から樹へ。根の先から葉の一枚一枚まで全体に余すことなく行き渡らせる。徐々に、でも確実に細部まで広げる。


どのくらい時間が経ったのか分からない。魔力が巡ったのを確認してからゆっくり目を開く。数歩後ずさってから大聖樹に背を向けイラークのもとへと戻る。異変に変化は見られなかった。


たとえ期待されていなくとも、自分の中ではもしかしてという気持ちがあった。秘められた力があると言われ、本当に自分には何か特別な力があるんじゃないかと少しながら期待していた。だって仕方がないではないか。あんなに意味深なことを言われて期待しないわけがない。


でも現実は残酷だ。なんの成果が出なくてやっぱりって諦観と少しながらも期待していた分悲観とが鈴の内に渦巻く。そんな心情から自ずと視線が下がる。俯きながらも歩き泉と白の境目を視認して止まる。


「お役に立てず、すみません」

「そうと判断するには早計ですよ」

「えっ」

「しっかりと見てください。少しずつですが変化が起きています」


改めて大聖樹を見つめる。……確かに、イラークの言った通りだ。しっかりと見ていなければ見逃すほどにほんの少しずつ、けれど確実に変化を視認できた。


「これならすぐにでも元に戻りそうですね」

「すぐに、ですか……?」

「この空間と人間界とでは時間の進みが違います。完全にとなると多少の時間はかかりますがそう遠くはありません。事が済んだので長居は無用です。戻りますよ」


行きと同じように手を差し出される。手を重ねてチラリに大聖樹を目を向ける。葉が揺れ落ちている。なんとも幻想的な光景を最後に目を閉じる。

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