現実のグロは堪えがたい
ぐわんぐわんと頭が揺れる。脳をかき混ぜられたような不快感に猛烈な吐き気を催す。歪む視界が生理的な涙でぼやける。平衡感覚が失われて自分が今立っているのか座っているのかも判断がつかない。鈴は堪え切れずに意識を手放した。
「さぁ着いたわよ。……ってリン、あなた大丈夫? ではなさそうね。転移酔いかしら」
「あら、どうするの」
「お待ちしておりました、オルガさま、ウラルさま。ご案内します」
転移陣の部屋の外で待ち構えていた騎士の一人が声を掛ける。
「転移酔いは少し休めば治まるわ。空いている部屋に休ませましょう。オルガ、運べる」
「任せてちょぉーだい」
転移酔いにより顔色の悪くなっている鈴をオルガが横抱きで運ぶ。なるべく振動させないようにゆっくりと歩む。部屋に入る前にカイニルと出会ったためオルガがそのまま部屋に運び入れ、ウラルがカイニルの相手になる。
「待っていた。何故リンがいる? リンはどうかしたのか」
「回復魔法の実践として連れてきたら転移酔いしちゃったの。顔色が悪く見えるけれど少し休めば治まるわぁ。それより、ワタシを呼んだ理由は?」
「魔物の様子が普段とは違っていたのでウラルに見てもらうために呼んだ」
鈴を抱えたオルガが入った部屋をチラチラと気にしながらカイニルがウラルに説明する。
「じゃアタシは先に治療しに行くからリンちゃんが目を覚ましたら連れてきてちょうだい。よろしく~」
部屋から出て来たオルガは最初に案内を申し出た騎士とともに怪我人のところに向かう。
「それではワタシは現場に行きますのでカイニル様はリンを頼みますね。そんなに気になるならリンの傍に居て上げてください。起きて体調が大丈夫な様ならオルガのところに連れて行ってくださいね」
オルガが出た後も頻りに部屋を気にしているカイニルに呆れてウラルはカイニルに鈴を頼んだ。このまま仕事に連れたっても鈴が気がかりで集中しそうにない様子なので切り捨てた。
頼まれたカイニルはとても嬉しそうにしていたのでその様子にウラルはため息をついて現場に向かうために歩き出した。
「ううん……」
目を開けたら視界にフワフワ揺れるものが見える。無意識にそのフワフワに手を伸ばすと掴まれた。
「っ!」
ビクリと体が跳ねる。恐怖に体が震え出すと掴まれた手が離れた。視界にひょっこりと耳をしょんぼり垂らしたカイニルが現れた。
「ごめん。大丈夫?」
「っ、あ、カイ義兄さん。大丈夫、です。ごめんなさい……」
身体を起こし深呼吸をして落ち着かせる。辺りを見るとどこか簡素な部屋だった。ウラルとオルガの姿は見えない。
「えっと……?」
「リンさんは転移酔いで休んでいたんだ。気分はどう?」
「大丈夫です」
先程までの不快感を吐き気もなく頭はスッキリした状態だった。
「ウラルさんとオルガさんは……」
「二人とも先に行っている。リンさんが起きたらオルガのところに連れるように言われたけど動ける?」
「はい、大丈夫です。オルガさんのもとに連れて行ってください」
ふらつくこともなく立ち上がり部屋を出る。
カイニルに案内された場所は慌ただしく騎士の人が出入りしている。大広間のような場所には多くの騎士が横倒されていたり壁に凭れ掛かっていた。惨い。グロは映画で耐性あると思っていたけど映像の中と実際に見るのとでは全く違う。そう、これは紛れもない現実。流れ出ている血も苦し気に呻く声も全部、現実に起こっていることで目の前の惨状は映像でも仮想でもないんだ。
目を見開き両手を口の前で合わせる。入口で青ざめ固まる鈴に心配げなカイニルが覗き込み声を掛ける。
「リンさん、リンさん大丈夫?」
「……ぁ、……っ」
声が出なくて必死に首を縦に振る。大丈夫、大丈夫と心の中で何度も唱える。
「リンちゃん目が覚めたぁ。気分はどうかしら、平気? それなら壁に凭れている子たちの治療を任せるわ。比較的軽傷だから落ち着いて治療すればリンちゃんでも出来るわ。慌てずしっかりね」
オルガの声とともにここに来た目的を思い出した。魔法を習いたいと言ったのもここに来たのも自分で決めたこと。あの時拒否すればオルガさんはきっと意思を尊重してくれて、連れてくることはなかった。だからこれも自分で決めたことなんだ。怖気づいてはいけない。苦しんでいる人が目の前にいる。助ける力があるんだ、今使わないでいつ使うんだ。
絶望の淵から助けてもらった。その恩返しがしたい。出来ることはしっかり成し遂げたいと決めたじゃないか。そのために魔国のことを教えてもらって、魔法を教わった。
恐い、でも、女は度胸。良しっと拳を握り前を向く。近くの壁に凭れている人から順に回復魔法を使っていく。
心を落ち着かせて、オルガさんの言葉を思い出す。ゆっくり、丁寧に。時間がかかったが治した騎士さんからお礼を言われる。次、と近くに居る人のもとへ向かいまた回復魔法を施していく。
魔法を使う度にだんだん要領が掴めてきた気がする。治療が早くなっていくのが身を持って実感できる。この調子と没頭するように次々と治療していく。
ふいに肩が叩かれた。振り返るとオルガさんが肩に手を乗せていた。
「リンちゃん、もうその子で最後よ。よく頑張ったわね、お疲れさまァ」
「オルガさん……」
部屋を見渡すと治した騎士は出て行ったのか少数しかいなかった。横たわっていた際に引かれていた血を吸った布も片されていた。
終わった、と思ったら座り込んでしまった。立とうと思っても立ち上がれない。




