対面と赤面
抱えている仕事がひと段落着いたからな執務室に来るかというソーリャヴィシィスの誘いに乗っかり、今日は執務室に来ている。厳格な空気が漂う部屋の様子に思わず背筋が伸びる。といっても移動時は縦抱き、執務室に着いてからはソーリャヴィシィスの膝の上に座っているので背筋を伸ばしたところで……。まあ、そういう気持ちは大事だよね、ということで。
執務室の中には三人が居構えていた。どうやらこの三人を鈴に紹介するのが目的ようだ。
「初めましてリン殿。私は魔国の幹部、武将ベイサスと申します。以後お見知りおきを」
プラチナブロンドの長髪に若草色の瞳をした男性はベイサスと名乗った。白い肌に長くとがった耳はエルフを連想される。だがしかし、高い背丈に筋骨隆々のその姿は鈴の知るエルフにはかけ離れていた。頭を傾げた鈴にベイサスは察したように苦笑した。
「こんな形をしていますが私はエルフです。まあ私はエルフの中では異端の存在ですが」
異端と自分を卑下しているのにその表情、声色はどこか穏やかな様だった。
「はァ~いワタシは知将ウラル、淫魔族のサキュバスよぉ~」
ふわふわしたローズピンクの髪に知性的なヴィオレの瞳。ボンキュッボンな豊満な体に頭の横には羊のようなぐるっとしている角があり、足の間に振れている黒い尻尾の先端はスペードに似た形に尖りを加えた形をしている。グラマラスな容姿を強調するような布面積の少ない服。淫靡な雰囲気の中に賢さを兼ね備えた美。
目線がついつい胸に映っては顔を赤らめる。慌てて逸らすが魅了されたかのように再び視線がその豊かな胸に吸い込まれていく。鈴のその様子に満足したのか悦とした表情を浮かべるウラル。腕を組むように胸を押し上げ、片手を頬に当てる。見せつけるようにねっとりと舌で自分の唇を舐め、笑みを深め獲物を狙う狩人の眼差しを隠すように細める。
魅惑の誘惑を振り切るかのように頭を振り最後の人物を見遣る。全身を覆う、どこか忍者を彷彿とさせる黒装束。唯一見えるのは菫色をした瞳のみ。体の線も覆い隠すその格好に、男か女か区別がつかない。
じーっと見つめるも一向に話し出さない。
「彼女は影将ヨル。見ての通り殆ど、まったくと言っていいほど喋りません。種族はリン殿と同じ人族です」
彼女、ということは女性なのだろう。ベイサスの紹介を受けたヨルは鈴に向かい一礼をした。
三人全員の紹介を終わり鈴は自分の番だと思い、立って挨拶を返そうとしたがソーリャヴィシィスに腰をがっちりと掴まれていたので降りられずにいた。訴えるように視線を送るが此方をちらりとも見ずに前を向いていたので鈴は諦めて姿勢そのままに挨拶する羽目になった。
「近江鈴です。……よろしくお願いします」
何を言おうか迷った末に何も思い浮かばず無難な挨拶となってしまった。
頭を下げているとコツコツと高い音が聞こえた。不思議に思って頭を上げると、目の前にはたわわな胸の谷間がドアップに映っていた。驚いてひぅっと情けない声が口から洩れ、後頭部をソーリャヴィシィスの胸に激突した痛みに悶える。両手で後頭部を押さえながら蹲ると鈴の両の頬に手を添えられた。優しくも強引に顔を上げられて爛々と輝くヴィオレの瞳に間近に見つめられる。
「…………?」
「うふふ、ふふ。可愛いわねぇ。ねえ、ワタシとイイこと、しなぁ~い?」
「……っ、え、あの」
ポンっと音が出るほど瞬時に首まで赤く染まった鈴にクスクスと楽し気な声が響く。急に目の前が暗くなったと思ったら後ろに引かれた。
「ウラル、揶揄うな」
目を覆っていたのはソーリャヴィシィスの手のようだった。両手で掴み下に下げて視界を確保する。
「あらァ陛下、ワタシは冗談は言ってないわよぉ」
「あなたは目の毒なんですよ」
「淫魔族ではこのくらァい普通よ、普通。アタシは此方の世界に適するようにちゃぁんと服を着ているじゃなァい」
ふつう……。あんな格好が、淫魔族では……普通。
…………って、ちょっと待って。こちらの世界って言った?
「あああの、ウラルさん。こちらの世界って……?」
「ああ、ごめんねぇ誤解を招く言い方しちゃって。此方の世界ってのはこの人間界という意味。ワタシたち魔族には魔界、天使族には天界、と呼ばれる別領域が存在している。魔族はそれぞれ自分の種族の界と人間界とを界渡り、行き来できる能力があるの。淫魔族なら淫魔界、鬼族なら鬼界、という風に、ね」
別領域……なら異世界というわけではないのかな。
「そう、あなたの体験した異世界召喚とは違う。第一、人が世界を渡るのが無理難題なのよ。どうしても身体が保てない」
あれ? 今の口に出ていた?
「口にではなくて顔に出ていたのよぉ。分かりやすいわぁ」
鈴の口元を人差し指で触れてからぐるりと顔を下から上にと指の背でつぅーと辿る。擽ったさに身を捩ると離れてくれた。止めていた息をゆっくりと吐き出しドギマギした心臓を落ち着けるために深呼吸を繰り返す。




