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魔物の出現

お店から出ると少し先にソーリャヴィシィスとアンジェリカが立って待っていた。


「すみません、お待たせしました」

「あら、いいのよ。うふふ、可愛いのを買ってもらったのね。とっても似合っているわ」

「見惚れていたら買って着けてくれたんです」

「リン、何か食べたいものはあるか?」

「いえ、何でもいいです」


あっ、何でもいいって返しはかえって迷惑なんでしたっけ。でもこれが食べたいってものはないからなぁ。


空を見上げると太陽が真上に昇っていた。昼、と自覚するとお腹が空いたのを感じる。初めての街歩きは自分が思ったよりはしゃいでしまっていた。


ソーリャヴィシィスの案内で着いたお店は大衆酒場のような様式だった。店内は広く盛り上がりを見せていた。客の机をチラリと窺うと肉料理や魚料理など種類はさまざまだ。男たちの笑い声が聞こえてそちらを見ると顔を赤らめた男たちが大声で話している。昼間っから酒盛りかと呆れた。


店員に二階の個室を案内され、そこで昼食を楽しんだ。二階は一階の喧騒が届かずゆったりと過ごせた。


「パパとママの姿を見ても国民から騒がれないんですか?」

「あぁ、コレよ。認識阻害の魔道具。視察以外のときはこれを着けてデートしているのよ」


シャランと腕に付けられたブレスレットを見せてくれた。


昼食後も店や屋台を冷やかしながら歩く。アンジェリカの要望でお揃いのブレスレットやリボンを買ったりと楽しんだ。



空が夕暮れに傾きオレンジ色に褪せてきたとき、そろそろ帰ろうかと帰路につこうとしたその時だった。


眼前に空間の割れ目のようなものが突如現れた。そこから這い出るように出てきたのは生き物のような形をした禍々しい何か。四足歩行の何かは割れ目から次々と出てくる。これが……魔物?


急に現れた魔物に周囲は騒然とした。慌ただしく鳴り響く悲鳴。突然の出来事、恐怖に身動き一つできずに固まった。鈴の視線は魔物を固定されたように目が離せない。するとその魔物と目が合った気がした。あっと思った次の瞬間、強い力で腰を引かれ視線が暗くなる。温かいものに包まれましたと思ったら体が引っ張られるように動いて、思わず前のものにしがみつく。


「ワリィ嬢ちゃん、暫くそのまましがみついててくれ」


頭上からフェルアスの声がかかり、しがみついているのがフェルアスだと気が付いた。フェルアスは鈴の体を片腕で固定するように抱えている。鈴の顔はちょうどフェルアスの胸筋に当たる。足が届かずプラプラ浮かんでいて頼りない浮遊感にフェルアスにしがみつく力が増す。


近くからガヂンとも、ガツッとも判別つかない鈍く重い音が聞こえる。その間にも体が前後左右に揺れる。もしかしてフェルアスさんは私を抱えて戦っている……?


鈴が激しく高鳴る動悸は果たして魔物による動揺や恐怖心からか、それともフェルアスに抱えられた羞恥心や歓喜からか。判断つかぬさまざまな感情がないまぜになって混乱する。


さらに困ったことに鈴の思考が、感覚が、フェルアスで埋め尽くされる。フェルアスの逞しい腹筋と太い腕に挟まれ、ラフな格好のせいか硬くてぶ厚い筋肉の感触が直に感じる。フェルアスの体温に包まれ、少し汗が混ざった匂いが呼吸するだけで鼻に嗅ぎ抜ける。密着面積が広く否応なしに全身にまざまざとフェルアスを感じ取ってしまう。


役得というには今の状況はとてもよろしくない。普通なら魔物に怯えているところなのにフェルアスに意識がいく。この状況下に喜ぶべきか悲しむべきか恐がるべきか。身体の内を暴れ狂う感情に鈴はついていけない。それでもフェルアスにときめいてしまっている自分が確かにいて、誰にともなく無性に謝りたくなった。


そんなことをつらつらと考え、正しく現実逃避していると筋肉から解放された。温もりが離れてしまったことに寂しく思い、その気持ちを慌ててないものにした。さすがにそれは無神経だ。


魔物が現れてからどのくらい時間が経ったのか。個人的にはとても長い時間に感じて、だが正確に時間を知るのは精神的によろしくないと思い考えるのを放棄した。


フェルアスは鈴をアンジェリカに届けてからソーリャヴィシィスのもとに向かった。


「リンちゃん大丈夫? どこか怪我していない?」

「フェルアスさんに守ってもらったので大丈夫です」

「そう、良かったわ。それにしても……魔物が街に出るなんて今までなかったのに」

「魔物ってあんなに急に現れるんですか?」

「そうね、魔物は魔空間からやってくると言われているのは知っている?」

「はい、ウラルさんから教わりました。どこから生まれどこに現れ何をするかは全く分かっていないと」

「それでも通常、魔力の豊富なところに現れやすいというのは分かっているの。魔の森は特に現れるし、それ以外には平原や渓谷とかね。今回のように人が多くいる街中に現れるということはなかったの」

「異常事態、ということですか……?」

「そうなるわね」


しばらくして第一騎士団の方が来て魔物の調査や事態の収束に取り掛かる。フェルアスさんはこのままこの場に残るそうだ。


「嬢ちゃん、せっかくの街歩きなのにこんなことになっちまって悪いな」

「いえ、魔物の出現はフェルアスさんのせいじゃないです。それに、今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」

「そういってもらえると嬉しいよ。オレも嬢ちゃんとのんびりできて楽しかったよ、ありがとな」


フェルアスさんは申し訳なさそうに謝っていましたが最後には笑ってくれたので良かったです。魔物は突然現れるし、それは誰にも予想することはできないので仕方のないこと。だからフェルアスさんのせいではないし謝るなんてお門違いだ。それに、楽しかったのは紛れもない本音ですから。


城に戻り、ソーリャヴィシィスは執務室に直行して行った。アンジェリカは「疲れたでしょう、今日はもうゆっくりとお休みなさい」と額にキスをして部屋を出ていきました。食欲は湧かず疲労も相まってベッドに入ったところですぐに眠りについた。

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